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【Dead-bed】~アフターマン・ライフ~  作者: TAITAN
~楽園のネズミ達へ~
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第7話「イート・オブ・ラッツ」


「あ、あなた。お待ちなさいな!!」


「?」


 あの港町を後にしてから数日後。

 もうそろそろ南米に渡る為の港に着くという頃合いの出来事だった。


 錆びれた電気スタンドで無人式のショップがあったのでハイ・カロリーバーを数十本買い込み。


 シラヌイが機体に充電し終えるまでお昼ご飯として、ソレを齧っていた。


 耳元に充電完了の報告が来たので、そのまま歩き出そうとしたら、電気スタンドの裏手から何だか煤けた様子の同じ年代くらいの女の子がよろけながらこちらに向かってくるところだった。


 神は金髪で複数本の巻き毛が可愛らしいと思う。


 見目麗しいというのはこういう子の事なんだと思えるくらいにはネットで見た上流階級セレブのモデルさんみたいだった。


 ただ、綺麗というよりは可愛いと思えるのはその表情に愛嬌というものがあるからだろうか。


 自分は表情豊かというよりは何かと頬を膨らませている事の方が前は多かった気がするし、おじさんがいなくなってからは努めて優秀な自分である事をアピールする為にあまり感情は表に出さなかった。


 だから、余計に目の前の少女はそう思えるのかもしれない。


「どうかしましたか?」


 でも、そんな目の前の少女は今少し困っているようだ。

 顔は何処か自分の情けなさに歯噛みしているようでもある。


「実は……困っていますの!!」


 よく見れば、相手の少女は14歳くらい。


 普段使いはしないだろう紅の制服らしいものを着込んでいた。

 スカートには金の刺繍が施されていて、制服の金具も金製に見える。


 少なくとも安っぽいメッキではないだろう。


 胸元の白いタイには先日から視聴し始めた複数言語の中でもラテン語らしき言葉が書き込まれていて、4と読めた。


「ええと、何でしょうか?」

「そ、その……食事に困っていますの!!」

「食事?」


「ええ、貴女の買った“かろりーばー”とか言うのを譲って頂けない?」


「ぇぇと……」


 思わずどうしようかとシラヌイの方を見やる。


『よろしいかと思います。上流階級の人材とのネゴシエイトは貴重な経験です。情報を聞き出しつつ、会話してみましょう』


 耳元のシラヌイの指示に女の子へ視線を戻す。


「解りました。お腹が空いてるんですか? どれくらい要りますか?」


「い、いえ、わ、わたくしではなくて、その、ええと、でも……と、とにかく沢山必要なのですわ!!」


「沢山?」

「そう!! 沢山よ!!」


 30本買ったカロリーバーの袋を少女に手渡す。


「え? え?」


 どうやら驚いているらしい。


「どうやらお困りのようですし、どうぞ。カロリーバーはまた買えばいいので」


「あ、あなた……い、いいんですの? こんなに」

「はい。沢山必要なんですよね?」


「そ、それはそうだけれど……んぅ……分かりました。このまま返すというわけにも参りませんわ。ちょっと、事情をお話します。ですから、時間さえあるならお付き合い頂けないかしら?」


「あ、はい」


 シラヌイは充電が終わったら、所定のスタンドの場所に勝手に陣取っていた。


 今はラインチュースの姿なので微妙に無人スタンドとは不釣り合いかもしれないが、監視カメラの死角であるので問題は無いだろう。


 言われるがまま。


 セレブっぽい金髪の髪を縦ロールにしている子に付いて行くとスタンドのすぐ脇には小道みたいな場所が見えた。


 どうやら、壁の後ろにあったから見逃していたらしい。


 山間の場所なので人気は無いのだが、道自体はちゃんと整備されているようでゴミも落ちていない。


 少し段差のある階段を昇り、山肌に沿うようにして数分歩くと高台の一角に館が見えて来た。


 周囲には最新式ではないものの。


 それでも結構高額なはずの常設で使える全天候量子光学ステルス機能を発揮してくれる簡易ドーム型設備が館を囲うようにドラム缶型で設置してある。


 周囲の茂みには複数のガン・ドック。

 動物型の小型ドローンが複数体配置されていた。

 館の手前は広場のようになっていたが、続く道は無く。

 どうやら人が通るにはあのスタンド裏の小道から入るしかないようだ。

 あるいは山道を進むかどうかというところだろう。


「此処がわたくしの家ですわ」

「お家……」


「ええ……さぁ、遠慮せず入って下さいまし。寄付をこんなにも遠慮なく頂けたのですもの。貴女が決して悪い人でないのは分かりますわ……」


 そう少し微笑んだ子に誘われるまま扉の中に入ると。

 其処は思っていたよりも大きな空間だった。


 中央階段が玄関から二階の左右にある通路に続いている。

 しかし、その中央階段付近には数人の女性達がいた。


 白人と呼ばれているだろう少女とは違う。

 第三世界から流れて来たのだろうか?

