「ねがい」12
12
(ギリアちゃんがやられたのと同じ、第三学年の時だったね。成人してたっけ。ちょっと前の十四歳だったかな。おっぱいはもうけっこうたわわになってたねえ)
カラント王国各地を、今度は何のトラブルもなく旅して見聞を広めていたセルイが、王都に戻ってきて、久しぶりに会えた。
ひとつ年上の彼は、元から美少年だったのが、男性の成長期を迎え声変わりもして、まばゆいほどの長身美形となっていた。
「うひょおおおおおおっ! たまらーーーん!」
が、二年ぶりの再会の際に自分が放った第一声。
頭から美形に飛びこんでいって、こめかみを鷲づかみにされ、激痛に屈服し這いつくばって許しを請うた。変人を「装って」いるうちに「本物」になってしまったファラを見下ろすセルイの顔は、見たことのない引きつり方をしていた。
それでも、お互いの状況を話しているうちに、後から身につけたものははがれていって、どちらも昔に戻ってあのときの誓いを確認して――。
帰ってゆくセルイを見送り、姿が見えなくなって、幸せな気持ちと共にきびすを返すと――目の色を変えた貴族令嬢たちに取り囲まれていた。
あの方はどなた。王太子殿下のところの? まあレイマール様のところかと思ったらガルディス殿下の宮にもあのような方が。さすが王太子殿下にふさわしい美しさですわね。どこの家の方? 位階は? お前とはどういう関係? 平民の分際で殿方を引っ張りこんで許されると思ってるの? いつも言っているでしょう身分をわきまえなさい。そもそもこいつ生意気なのよ。平民のくせにわたくしたちより魔力多いなんて。本当にそうね。いっそギリアと同じにしてやらない? いいわね。地下室でやっちゃいましょう。この人数でならこいつがどれだけ魔力多いと言ったって……。
魔法を使えるので男性と同じように他人を攻撃し殺戮することが可能な特権持ち集団が盛り上がり、暴走しかけた。
いやいやそういうんじゃなくあたしらは昔なじみにすぎなくて恋とか愛とかそんなのは全然なくってそういう風に見えるわけないでしょあたしゃこの通り色恋よりも魔法で美少年ゴーレム作る方がよっぽど燃えるたちでして……と、内心はともかく顔と態度はへらへらし下ネタ満載でぺらぺら喋って嫌味と蔑視と嫉妬の雨をやり過ごしつつ、しごかれまくって身についた脚力と叩きこまれた忍びの小技で何とか逃れるタイミングをはかっていたのだが。
(あのときはまだ、何がきっかけなのか、わかってなかったんだよね………………だから)
――気がつけば、違う場所にいて、セルイがいた。いつかと同じように自分は何一つまとっておらず、成長した裸身にセルイの服ではなくかなり大きめのマントをかけられていた。
背後で大爆発が起き、以前の経験があったのでもしやと駆け戻り、運良く最初にファラを見つけ旅路で使っていたマントで隠し運び出すことができたそうだ。
(直前の授業が火魔法だったからだろうね……全力でものすごい火炎いや熱波ぶちまけて、まわりの連中みんな、燃えあがるどころか消し炭、骨だけ、魔法防御きちんと施されてるはずの建物も吹っ飛んだって……)
ファラもその場で死んだことにされ、セルイが関係を深めていた忍び組織『風』の手によりひそかにトルードン領へ送り返された。
魔法学院での大惨事に関しては、それぞれ娘や目をかけていた専属魔導師候補を失った貴族たち、期待していた弟子を失った上級魔導師などが血眼で犯人捜しに奔走し、一時は死亡したファラ・リスティスが犯人だとされたのだが、証拠があったわけではなく単に平民だからという理由だった。
(やっぱり貴族は貴族、馬鹿だったよ)
勢いのままにファラの後見人たるガルディス王太子が糾弾されたのだが。
ガルディスが「ならば諸君の子供や郎党は平民の学生の魔法によって殺されたということになり、由緒正しき魔法学院の校舎は平民ただ一人の魔法により崩壊したことになるな」と持ち出すと。
誇りある我が家の者がたかが平民にやられるわけがないだろう、この私が卒業した栄誉ある学院がそのように貧弱であるわけがと、みな矛を引っこめたとのことだった。
