第3話 ゆうしゃの夏[3]
「……でさ、そらたはどうして“まほうつかい”なの?」
ランドセルの肩紐を揺らしながら、なつみが不意に聞いてきた。
日が傾きかけた帰り道。セミの鳴き声も少し落ち着きはじめ、二人の影は長く伸びていた。
そらたは、少し考えるように立ち止まり、足元のアスファルトを見つめた。
「……ずっと前から、なっちゃんの“勇者”姿を見てて、思ってたんだ」
「え?」
「僕は、なっちゃんみたいに前に出て戦えない。いきなり飛び込む勇気なんて、たぶんない。怖がりだし、臆病だし、運動もそんなに得意じゃないし……」
そこまで言って、そらたは小さく息を吸い込んだ。
「でも、それでも隣にいたいって思ったんだ。だから、“まほうつかい”がいいなって」
「……うん」
なつみは、なにも言わずにその言葉を受け取った。
「“まほうつかい”って、ゆうしゃの隣で、そっと助けたり支えたりする役でしょ?直接剣をふるわなくても、ちからになれる。そういう存在になれたらいいなって」
少し照れくさそうに笑いながら、そらたは言った。
「それに……ちいさいころ、なっちゃんが新聞紙の剣で“まおうたいじ”してたとき、僕、木の枝を拾って“つえ”にしてたんだよ。覚えてる?」
「えっ……あはは、うん、覚えてる!あのとき“魔法で草むらの中のスライム倒した!”って言ってたよね」
ふたりは顔を見合わせて笑った。懐かしくて、ちょっとくすぐったい思い出。
「じゃあ、もう“けってい”してたんだね。そらたは、ずっと前から」
「うん。なっちゃんが勇者なら、僕は魔法使い。……その方が、なんかちょうどいい気がするんだ」
そう言ったそらたの声は、穏やかで、でもどこか決意に満ちていた。
そして、なつみもまた、立ち止まった。
「ねぇ、そらた」
「なに?」
「今年の“ぼうけん”、ちょっとだけ、……いつもより本気かもしれないんだ」
そらたは、その言葉の“奥”にあるなにかを感じ取った。
だからこそ、聞いた。
「……なっちゃん。なんで、冒険しようって思ったの?」
なつみは、ほんの一瞬、目を伏せた。
その表情は笑顔でも泣き顔でもなくて、ただ、静かで――
どこか、遠くを見ていた。
「うーん……ちゃんとは、まだうまく言えないけど」
そのあと、彼女は顔を上げて、やわらかく笑った。
「“たどってみたい道”があるんだ。……前に、誰かが歩いたかもしれない、そんな道。わたし、どうしてもそれを見つけたいの」
それは、こたえではなかったかもしれない。
けれど、そらたはそれ以上は聞かなかった。
“今はまだ言いたくない”という気持ちが、ちゃんと伝わってきたから。
だから代わりに、彼はまっすぐに言った。
「じゃあ僕が、いっしょに探す。なっちゃんが勇者なら、魔法使いはとなりで歩くものだから」
それは、とても静かな宣言だった。
でも、なつみはふっと口元をゆるめて、「ありがとう」とだけつぶやいた。
――この夏。
空は高く、地面はあたたかく、風はやさしかった。
ふたりの影は並んで、夕焼けの歩道にのびていく。
すぐそこに、なつみの“たどる道”がはじまっている気がした。