 アフリカ系の女性達ばかりだった。

 近頃は欧州近辺の国境封鎖は厳しくなっている。

 理由は戦争とは言うものの。


 実際には人口爆発したアフリカの内戦地帯から送り込まれてくる宗教汚染の源である原理主義者を防ぐ為だ。


 数世紀前から問題になっていた信教の自由による現地宗教の苦境や人権によって他国から流入する難民が民主主義による多数決の原理を悪用、揺るがした事で欧州は国土内の宗教人員数に制限を設けているし、同時に難民には宗教権利の剥奪と出産制限が無ければ、受け入れない旨を表明している。


 しかし、館で待っている人々の殆どが赤ん坊を抱いていたり、妊婦さんだったり、椅子に座ってミルクをやって揺り籠を揺らしているのを見れば、彼女達が一般的には不法難民の類として分類されて見られるのは明らかだった。


「皆さん。戻りました」

「ああ、マリア様」

「マリア様 ?」


 女の人達がそう横の少女に両手を合わせて祈るような仕草をする。


「ああ、失礼しました。自己紹介していませんでしたわね。あまり余裕が無くておざなりに……ダメですわね……こほん。わたくしはマリア。マリア・アメーリアと言いますの」


 丁寧に頭が下げられて、こちらも下げ返す。

 挨拶は大事だ。

 おじさんもそう言っていた。


「アメーリアさん」


「いえ、貴女には大きな寄付を頂きました。どうぞファーストネームで……」


「マリアさん?」


「ええ」


 頷いた女の子。


 マリアがすぐに女の人達に寄って話し始めると誰もが明るい顔になる。


「これでしばらくは大丈夫ですわ。ですから、次の難民申請法の改正案が通過し終わったらお家に戻って、家族と一緒に過ごして下さい」


「ああ、マリア様。ありがとう、ございますっ……っ……」


 涙ながらに女の人達はマリアに感謝しているらしい。


「ええと、マリアさん。この人達は?」


「失礼しました。お客様の前なのに……この方達は祖父の知人の親類の方達なのですわ。未だ難民としての地位しかありませんが、この国産まれのこの国育ちで……」


「そうなんですか?」


「戦争で難民関連の法規が厳格化された煽りで政府当局に拘束されそうになっていて、見ていられずにこうして当家の別荘で匿っているのです」


「難民NGOとか?」


「いえ、極々私的な活動ですわ。ご家族の方達もこの国に根を下ろして長いと言うのに……参政権へのアクセス条件は7世代目と決まってから、随分と時が経ちました。それなのに未だ政府は……確かに納得するべき事は多いのですが、それにしても法規の運用をいきなり厳格化するなんて……」


 少しの怒りを込めてマリアが拳を握る。


「済みません。貴女には関係ない事ですのに……お茶ならありますから、しばし……わたくしの私室で待っていて頂けないでしょうか?」


「は、はい」


 言われるままに誘われながら、女の人達に頭を下げてマリアの私室に向かう。


 内部は至ってシンプルな部屋だった。


 しかし、華柄の薄桃色な壁紙や飴色のクローゼットやテーブルや勉強机。


 全てがヴィンテージと言うのだろうもので統一されている。


「少しお待ちになって……」


 そう言って、部屋の外にマリアさんが消えていく。


 テーブルが一つに椅子が二脚。


 勉強机の上には今時珍しい現物の硝子のスタンドに実物の写真が嵌め込まれていたのでお高いのが解る。


 よく見ると今よりも小さなマリアさんが銀髪のおじいさんと一緒に並んで麦わら帽子を被っている。


 着ているのも制服ではなくて白いワンピースだった。

 でも、一番違うのは屈託のない笑顔だろうか。

 今もその名残はあるとは思うが、眩い笑顔は胸が温かくなる気がした。


「………家族なのかな」


 しばらく待っているとすぐに紅茶のポットをお盆に載せてやってくるマリアさんがテーブルの上に紅茶を注いだカップを置いてくれる。


 すぐに対面に座った彼女がどうぞと言うので一口すると今まで味わった事の無い香りがした。


「美味しい……」


「それは良かったですわ。当家のお気に入りですの。今は殆ど飲む機会が限られてしまっているから……作法はともかく。味だけなら機械の方が正確だし、ちゃんと入れられているか自信が無くて……」


