「ねがい」11
これまでと時間も状況も一気に変わります。
大人になったファラの回想、というかたちで進みます。
本編の内容ともリンク開始。
11
(…………十年、か…………)
ファラはまどろみから覚めて、ぼんやり天井を見上げた。
ずっと昔の、つらく、懐かしい頃の夢を見ていた。
家族を皆殺しにされ、セルイに救われた、あの時。
すべてをありありと、昨日のように思い出せるが、実際にはもう十年――正確には十四年も前のこと。
(願いってのは、願えば必ずかなうなんて簡単なもんじゃないよねえ……いやほんと。そうならどんだけ楽だったか)
目を閉じファラは思いを馳せた。
(あたしとセルイは、あのあと延々と移動し続けて、タランドン領にたどりついて、そこで成長し、学び、鍛え、あたしは魔法の才能に目覚めすごい魔導師になり、セルイは元からの知恵にさらに磨きがかかったガルディス様の第一の参謀かつ最高の美青年に育って……。
ついにガルディス様が立ちあがった時、セルイは一軍をまかされ、あたしも魔導師として付き従って、故郷であり仇の本拠地でもあるガイアール領へ進撃。あの伯爵が親分に泣きついて用意してもらった軍勢と戦うことに。
向こうはある意味何も変わらず、汚らしい反逆者の平民ふぜいが! ってわめいて、でもあちらの魔導師どもが放った魔法はあたしが全部あっさり防御。逆に攻撃して向こうの兵列ずったずた。
真っ青になったくそやろうがお前は何者だって聞いてきて、あたしはここぞと正体明かす。父ちゃんのかたき母ちゃんのかたき下の三人のかたき。そしたら向こう側の兵士として連れてこられてた、父ちゃんの下にいた連中がなだれを打ってこっちについてくれて、戦いは一気に有利になって、セルイは親分たるランベール侯爵軍の貴族どもを次々討ち果たしていって、逃げ出したガイアール伯をあたしが追いかけて、追いついて、みっともなく恐怖するのを魔法で拘束してさ……。
グリスの分、カイラの分、ライルの分って殴りつけ、母ちゃんの――男どもに延々と使われて途中で死んじゃったのをさらに使わせた上で夫の後を追えと河に投げこんだ、その母ちゃんの分だってあいつのケツに棒杭突っこんで串刺しにしてから、まだ生きてるうちに魔法じゃなく普通の火でじっくりと焼いてやった……。
その後はあたしとセルイが結婚してめでたしめでたし!
………………なぁんて、あのゴーチェ君とか、その辺の芝居小屋の台本で書かれそうな展開になってたら、本当に良かったんだけどね。
あるいは起きたとおりに、戦そのものは負けるけどあたしは復讐をやりとげて、その上でセルイと共に逃亡の道へ、だけど二人でいれば何も怖くない……って展開の方が受けるかな。
復讐をなしとげた後に二人して討たれたり追い詰められて共に死を選ぶなんて悲劇にした方がもっと受けそうだけど、本人としてはさすがにいやだねえ。
ま、とにかく、そんな風にわかりやすく展開してくれていれば、今頃はあちこちでファラの仇討ち物語が語られて、太陽王とか言ってた誰かさんが望んだように、これから先もずっと語り継がれるようになってたかもしれない……………………だけど)
現実は、期待あるいは希望とは違う。
いくら願っても、かなわないものはかなわないのだ。
目を開ける。天井が視界に入る。焦点が合い、まどろみは遠ざかり、体の感覚もはっきりしてくる。
(子供だったあの頃は、これだけ強く願ってるんだから必ずかなうはず、かなえてみせるって思いこんでたけど………………どうなったかっていうと……………………ほんと、人生とか運命って、何なんだろうね……)
※
逃げ出した後、トルードン領で三年過ごした。
自分がその名をつけられた「リスティス村」は実在していて、そこの村長の娘ということにされた。ガルディス王太子はいくつもそのような場所を用意していて、各地で居場所のなくなった有能な者を迎えいれているのだという。
まったく知らない、気候も植生も食べ物も全部違う土地について知り尽くし「故郷」として語れるようにならなければいけないのは大変だったが、がんばった。
王太子配下の魔導師に調べてもらって、自分の魔力量がとてつもないものであるということが判明した。領主の専属魔導師の立場を得られる上級魔導師どころか、この国全体でも今は四人しかいない大魔導師となり得るほどだと。
特別に育成されることが即座に決定された。
王太子ガルディス本人にも会った。
最初の時は、国王の長男つまり貴族どもの親玉の中の親玉だという認識と、セルイが唯一自分には見せてくれない顔をする相手ということで、固い態度しか取れなかったが――。
顔も体付きもまったく違うのに、父親と同じものを感じた。大勢を動かす能力があり大勢に慕われる魅力があり、やりたいこともはっきり持った、本当の意味で大きな人物。
さらにトルードン領内で過ごす王太子のはたらきぶりや周りの者たちへの態度、領民たちの様子なんかを色々見ているうちに、確かにこの人ならこの国をよくしてくれるだろう、この人が王になった国では無礼だからというだけで川に放りこまれる者が出ることはないだろうと確信できるようになっていったのだった。
セルイと共にガルディス王太子に仕えると決めたファラは、トルードンの「知識院」本校で、魔法は当然として、貴族社会でも振る舞えるように徹底的に学問や礼儀作法を叩きこまれ、身の危険に備えて体も鍛えさせられた。
