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婚約破棄じゃなくて、縁を切りたいとはどういうことですか?

作者: 名録史郎

 婚約御披露目パーティーに現れたリカルド殿下の表情には、いつもとは違う険しさがあった。


「……君との縁を切ることにした」


 そんなことを言われるとは思いもしなかった。

 殿下は浮気もしないような誠実な方。

 月一程度しか会えないとはいえワタクシと付き合いも順調だった。


 そう思っていた。


『縁を切ることにした』


 彼の言葉は冷たい刃のように突き刺さる。


「つまり、リカルド殿下は、ワタクシとの、婚約を破棄したいとおっしゃるのですね」


 リカルド殿下は眉をひそめ、深いため息をついた。


「なにを言っているんだ、君は。私は君との縁を切りたいと言ったのだ、愛するエレノワーゼとの婚約を破棄するわけないだろう」


 ワタクシはさらに混乱しました。

 リカルド殿下の言葉の意味は掴みかねます。


「はあ、それは、一体どういうことですか?」


「君が、自ら縁を切るというのなら、短い期間とはいえ愛し合った仲だ、無下にするつもりはない」


「自ら縁を切る、つまりワタクシから、婚約を破棄すればいいということですか?」


「なにを言っているのだ。私はエレノワーゼとの破棄をするつもりはないと言っているだろう!」


 ワタクシはますます混乱しました。


 縁は切りたいけど、婚約破棄はしたくない?


 心の中で何度も繰り返しても、リカルド殿下の言葉が理解できません。


「で、殿下がな、何を言っているか理解できません」


「まだ、しらを切るか」


「しらをきるというか、なんのことだか心当たりが……」


 そういえば、殿下は、先程からワタクシのことを、『君』と呼んでいます。


 まるで、エレノワーゼとは別であるかのように。


 ワタクシは、エレノワーゼのはずです。


 ()()()()では。


「そちらが、そのつもりなら、こちらにも考えがある。こちらに」


 殿下は誰かを手招きしました。


 愛する他の令嬢でも、やってくるのかと思うと、進み出てきたのは、幼さを残した男の子。

 ワタクシより、頭一つ分小さいです。


 黒いローブを羽織り曲がりくねった杖を持っています。まるで魔法使いのような格好です。


 男の子はワタクシの顔を見ると、なにがおかしいのかクスクスと笑いだしました。


「はじめまして、悪霊さん?」


 男の子は、不躾にワタクシのことを悪霊呼ばわりしました。


「ワタクシは、エレノワーゼという名前があって」


「それは、君の体の名前だろう? 本当の名前じゃないよね?」


 まるでワタクシがエレノワーゼを語る偽物のように言います。


「君は、別の人格の記憶を保有している。違うかい?」


 男の子は見透かすように言いました。


「ワタクシは転生して……」


「転生ね。まあ、たまにいるんだよね。そんな勘違いした奴が」


「か、勘違い」


 そうワタクシは、前の世界の記憶を保持しています。

 ですが、この世界では、エレノワーゼのはずです。


「よく思い出してごらん、君は生まれたときからエレノワーゼだった?」


「ワタクシは、三年前高熱で、うなされた時に前世の記憶を思い出して……」


「君の認識だとそうなっているんだね」


 男の子は、ワタクシの言葉が、間違っているかのように笑います。


「君は前の世界で死んで、世界から弾き飛ばされたあとで、こちらの世界で霊として、彷徨っていただけ。そして、親和性の高いその子が弱ってるときに体を乗っ取った。まあ、つまりは悪霊だよ」


「悪霊……」


 突きつけられた真実に、私は呆然としました。

 

