「ねがい」13
13
(カルちゃんと初めて会ったのは……ガルディス様がことを起こす前の、そうレイマールが出発する直前だったね。あたしが十九、セルイが二十歳)
ガルディス王太子のすぐ下の同母弟、第二王子レイマールが隣国バルカニアへ赴く、その出発式の少し前。
ガルディスの蜂起は、貴族どもが彼を新たな王太子とみなしてまとまるだろうレイマールが、国境を出て隣国の王宮に入り腰を落ちつけ、カラントに戻るのが最も遅くなる時を狙って始められることになっていた。
ひそかに軍勢をトルードン領から王都に移動させている最中のガルディスは、信頼する幕僚たちを計画の最終確認のために王都の自宮に呼び集めた。
その中にセルイも含まれていた。
そしてファラは、すでに他者から学ぶものがないほど卓越した魔法の力量を身につけており、セルイと共に、ついに王都に上がったのだった。
以前の事件があるので誰にも顔を見られないようにガルディス宮に入り、見た目も王太子のもとにいておかしくない貴族令嬢と見えるようにきちんとする。
とても美しいですよとセルイは言ってくれた。
それでも誰一人近づいてこようとはしなかった。
どのように装っていようとも、中身は関わると精神をやられる変人であることは有名である上に、これまでに原因不明の魔力放出を複数回やらかしている危険人物。
セルイ以外には扱えないということで、能力は抜群だが誰からも惜しいと思われることなくセルイの専属魔導師とされている。
そのセルイもまた、出身が低俗すぎる能力がどれほど高くともこんなやつをガルディス様のお近くに置くのはいかがなものかと、十年を経てもなお同じようなことを言われ続けていた。
美しく成長し学びを重ね経験を積み文句のつけようのない優秀さを発揮しているというのに……いや発揮しているからこそ、本人にはどうしようもない出自という欠点を突こうとする者が続出するのだった。弱点が見えていればとにかくそこを攻撃する者が現れるというのは、貴族平民奴隷関係なく、これはもう人間の性と言うしかない。
希望の星にしてもうじき新たな王となるガルディスが許容しているため、表立っては露骨な敵意を向けられることはないが、王国を刷新する輝かしい第一歩を踏み出すにあたってこいつらと一緒というのはいやだという目つきを、いたるところで感じた。
いよいよ家族の復讐を果たせる時が目の前だというのに、ファラの気持ちは盛り上がるどころではなかった。
その状況で、セルイが特別な任務を与えられた。
ガルディスの蜂起に先立って西の大領地タランドンへ赴き、国王の友人でもある有力武将、タランドン侯爵ジネールが動かないよう説得する使者。
きわめて重要な役目であることはファラにも理解できたし、昇進させてもらえたとはいえ下級には変わりない第六位貴族にすぎないのにそれをまかされるセルイがガルディスに強く信頼されているということもまた理解できたが……。
同時に――ついに来たその日……貴族どもをぶち殺し、ガイアール伯を河に叩きこみ、まわりにいた騎士どもや家族に手を出した連中を残さず自分の魔法で焼き尽くしてやるという、あの雪の日に抱いた十年越しの願いがかなう時が来たというのに、自分もセルイも、その場にいることができないと確定してしまった。
願いはかなうとは限らない、そうなることもあるだろうとかねてから自分に言い聞かせてはいたが、実際に宣告されてみると、胸に重たいものが詰まってどうにもならなくなった。
セルイも察してくれて、任務の準備できわめて忙しいだろうにそばにいてくれた。
だから我慢できる。心の中で家族に詫びながらファラは気を落ちつかせた――そこへ。
突然、慌てた声でふれが回され、騒ぎになった。
一切の通告なく、ガルディスの末妹、第四王女カルナリアがここガルディス宮に入って来たのだという。
身分の高い者がそのような真似をするのは重大なマナー違反だった。当たり前の話で、いきなり来られては貴人にふさわしい出迎えももてなしもできないからだ。
しかし十二歳にすぎないおてんば王女は、そんな大人の常識も受けているはずの教育も完全に無視して、従者もつけずひとりきりで入りこんできたのだった。
