66話 魔ノ刻。黒針の波。
「これは見られている? いや、探っているのか‥‥‥?」ノインは周囲の気配を探る。それから、眼下を見下ろした。木の根元ではユリが羅果の実を入れた木箱を荷車魔動器に摘んでいた。同じようにペルンも羅果の実を木箱に入れている。
ノインは連樹子で繋がっている飛蜥蜴と意識をリンクさせた。飛蜥蜴からは戦闘のシグナルは来ていない。だが、何かがおかしい。
ユリはノインが作業の手を止めていたことに気が付いた。彼女はすぐさまに周囲の気配を探る。しかし、近くには魔獣の気配はない。ただ、ユリも不穏な空気を感じ取っていた。
その予感は果たして的中し、突如として漆黒の転移陣が湿地帯を取り囲むように出現した。
黒針だ。
その漆黒の転移陣から生じた黒針が森林を黒く染め上げていく。
ノインもまた飛蜥蜴の目を通して黒針が眼前にいることを知る。いや、目の前ではなく飛蜥蜴そのものの体表に張り付いていたことを知った。
「エーテルを吸っているのか?」
黒針は虫の形をした狭間由来の魔獣。その大きさは人間の大人ぐらいだ。特徴としては針のような触角が背中に生えている。その体表を埋め尽くすブドウの花房のような幾つもの瞳が蠢いていた。その黒針の全姿は虫の姿であり、世界大全の図録に記載されているもので言えば蝗虫に近似していた。
飛蜥蜴に張り付いている黒針の数は数十体を超える数だ。しかも実存強度は1.505~1.554だ。ノインの実存強度(1.471)よりも遥かに強大なエーテル量を有していた。ノインは自分の右手の義手に目を落とす。この腕では連樹子を編むことはできない。連樹子を使おうとした時点で連樹子が義手そのものを滅失させてしまうだろう。正面から戦っても勝てる相手ではないことは明白。
「うおおおおっ―――! ヤバいっス。これはマジでヤバいっスううううう! オイラが死ぬのは駄目っスよおおおおおっっ!!」
ソラが湿地帯の水面を猛烈な勢いで走っている。その背後には黒針が幾万もの群れを成して津波のごとく迫っている。
「この黒針の数量、黒魔術師がいることは明白ですね」
ユリは冷たい眼差しで黒針の大群を睨む。
ノインも羅果の木から飛び降りて打刀を抜き放った。ペルンは荷車魔動器に次の採取場所である山岳地帯に進むように命じている。この湿地帯はすでに戦闘区域になっているのだから。
ソラが物凄い勢いでノインたちを通り過ぎて、荷車魔動器の積み荷の中に飛び込んでいった。
「よおおおっっっし!! んじゃ、あとはよろしくっス!」
そう言い残して、やり切った感満載のソラは荷車魔動器とともに場を離れていくのだ。
ノインは荷車魔動器が進んで行く山岳地帯がある北東を見やった。確かに黒針の気配は湿地帯のみで山岳地地帯から感じられない。
「おい、トサカ娘。きっちりと緑星屑を耳そろえて確保しておくんだべ」
どすの効いたベルンの言葉がソラの背中に刺さる。「もっちろんっスよ~」と積み荷の間から手を振っているソラが微かに見えていた。
ノインは黒針の大群を正面にとらえる。空間転移で群れを成したその姿はまるで天地を暗きに沈める黒雲のように押し寄せて来ていた。その暗黒の群れに対して一人の女性が眼前と対峙する。
「黒針、お前たちのその悉くを葬り去ろう」
ユリの構えに浮島が凍てついていく。空気も氷りつくなかで、彼女は黒針を見据えて滔々《とうとう》と修久利の技を編み続けている。
「天無辺・鴻冓」
ユリの剣技から放たれた幾億の刃が、地平を凍てつかせながら万物を潰すように切り裂いく。黒針の一画が消滅した。それでも、黒針は溢れんばかりに浮島を埋め尽くしていた。
ユリは息を整え、ペルンとノインに檄を飛ばす。
「殺し尽くすのです! 黒魔術師に連なる者どもを一片たりとも逃すことのないよう、手を休めるな!」
「お~、んだら殺るだけだべ。ノイン、気張れよ」
「はい、ペルン師匠!」
その言をもって戦場が開かれた。
天異界の宙を埋め尽くした黒針の幾千万匹の流星群は、やはりこの浮島を見逃しはしなかった。
「やれるだけやってみる!」
原始術法『火粘弾』
ノインは黒針の黒き津波に向けて原始術法を放つ。これで黒針の一群の攻撃対象をノインに固定する。「よし」と内心で呟き、そして左手で連樹子を成して刀の刃先に這わす。連樹子を使えば相手の実存強度を削ることが出来るが、連樹子を使い続けるれば身体と刀身は劣化してしまう。
足元は泥漿、水面から顔を出している倒木は苔に覆われている。足場が相当に悪い中でノインは刀を構えた。
修久利。