 リカルド殿下は、私の体を貫いて、私の魂だけをおぞましいもののように見ます。


 そして、男の子に命じました。


「我が愛するエレノワーゼを乗っ取ったおぞましき悪霊を祓ってくれ!」


「仰せのままに」


 男の子は、リカルド殿下に一礼すると、私に杖を突きつけました。


「覚悟はいいかな?」


 男の子は、死神のように宣告すると、私に向かって魔法を放ちました。


 ◇ ◇ ◇


 儀式は成功し、エレノワーゼの中から悪霊は消滅した。

 エレノワーゼは力尽きてリカルドの腕の中に倒れ込んだ。 

 リカルドはエレノワーゼをしっかりと抱きしめ、涙を流した。


「ああ、すまなかった。エレノワーゼよ」


 目を開いた、エレノワーゼが、リカルドの頬をなでる。


「いいえ、あなたは私のことを助けてくれたではないですか」


「だが、知らなかったとはいえ、一時的にしろ、君ではない、何者かを愛してしまった」


「いいえ、あなたは、ずっと私のことを思ってくれていました。体の中でずっとあなたが想ってくれていたことを感じていました。ようやくあなたと本当に触れ合うことができます」


「もう大丈夫だ、エレノワーゼ。君は自由だ」


 エレノワーゼは微笑みながらリカルドの顔を見上げた。


「ありがとう、リカルド殿下。私はあなたの愛に救われました」


 エレノワーゼは、悪霊に憑りつかれて苦しかったにもかかわらず、その笑顔には一切その影響を感じさせない。


 リカルドはもう二度とこの笑顔を失うことのないようにすると心に固く誓うのだった。


◇ ◇ ◇


 私は、二人のハッピーエンドを遠くから眺めながら、ため息をつきました。

 ただし、空気が揺れ動くことはありません。


「ああ、あそこにいるのは私だったはずなのに」


「全く図々しいね」


 私の言葉に私を祓った男の子が、小声で返してくれます。


 私は、ワタクシの人生を狂わした少年をキッと睨め付けますが、男の子はどこ吹く風です。

 手には、たんまりと褒賞にもらった金銀財宝を持っています。


 お手柄だったなと、城の者にねぎらいの言葉をかけられます。

 にこやかに手をあげて応対する男の子。

 みな隣にいる私のことには気付きません。

 城を出て、人のいない通りまでくると、男の子が振り向きました。


 ついてきていた私としっかり目があいます。


「さて、ここまでくれば、誰かに聞かれることもないかな。僕の名前はライ。君の名前は、ああ、もちろん元の名前だよ」


「メグミだったと思う」


 随分エレノワーゼとして、生きてきたので忘れかけていたけれど、元の世界での名前を告げました。

 エレノワーゼよりも、ちゃんと自分の名前という気がします。


「それにしても、どうして私は生きてるの?」


「なにを言ってるの? しっかり死んでるけど?」


 たしかに、半透明な体は、生きてるとは言えなさそう。

 足をみると、良く見えません。

 私は事実から目を背けながら言いました。


「でも、ちゃんと意識があって」


「君の前の世界がどんな世界かは知らないけど、こっちの世界では、幽霊がいるのは普通だよ。だから、僕みたいなお祓い師(エクソシスト)という職業があるんだからさ」 


お祓い師(エクソシスト)ならなぜ、私を消滅させなかったの?」


「君は完全に死にたかったの?」


 男の子は、私の質問に対して、質問で返してきました。


「そういうわけじゃないけど」


 私がそう答えると、男の子がいたずらっぽく笑いました。


「なら、まあ、いいじゃん。僕は、あのお姫様から君……メグミを追い出すのが仕事だったんだからさ。それにしても、追い出したのに、冥界送りにならないのに、意識がしっかりしている霊と言うのはめずらしいな」


