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 「ねがい」14


       14


 逃亡中のカルナリア王女が逃げこんだ田舎の村に、『たまたま』滞在していた剣士、フィン・シャンドレン。


 本当に何一つ作為なく、本当に偶然であるいは運命の巡り合わせで、従者をすべて失い完全に身ひとつになったボロボロの王女は『剣聖』にめぐり会い、同行し、守られることになったのだ。


 しかも、義務的な護衛ではなく、お互いがお互いを必要とし想い合う特別な関係に進展し、つながってしまった。


 ファラが助力した上でそれを襲った『風』の者たちは数度にわたって完敗し、セルイが策略でどうにかしようとしたのも失敗し、王女の身柄を確保することも『王の(カランティス・)(ファーラ)』をガルディスにもたらすこともできなかった。



(…………あそこまで徹底的に負けるなんて思わなかったよねえ。

 ラーバイでの結果聞いた時は、あのすごい面々で奇襲したはずなのに失敗したなんて信じられなかったし……。

 ギリアちゃんの腕が治せなくて、焦るというか本当に怖い思いしたし……。

 大事な人やられたギリアちゃんの気持ち、わかりすぎるほどにわかって、本気の本気であたしもやり返す手伝いしたのに、タランドン城じゃあんな風に、容赦なく、あっさり……!

 ただただ悔しくて、あたしも横から攻撃していればよかったのにって、あの時は強く思ったけど。

 今思えば、あれだけ守り固めてたギリアちゃんでもあれだけ強かったダガルのおっちゃんでもやられたんだから、あたしも同じことになってただろうね。セルイを守るどころかセルイもろとも。『炸裂』してもセルイが死んじゃ意味ないし――後のグライルでのことを思うと、『炸裂』してさえ多分、通じなかっただろうねえ…………ほんと、なんてやつを引き当てましたか女王陛下…………いや引き当てることができるお方だからこそ女王様に値すると言うべきですかねまったくもう)



 それでも、負けたとしてもガルディスの元へ逃げ戻るのなら、それはそれで今度は貴族どもとの戦いに参加できるのでありがたいと気持ちを切り替えようとした。


 しかしタランドンで完敗したところから、ファラも知らされていなかった極秘任務にセルイは身を投じた。


 西のバルカニアとの国境、いや「壁」である天竜山脈グライル越え。

 バルカニアに滞在しているはずのレイマール王子が目当てだろうということは即座に思いついたが、詳細は一切教えてもらえなかった。山行経験のある屈強な従者が二人現れ、女性である自分用のものも含めた様々な装備もあらかじめ用意されていたことから、ガルディスの指示でありずっと前から計画されていた行動なのは間違いなかった。それならもう考えることは何もない。これまで通りひたすらセルイについていくだけだ。


 グライル越えとは、不可能の代名詞。

 途中で死ぬ可能性がきわめて高い、道を知っている山の民たちに案内してもらっても生き残れる保証はまったくない、恐るべき道行きだ。


 セルイは、頭は切れ剣の腕も優れており何でもできる天才だが、昔から魔法の素養だけは皆無で、その肉体は他の二十歳の男性同様、魔獣の一踏みで簡単に潰れてしまうものにすぎない。

 ならば――自分が守らねばならない。

 そのために、そうまさにこの時のために、この魔法の才能が自分に与えられたのだ!

 ファラは先の敗北の苦さ悔しさを脇に置き、これまでの人生で最も気合いをこめて峻険(しゅんけん)な山脈に踏みこんだ。どんな魔獣が襲ってきても自分が吹っ飛ばしてやる。案内人とやらがセルイを侮るようなら目にもの見せてやる。なんなら自分たちだけでもグライルを突破してやる。あたしとセルイがそろってるなら何でもできるんだから!


 ――その熱気は、山行のほぼ初日で霧消した。


 カルナリア王女、およびフィン・シャンドレンに出くわしたからだ。

 彼女たちもまたグライルを越えて隣国へ逃れようとしていたために、同行することになってしまったのだった。


 最悪。

 無理。

 おわった。




 絶対に攻撃しないこと、敵意すら示さないようにすること、可能な限りカルナリアを手助けすることとセルイに指示された。

王の(カランティス・)(ファーラ)』を奪って逃げるだけならできそうなのに、なぜそうせずむしろ王女を守るような真似をするのかはまったくわからなかったが、セルイが言うのだからと、その通りにし続けた。


