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ゆうしゃの夏、まほうつかいの空  作者: えんびあゆ
本編:ゆうしゃの夏、まほうつかいの空
2/68

第2話 ゆうしゃの夏[2]

蝉の声が、夕焼けに染まった街を包みこんでいた。


ふたりのランドセルが、歩くたびに小さく揺れる。

真新しいアスファルトの歩道には、なつみとそらたの影がくっきりと伸びていた。


「……今日、すっごく暑いね」


そらたがそう言うと、なつみは「ほんとだね」と笑って頷いた。けれどその笑顔は、さっきの教室で見せたものとは少し違っていた。

なんだろう、と思う。

昔からよく笑う子だったけど、今日の笑顔は……どこか寂しそうだった。


「ねえ、なっちゃん」

「ん?」


「その……何か、困ってることとか……ある?」

「え?」


なつみは立ち止まり、そらたを見つめた。

驚いたような、けれどどこか嬉しそうな顔だった。


「……なんで?」

「なんとなく……そんな気がしてさ」


そらたの声は、ほんの少し震えていた。言ってしまってから、ちょっとだけ後悔する。でも――


「去年の夏、なっちゃん、ちょっと元気なかったでしょ?」

「……うん」


やっぱり。

そらたの心臓がドクンと鳴った。なつみは、目を伏せたまま、言葉を探しているようだった。


「でも、もう大丈夫」

「どうして?」

「だって……今年の夏は、勇者になるって決めたから」


夕陽に照らされたなつみの横顔は、まるで決意をまとった騎士みたいだった。あのときの“冒険ごっこ”とは違う、本物の決意。

そらたはその横顔を見つめながら、黙って頷いた。

歩き出すなつみの後を、そらたは半歩だけ遅れて追いかける。


やっぱり、ついていこう。


彼女の冒険に、今年は一緒に立ち向かいたい。そう思った。

それからふたりは、川沿いの道を歩いた。自転車のベルの音、犬の散歩をする人、開けっぱなしの窓から聞こえるテレビの音――


そんな、いつもの夏の夕方が、今日は少しだけ違って見えた。

なつみがふいに立ち止まり、そらたのほうを向いた。


「そらたってさ、ほんとに“まほうつかい”になれると思う?」

「えっ……?」

「ううん、ごめん。変なこと聞いちゃった」


なつみは笑った。

でも、そらたは真剣な顔で頷いた。


「なるよ。なれるって信じてる」

「どうして?」

「なっちゃんが、"勇者"になれるって信じてるから。……だから僕も、魔法使いになれると思うんだ」


その答えに、なつみはしばらく黙っていた。


けれど、数秒後――


「ふふ、じゃあさ。そらたの“まほうつかいの道具”って、何にする?」

「え?」

「まほうつかいは、杖とか帽子とか、持ってなきゃダメでしょ」

「あ……たしかに」


ふたりは顔を見合わせて、声を立てて笑った。

その瞬間、空気がふわりと軽くなった気がした。


どこからか、風が吹き抜ける。夕陽が差し込む中、なつみの髪がやわらかくなびいた。


「じゃあ、帽子は……僕、作るよ。魔法使いの帽子、ちゃんと。……あと杖も、探してみる」

「えっ、ほんとに?」


「うん。冒険するなら、準備は大事だし」

「ふふ、それなら、わたしもちゃんと“けん”を用意しなきゃね」


夏の陽射しが残る空の下で、ふたりの小さな冒険が、少しずつ動き出していた。


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