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 「ねがい」15


      15


(………………あの後はもう、何がなんだか)



 グンダルフォルムは、『剣聖』フィン・シャンドレンによって(たお)された。

 人間(わざ)ではなかった。握る剣も、繰り出した技も、その威力も。


 しかしあれと同格の神剣を持ち、あのフィンがめんどくさいから戦いたくないと言い出す相手がこの世にはいるという。

 どこまで世界というものは深く、恐ろしいのだろう。


 ともあれ、自分たちは生き残った。


 生き残り――関係が、変わった。



(死にかけの一時的な熱狂……じゃなかったんだよね、あたしも、セルイも)



 自分たちは、特別な関係ではない、普通のものになってしまった。


 普通の男女に。


 普通の、恋人同士に。


 それぞれが生きてきた過程で積み上げた、よりどころにして誇りでもあった心の壁。

 自分たちの関係はその壁によって形作られていた。凄惨な経験から作り出され二人のそれが噛み合ってできあがったその壁は、レイマールの部下たちに殺されかけた時にも、実際に一度殺されたときですら、崩れることはなかった。人間に襲われ、殺意を向けられ、殺されかけるというのは、自分にもセルイにも、『経験済みのこと』であり、実際に殺されることだって『あり得ること』にすぎなかったのだから。


 だが、究極の魔獣という絶対の存在が突きつけてきたものは、まるで違った。善だから悪だから、能力が高いから低いから、男だから女だから、愛しているから愛されているから……そういったことは一切関係なく、完全に不条理に、無慈悲に、容赦なく、確定した死それも食われてこの生き物の栄養になるだけという末路を突きつけられたのだ。

 その衝撃、その理不尽さが、経験を元に作り上げた()()のちっぽけな壁をぶっ壊した。


 壊れたものは、もう元に戻ることはなかった。


 その結果、二人は、神聖な誓いを交わした復讐鬼同士ではなくなった。

 自分と相手の本音を知った。自分が相手を求めていたことを知り、相手が自分を求めていたことも知った。そしてそれを受け入れた。つながって、溶け合った。

 二人は、だらしなく、みっともなく、甘ったるい――「夫婦」になってしまった。



 地底の温泉で、傷つき、疲れきった体を洗い――共に生まれたままの姿になって。


「来て」

「ええ」


 ファラから求め、セルイは応じてくれた。

 応じることができるようになっていた。

 嫌悪していたはずの場所に、情熱と共に入りこんできてくれた。

 幸せだけになった。






 しかし…………。




(ほんと、人の運命って、何なんだろうねえ)



 その後も、ファラもセルイもなおガルディスを支持し、新たな国を希求し続けることに変わりはなかった。


 自分たちが結ばれ幸せになったからといって、家族を奪われた恨みが消えるわけではないし、腐った体制の変革を志す思いが失われたわけでもない。


 女王となったカルナリアが、『王の(カランティス・)(ファーラ)』を装着し超絶の剣士がついているからといって、それで国を建て直せるわけではないし、まして小娘が作る国が前よりましなものになる保証はどこにもないのだ。


 これからも二人で生きていく国だからこそ、良いものにしなければならず、つまりは改革の志はこれまで以上に強くなっていた。


 その気持ちのまま、グライルからカラントに帰還した。


 ようやく、ガルディスの蜂起が革命となったのか反乱に終わったのか、その後の情勢を知ることができた。


 ――革命、いまだ成らず。

 国王ダルタスはじめ大半の王族、大貴族を討ち果たすことはできていた。

 だが十三侯家の当主は半数ほどが生き延びており、それぞれの領で兵を集め、反撃に出ようとしていた。そこへカルナリア王女が帰還したのだ。国は二つに割れることとなった。


 セルイは旧勢力を可能な限りカルナリアの元に集め――ガルディス軍と決戦させて一気に討ち滅ぼそうとする大戦略に没頭する。


 その過程で、色々な情報が入ってきた。


 ファラの仇敵、ガイアール伯(くそやろう)がどうなったのか。


 まだ生きていて、復讐できるのか。目の前に出てきてくれれば存分に……。

 そうなることを強く期待したのだが。


 ガイアール伯爵は……。



 ガルディスは自分の領と手勢だけで蜂起したわけではなく、以前から各地に手の者を派遣し、貴族の圧政に苦しむ者たちに話を伝え組織を作り、来たるべき時には共に立ちあがるよう準備を進めていた。