 ……それでも、相手がカルナリア以外の貴族だったら、果たしていつまで指示を守れていたかわからない。


 過酷な山越えを続けるうちに、カルナリアという風変わりな王女の個性や人柄について、今まで以上によくわかってきたものだった。



(ありゃあ確かに、人の上に立つ存在だわ……。

 まず人を見下すってことをやらないし、王女って身分のはずなのに、他人のために動ける――命だって張れる。

 足をくじいたゴーチェ君を助けるためにモンリークの馬鹿に奴隷らしくひれ伏そうとしたのは、信じられなかった。ふざけんなって激怒したレンカちゃんの方がまだ理解できた。

 そのレンカちゃんに刺されて死にかけたモンを身を張って救おうとした時は、正直、こいつ頭おかしい、ほんとに王女なのかって思った。

 その後に――アリタさんをかばおうとしたのはまだしも、人が殺されるのはいやだからって馬鹿貴族を救うためにゾルカンにぶん殴られるのを耐えたときは、もう認めるよ、負けたって思った。あたしにはあんなことはできない。

 あんな可愛らしい見た目なのに度胸がとんでもないし、意志力はもうすごいとしか。

 もの知らずで色々抜けてて甘っちょろいけど、だからこそめちゃくちゃやりかねないあの子から目が離せなくて、自分が守ってやらなきゃって思っちゃう。でも本当に本当の危ない状況になると、最後まで意志を示し続けるのはあの子。

 どこに放りこんでも、場を明るくしてみんなの注目を集め、窮地に存在感を示して本物の忠義を勝ち取って、そこの頭になっていくだろうね。やっぱガルディス様と同じく、本物の貴族、高貴な存在ってやつなのかね……認めたくないんだけどなあ……)



 旅の間、カルナリアはあれこれ思い悩んでいたようだが、ファラはファラで色々と考えこみもしていたのだった。



 ただ、それどころではないのがグライルという危険すぎる場所だった。ひとつ間違えるとセルイごと巻きこまれて死ぬという目に何度も遭った。自分たち以外の者は日に日に数を減らしていった。



(四回目の『炸裂』も、あそこでだったね。色々なことが噛み合って、みんな生き残れたけど……多分あたし、あの時、首斬られてる。剣聖さんのあの剣でひそかに。あたしが()()()カルちゃんに敵対したら、その瞬間に首落ちるね。今はもう一切そんなつもりないから、寿命まで生きられるだろうけどさ。


 だって…………あたしがセルイと結ばれたのは、つまるところ剣聖さんのおかげなんだから)





『剣聖』フィン・シャンドレンとは、剣の腕がすごいどころか、想像を絶する存在だった。

 自分たちが今も生きていられるのは、一切の誇張も掛け値もなく完全な事実として、彼女のおかげだ。


 グライルで自分たちが出くわしたのは、これまでの人生における貴族の横暴どころじゃない、理不尽さの権化(ごんげ)だった。

 ガルディスが信頼していた実弟レイマールの裏切りとその配下たちの襲撃という死地。それだけでも絶体絶命、実際に一度はファラ自身も含めて殺されているところに続いて、究極の魔獣グンダルフォルムの襲来。人間のあらゆる行為を一切合切無価値にしてしまう、自然現象も同然の、おしまいの魔物。

 ファラをもってしてもこれはもうおしまいだ完全に終わりだと思う以外になくなったというのに、フィンが退治してくれて、生き延びた。


 その際の究極の恐怖と絶望の中で、ファラはついに踏みこみ…………セルイもまた、それまで知らなかったものに覚醒したのだった。



(あ~~~、恥ずい…………思い出すだけで恥ずかしい………………あんなこと言って、あんなことになって、あんな……!)



 グンダルフォルムの襲来までは、ファラとセルイの関係は今まで通りだった。セルイが方策を示しファラはとにかくセルイを守り彼の役に立つことだけを考え実行する。どれほどの死地に置かれようとも。優れた主人で恋愛感情など持つことがないセルイ、忠実な部下で変わり者の自分。それが自分たちのあり方。これまでずっとそうだった通りのもの。

 レイマールとその部下どもに攻撃され、魔法を封じられ、刺され、一度は確実に殺された。『炸裂』も大魔導師バージルに抑えられてなすすべなかった。

 それでも関係はそのまま。

 セルイが死んだ、なら自分も死ぬ。自分が死ねばセルイを助けられるならためらわずにそれをする。生きるか死ぬかの違いはあっても、これまでと違うことはひとつもないままだった。


 グンダルフォルム襲来後も、セルイは、レイマール王子という人物を致命的に読み違えてしまったことで自信を失っていたが、彼とてこれまで一度も失敗をしてこなかったわけではなくすぐいつもの彼に戻ってくれて、レイマールが食われた直後に、生き残りの全員が違う方向へ『流星』で飛び逃れて、グンダルフォルムから誰かが生き残る作戦を提示した。