大爆発の原因は、平民をいたぶろうと『魔力量の多い』『優秀な』『家柄も良い』貴族令嬢たちが集団で狭い場所で一斉に魔法を使ったことによるものと結論づけられ、さすがに外聞が悪いので公には原因不明のままにされたとも聞かされた。
その後、ファラはトルードン領でこっそり魔法の修行を続けることとなったが、やらかしたことがことなので、今後顔を出してこの領から出ることが禁じられたのはもちろん、これから先、魔導師としての役職が与えられることもないだろうと宣告されてしまった。
つまり、堂々とクソ貴族どもを討ち果たすことはできなくなったのだ。
(――仕方ないよね。あの頃はあたし自身が理由わかってなかったし。記憶を見る魔法で確認しても、もちろんセルイがその場にいたわけじゃなし、あたし自身がどれだけ罵られても殴られても、お前みたいなのを生んだなんてろくでもない親だいっそのこと家族まとめて川に放りこんでやろうかまで言われても我慢できてたのに……セルイのことを馬鹿にされたり出自を知られあげつらい笑われ軽蔑されてても、悔しくてたまらなくてもへらへら適当なこと言って受け流してて、少なくともそれを言われただけで爆発はしてなかったわけで……だから誰にも理由がわからなかったんだよね)
原因が判明したのは、同じようなことをさらに数回やった後だった。
(あたしが『炸裂』しちまうのは、そういう人間だったってことで――くそやろうを直接ぶっ殺すことができなくなったのもあたし自身のせいで、受け入れるしかなかった………………炸裂の原因は結局、反省も修正もしようがないものだったんだから……!)
簡単な話ではあった。
ファラが身に宿す膨大な魔力をいきなり全開でぶちかましてしまうのは――。
(セルイが傷つけられたとき)
最初に魔法に目覚めたのも、それがきっかけだった。
そうと判明した後に思い返してみると、どの事例もそうだった。
実際に傷つけるかどうかではない。セルイがその場にいるかどうかですらない。
相手がセルイを傷つけてやると言い出し、ふかしではなく本当に可能だこいつらはやるとファラが判定した時点でそうなるのだった。
性悪令嬢どもの時は、ファラを地下室へ連れこもうとしていたところへ情報を持った子が現れ、あのセルイという美形は王太子のお気に入りだが第七位貴族にすぎないしかも元は色街の孤児と知らされたために、それならそいつも捕まえてきてわたくしたちみんなで飼ってやりましょう四つん這いにさせて首輪をつけてと盛り上がりに盛り上がり――。
逃げようとするでしょうからその腕を折るか切るかしてやるのも……と誰かが口走った、その瞬間だった。
三回目も、四回目もそうだった。
三回目は、トルードン領で、何人かいた魔法の教師のひとりに体を狙われ、仲間を集めて襲われた時だった。ファラの実力は知っていたので魔法の心得がある仲間を集めて魔法防御も整えて助けの来ない場所で襲ってきて、しかしファラも戦い方の訓練は受けていたので抵抗し、手こずったことにいらだった相手に言われたのだ。逆らうならあの男娼野郎を痛めつけるぞ。あいつは学問はすごいが魔法の能力はまったくないからな。呪法を使って精神を操り俺たちの△○□しゃぶらせてやる。その上で汚らしいあいつの△○□を切り取って――そこで炸裂。
水魔法だった。相手全員が体の水分を失い干からびていた。周囲も、沼地の中の隘路だったはずなのに村どころか街ひとつほどの面積がカチカチの乾土と化していた。
これもまた、記憶転写の魔法でどれだけ状況を確認しても、服を破られ卑猥な姿にされてもセルイを罵られても即座に炸裂していないので、当時はまだ気づかなかったのだ。
四回目は――グライル山脈の中で。
セルイと共に苛酷な山越えの旅に従事していたのだが、同道していた貴族連中が、強力な魔導師だが平民にすぎないファラに目をつけて、自分たちによこせと言ってきた。これもへらへら言い逃れて何とか黙らせようとあの手この手を考えていたその真っ最中に、埒が明かないので主人のセルイを痛めつけてやろうと貴族が言い出し、おいお前たち――と短剣を持っている従者に命じた瞬間だった。
