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 月華の舞 02

      2


 月華祭の季節がやってきた。


 ジランファの街には、若者たちの熱気が渦巻いていた。


 服や装身具に金をかけ手をかけ工夫をこらし、髪型をどうするか悩みに悩む姿が到るところに。

 舞踊の稽古を重ねる姿も視界のどこかに必ず入る。


 そのような、出場し、アピールし、いい相手を見つけようと必死の若者世代を、すでに相手を見つけて落ちついている年上世代がそれはもう楽しく品評しあう。


 自分の時はこうだった。今年の有力候補。誰が誰を狙っている。あの家の息子はあちらの娘にご執心だが娘の方は別な家の息子のことが。最近流行りの踊り方。東から伝わってきた新しい音楽。審査員たちの名。それぞれの好み。


 街の建物にも通りにも飾り付け作業が始まっており、ある意味欲望が濃厚に渦を巻く、浮かれに浮かれた空気が充満している。


 その熱気の中を、ジールはアイナと連れ立って歩いていた。

 店から店へ。

 適当にではなく、明確な目的をもっての探しもの、買い物、渡り歩き。


「ジール様は、審査なさる側かと思っていましたわ」

「その打診は来ていたのだけれどね。年齢も経験も足りないと辞退しておいたよ」


 半年の間に二人は親密になり、言葉づかいも気安いものになっている。


「出場なさるから、ではいけませんの?」

「知事の息子が出るとなれば、色々気を遣われてしまうだろう? それで高い評価をもらっても喜べない。実力で『月華の君』の座につくのでなければ」

「それで、このようなお買い物を」


 そう、ジールが吟味し買い求めているのは、月華祭の当日、自分の姿形を誤魔化すための、いわば変装のための小道具類だった。


「ジランファの月華祭は、どのように行われますの?」


「まずは、昼過ぎから予選が始まる。これは参加資格を一切問わない。音楽も適当だ。街の中で相手を見つくろい、踊るうちに、いいと思った者から髪や服のどこかに()()()をつけてもらう。自分でもいいと思った相手につける。飾り棒は役場の担当者が売り出すからそれを先に買っておくんだ。どこでも誰とでもどんなものでもいいからとにかく踊って、飾り棒がある程度以上つくと、本選の会場へ入ることを許される。もちろんあちこちで審査員たちが見ているし、会場への入り口前で一舞いするのがお約束だから、金で飾り棒を沢山買っただけというような者はまず入れない。入ってもその後恥をかくだけだね」


「予選の時のお相手とは、その後もずっと組んだままなのですか?」


「いや、本選会場に入ったらお別れだ。本選は男女それぞれが別々に入場したところから始められる。相手を見つけて、組むところも含めての舞踏だからね。そこの駆け引きもまた楽しいところだよ」


「本選に進むのは、何人と決まっているのですか?」


「決まりはないよ。会場がぎっしり埋まる年も、ガラガラの年もある。予選でもう相手を決めてそのまま二人でどこかへ消えてしまう者たちも――失礼」


「……いえ……」


「ともかく、本選は大体夕暮れに始められて、会場全体を人々が見守る中でそれぞれが踊り続け、日が暮れる頃に決勝進出者が選び出される。男女それぞれ五人。そして楽団も上手のみが集められ、炎の中で『五拍舞踊(ペンティラン)』を踊り続けて、審査を経て『月華の君』『月華の姫』が選ばれるんだ」


「かなり違うのですね。わたくしのいた所では、参加者は事前に申し込みを行った者だけで、相手も最初からずっと変わらないものでしたわ」


「この県は、誰でも参加して共に楽しもうという雰囲気が強いからね。優勝者が決まった後は、決勝進出者たちを中心にまた全員の参加が許されて、ひたすら踊り明かすんだ。その中で優勝者に別な相手が現れたり、求婚が殺到したり、それもまた楽しみのうちだよ」


「とてもにぎやかそうですね。楽しみです」


「もちろん最後は、あなたと踊るよ。約束通り」


「ええ、ぜひとも『月華の君』に申し込まれる栄誉をたまわりたいですわ」


「ふふっ、期待して待っててくれ」


 ジールが踊りを申しこむ形で手を差し伸べると、素養自体は身についているアイナも十分に優雅な仕草でその手を取ってくれた。

 視線を重ねて、笑い合った。


「……ああいう感じですよ。素敵でしょう、ご主人さま」


 すばらしく澄んだ、女性の声がした。


 ひそめているが、よく通る、美しい声なのでこちらの耳に入ってしまったようだ。


 自分たちの振る舞いを見られてのものとわかって、ジールとアイナはわずかに苦笑する。無礼と怒るようなことはない。今は到る所にこういう風に振る舞う若者たちがいるからだ。


「ここは、誰でも参加してよいそうなのです。それなら、こんないい機会、そうはありません。私たちの顔を知る者もいないでしょう。ぜひとも、お願いします、ご一緒に」


 幼いようにも年上のようにも聞こえ、声だけでは年齢の想像がつかない。


 熱心に迫っているらしい女性に、ああともうむともつかない低いうなり声が応じた。

 普通に考えれば男性のはず。しかし女性の声であるようにも聞こえた。発声の位置は高め。では男性か。しかし。


「?」


 相手の声は聞き取れたのに、その姿が見あたらなかった。

 声のした方をいくら見つめても、それらしい者たちが見つからない。


「どうなさいましたの?」

「いや……」


 気のせいか。あるいは単に見つけられなかっただけだろう。


 しかしジールは、いま耳にした美しい声が、やたらと心の深いところに響いた感覚をおぼえ、気になって止まらなくなった。



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