第1章「出会い」
闇が裂け、私は広々とした書斎に放り出された。まるで王様の寝室のような豪華な空間――深紅のベルベット、金の燭台、革装丁の本…そして、その中心にいたのは、彼だった。
漆黒の角は、古の山羊のように優雅にカーブを描き、燃えるような真紅の瞳。そして…ニヤリと笑う口元。背筋が凍るような、あの笑みだ。
「ようこそ、ヴァシーリー!」
悪魔は椅子に深々と座り、余裕たっぷりに手を広げた。
「さあ、座れ。この…『上品な場所』で、何の用だ?」
私はきょろきょろと周りを見回した。
「…てめえのとこ、ウォッカあるか?」
悪魔は片眉を上げた。まるでマフィアのバーで「牛乳ある?」と聞かれたような顔で。
「ウォッカ? わが家に?」
彼は笑った。その声は、ガラスをナイフでひっかくような音に似ている。
「ふむ…普通はそんなものは求められないが、残念ながらウォッカはない。代わりに…もっと強いものを用意しよう」
長い爪を椅子の肘掛けにトントンと叩きながら、悪魔は続けた。
「お前が今いるのは、願いが叶う場所だ。ただし…代償が必要なのは、言うまでもないだろう?」
じっと見つめるその目は、まるで私が泣き崩れるのを待っているようだった。
「いや、金は払わねえぞ」
私はきっぱり言った。
「子供も家族もいるし、税金も…クソみたいにたくさんあるんだ!」
悪魔はニヤリと笑った。待っていたかのように。
「ああ、心配するな、ヴァシーリー。金など要らん。私の代償は…もっと別のものだ」
彼はゆっくりと立ち上がり、書斎を歩き回った。壁には彼の影が蠢く。
「お前は…金の悩みから解放されたいか? 子供たちに不自由させたくないか? 税金に苦しむまい、と願うか?」
悪魔は私のすぐ前に立ち止まり、硫黄のような息を吐きかけた。
「…それなら、叶えてやろう」
沈黙。
「ただし、『タダのチーズはネズミ捕りにしかない』というだろう? 私の条件を聞くか? それとも、これからもずっと…金の風車と戦い続けるのか?」
私はあくびをした。
「で、結局何が目的だ? 俺もう仕事に遅れそうなんだよ。罰金取られたら、お前から搾り取るぞ」
悪魔は呆れたように目を丸くし、笑った――今度は骨の軋むような音で。
「罰金? ヴァシーリー、お前は永遠の富の前にいながら、罰金の話をするのか!」
彼は急に私に身を乗り出した。
「私はお前に…もう二度と仕事に遅れない人生を提案している。いや、そもそも…仕事そのものがなくなる! お前は自分の主人だ!」
声を殺して、囁くように言った。
「代わりに…お前の『魂』をくれ」
私は瞬きした。
「魂? 俺もう風呂入ったぞ。それより、お前の角って何だ? こっち来い!」
悪魔が反応するより早く、私は彼の角をつかみ、出口へ引きずっていった。
「ヴァシーリー、待てえええ!!」
悪魔は必死に足をバタつかせた。
「お前は取り返しのつかんことをしているぞ!」
「へぇ、悪魔のくせに怖気づいたか?」
私は嗤った。
「金持ちになれるとか言っといて、結局ペラペラじゃねえか。こっちが『代償』取ってやる!」
ドアがバタンと閉まった。書斎に残されたのは、散らばった契約書と、くすぶるノートパソコンだけだった。