18話 紅き声。存在滅失を奏でん
ノインは自分自身の変化を見逃すことのないように意識しながら、再び制御式を描いていく。
そして、見つけた。
どうやら、自分自身の手の指―――その指の腹に小さな紅い渦が巻き、その中心から紅い樹枝のよなもの小さく出ていた。「鉤爪の形をした紅い樹枝?」ノインはそれを凝視しながら、制御式の構築を解除してみる。するとその紅い樹枝は消えたのだった。「これは人形体の独自の機能なのでしょうか?ただ、この紅い樹枝が制御式を破壊しているのは間違いない」
そう確信できた。
次に判断すべきことは、人形体の機能であるのかどうかだ。ノインは自分を起動させた研究室に散乱している書類群を見渡し、作業台に目を止める。確かあれらの書類には人形体に関する設計資料が記載されていたはずだ。彼はその書類を集め、乱暴にページをめくっていく。その書類群には魔動器人形に関する設計図とそれらの簡略的な機能についての記述があり、ノインは紅い樹枝に関する記述を探し続ける。この紅い樹枝は人形に由来するものなのか、そうではないのかを早くはっきりさせたかった。ココが人形体に与えてくれた基礎知識には、紅い樹枝についての知識は入っていなかった。
しかし、資料を最後まで読み進めても知りたい情報は記載されていなかった。彼は自分の手のひらを見つめて、
「これだけ資料を探しても紅い樹枝の記述はどこにも見当たらない。そうなると、考えられることは一つだけ。これは僕自身の能力というべきなのかもしれない」
自分の両手から自在に出し入れができる紅い樹枝。この樹枝は一体何なのか?記憶のない自分には判断のしようがないけれど、ただ、この樹枝をみても不思議と違和感は感じなかった。それこそが答えなのかもしれないと、ノインは思う。
その考えに達したとき霧が晴れるように理解できてしまった。
―――ああ、そうか。
この紅い樹枝こそが、自分に厳命を下し続ける声の一部であり、それが形を成したもの。これこそがすべての生命を絶滅させ世界を食い殺せとする声が具現化したものだ。この紅い樹枝は壊すのではなく存在自体を喰らう声そのもの。だから、エーテルで描かれる制御式は喰らわれて存在ごと消え去ったのだ。ノインは再び手に紅い樹枝を出現させる。伸縮も自在に出来てしまう鉤爪の形をした樹枝。
「僕が体を持つことで『声』も具現化した。と考えてもいいのでしょうか?」
ノインはその樹枝を動かしてみる。この樹枝は彼自身の意思で動かせてはいる。「僕の意思通りに動かせるようですが、制御式の破壊については自動で動いてしまう。そういう性質があるようです」ノインはぐっと手を握りしめ、そして開く。
窓から差す日差しがノインの横顔を照らした。薄暗かった部屋に差し込む陽光に思わず目を細める。どうやら、いつの間にか日が山の稜線から顔を出すまでに昇っていたのだった。その眩しい光を彼は見つめる。
「この紅い樹枝についての理解を進めよう。この部屋にある資料の大半は記憶領域に詰め込めたわけだし、あとは書棚の本を読み込めば研究室に関しては終了かな。ただ、魔術の制御式が使えないってのは残念だけど・・・いえ、別の方法で魔術を使うことを模索するべきですね」
ノインは研究室の片隅に掛けられてある柱時計で時間を確認すると、ちょうど朝食の時間に差し掛かる頃だった。ノインが目覚めてからは、それまで料理を担当していたペルンから料理当番を引き継ぐこととなり、ノインに集積された料理レシピはどんなものでも作れると彼に語りかける。
そうだ、今日はパスタを作ってみよう。
ノインは幾多あるレシピのなかから一つを選ぶ。その料理方法も……うん、ちゃんと人形体の記憶域から引き出すことができる。よし!胸の前で手をパチンと手を叩き気合を入れる。
彼は研究室のドアを勢いよく大きく開けると、廊下の窓から朝の日差しが足元を照らす。ノインは大きな伸びを一つして、炊事場に向かって歩き出した。
「あっ、そうだ。ペルンの畑に行く前に浮島の魔獣生息区域の確認をしておかないといけませんね」
浮島には魔獣が生息している。その魔獣の種類と生息域を畑に行く途中で出くわしたら大変だ。十分に調べておかないといけない、などと考えていると、
だん!だん!
という大きな音と共にココが階段を勢いよく駆け降りてきていた。