「美味しいですよ?」

「ええ、では、わたくしも失礼して……」


 紅茶を飲んで何だかようやくマリアさんは落ち着いた様子になっていた。


「……その、こうしてみると本当に……無茶な事をお願いしてしまって……申し訳ありません」


「どうしてスタンドで物乞いを?」

「もの―――ええ、そうね。それ以外ではないわよね」


 一瞬、言葉に詰まったマリアさんが苦笑して頷く。


「ハッキリ言ってしまえば、当家の財産が凍結されてしまって、今はお金が無いのです」


「凍結?」


「ええ、政府から彼女達を引き渡すように言われたのだけれど、昔からこの地で暮らす家族のようなものですもの……丁重にお断りさせて頂いたら、法に引っ掛かるのでしばらくは銀行その他の資金を凍結させて頂くと通知が……」


 そこまで言って、マリアさんはまるで自分に呆れるような笑みになった。


「あの方達は御爺様が昔にこの国に招いた技術者の家族なのです。ずっと、此処で育って来たし、ずっと此処で生きて来た。でも、未だ参政権は無いの……」


「それで引き渡さないとお金が引き出せないって事ですか?」


「ええ、だから、毎日の食糧にも事欠く有様になってしまって……それでも災害時用の備蓄で何とかやりくりして来たのだけれど、遂に今朝……」


「それでスタンドで……」


「ええ、お恥ずかしい話ですわ。でも、此処から外に出て家の品を担保にしてお金を借りようにも今の状況だとすぐに政府の介入で居場所がバレてしまう」


「ああ、だから、スタンドに来た人に……」


「ごめんなさい。関係の無い貴女にこんな事を話してもしょうがないとは分かっているの。でも、数か月もこの生活をしているせいか……弱気も首を擡げて来ていて……」


 マリアさんが僅かに視線を伏せる。


「一族の中にはもう十分に恩は返したと、彼女達を政府に引き渡そうという者もいて……今はわたくし一人でこうして彼女達を……」


「そう言えば、赤ちゃんの為の品は……」


「昔ながらのものでおしめを洗って使っているの。ミルクは母乳よ。家の近くには水源と小川もあるから……電気は自家発電用のソーラーパネルや小型の水力発電機があるの。ただ、食料だけはどうにもならなくて……」


 どうやらかなり追い詰められているらしい。


「……本当はね。あの子達の将来を考えるのなら、今は色々な薬やワクチンを打たなければいけない時期なの……当局からは収容さえさせて貰えるなら、少なくとも他の収容者と同じく最低限度のワクチンや投薬はすると言われていて……」


 こちらを見て目を伏せた彼女が紅茶を静かに飲み干していた。


「でも、今の政府が進める政策では特定の人種だけの劇的な増加は差別の温床になるからと出産数の多いコミュニティーの赤子には生殖能力の低減ワクチンが一緒に打たれる事になっているの」


「それって……」


【特定逆差別禁止法】


 総称でそう言われる法規はこの数百年欧州のスタンダードだ。


 簡単に言えば、民主主義と現地宗教の力を維持する為に現地土着民族以外の正規ルート非正規問わずに難民や移民で入って来た人種の増加や外来宗教の加入者に制限を掛けるものだ。


 実際、それで人種と宗教の変質に一定の歯止めが掛かった事で未だに欧州は存続し、外来からの移民者や経済難民の多くが政治的、文化的、宗教的な主義主張を放棄する事を条件にして欧州内では活動が抑制されつつもゆっくりと同化して来ているという。


「確かにそれで死ぬわけじゃない。それは政府も打たれてる人達も認めてるわ。でも、数世代を重ねて現地に同化した人達にまで行うのは反対って御爺様は主張していた」


「御爺様……そこの写真の?」


 マリアさんがフォトフレームを見て頷く。


「ええ、立派な人だったのよ。でも、国内の保守層からは嫌われてしまって……先日、戦争に対して早期終結の為のプロセスを模索する講演会の最中、誰かに撃たれて……」


 マリアがカップを両手で握り締める。


「儘ならないわよね。誰もが認める人道主義者で平和の象徴とまで言われた御爺様が、実際に戦争を止めようとしたら、批判されて死んでしまう。多くの人々が御爺様は立派だったが、最後に道を誤った……なんて言うんですもの」


