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悪霊 Evil spirit ――異世界死生 編――  作者: ナ・ココ・なご
人形が歩し研鑽の道、形迦而明絶。
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91話 汝の命は我が命、汝の意思は我の意志

 ランドウの背後からミケが顔をのぞかせて、いつもの無遠慮な態度でペルンに声を掛けた。が、その一瞬後にはペルンの姿を見て体を強張らせてしまう。なぜなら、彼の魂が何か不気味なものに浸食され、焼かれ続けていたのだから。

 ランドウがミケを守るようにペルンとミケの間に割って入り、大剣の切っ先をペルンに向けた。

「お前はペルンというのか。ならば、一つだけ問いたい。その胸の連樹子、その意味を分かっているのか?」


 ランドウの問いかけにペルンは無言のまま、じっとランドウを見返すだけ。ランドウは一度目を伏せて、顔を上げた。


「分かった。ミケ、その部品を彼に渡してやれ」

「恩に着るべ」


 ペルンの返事を受けて、ランドウがミケに目線を向けて部品を渡すように促す。ミケは、恐怖心が上回りその場にへたへたと腰を抜かして座り込んでしまった。その様子にランドウは、ふぅと息を一つ吐いて彼女の手から部品を取り上げて、ペルンに放った。


「急ぐのか?」

「ああ。早くいかねえとなんねえべよ」

「なら、予備の舟を一隻お主に貸そう。ペルン、お主の好きなように致せ」

「ありがてえ」

 ランドウは踵を返して、予備舟のある場所に疑似系譜を使って配下に連絡を入れる。予備舟の手配をして、その場で到着を待ちながら誰とはなしに独り言ちた。「連樹子をその身に使うなど。俺にその覚悟はないな」その言葉が、震えるミケの耳にやけに大きく聞こえたのだった。


 魔動炉の惹く唸り声と共に一隻の小さな予備舟が彼らの頭上に現れた。大人2人が乗れるほどの大きさの船が舷梯を降ろす。

 ランドウは目線でペルンに合図を送り、口元を堅く結んだ。ペルンという名の人形は、それほどの覚悟をして何を成そうというのか? と、その疑問を腹の中に閉じ込め、ランドウは宙港の出入り口をふいに見やった。


「なんだ?」


 ランドウは訝しむように周囲を観察し、大剣の柄を握りしめた。戦場の空気が一変している。

 その不穏さはやはりその通りで、宙港の入口で機を伺っている黒魔術師たちの姿形が変化していくのをランドウは見た。その黒魔術師の実存強度が著しく跳ね上がっていくと同時に、その顔が三面六臂の異形となったのだ。





 黒魔術師の異形化は、ノインの眼前を含むすべての黒魔術師たちの部隊に引き起こされていた。ノインが連樹子を失うのと入れ替わるようにして、彼ら黒魔術師に多量のエーテルが注ぎ込まれることによって、その姿形が三面六臂の異形に変化していく。

 黒魔術師たちの圧倒的な実存強度の高まりに、都市エーベに住まう聖霊は怖れおののき、必死に身を隠す場所を探しまわる。

 しかし、黒魔術師の異形化を観ながら、ノインは喜びに溢れていた。


「今の生に固執すればするほど新たな生は価値を持ちます。貴方がたは過去なる妄執に囚われ、道を失ないかけていますが、僕は貴方がたを照らす光となりたいのです」


 ノインにとって、喜びとは力ではなく善き生を貫くこと、それこそが歓喜なのだ。そこに生も死も関係ない。その歓喜するノインを魔術の炎が焼き、彼の体が崩れてゆくが、それ以上にノインの魂は喜びで打ち震えていた。