蜂起直前という最も危険な時期であり、最大級の警戒をしていたのだが…………警戒対象が、国王およびその周辺、戦の空気を察知し得る軍人や商人、下働きを装った間者、他の宮とつながりのある者、『風』とは別系統の忍びなどのいわば「真面目な相手」だったために、ガルディスのみが通行できる王族用の出入り口から面白そうというだけでフラッと入ってきた妹姫は見すごされてしまったのだった。
宮の者たちは、ピリピリした態度を取るわけにもいかず、全力の笑顔を顔に貼りつけ、好奇心いっぱいにきょろきょろし、ともすれば大人たちの足元をかいくぐって駆け出そうとする第四王女をどうにか客間に押しこんだ。
第一位貴族たる相手に直接触れることが絶対に許されない状況でそれを行った彼らの苦闘は、一編の物語にできるほどだったという。
ともあれ、どういう形であっても、王族、王位継承権を持つ最高位貴族の来訪である。
宮内にいる貴族階級全員に出迎える義務が発生する。
通例を無視して王太子は何事かを企んでいると気取られるわけにもいかない。
第六位貴族のセルイも例外ではなく、ファラを従えて広間に駆けこんだのだった。
「まあ! すごい! きらきらしてる!」
幼い、甲高い、そして甘さだけで構成されているような声が響き渡った。
全員が王族への礼を取るその前に、ガルディス王太子その人が、親子ほども年の離れた、すばらしく美しい妹姫の手を握って入ってくる。
しかしさすがにその表情は渋いものだった。
「ようこそ我が宮へ、カルナリア…………だがさすがに、いきなりはいただけないなあ。それに今はレイマールのところに行った方がいいのではないか? これからしばらく会えなくなるのだから」
「レイマールお兄さまのところは、とてもきれいではありますけど、同じような『色』ばかりで面白くないんですもの」
「色? 色彩感覚についてはレイマールは素晴らしく、私もこの宮も、この通り質実剛健なばかりで面白みがないと思うのだがね。母上にも、レイマールやルペルカにも、もっと飾り立てるべきだとよく言われているのだが」
「いえ、とっても、さまざまで、きらきらして、面白いです!」
幼さゆえのものだろう、感覚優先で意味のわからないことを言うと、カルナリアは伸び上がって、整列して王女に頭を下げている者たちを隅から隅まで見回した。
――王女というのはどういう生き物だろうとメガネの下で冷ややかにうかがっていたファラは、幼姫の目が本物の関心にきらめいていることに驚いた。
ガルディスは身分を気にせず能力ある者を何人も引き上げて自分の傍に置いており、そのため王太子宮はいつも無礼な平民どものいやなにおいがして、汚らしく、近寄りがたい……というのが王宮でのもっぱらの評判だった。ファラが魔法学院に在席していた頃から、卒業した後にガルディス宮に配属されるのはいやだなあと漏らしている上級生の声をいくつも聞いていた。
なのに王族、貴族の中の貴族たる王女という存在が、平民がたくさん混じっているこの場を、さげすむどころか興味津々、思いきり楽しんでいる。平民という面白い動物を見物する楽しみ方ではない。そういう感覚でいるならこちらも肌でわかる。だが違う。本気で、貴族も平民ももしかすると奴隷もなく、みなを完全に同じように見ている気配が伝わってきた。
そういう貴族をファラは二人だけ知っていた。セルイと、ガルディス。
「お兄さま、ご紹介してくださいません? あちらの、髪の伸び上がっておられる方は、どういうお人ですの?」
ここでうかつな真似をしてことが露見したら――最悪、カルナリアを人質にしてこの場から蜂起開始となる可能性すら……というゾッとする空気に満ちていた広間が、一気にゆるんだ。
指された者は確かに、後ろ髪を伸ばし個性的な形状に結っていて、それが頭を下げているとその髪は伸び上がっているとしか言い様のない状態で上へ突き出るのだ。王女の声音の軽やかさ、愉快そうな響きも相まって、いくつかの失笑が響いた。
ガルディスは大笑いして、集った面々を自慢し始めた。この者は武勇抜群、ガルディス五神将などと勝手に名乗っていてね。隣の者は平民だが手先がすばらしく器用で色々な道具を作ってくれているんだ。そちらの者は――ガルディスは皆を楽にさせ、間を歩き回りながら、無邪気な妹の好奇心を満たしてやり続けた。