 マリアさんがしょんぼりした様子で俯く。


「……ごめんなさい。こんな事、あの方達には言えないものだから……見知らぬ誰かに愚痴を言いたかっただけだわ。これじゃあ……」


「マリアさん。立派です」

「あはは……気を使わなくても……」


 力無く首が横に振られた。


「この御恩は忘れませんわ。でも、貴女も此処にいたら、政府に目を付けられるかもしれない。ですから、お早目にお帰り下さい」


 そこでようやく気付いた様子になったマリアさんがポリポリと頬を掻いた。


「ああ……また、わたくしは……お名前を聞いてもよろしいかしら? そそっかしい子でごめんなさいね」


 その時、シラヌイから緊急の連絡が視界のデバイスに映る。


『OP5機の接近を確認。所属を照合中……ヒット。地方登録された自警団の一つ【大釜(ポタフメイロ)】のものと断定。該当組織は反移民スタンスの地方政府公認組織です』


「あの……ウチの子がOPが近付いて来てるって言ってるんですけど」


「え? お、オーピーって……オルガン・パンツァー!?」

「はい。進路は此処みたいです」


「そんな!? 一族からもう情報が……御爺様の理念も目の前の困窮には勝てなかったと……」


 拳を握ったマリアさんがすぐに顔を上げた。

 その表情には一片も諦めた様子は無い。


「ごめんなさい。もう時間が無くなってしまいましたわ。貴女はとにかく早く此処を立ち去って下さい。OPとの戦いになれば、警察沙汰です。あちらは法執行の補助活動中と法を盾に取って来るでしょう。最後まで話合いで解決出来るかどうか探ってみますわ」


「……それじゃあ」


「ええ、“かろりーばー”……ありがとう。一生忘れません」


 マリアさんがすぐに出て来るとカロリーバーの入った袋を女性達に持たせて『もしもの時は……』と言いながら、館の地下へと誘導していく。


 きっと、シェルターがあるのだろう。


 だが、今現在のところ民間のOPの基礎能力があれば、民間用のシェルターでは時間さえあれば、抉じ開ける事が可能である。


 イソイソと館を後にして数分で機体内部に戻る。


「どうすればいいと思う?」


『エネミーの武装は補助活動と言うにはかなり剣呑です。ナパームその他の実弾も確認していますし、随行している車両から考えるに実弾装填済みの銃が多数積まれているようです』


「つまり?」


『殺すか。もしくは殆どなぶり殺しにする為の装備です』


「……普通に警察や関係機関に受け渡すだけじゃないの?」


『【大釜】の裏サイトを確認したところ。民族浄化する事が目的のようです。第三世界の人種の女性や少女達を標的として誘拐を行い混血の為に強姦と強制出産までしているようですね』


 大量のファイルが画像データで羅列されていく。


「どうして警察は動かないの?」


『現在、この国で問題になっている犯罪組織の半数以上が第三世界からの難民が差別に耐えかねて自警団的に組織化した末のものだからです』


「それって、つまり……」


『それらの反抗の理念は世代を重ねるごとに単なる犯罪組織としてのお題目化した為、今は単純に犯罪組織としての功利の為に罪を犯す集団になっていますが、これに対し彼らは土着民族への逆差別的な犯罪や移民難民達から自国民を護る。という大義名分で民間人からミカジメ料を取るという事もしているようです』


「ええと……もしかして警察からバランスを取る為に見逃されてる?」


『はい。両側の組織の片方だけが大きく為れば、更に問題が悪化する為、行政側も御目零ししているようです』


 現在の欧州では犯罪組織の撲滅が不可能なら、それと対峙する組織を育てればいいという番外戦術で治安を維持しているところも多いとされている。


『ただ、あまりにも誘拐や性犯罪に罪状が偏るようなら、見直されそうではありますが、それは平時の事であって戦時では恐らく行われません』


「そっか。じゃあ、此処で消えちゃってもそんなに問題無い?」


 シラヌイがディスプレイの中で頷いた。


『はい。御目零しされてるだけで中身は単なる民族主義の性犯罪者集団です。警察側も抗争で死んだ集団に関しては抗争によるもの。被疑者不明で書類送検してお茶を濁し、ロクな捜査は行わないでしょう』


