第4話 ゆうしゃの夏[4]
家に帰ると、なつみはランドセルを放り出して、リビングのソファにごろんと寝転んだ。
天井のファンが、静かに回っている。耳を澄ますと、虫の声がかすかに聞こえる。
「……ふぅ」
今日一日だけで、心の中がいっぱいになった気がした。
“そらたが、まほうつかいになってくれる”
そう聞いたときの気持ちは、うまく言葉にできなかったけど、きっとすごく嬉しかった。
なんでだろう。胸の奥が、あったかくなった。
なつみは両手を頭の後ろで組み、目を閉じた。
“たどってみたい道があるんだ”
自分でそう言ったけれど、その“道”がどこにあるのか、ほんとうのところはまだ、はっきりとはわからない。
ただ、ひとつだけわかっていることがある。
――この夏しか、歩けない気がする。
それは、ただの直感だった。
でも、なつみは子どものくせに、直感だけはよく当たる方だった。
一方、そらたの部屋。
机の上には、カラフルな折り紙や新聞紙、それにサインペンやハサミが広げられていた。
「うーん、ここはこう折って……。いや、こう巻いた方が……」
そらたは真剣な顔で、あるものを作っていた。
それは、まほうつかいの帽子。
なっちゃんの“ゆうしゃ”がかぶっていた、紙で作った冠みたいに、ちゃんとしたかたちじゃなくてもいい。
でも、それっぽく見えたらいいなと思っていた。
「杖は……公園で見つけたあの枝に、青いリボン巻いて……よしっ」
そして最後に、ノートの端っこに、小さな“まほうの呪文”を書いた。
――ふしぎな言葉でも、意味なんてなくてもいい。
大切なのは、なつみのゆうしゃのとなりにいるための、勇気だった。
そらたは、帽子と杖を机に並べ、満足げにうなずいた。
「よし。明日は、ちゃんと“まほうつかい”になる」
翌朝。
なつみは、肩まで伸びた栗色の髪を、シュシュで軽くポニーテールに結う。
そして、鏡の前で少しだけ背筋を伸ばした。
「よし、これでばっちり」
鏡に映る自分に向かって、ぴょこんと指を立てて笑った。
着ているのは、白地に星のイラストが入ったTシャツと、動きやすいミニスカートに黒いスパッツ。
まるで、本当に冒険に出かける“ゆうしゃ”みたいな格好だ。
腰には、ダンボールで作った剣をベルトに挿している。
「ゆうしゃ、しゅつどう、だね」
小さくそう呟いて、リビングを抜けると、母に「いってきます」と手を振った。
外は、朝の光がやわらかく降り注いでいた。
そらたは、もう家の前にいた。
麦わら帽子のような、少しいびつな手作り帽子をかぶって、肩には小さなリュック。
手には、リボンを巻いた枝。
なつみは、その姿を見て目を丸くした。
「それ、……けっこう似合ってるじゃん」
「でしょ。まほうつかいだからね」
ふたりは顔を見合わせて、声をあげて笑った。
こうして、ゆうしゃとなつみと、まほうつかいのそらたの――
“ふたりだけの夏のぼうけん”が、いま、はじまろうとしていた。