第31話 来ない行商人
村長の家へと向かう途中、何人かの村人とすれ違ったが、彼らは皆なぜか期待に満ちた眼差しのようなものを千紘たちに向けていた。
服装が違うから、もの珍しそうな目で見られるのならわかる。だが、明らかにそういった類の視線ではないのだ。
それがなぜなのか、疑問を抱いたままで三人は村長の家に到着する。
村長とは前回の時に面識があったので、簡単な挨拶と律の紹介を済ませるとすぐに本題に入ることにした。
※※※
「行商人が来ていない?」
質素な椅子に腰を下ろした千紘が訊くと、テーブルを挟んだ向かい側に座っているリリアと村長は同時に頷いた。
「そうなんじゃ、週に二回ほどここから離れたナロイカ村から行商人が来るんじゃが、それがもう三週間も来ておらん」
豊かな白い顎ひげをたくわえた、人のよさそうな村長はそう言って、困ったように眉尻を下げる。
そこにリリアが付け加えるように言った。
「あんたたちが地球に帰ってから、少しして来なくなったの」
「最初の一週間くらいはみな、『たまたま具合が悪くて来れないだけかもしれない』などと思っておったんじゃ。これまでにもそういうことはあったからのう。じゃが、さらに二週間待っても行商人は来なくてな……」
「それで、この村では『ここまで来なくなるなんて、やっぱり何かおかしいんじゃないか』って思い始めたのよ」
さすがのリリアも困った表情で腕を組む。
「そこまではわかったけど、俺たちは関係なくないか? 行商人じゃないんだし」
途中で口を挟むことなく、これまでの話を聞き終えた千紘が、不思議そうに首を捻った。
とりあえずタフリ村で困ったことが起きていることまではわかったが、それと、今回自分たちが召喚されたことの繋がりがわからない。
すると、リリアは組んでいた腕を解いてテーブルの上に置く。
「確かに関係ないけど、今回はあんたたちに頼みたいのよ」
「何で俺たちなんだよ。自分たちで何とかすればいいだろ」
「それができればあんたたちをわざわざ召喚したりしないわよ。……行商人が来ないせいで最近塩が不足し始めてるの」
「塩?」
千紘の隣に座っている秋斗が聞き返すと、またリリアと村長は揃って頷いた。
「この村は海から遠いのよ。だから海沿いにあるナロイカ村から来る行商人が、塩や干したり塩漬けにした海産物を定期的に売りに来るの」
「へえ、そうなんだ」
秋斗は興味深そうに頷きながら、少し前のめりになる。
(これ、絶対『何とかしないと!』とか言い出すやつだな……)
その様子を見て、千紘が呆れたように小さく息を吐いた。
困っている人を放っておけない気持ちは千紘にもわかる。簡単にできることであれば、自分だってどうにかしてやりたいと思わないこともない。
だが、これから紡がれる内容によっては、断るという決断も必要になるのではないかと考えたのだ。
自分たちの命に関わるような、あまりに危険なことは避けたいと考えるのが普通の人間というものだろう。
リリアは千紘たちをまっすぐに見据えながら、さらに続ける。
「なくなってすぐにどうこうなるものじゃないけど、塩って調味料としても使うし、生きるためにも必要でしょう? ずっとこのままだと困るのよ」
「それは困るよな。な、千紘、りっちゃん」
「まあ、そこはわかるけど」
秋斗に顔を向けられ、千紘が頷くと、
「僕もわかります」
律も同じようにしっかりと首を縦に振った。
千紘はまたリリアと村長の方に向き直り、口を開く。
「でも俺たちにどうしろってんだよ。行商人をナロイカ村ってとこから連れてこいっていうのか?」
「まあ近い感じじゃな」
「近いってことは、ちょっと違うのか?」
顎ひげを撫でながら発せられた村長の返答に、秋斗が首を傾げた。すると、今度はリリアが続きを話し始める。
「ただナロイカ村に行くだけならあんたたちは必要ないんだけど、つい最近また困ったことが起きたのよ」
「困ったこと?」
今度は秋斗だけでなく、千紘と律も声を揃えて首を捻った。三人同時に顔を見合わせる。
リリアはそんな様子を見回しながら、深刻そうな表情で静かに言った。
「ナロイカ村に行くためにはバルエルの塔ってところを通らないといけないんだけど、一週間くらい前にそこから魔物が出てくるのを見たって人がいるのよ」




