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野生の肛門

作者: 雉白書屋

「おっ!」


 声を出したと同時に、おれは草むらの中に飛び込んだ。


「よしよしよしよし……! わはははは!」


 やった、やったぞ! 午後、道を歩いていたら、近くの草むらがガサガサと動いた。そして、雑草の間からちらと見えたその色とフォルムから、おれはもしやと思った。そして予想通り、野生の肛門を捕まえたのだから、笑わずにはいられない。

 肛門はバタバタと尻を振り、逃げようとするがペチンと一度叩くと観念したのか、おれの腕の中で力なく項垂れた。おれは子気味のいい音に楽しくなり、もう一度叩いてやろうかと思ったが、ヒステリーを起こされても困るので優しく揉んでやった。

 柔らかな感触にこちらの頬も緩む。性器一体型ではないため股間部は何もなく、つるつるだった。


「あのー……」


「ん? なんだ」


 後ろから声をかけられたので振り返ると、そこには老人が立っていた。やや屈むような姿勢でいるが、地べたに座るおれに目線を合わせようとしているのではなく、単に腰が曲がっているのだろう。


「それ、肛門ですよね……? こちらに譲っていただけると助かるのですが……」


 老人はおれが捕まえた肛門を指さし、そう言った。


「はぁ? 冗談じゃない。寝惚けているのか」


 おれがそう言って立ち上がると、老人はうっ、と慄いた。しかし、今度はいやらしい笑みを浮かべた。


「まあまあ、年寄りの頼みですのでね、ええ」


 老人はそう言って、おれの腕の中にある肛門に向かって手を伸ばした。おれはさっと身を引き、言った。


「年寄りだからなんだってんだ、関係あるか」


「ええ、ええ。でもぉ、その肛門はね、私が狙いをつけてたやつでして」


「嘘つけ。おれがこいつを見つけたとき、あんた、近くにいなかったじゃないか」


「捕まえようとしたんですけど、逃げられてしまったんですよぉ。その子、慌ててなかったですか? 捕まえやすかったでしょう」


「いーや、だとしても、取り逃したあんたが悪いんだろう」


 おれはふんと鼻を鳴らし、この場を去ろうとした。しかし、老人がグッとおれの腕を掴んできた。こいつが欲しくてたまらないという意志の強さの表れだろう、思ったよりも力あった。


「お願いしますよぅ。私のは最近調子が悪くて、ええ、どうも緩くてぇ……」


 老人は同情を誘うような声でそう言ったが、見え透いた手だ。おれは手を振り解き、言った。


「だからおれの知ったことか。おれだってこいつが必要なんだ。それともなんだ? おれとやろうってのか?」


「うぅ……」


「はぁ、じゃあな」


「……泥棒、泥棒! 人のものをとったら泥棒! 泥棒ですよこの人! 泥棒!」


 背中を向け、立ち去ろうとしたおれに対し、老人は唾を飛ばして、大声でそう叫んだ。


「おいおい、じいさん。いい加減にしてくれよ」


 幸い、他に通行人はいなかったので大きな問題にはならなそうだった。しかし、老人はそのことに気づいていないのか、それとも誰か駆けつけてくれると妄信しているのか叫び続けた。おれへの罵倒や現代社会への批判も交え、無視して構わず歩くおれの後を、鳥の雛のようにおぼつかない足取りでついてきた。

 

 科学技術の発展により、人工臓器の研究が進み、臓器手術の費用が安くなり始めた頃、ある一本の動画が公開され、大きな波紋を呼んだ。

 心臓、肝臓、腎臓、眼、肛門など、これら人工臓器はクローン技術を用いて作られた一つの生命体から取り出したものだというのだ。

 もっとも、必要な臓器を取り出すためだけに、人間を丸々一人作っていたわけではない。手足や脳など不要な部位は作らず、目的とするその臓器とその周辺の部位だけが作られる。たとえば、心臓ならば胸。つまり乳房などがある枕ほどの大きさの肉塊を作り、それを切開して心臓を取り出して患者に移植するというものなのだが、この事実に対し、神への冒涜だの無慈悲だの批判の声が上がった。そして、あるとき、研究所に火をつけた馬鹿たちがいた。それによって、人工臓器たちは研究所から脱走し、こうして野に放たれたのだ。

 人工臓器たちはただの肉塊で、素早く動けないと思われていたが、いやはや生命の神秘というものか、人工臓器たちは自然界に適応、進化し、今では繁殖まで確認されている。一方、人間側もこの事態に始めこそは混乱したものの順応し、今では捕まえた臓器の売買や飼育、さらには表立ってではないが闘鶏のように戦わせるところもある。

 

 おれの場合は、こう使う。老人をまき、家に帰ったおれは肛門をテーブルの上に置き、さっそくローションで優しく穴の部分を撫でてやった。

 肛門はブルブルと尻ごと震え、歓喜しているようだった。

 おれはペニスを取り出し、同じように下から上へ撫でてやると、たった二往復でペニスは硬くなった。そっと穴に近づけると、その熱を感知したのか、肛門は暴れ始め、手で押さえつつ何とか挿入した。


「……って、ユルユルじゃないか! さてはお前、捨て肛門だな!」


 先ほど肛門が暴れていたのは嫌がっていたのではなく、どうやらこれから味わう快感を想像して、喜んでいたようだ。

 おそらく悪質なブリーダーが捨てたのだろう、残念ながら繁殖能力にさほど期待はできない。

 おれは果てた人工ペニスを穴から引き抜いて、檻に戻した。こいつも早漏で質がいいとは言えない。自然界ではそれが都合がいいのかは知らないが。

 人工肛門はまたブルブル震えながらおれの足にすり寄ってきた。こうして見ると、全体の形は悪くない。品評会に出してみるか、それとも体力がありそうなのでバトルに出してみるか、悩ましいところである。

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