「冥界送り?」


「この世界では、死んだら幽霊になるんだけどね。普通はそのまま冥界っていう次の世界にいくんだよ。この世に残存している奴はだいたい未練いっぱいで狂っているからさ」


 男の子は、私を珍獣であるかのように見ます。


「私は、転生しただけで」


「ということは、やっぱり異世界からの転生者だから、自意識がはっきりしているのかな。生まれ変われてはいないけど」


 本当にそうです。

 神様いるのなら、ちゃんと生まれ変わらせてください。

 他の世界に移動しても魂のままだけとかシャレになりません。


 ……。


 今思うと、死に方はトラックに当たって死ぬという転生物の小説でよくある感じでしたが、神様に出会った覚えはありません。


 死んだ衝撃で、魂だけ異世界に弾き飛ばされただけかもしれません。


「それにしても、これから、私はどうすれば……」


「元の世界に戻るのは無理だね。少なくとも僕は知らないな」


「そんなぁ」


「ただ君自身としてこの世界で蘇生する術がないわけではないよ。それだけ自意識がしっかりしてるならね」


 ライはいたずらっぽく言いました。


「本当に?」


 私は、藁でも掴む思いで聞き返しました。


「そのためには、魔王に会わなくてはいけない」


「魔王!?」


「ああ、最近復活したらしいんだ。噂だと、金髪の女剣士だというやつもいれば、銀髪の男魔法使いというやつもいて、正体がはっきりしないけれど、魔王は『死人召喚』という魔法を使うことができるらしい。文献だと瘴気というものを発する禁術だけど、魔王は使いこなしているらしい。もしかしたら蘇生術も習得しているかもしれない」


 こちらの世界に来てから、花よ蝶よという話ばかりの貴族社会だったのに、今日一日で、おかしな単語ばかリ聞きます。


 もう頭がパンクしそうなのに、遂には『魔王』です。


「僕もさ。今はエクソシストだけど、完全なネクロマンサーの道を目指してるんだよね。だから、魔王に弟子入りしようと思ってて」


「魔王に弟子入り……」


「そのためには、言うことを聞いてくれる霊が欲しかったんだよね。だから、利害は一致してるとは思わない?」


 私は蘇るために魔王に会わなくてはいけないし、彼は魔王に弟子入りしたい。

 ならば、確かに利害は一致している気がします。


 本当に?


 なんだか騙されているような……。


 私はため息をつきました。


「私は、ハイファンタジーの世界じゃなくて、異世界恋愛の世界に転生したかったというか……」


 ライは首を傾げました。


「なにいってるの? 意味わかんないんだけど」


「元の世界の人気小説ジャンルというか」


「ふーん? 小説? 僕は魔導書しか読まないからよく分からないけど」


 どうやら、ライは、小説には、興味がないようです。

 魔導書は、あっちの世界でのハウツー本に近いかもしれません。

 

 ……よく考えると、魔法がある世界と知ったのも今日が初めてなのですが。


「それでどうするの。僕と一緒に魔王に会いに行く?」


「はい。行きます」


 まあ、私に選択の余地はありませんでした。


「とりあえず、まずは死体を探そうか?」


「死体!?」


「霊体のままじゃ、不便だろう? 魂が入ったままの体はダメだから、死体があれば、実体として動けるよ」


「そうなの?」


「ゾンビとしてだけど」


「い、いやぁー!」


 ハイファンタジーから、パンデミックに移行です。

 ジャンルをはっきりさせてほしい。


「骨だけなら、スケルトンかな?」


「もっと、いやぁー」


 今度は、怪談です。

 ただし、私は化け物側らしい……。


「どうして、こんなことに……」


「わがままだなぁ。好きな死体を選ばしてあげるのにさ」


「うわぁん」


 泣いても、いじけても、ライは楽しそうに笑っています。


 まるで、私の不幸が蜜の味とでもいうように。


「さあ、いくよ。ついてこないなら置いてくからね」


「まってよー」


 私は慌ててライの背中を追いかけました。


 

 この世界には、魔王も、ゾンビも、スケルトンもいる。

 

 しかも、そのゾンビやスケルトンになるのは私です。

 しかも、蘇るためには、魔王に面会しないといけないらしい。


 想像以上に極悪な世界。


 こんな世界私は生きていけるのでしょうか?


 ……うん。死んでるけど。


 私の異世界転移(魂だけ)の冒険譚が今始まりを告げたのでした。


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