 その工作の結果、反乱勃発の報に接して、ガイアール領でも平民が蜂起した。

 主に大堤防の工事に携わっていた者たち――ファラの父親の下にいた者たちが中核となって。


 彼らは、父親の名前をつけた団を結成。

 その娘が生きていることを知らせれば、旗頭として迎え入れ、それなりのまとまった勢力になっていたかもしれない。


 だが彼らは、ガイアール伯爵軍を打ち破り居城から追い出すことはできたものの、その後どうしたらいいのかで意見が分かれ統一した行動を取れなくなり、親分たるランベール侯爵が差し向けてきた軍勢に敗北し、大半が討たれてしまったそうだった。


 ランベール侯爵はその勢いのままカルナリア「女王」に合流しようとする。

 自領も配下も失ったガイアール伯爵は、領主ではなくひとりの騎士という扱いにされて騎士団に同行。

 だがその道中で、境遇への不満から平民兵士に暴行を加え、これまでと違い反撃されて…………死亡したとのことだった……。



(空しくなったよねえ、あのときは………………)



 ならば親分たるランベール侯爵を討てばいいと思おうとしても、直接の(かたき)ではなく顔すらろくに知らない相手をくそやろうと同じように憎むのは難しかった。理屈では仇と思っても、どうやっても同じだけの復讐心は湧いてきてくれない。

 しかもランベール軍は、ガイアール伯爵殺害事件をきっかけに歩兵の大半に逃亡され、戦力としてはきわめて貧弱になってしまっていた。それでは顔見知りの者たちを殺戮したことへの怒りをぶつけるにしても物足りない。

 結局侯爵とは直接対面することのないまま、セルイと共にカルナリア陣営から離脱して、ガルディスのもとに帰還することになった。

 その間ずっと、気持ちは沈んだままだった。



 時が空き、心から喜んで迎えてくれたガルディスの強い意志に接することで、気力は何とかよみがえってきた。

 もう「炸裂」することのない自分は、今度こそガルディス軍の一員としてセルイと共に戦場に立ち、貴族どもに死滅魔法をぶちかましてやる。


 ……だがそれもまた、かなわなかった。


 妊娠していたからだ。



(悪いことじゃないんだ、あの時あの場所でやっちゃったこともお腹に子供が宿ったことも、まずかったなんてまったく思ってない…………ただただ、運命の巡り合わせってやつだよねえ……)



 ガルディスは祝福してくれたが、妊婦を戦場に立たせることは頑として許さなかった。

 そういう人であり、だからこそセルイが心酔し、自分も未来をこの人に託したのだから、逆らうことはできなかった。


 ゆえにファラは、愛しい夫の無事を祈りつつ後方で控え――。


 冬の、モーゼルの戦いで、仇の親玉たるランベール侯爵を討ちとったこと、しかしガルディス軍自体は敗れたこと、そして…………セルイが戻ってこなかったことを知らされたのだった。


 ファラを気遣いガルディスは知らせないようにしてくれていたのだが、元は男娼だったセルイのことも危険人物のファラのことも気にくわない者はガルディス陣営にたくさんいて、善意を装って、セルイが戦死したと伝えてきた。



(あのひとが死んだらわかるようにしてあって――前はあのひとが死んだらあたしも死ぬようにしてあったけど、赤ちゃんできたからそこだけは変えて、それでもって生きてることはわかってたから……これはカルちゃん陣営に捕まったなって、意気消沈して引きこもったふりして身を隠してすぐ移動して――大正解だったねえ。

 結果だけ見れば、あたしはガルディス様を裏切って逃げたことになるんだけど……いやほんとそれ自体は事実なんだけどさ……一応、一度も元の味方に攻撃魔法放つことはしなかったんだから、いいでしょ。あのひとが捕まったのは、その元の味方のせいなんだし)



 カルナリア軍に身を投じセルイの元へまっしぐら、そのまま「反乱」を鎮圧するカルナリア軍に帯同し、復興と負傷者の治療のためにのみ魔法を色々と使って――。



 安全な場所で、出産した。




ファラ、実際はモーゼルの戦いでも参戦する気満々でした。ガルディスが許可していたら、戦場に出た妊婦によってカルナリア軍がものすごい損害をこうむっていたことでしょう。歩兵隊の要たるランダルは真っ先に消滅させられていたに違いありません。カルナリアを直接狙わない限り、またカルナリアを危うい目に遭わせることがない限り、あの人物が動くことはないので容赦なく。

ガルディスの英雄たる資質、すばらしい高潔さによってカルナリアは救われていました。

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