(地獄の勉強漬けだったねえ……その上で筋肉痛どころじゃない負担かけまくりの鍛練も……今思えば忍びの技なんてのもやらされてたね……恵まれた環境で育ってる貴族のガキどもを追い抜かなきゃならないから仕方なかったけど……眠ってる時以外すべての時間が何かの勉強か修練かで……礼儀作法や発声の仕方までとにかく徹底的に教えこまれて……とんでもなく厳しかったねえ。周囲の子が何人も壊れていったし……よく生き延びたもんだよ……。
でも、つらい時には家族のこと思い出して自分を奮い立たせたし………………何よりも、セルイが猛勉強してたからね。出身のせいで、ガルディス様の夜の相手をつとめてえこひいきされてるっていう評判を立てられて、そうじゃない実力で認めていただいているんだって示すために必死になってた。
あの人が頑張ってるのにあたしがくじけるわけにはいかなかった。置いていかれるのは絶対にいやだったんだ……)
セルイと共に地獄の日々をどうにか乗り越えて、十二歳の時、王都でも問題なく振る舞えると判断され、魔法学院への入学が決まった。
五年かけてそこを卒業しなければ、この国において正式に魔導師として認定されず、したがってガルディスのもとで役職につき人を動かし効果的に働くことができないので仕方ない。
来たるべき復讐の日のために、ファラはセルイと離れてその道を進むことを受け入れた。
「変な子になりなさい」
と、はなむけとして、セルイに忠告された。
「あなたの見た目は素晴らしく、魔法の才能はなまじな貴族どころではない天才……そして平民です。そのままでは、王太子殿下の後ろ盾があるといっても――いえ後ろ盾があるからこそ深く敵視されます。おとなしくしていても見とがめられ絡まれるだけです。一方で殿下の威をかって堂々としていると、生意気な平民めと貴族全員が敵に回ります。どちらの場合でも、いつの間にかいなくなったということにされるでしょう。それに対抗する力はまだあなたにも我々にもありません。
だから、『変な子』なのです。おかしなやつ。魔法の才能は抜群だけど能力も見た目もやることなすことめちゃくちゃな、魔法にしか興味のない、貴族どもが関わりたくないと思うような変人。そういう存在になることが、あの場所で最もあなたの身を守ってくれる道筋です。
ガルディス様の評判が落ちるなどと気にする必要はありません。あなたがきちんと魔法を学び、才能を開花させれば、悪評など簡単に払拭することができるのですから」
「変な子…………わかりました。やってみます」
父親のもとで働いていた大勢の中には、へんなひととしか言いようのない人物が何人かいた。ファラはそれを思い出し、あれこれ装いを研究し、視力は悪くないけれども外見的魅力を落とすとされているメガネを装着し、他にも色々と奇矯な格好を常にすることにした。
そしてセルイと離れ、「敵地」へ向かった。
……この国では魔法とは貴族のものとされているため、当然ながら魔法学院に通うのもほとんどが貴族だ。
たまにいる、素質があって入学を許された平民は、最初からどこかの貴族のものとされているか、途中でどこかの貴族に囲いこまれるか――あるいはひどくいじめられるかだった。その場合は、よくて自主退学、悪ければ重傷を負わされた上で放逐、もっと悪ければ……。
入学早々ファラは、ふたつ上の第三学年、ギリアという異民族出身のきわめて優秀な、地元では部族長の娘つまり姫君にあたる立場だったために堂々と振る舞っていた女子学生が、この国ではしょせん下級貴族相当にすぎないのに生意気だと、最上級生たちに集団で手ひどく陵辱された上に、抗議した出身部族がカラント軍により皆殺しにされたという事件に接して、セルイの示してくれた方針が最も正しいのだと心から理解した。
(だから、変な子として振る舞うように全力でやってたんだけど――それが割と性に合ってて、そっちが普通になっちまったんだよね。近所のガキどもと一緒になってガキらしいアホな真似もよくやってたからなじみもあって、ヘラヘラしてひどい下ネタ言いまくりで妙ちきりんでしょうもない魔法の実験ばっかりしてたけど――頭の奥の方じゃ、いつか必ずこいつらぶっ殺してやるって思い続けてたよ……)
――そこまでは、復讐者として、この国を変えてやると願う変革者として、おかしな言い方だが反乱への道を『順調に』進んでいた。
だが――。
(あたしの願いは、直接には、かなわなかった。
くそやろうをこの手でぶっ殺してみんなの仇を取ることはできなかった。
その理由、運命の転機ってやつは、思い返せば二回あったね。
ひとつ目は――あたし自身の失敗)
魔法に目覚めた最初の時と同じような爆発を、ある時、ファラはやらかしてしまったのだった。
解説
※ゴーチェ君 「剣姫行」グライル編から登場する若者。名前は出ていないけど初登場は107話「グライルへ」、名前初出は124話「カルナリアの選択」。特別なものを一切持っていなかった一般人だったが、なんだかんだでものすごい波瀾万丈な人生を歩むことになった人。
※ギリア 「剣姫行」でカルナリアを追ってきた七忍のひとり。『5』番。初登場は043話「追う者たち」、本名は079話で初出、今話で語られた件は081話「とらわれの王女」で口にしています。彼女はきちんと復讐をやり遂げたようです。
そしてファラ……初登場は079話「襲撃計画」ですが……この外伝の前話までの、陰鬱な復讐鬼の少女が、生き延びるためとはいえ「こう」なってしまったという……「狂人の真似をして道を走ればそれはもう狂人そのものですよ」と『徒然草』で兼好法師が書いた通りに。セルイ、お前のせいだったのか。ディルゲ君(『6』)は怒っていい。