すでに堂々たる美丈夫となり剣技にも秀でているセルイがこの程度のやつらにやられることなどありえない他の仲間だっている……という、頭ではちゃんとわかっている正しい状況判断がまったく通用しない、心の奥底での判定によるものだった。
(あの四回目で、誰も死なせずにすんで、それでやっと気づいたことなんだよね……その点では感謝しますよ、我らが女王陛下)
それぞれの時、それぞれの相手の顔を思い出す。
三回目までは、相手は全てこの世から消えた。
そのことを悔いたり、悪いと思う気持ちはひとかけらもない。ファラがやっていなければやつらは必ず口にした通りのことを実行していたのだから。
しかしそのせいで――他の誰でもない自分自身のせいで、肝心のガイアール伯への復讐ができなくなってしまった。
(皮肉なんて言葉じゃとても足りない、運命神エルムのいやがらせそのものだね。あたしがセルイを想っていたから――想いすぎていたから、そうなっちまったなんてさ……)
そう、ファラは他から教えられるまで、自分がセルイをどれだけ強く想っているのか、わかっていなかったのだ。
恋人かと言われたら即座に否定できる。実際自分たちの間にそのような関係、そのような言動は一切ない。
片想いかと聞かれたらそれも否定しただろう。どれだけセルイのことを頭に浮かべても、世に聞く恋する乙女が示すもの……ときめき、体熱上昇、のぼせ、不安あるいは陶酔などの現象が発生することがなかったのだから。
セルイは自分の恩人であり、厳しい教師であり、鬼のごとき上司でもあり、そして同じ目的を持つ同志だ。恋愛感情はない。向こうが自分をそういう相手としては見ていないし、こちらもとても大切な相手ではあるが男女の仲というものとは違うのだと、ファラは思っていた――思いこんでいた。
しかし違った。
恋愛をはるかに超えた感情を抱いていたのだ。
(あの人は、あたしの神さまだった…………最初から、その後も、ずっと、ずっと、ずっと……!)
自分の全て。
いや世界の全て。
唯一にして最高のもの。彼のために自分は存在し、生存している。自分の命なんかよりもはるかに大切な、絶対に失われてはならないもの。
それがファラにとってのセルイであり。
こいつはあたしの神さまを傷つける、と確信した瞬間に思考が止まり、即座に持てるもの全てをぶちまけて敵を排除しようとするのは当然すぎることなのだった。
(そのせいで、復讐ができなくなったというなら仕方ない…………あたしの運命、必然的なものってやつだ……納得はできる……納得するしかない………………………………だけど)
それでもまだ、ガルディスが立ち上がった後、貴族連中に自分の魔法をぶつけてやる機会は存分に得られるはずだった。
しかし――ふたつ目の、運命の転機が訪れる。
ファラの、そしてセルイも含めた大勢の運命が激烈にねじ曲がった巨大な転機は、これまで積み重ねてきたものとはまったく別なところから訪れたのだった。
ある人物との遭遇。
今はこのカラント王国の女王、その時はまだ第四王女だった、カルナリア。
解説
ファラの「炸裂」については、いつやらかすか本人ですらわからないしやらかした時の被害がすさまじいので、ガルディス陣営で綿密に情報共有されています。本編097話でギリアがレンカに警告できたのもそのためです。ただそのきっかけがまったくわからないので、ファラ自身の記憶捜査から発見できた唯一の共通事項「おしゃべりが止まる」が前兆現象とされていました。声が途切れて三秒ぐらいしたら炸裂、というパターンです。
レンカは理解できていませんでしたが、ファラが来ると聞かされて最強の忍びたちがげんなりしていたのは、性格や行動がめちゃくちゃだからというだけじゃなく、止めようとしてもどこで『炸裂』のスイッチが入るのかわからず彼らをもってしても扱いようのない爆弾だからでした。なおファラの同道を求めた『1』は、もし『炸裂』したとしても、今のガルディスにとって最大の脅威たるカルナリアと『王の冠』を消滅させられるからそれはそれでよし、という計算もしていました。自分を含めた全員が共に死ぬこととなっても。最強の忍びとはそういう存在です。




