第20話 秘密の地図とゆうしゃのしるし[8]
坂道を下りながら、なつみはそっと空を見上げた。
さっきまで朱色だった空は、藍に染まりはじめ、遠くには一番星が淡く瞬いている。けれどまだ、光は完全に消えたわけじゃない。
「まわるかげ」
地図の“しるし”が指すその場所の意味を、ふたりは静かに考えながら歩いていた。
「まわるっていうと、やっぱり時計か風車、あとは……遊具とか?」
そらたがつぶやいた。
「……影って言葉がついてるから、光が関係してると思う。動くもの、回るもの……あと、影ができる場所」
なつみは言葉を選ぶように答えた。
ふたりの足音がアスファルトにぽつぽつと落ちる。
夕暮れの影が長く伸びて、街のあちこちに柔らかい影絵を描いていく。
「なっちゃん、近くにそういう場所ってある?」
なつみは少し考え、ぱっと顔を上げた。
「ある。……団地の広場。滑り台の横に、ぐるぐる回る遊具があった気がする」
「ぐるぐる回る遊具って、あの……円盤みたいなやつ?」
「そうそう!夕方になると、影がすっごい長く伸びるの。……もしかしたら、そこかも!」
ふたりは走り出した。
通い慣れた坂道を駆け下り、角を曲がって団地の中へ入る。
広場はすでに人影もまばらで、子どもたちの声も聞こえなくなっていた。
滑り台の隣に、それはあった。
赤くて、ちょっと錆びた円形の回転遊具。
地面に埋まった軸を中心に、手で押して回す構造だ。
夕陽はほとんど沈みかけていたが、まだほんの少し、空の端にオレンジ色が残っていた。
「これ……だよね?」
なつみが息を弾ませながら近づく。
そらたは頷き、円盤の中心をそっと押してみた。
ぎぃ……と、かすかな音を立てて、遊具がゆっくり回った。
影も一緒に、地面に円を描くように回っていく。
その瞬間、なつみの胸を静かな波が駆け抜けた。
──幼い日の記憶が、まるでスローモーションのように蘇る。
陽が少し傾いた午後、幼かったなつみはほのかと一緒にこの円盤遊具に乗っていた。
二人は笑いながら回って、ふらついた足取りで降りると、そのまま見上げた空はまるでキャンバスだった。
「ねえ、なっちゃん」と、ほのかが静かに問いかけた。
「この空ね……どこまでつながってるんだろうね?」
小さな手で空を指さし、ほのかはくすっと笑った。
「空って、ごはんでも、絵本でも、ぜんぶ飲み込んじゃうんだ。それに、過去も未来も全部包んでる気がするの」
なつみはその言葉を胸に残しながら、遊具に戻り、再び滑り落ちるまで笑っていた。
回転遊具が再び影を刻む現実に戻り、なつみは深呼吸した。
――あのときの空と、いまの影が繋がってる。
ほのかの言った「すべてを包む空」も、今ここにあるんだと感じた。