「貴方がた目の前には新たな正しき道があるのです。正しき道を歩む喜びを分かち合いましょう」


 ノインは連樹子を失っても決して揺るぐことなく、原始術法を推進力として飛翔しながら黒魔術師たちを迎えに行くのだ。彼の体は、黒魔術師たちの魔術によって既に肉が焼き落とされ、骨を露わにされていたが、それでもノインの前進に躊躇はない。その彼の右手が一人の黒魔術師の三面と化した頭蓋を掴み、正しき道を照らし出すように言う。


「祝福のときです」


 ノインは頭蓋を掴む手に力を込めていく。その少年の骨格のみとなった手を振りほどこうと、黒魔術師が身をよじる。


「邪霊の人形がっ! 我らが聖女の再誕こそが我らの正しき道だ。それこそが」


 ノインは黒魔術師の六臂ろっぴを折り、黒魔術師が自らの心臓を取り出す行為を咎めた。自らの命を強者の素材としてはならない。


「あなたにも正しき道はあるのです。それこそが、貴方の魂に色を与え、貴方の生が歓喜の歌で満ち溢れるのですから」


 周囲の黒魔術師たちがノインに向かって何千もの魔術を放っていく。ノインにはその魔術を防ぐ連樹子は既になく、彼はそれらの魔術の束を全身に受けた。彼の下肢は砕かれ、ノインが祝福していた黒魔術師もろともに爆ぜた。

 彼の胴体は既にひび割れ身体の稼働にも終わりが見えていた。ただ、一瞬たりとも力を弛緩することはなく、彼の瞳は輝きに満ちている。


 その狂気が呼び寄せたのだろうか。ノインの体を焼く炎が見る間に黒紫色に変色していくのだった。


 足音が聞こえた。

 ノインの背後から小さな足音ではあったが、確かな足取りで近づいてくるソレは重く世界を支配していくのが見えた。彩を失った灰色の世界。ノインは時が止まったかのように感じた。世界の流れは緩慢となり、その理の狭間に一人の老人がノインを見下ろして立っている。それをノインは知覚した。

 その世界で動くものは老人とノインの二人。

 ノインを見つめていた老人は手をそっと差し伸べて、彼に言葉を与える。


「汝の命は我が命、汝の意思は我の意志、汝が求めるものは我が希望、我は汝を祝福しよう」 


 黒魔術師の頭蓋を掴む少年の指先から、赤黒の連樹子ではなく《《黒紫色に輝く連樹子》》が生み出されていく。その頭蓋にねじ込まれていく新たなる連樹子は、確実に魔術師の脳を浸食し、魂を焼くほどの激痛を黒魔術師に食い込ませた。新たな門出を迎える黒魔術師の絶叫が、祝福の讃美歌として空間に響き渡り、世界は動き出す。


 ノインの背中からは黒紫色の樹枝が異形の樹翼を作り上げ、片手に持つ連樹子が穿たれた黒魔術師を、ノインに立ち向かう黒魔術師の大群にかざした。

 その瞬間、絶叫を断続的に吐き出していた黒魔術師の心臓部。そこから黒紫色の樹枝が三又に分かたれ、それぞれが次の黒魔術師の心臓に深く突き刺さっていく。それは刹那の速さで次々と樹形図のように黒魔術師の軍団に根を張っていく。

 ノインを始発とする樹形が天異界の空間を黒紫色に染め上げた。その根の悉くに黒魔術師が突き刺さり、その養分を吸い上げる様に悪霊が祝福の声を上げている。

 そして、それら黒魔術師の体は全て一様に空間の中にねじ切れるように滅失した。絶叫も怨嗟の声も消え去り、耳が痛くなるほどの静寂のなかでノインの祝福の言葉だけが響く。


「本当に美しい。これこそが祝福なのです」


 少年の姿を包んでいた黒紫色の炎がノインの両手両足を滅失させる。連樹子は黒魔術師と同時にノイン自身をも喰らったのだ。ノインは焼けただれたような四肢の傷口を残して、落下していく。連樹子の翼を形成できなくなった彼は、都市エーベの浮島にその身を落とすのだった。



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