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第4話 少女の怒り

 少女は秋斗を何の躊躇(ためら)いもなく突き飛ばすと、その場にしゃがみ込んで、割れてしまった何かの欠片(かけら)を集め始めた。


 次から次へと華奢(きゃしゃ)な手のひらへと乗せられていくそれは、少女の瞳と同じ、青く透き通った美しい海を思わせる、石のようなものだった。


 比較的大きめの欠片を集め終えた少女は、粉々になったさらに小さなものまでかき集めて拾おうとしている。


 突き飛ばされた秋斗は、座り込んだままでしばらく呆けたようにその様子を見ていた。千紘も訳がわからないまま、同じように見ているだけだった。


 だが、少女が細かい粒のようになってしまった欠片を指でつまもうとしている時だ。

 ようやく我に返ったらしい秋斗が、慌てて日本語で声を掛ける。


「そんな小さいものまで集めるなんて危ないって!」


 すると、少女はようやく顔を上げた。金色の髪がふわりと柔らかく揺れた、と思った次の瞬間、


「あんたたち、何てことしてくれるのよ!」


 厳しい顔つきでいきなり怒鳴りつけられる。

 これまでの怯えた様子が嘘のようで、二人はわずかばかり呆気(あっけ)にとられた。


「えっ!?」


 秋斗は驚きと困惑の入り混じった表情で千紘を見る。しかし千紘はそれに応えることなく、顔を少女に向けた。


 少女はよほど憤慨(ふんがい)しているのか、顔が赤く染まっていた。


 秋斗があのような表情を見せたのは、突然怒られたことももちろんそうだが、少女の言葉が日本語だったことも多分にあるのだろう、と千紘でも容易に推測できる。


 実際、千紘も少女の口から日本語が飛び出してきたことに驚きを隠せないでいた。

 しかも、少女が喋ったのはとても流暢(りゅうちょう)な日本語だった。

 見た目は純粋な外国人だったから、千紘と秋斗が驚愕するのも無理はない。


 いきなり怒ったのはおそらく秋斗が割ったものについてなのだろうが、そのことは一旦置いておいて、二人は日本語が通じることに心から安堵した。


「これは私にとってすごく大事なものよ!」


 少女は頬を膨らませ、さらに怒鳴る。


「……ご、ごめん!」


 反射的に秋斗が謝罪すると、その様子に少しは溜飲(りゅういん)が下がったのか、少女は一つ大きな息を吐き出した。

 そして、


「……割れてしまったのは仕方ないわ」


 呟くように言いながら、手の上にある青い欠片に視線を落とした。


「……でも……」


 少女は続ける。少し逡巡(しゅんじゅん)しているように見えた。

 千紘と秋斗はただ黙ってその続きを待ったが、嫌な予感しかしなかった。


「……やっぱり許せないわ!」


 また怒り出した少女に、二人は「予想通りだった……」と言わんばかりにうなだれる。

 後はもうひたすらに許しを()うしかなかった。


「それは悪かった……」

「ホントにごめん!」


 だが、千紘は途中で、


(ん? 割ったのは秋斗なんだから、俺が謝る必要ないよな?)


 そんなことに気づいた。

 少女の説教はまだ続いている。


「このミロワールはもらったばかりなのよ! それを踏んで割るとかどういうことよ!」


 秋斗はそれをただただ申し訳なさそうに聞いているだけだが、千紘は少し引っかかることがあって、恐る恐るではあるが口を開いた。


「……ミロワール、って?」


 どうやら秋斗も説教をされつつも同じことを思っていたらしく、隣で静かに頷く。

 すると少女はきょとんとして、


「ああ、あんたたちは知らないのね。これはミロワールと言って、私の村では成人の証として与えられるものよ」


 そう言うと、手のひらにそっと視線を落とす。千紘と秋斗も同じように少女の手の中を覗き込んだ。

 ミロワールと呼ばれた綺麗な青い欠片が、太陽の光を受けてきらきらと輝いている。


(成人……って言われても、俺たちよりもずっと年下みたいだし、怒り方も子供っぽいっていうか何というか……)


 千紘はそんなことを思ったが、これ以上少女の神経を逆撫でするとさらに面倒なことになるなと考え、つい口から出そうになった言葉を飲み込む。


 そして、三人で手の上にある欠片を覗き込んでしばらくしてから、思い出したように少女が言葉を発した。


「ところで、あんたたち誰?」


 千紘と秋斗は揃ってがっくりと肩を落とし、大きな溜息をつく。そのまま地面に倒れ伏してしまいそうになるのを何とか堪えた。


 最初からそうではあったが、少女は可憐な見た目とは裏腹に随分と上から目線だった。



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