16話 自己の存在、静寂を進め
鏡に自分の姿が映っている。
「体と心で感じる世界はこんなにも美しいのですね」
ずっと終わることのない永刻のなかで体すら持たなかった僕は、ただ世界のありようを見つめているだけの存在だった。
しかし、
とても輝いて見えたのだ。
ココの手に包まれたとき―――きらきらと光って揺れるその在り方に、僕は新しい世界の訪れを感じたのだ。そう、それはとても心地の良い輝きだった。
ノインはもう一度正面から鏡を見つめ直す。
そこに映し出されている白銀の髪は少し長めで、紺青色の瞳が印象的な15才前後の少年がそこに在る。起動時に着ていた実験衣ではなく、少年らしい普段着に身を包んでいた。改めて自分の姿を見て、もう以前の自分ではないことを理解した。今こうして在るのは新たにこの世界に生まれ出でたノイン・ニ―ベルなのだということを。
「ノイン・ニ―ベル」
彼は自分の名前を呼ぶ。囁いたつもりだったが、部屋に響いた声はやけに大きく聞こえた。ノインが初めて目覚めたときのココの笑顔を思い出して、口元が自然とほころぶ。彼は目をそっとつぶりココの言葉を胸中で反芻した。
彼女は「天異界の中央を目指す」そう言った。だから、ノインは決めたのだ。ココの願いを叶えてあげたい。僕にとって唯一無二の存在である彼女の、その願いを実現させたいと強く心に想い、そして刻んだのだ。
ノインは鏡から目を離すと、自分がいる部屋を見渡した。
ノインが魔動人形として目覚めた翌日。
最初にすべきことは世界について良く知ることだった。ココはノインに強くなって欲しいと言った。そのためには、世界の知識・情報を良く知らなければ何も成すことはできない。なぜなら、何が最善策なのかを模索することも、見当を付けることもできないのだから。
そう考えて彼はココの研究室に行き、そこに雑多に置かれてある書類の山を一つ、また一つと読み漁っていたのだった。その書類群と格闘している際にふと目に留まったのが埃まみれの姿見鏡。その姿見鏡に映りこんでいた自分の姿に気付き、自分のココに対する想いを見つめていた。
「天異界のことについて、より良く調べなければなりません」
早朝の研究室はとても静かで、窓の外から野鳥の声だけが物音一つしない部屋に朝の喧騒を伝えてきている。部屋の中にいるのはノインだけ。ココは昨日の疲れがとれず今は寝室で眠っているし、ペルンもまだ起きて来てはいないようだ。
と、研究室のドアの向こう―――廊下から誰かの足音が近づいてきていることにノインは気付き、そのドアの向こうの気配を探る。
研究室のドアが開き、
「お?ノインだべか。まだ外は薄暗いのに、えらい早起きだな。明かりがついていたから何だべ?と思ったわけだけども。ノインだったわけか。・・・そうだ、これから一緒に畑さ行くか?」
「ペルンさん、おはようございます。僕はもう少し調べ物をしようと思っているんですけど」
「そうか。んだら、俺は畑さ行ってくるから昼間にでも農具の修理道具ば持ってきてくんろ。それに、家の食料の在庫も切らしてんべ?畑の作物ばいっぱい収穫するべえ~」
「ええ。ペルン、分かりました。ココが起きたら一緒に畑に向かます。遅くともお昼前には行けると思いますよ」
「よす!わかったべ。そしたら後でなっ」
ペルンは研究室のドアノブに手を掛け、後ろ向きにノインに手を振り部屋を出ていった。再び独りになったノインは本漁りを再開する。ココを手助けするには、もっと情報と知識が必要なのだから。優先すべきは研究室にある資料を読み込み、自分に不足している世界に関する事柄を補わなければならない。
ノインは優先順位を整理してココの研究室の資料に当たる。それにしてもと思う。ココが与えてくれた体はとても便利な機能を有していた。この人形体に組み込まれている記憶領域や情報処理力は、流し読み程度で資料の内容を全て理解して記憶することができた。どの程度まで記憶できるのかは分からないけど、この速さで読み進めていけばお昼前には殆ど読み終えてしまうんじゃないだろうかとさえ思ってしまう。
どのくらいの時間が経っただろう。ノインは魔動器製作の資料を片手に持ったまま天井を見つめてしまう。




