69話 黄泉から響くもの。戦火の炎になおも猛る。
カジハは皆が食べ終えたのを見終えると御櫃を両手で持ち上げて、その僅かに残った握り飯ゼリーを一気に飲み干していく。「カジハ様。豪快でございます」とナズナは口元を綻ばせていた。
戦時中は昼食があること自体が贅沢で、カジハ家では伸び盛りの子どもたちには1日3食を基本として掲げていた。ただ、その量は決して多くはないのが実情であったのだが。
ずん―――。
突然に地鳴りが響く。
「最近ことに地鳴りが多発しております。カジハ様、この地鳴りは大丈夫なのでしょうか?」
「ナズナの言う通りに、そろそろ支度をすべき頃だ。よし! ナズナ、ユリ、山の社で祓いの準備を始めようぞ!」
カジハは立ち上がりナズナとユリの返事を待ち、そしてノベザに指示をする。
「ノベザ。カジハ領の『守りの六律防壁』を厚くせよ」
「はい。ナオツグ様、直ちにその任を遂行いたします」
恭しく頭を下げてノベザはカジハからの任務を受ける。「よし。ではいつも通りに俺と戦闘に長ける者は周辺の魔獣を狩り続けて街道の安全を確保する。残りの者は首都に早馬を走らせ、聖域からの欠片をかき集めて戻ってくることだ。無理はしなくてもいい。だが、最善を尽くせ。さあ、気合入れていくぞ!」
ノベザが目配せをすると、門下生がそれぞれに区分けされていく。そうしている間にも何回目かの地鳴りが鳴り響いていた。
度重なる地鳴り。それは現世界に冥府が近づいていることを意味している。
戦が生じれば人心は荒廃し、幾多の魂が輪廻に還る。
昨今の戦は魔術も加味され以前とは比べようもないほどの死者の山が輪廻を淀ませていた。カジハ家はその輪廻の淀みを祓う重要な役目を担っており、それはカジハ家が六道真慧にもっとも近き存在であるから。だからこそ、カジハ家が構える領地には輪廻の入口たる黄泉があり、それを鎮めるようにカジハ領は築かれていた。
「輪廻淀むところに冥府来たれり―――か。こうも黄泉からの地鳴りが多いと、この戦を早く終結せねばならんなあ」
カジハは道場内を見渡す。この場にいる門下生の全ては親を失った戦争孤児たち。今以上に戦が激しさを増していけば、戦場に駆り出される年齢も下がっていくことは間違いない。少しでも手に技を覚えさせ、戦乱の世を生きながえさせる術を伝えることしか出来ない不甲斐無さに、カジハは真一文字に口を結んだ。
道場の戸口を幾多の門下生が各々の役目に従って出ていく。ノベザを先頭とする一団と、ナズナに続く一団が道場の入口から左右に分かれて進んで行くのだ。ナズナの後をついて歩くユリを見やってカジハは腕組みを解いた。
将来を担う子らの為にも大人が盾となり、子らを育んでいかねばならない。8代当主カジハ・サダナオは大きく息を吸って山手の社に歩を進ませていくのだった。
◇
「ナズナ、この戦争はいつまで続くのでしょうか? 私も早く参戦したいです」
山の社に至る石段を歩くユリが、先頭を行くナズナの背に問いかける。ナズナは目を閉じ歩みを止めた。我らのフェルム帝国と黒魔術師を有する三王国との長きにわたる戦争。いつ果てるともないこの戦いは、どちらが滅亡するまで続くのだろうか?ナズナはユリに向き直り正面から見つめた。
「ユリ様は今年で12才になられます。三応儀式を経れば体も聖霊に見合うだけの強靭さを獲得されましょう。ですから、今は戦争のことよりもご自身の力を養うことだけを考えてくださいませ」
「しかし、私はっ―――。いえ、そうですね。ナズナの言う通りです。今は祓いの儀式を務めるのが先決。一緒に輪廻の淀みを祓いましょう」
ユリは気持ちを飲み込む。天憑きである自分が戦場に立てば、戦争など早くに終わるだろうと、そう言おうとしたのだ。だが、自分の脇腹の痛みが言葉を押し留めた。脇腹の骨折。それはユリが周囲の制止を聞かずに実行した修久利の剣技が、自らの体を砕いてしまったことが原因だ。いくら天憑きであろうと体は人間のそれ。大きな力を支えることも出来ずに体が壊れてしまったのだ。その骨折の痛みが天憑きという自惚れに釘を刺している。
山道の石段を登っていき、もう少しで社に着く。
―――そう思った瞬間に異変は起きた。