 ファラはそこで一度だけセルイの指示にそむいた。

 先に飛んだセルイと、違う方向に飛ぶのではなく、その後を追ったのだ。


 魔力ある自分が最も狙われやすい、セルイは魔力皆無、なら別々の方がいいと――頭では完全に理解していたはずなのに。

 一度ならずレイマールに殺されたせいか、グンダルフォルムへの恐怖に理性をやられていたか、とにかく本来ならやってはいけないことだったのに、やってしまった。



(グンダル君は魔力あるやつを先に狙うなんて単純な獣じゃなく美味そうなものを後に残しておくことをやりかねないとか何とか、あの時のあたしに訊いたらなんだかんだ理由はでっち上げただろうけど――結局のところ『炸裂』と同じもの、セルイがやられて自分だけ残るっていう状況になる可能性が少しだけでもあり得るってことに、あたしの精神が耐えられなかったからだろうねえ…………つまりはそんだけ怖かった、不安だった、ギリギリだったってこと……)

 


 そして、グンダルフォルムの尾によって、まとめて叩き落とされた。


 魔法である程度は防いだが、即死せずにすんだというだけで、岩山に激突した自分もセルイもあちこち砕け、重傷を負う。

 それでもファラは、自分を最低限だけ治してからセルイに飛びつき、その体に全力の治癒魔法を施した。


「逃げるっす! あちこち折れてるけど、脚は無事っす! まだ飛べるっすよ!」


 しかしセルイは、ここでもまた目論見が失敗した上にグンダルフォルムから逃れる方法が見えなくなったことで、完全に心が折れてしまっていた。


「もう、無理です……あなただけ……あなたが無事なら……私は、それで……」


 レイマールの裏切りを読めずに殺されかけた時と同じようなことを弱々しく口にした。本心なのは間違いない。


 嬉しい。そう思ってくれていたなんて本当に嬉しい。


 …………でも!


「聞き飽きた! ふざけんな!」


 ファラは激昂した。


 あの日、雪の中で出会った神さま。

 自分を助けてくれた神さま。

 その相手が、自分を残していなくなってしまうなんてありえない。


 ファラはファラではなくなった。

 あのときの、まだファラではなかった女の子に戻って怒鳴りつけた。


「あんたがいないなら、あたしが生きてる意味はない! あたしの命はあんたのために! 一緒に生きるか、死ぬか! それ以外ない! あんなのに食われてたまるか! 逃げるよ! ふたりで! 絶対に!」


 そして、続く言葉と思いは、体の奥底から噴き出してきた。


「生き残ったらあんたの子供産んでやるから!」


「え」

 セルイはきょとんとした。

 想定を超えたことに出くわしての無表情。


 どこかで一度だけ見たことあるような顔。

 成長する前の、幼い美少年がこんな顔をしたような。


 グンダルフォルムが襲ってきた時ですらしなかった顔を自分がさせたのだと思った瞬間、腰が一気に溶けた。


 神さま()()()()――。


(あたしの、男)


 確信した。自分はこの男を受け入れ、この男の子供を産む。


 飛びつき、しがみついた。

 逃げる。逃げて、逃げ切って、結ばれるのだ。


 ――しかし、治癒魔法を施し体内の魔力も回復させようとしていたために、魔力を感知するグンダルフォルムに目をつけられてしまった。


 長い触手が襲ってきた。

 可能な限りの手段で防ぎ、飛び逃れようとしたのだが、究極にして極悪な魔獣はそれを許してくれなかった。

 自分の使える全ての手段が失われ、セルイと共にからめとられる。


(もう…………だめ!)


 これもまた、確信してしまった。

 無理だ。逃げられない。残された魔力をすべてぶちかましても、この巨獣に喜んで吸いとられるだけ。その後は、これまで大勢が食われたのと同じように口の中で噛みつぶされる。


「ごっ……ごめ…………ごめん……ごめんなさい……!」


 涙と共に口にした。

 自分にもっと魔力があったら。もっと頭が良かったら。もっと、できることがあったなら。

 せっかくセルイが助けてくれた命だというのに。

 こんなところで終わってしまう。


「いいんですよ」


 セルイは逆に、笑ってくれた。

 彼は彼で、剣を抜き触手を斬ろうとはしてくれていたのだが、まったく通じず剣もろとも手首をへし折られている。


 痛みなどもう感じていない、澄み切った笑みが、すぐそこにあった。


「ありがとう。あなたと一緒なら、怖いことなど何もありません。あなたがいてくれて良かった。あのとき、あなたを助けて、本当に良かった」


 二人まとめて触手に巻きつかれているので、その声は耳元から直接発せられ、脳髄に流れこんでくる。


「それに、私も今になって、新しいことを学びました」


 持ち上げられ、運ばれ、真下で巨獣が口を開く。


 その絶望の揺れの中で、密着した体と体――セルイの肉体が異様に熱いことを感じとった。


()()()()は初めてです………………あなたが、欲しい」


「!!!」


 死まであとほんの数秒というところで、セルイが父親になる資格を得ていることに気づいた。





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