「あの、兄さま、わたくし、あそこの方がとても気になるのですけど……」
下級貴族ゆえに後列にいるセルイ、そのさらに後ろに控え、危険人物ゆえに警戒任務の魔導師がついているファラに、王女の目が据えられた。
一瞬、冷たいものをおぼえた。
あどけない、童女そのもののカルナリアの目が、奇怪な力を放って自分とセルイをまとめて貫いたような感覚に襲われたのだった。
「私の懐刀、まだ若いが並ぶ者のない知謀を誇る、セルイ・ラダーローンという者だよ」
「ええ、前にも兄さまと一緒におられましたよね。すばらしい輝きでしたのでよくおぼえています」
言われたセルイが、うやうやしく、完璧な礼をする――その体内に極寒の憎悪が渦巻いたのをファラは感じ取った。
すばらしい輝き。彼にとって、貴族にそのように「外見を評価される」のはどういう意味なのか……。
その瞬間、第四王女はセルイにとって必ず討ち果たすべき「敵」となった。
セルイの敵はファラの敵だ。
その「敵」の目が、すでに面識があるらしいセルイを通りすぎ、自分に向いた。
「でもわたくしが気になったのはそちらの、後ろの…………あら、あら、わあっ!」
「敵」が、ガルディスのエスコートを振り切っていきなり駆け出し、急接近。
美形のセルイを完全に無視して、自分の豊かな胸に飛びこんでくるのではないかという勢い。
「魔導師ですね。すごい! お名前は!?」
「ファ、ファラ・リスティスにございます…………っ!」
名乗ってしまった。
自分の名前を知られるのがどれほど危ういことか、わかっていたのに。
それほどに王女という雲の上の存在のこの行動は意外すぎるものであり、目にも顔にも声にも一切の邪気がなかったこともあって、頭が真っ白になってつい口走ってしまったのだった。
その後から大穴に落下する心地がやってきた。
王女の手前、叱責できかねるセルイから冷気が吹きつける。まわりの者たちも殺気を漂わせる。
しかしこれまで人間の悪意というものには一切触れてこなかっただろう純真無垢な第四王女は、そういった気配にはまったく気づくことのないまま、上機嫌に両腕を伸ばしくるくると回った。美しい旋回だった。
「素敵な名前ですね。でも魔導師なのに、魔導師杖は持っていないの? 魔法だけじゃなく、とてもとてもすごいのに!」
何を言っているのか。このおっぱいのことか。まったくふくらんでない年齢なのに同性にそういうことを言うとはカルナリア宮ではどういう教育をしているのか。……と、完全に平民のファラですらまるで上級貴族、父親たる国王のようなことを考えてしまった。
しかし聞き返すどころではなかった。華奢な王女は、大興奮して、回転しながら飛び上がり、ガルディスのところへ駆け戻っていってしまったからだ。
「ほんとうにすごいわ、ガルディス兄さま、わたくし、来てよかった! 今度はちゃんとおうかがいしてもよろしくて? この人たちと、色々とお話してみたいの!」
「……やれやれ。いつもなら、可愛い妹のお願いは何でも聞いてあげるところなのだがね」
ガルディスは二十歳以上離れている末の妹を抱き上げ、それ以上好き放題できないようにした。
「お前のところの騎士団長と侍女頭が、すごい勢いでやってきたそうだよ。待たせてはいけないね。今日はお戻り」
「ヒッ!?」
「何も言わずにいきなりいなくなって、彼らがどれだけ焦ったことか。たっぷり叱られてきなさい。いいね」
許しを乞う哀れな声がたくましいガルディスの肩の上から流れ出て、広間から廊下へと遠ざかっていった。
…………扉が閉じると、全員が盛大に息をついた。
今のこの宮に、カルナリア宮の騎士や従者、侍女たちなどを踏みこませるわけにはいかない。王女を強引に引き渡して即座に退去させるために、どのように扱っても無礼とはされないガルディス自身が動いたのだということは、これもまた全員が察していた。主君に手間をかけさせるなど臣下失格。
「………………わかっていますね?」
ファラはその後セルイから、これまでで一番厳しい制裁を受けた。
(……カルちゃんの特技知った今にして思えば、ガルディス様が集めた色々な人材の、それぞれの才能のことだったんだよねえ、あの「きらきらして面白い」とか「すばらしい輝き」、あたしへの「すごい」ってやつさ。
