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ゆうしゃの夏、まほうつかいの空  作者: えんびあゆ
本編:ゆうしゃの夏、まほうつかいの空
3/68

第3話 ゆうしゃの夏[3]

「……でさ、そらたはどうして“まほうつかい”なの?」


ランドセルの肩紐を揺らしながら、なつみが不意に聞いてきた。

日が傾きかけた帰り道。セミの鳴き声も少し落ち着きはじめ、二人の影は長く伸びていた。

そらたは、少し考えるように立ち止まり、足元のアスファルトを見つめた。


「……ずっと前から、なっちゃんの“勇者”姿を見てて、思ってたんだ」

「え?」


「僕は、なっちゃんみたいに前に出て戦えない。いきなり飛び込む勇気なんて、たぶんない。怖がりだし、臆病だし、運動もそんなに得意じゃないし……」


そこまで言って、そらたは小さく息を吸い込んだ。


「でも、それでも隣にいたいって思ったんだ。だから、“まほうつかい”がいいなって」

「……うん」


なつみは、なにも言わずにその言葉を受け取った。


「“まほうつかい”って、ゆうしゃの隣で、そっと助けたり支えたりする役でしょ?直接剣をふるわなくても、ちからになれる。そういう存在になれたらいいなって」


少し照れくさそうに笑いながら、そらたは言った。


「それに……ちいさいころ、なっちゃんが新聞紙の剣で“まおうたいじ”してたとき、僕、木の枝を拾って“つえ”にしてたんだよ。覚えてる?」

「えっ……あはは、うん、覚えてる!あのとき“魔法で草むらの中のスライム倒した!”って言ってたよね」


ふたりは顔を見合わせて笑った。懐かしくて、ちょっとくすぐったい思い出。


「じゃあ、もう“けってい”してたんだね。そらたは、ずっと前から」

「うん。なっちゃんが勇者なら、僕は魔法使い。……その方が、なんかちょうどいい気がするんだ」


そう言ったそらたの声は、穏やかで、でもどこか決意に満ちていた。

そして、なつみもまた、立ち止まった。


「ねぇ、そらた」

「なに?」


「今年の“ぼうけん”、ちょっとだけ、……いつもより本気かもしれないんだ」


そらたは、その言葉の“奥”にあるなにかを感じ取った。

だからこそ、聞いた。


「……なっちゃん。なんで、冒険しようって思ったの?」


なつみは、ほんの一瞬、目を伏せた。

その表情は笑顔でも泣き顔でもなくて、ただ、静かで――

どこか、遠くを見ていた。


「うーん……ちゃんとは、まだうまく言えないけど」


そのあと、彼女は顔を上げて、やわらかく笑った。


「“たどってみたい道”があるんだ。……前に、誰かが歩いたかもしれない、そんな道。わたし、どうしてもそれを見つけたいの」


それは、こたえではなかったかもしれない。

けれど、そらたはそれ以上は聞かなかった。


“今はまだ言いたくない”という気持ちが、ちゃんと伝わってきたから。


だから代わりに、彼はまっすぐに言った。


「じゃあ僕が、いっしょに探す。なっちゃんが勇者なら、魔法使いはとなりで歩くものだから」


それは、とても静かな宣言だった。

でも、なつみはふっと口元をゆるめて、「ありがとう」とだけつぶやいた。


――この夏。


空は高く、地面はあたたかく、風はやさしかった。

ふたりの影は並んで、夕焼けの歩道にのびていく。

すぐそこに、なつみの“たどる道”がはじまっている気がした。


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