それを面白いと思える子だったんだから……時間かければ、ガルディス様と同じように思って、味方になってくれてたかもしれなかったね)
だが、そうはならなかった。
そうなる前に、ガルディスが蜂起したからだ。
(あたしとセルイはエラルモ河を下ってタランドンへ……予定日に、『流星伝令』が東から城へ飛びこんできて、いよいよ始まったってセルイとうなずきあったっけ……)
『流星伝令』が運んできた重要情報はタランドン侯爵のみに伝えられるということにはなっていたが、王都で反乱が起き国王その人が討たれたという知らせはたちどころにタランドン城全体に広まり大騒ぎになった。
ガルディスの成功にセルイの瞳がすばらしく輝き肌が紅潮し、ファラはまぶしすぎて目を細めながら、絶対に自分がこの人を守らなければならないと思いを新たにしたものだった。家族の仇を討つことはできそうにないが、この国の大改造がなるのなら十分ではないか。この人と共にその一助となれるのなら、あの雪の中で虚しく死んでいくよりもはるかにまし、それ以上を望むのはぜいたくというもの。そのように気持ちを切り替えることはすでにできていた。
だが数日後、忍び組織『風』の者から、完全に予想外の話が持ちこまれる。
よりにもよってあの礼儀知らずで世間知らずで意味不明のアホ王女、十二歳の第四王女カルナリアが、ガルディスの手を逃れ、しかも王位を保証するこの国最高の至宝、国宝『王の冠』を持って、ここタランドンの城下町まで逃げこんできたという信じがたい話!
あの王女を捕らえるため、忍び組たる『風』の者たちに協力するようファラは言われた。
「逃げる女の子を捕まえるために……ですか。いつぞやのことを思い出しますね。あの時とは立場が逆ですが」
「それ、言っちゃだめなやつっす」
「相手は魔導師ではなく、何もできない幼い王女と、剣士ひとりだけです。手練れとはいえ剣士ですからあなたの時のようになる心配はいらないでしょう。何らかの奥の手を持ち合わせていたとしても、今のあなたなら問題なく対処できるはずですよ」
「まあ、そうっすけどね……剣だけの相手なら、どうにでも……」
敵地そのものでありいつ貴族どもに襲撃されるかもわからないタランドン城に居続けるセルイと離れるのは心配だったが、状況の重大さもわかっており、やむなく下町に降りて王女探索に加わった。
………………その結果、とんでもない相手に関わることになってしまった。
逃亡するカルナリア王女についた護衛の女剣士、『剣聖』フィン・シャンドレン。
(いや~~~~~~ないわ~~~~~~。
いま思ってもつくづく、『あれ』は、ないわ~~~~~~。
あんなのを王女が引き当てるなんて…………運命神が味方しすぎ)
『あれ』に関する一連のことを思い出すたびに、ファラは心の中で理不尽さへの恨み節を全力で奏でてしまうのだった。
貴重な、本編開始前、すばらしい美少女そのものだったカルナリア登場。
なお本編では…………「まともな顔でいる方が少ないヒロイン」とどこかで書いた記憶が。
ここでの一度きりのわずかな交流を、きちんとおぼえていました。本編083話「王女の体の秘密」参照。
なおそちらでは「遊びに行って、直接言葉を交わすことはなかったけれども、控えているその姿を「見て」――。」と書いてありますが、今話の展開の方が面白いので、一応名乗るというやりとりは交わしたこっちを正史とします。
ファラも、こういう席で名を問われた時は実在の貴族令嬢の名を名乗るように言われており準備していたのですが、何から何まで意表をついてきたカルナリアの前に、後付けの偽名が頭から飛んでしまっていました。なおそれ自体も後付けのはずの「ファラ」という名前を言うくらいにはその名前がなじんでいます。
その後はきちんと、本編のタランドン編で、その偽名令嬢として振る舞っています。カルナリアの前に現れた時にちゃんとした格好をしていたのも、タランドン侯爵本人との面会を許されるのも、その貴族令嬢としての名前と身分あってのことです。
そして……ファラ視点だとここで突然出てきた「剣聖」フィン・シャンドレン。
敵側から見れば、まして色々判明した後から思い返せば、恨み節も全力で朗々と歌い上げてしまうというものです。