「残り何秒?」


『約1分30秒で接敵します』


「武器弾薬は?」


『先日の一件で余るだけ装着して来たので問題ありません』


「プランを策定―――」


『してあります。後でデブリーフィングしましょう』


「じゃあ、やろっか」


『はい』


 ミッション・スタート。

 テディ5機が国道の道を武装して連結しながらやってくる。


 俗称では“トレイン・ポーズ”と呼ばれる複数のOPを戦地で効率よく運ぶ為に使われた連結方法だ。


 コックピット周囲の突起に連結用のチェーンを繋いで姿勢を縮こまったままにロックし、先頭機体が運搬用モーターを積んで運搬するのである。


 電車ごっこと揶揄される輸送方法だったが、戦場ではよく見掛けるものであり、特に最前線までの地域ではその姿のままに置かれた機体も多いとか。


『スナイプ・モード起動。マーキングは先頭機体。レールガンの標準補正に光学画像処理システムを連動……』


 立ち上がった専用システム用にディスプレイが瞬時に変化。

 専用レティクルが立ち上がる。

 スコープでの倍率が50倍程。


 相手の連結中のチェーンまで丸見えな観測システムの支援を受けながら国道沿いの坂道の先を照準。


 昇って来るOPの先頭を撃った。


『命中。誤差2cm以内。横転、連結解除。ただし、軍の訓練を受けている者は1機のみのようです。優先照準……撃って』


 二発目。

 操縦桿のトリガーを引く。


 いつもよりもガイドレール部分が僅かに伸びただけのレールガンが瞬時に軍人もしくは元軍人が乗っていただろう敵機を貫く。


 と、同時に周囲で混乱した残りの機影が重火器をあちこちに撃ち始めた。

 火薬式のライフルらしいが、生憎と距離もあるし、当たりはしない。


 その相手を3度目の狙撃で爆発炎上させると残る二機が慌てて退避行動を取ろうとしたが、遅い。


 更に1発。


 そして、最後の1発が撃ち込まれると完全にOPの分隊が沈黙した。


 一機から辛うじて人が逃げ出したようだが、爆発炎上した僚機達のせいで周囲の森に引火して外は炎の檻ととなって逃げ場が無く。


 最後には沈黙する。


『車両が周辺の仲間に助けを求めているようです』


「ECM使わなかったの?」


『今後の事を考えた場合、全て引き寄せて撃滅した方がセレブの方も良いのでは?』


「そうだね。じゃあ、そうしよっか」


 しばらく待っていると炎を撒かれた疎らな森の端で何とか仲間達を救出しようとしていた車両の周囲に他のOPが2機と車両が10台程集まって来る。


『【大釜】の構成員リストを照合中。完了しました。公的リストに載らない実働部隊も含めて9割以上の人材があの場所に集結しているようです。戦闘用車両に近中距離用ミサイル誘導システムを確認。120年前の旧式。七連装地対地誘導弾発射システム【ポラーシュターン2】です』


「ええと、確か対装甲戦力用のだよね?」


『ええ、元々は米国の先進軍事技術設計企業である【アーカムMTN】俗にマシン・テック・ネイションが中東にある軍事下請け企業【ハイアームズ社】に譲渡した設計図が大本です。反撃能力に優れていますが、このような手法で実質無力化する事が出来ます』


 レールガンを一丁抱き込んだ蟲型ドローンが100m程離れた場所に高速で駆けてゆき、そのまま遠方に撃ち込んだ。


 途端、爆発したのは丸太を7本束ねたような連装ミサイル。


 爆発しつつも一本が無事にレールガンの発射地点目指して着弾したが、そこにはレールガンが一本置かれただけでドローンもすぐに戻って来た。


『行きましょう。ここからは掃討作戦です』


「うん」


 全天候量子ステルス状態で樹木を避けながら森の中を高速で降りていく。

 数分もせずに爆発で粉微塵になった車両の周囲に辿り着き。


 ナパームを数発放って背後に置き去りにしつつ、逃げようとしていた車両を全てレールガンで破壊。


 標的0となった時点で全て問題無く終了した。

 運が良い事にOPがポラーシュターン2の横に護衛としていた。


 なので爆発が直撃したらしい。

 二機とも跡形も残っていない。


 敵との距離が分からないのに誘導兵器システムの傍にいるのはリスクが高いというのを相手は知らなかったのかもしれない。


『組織の上層部の全滅を確認。警察が来る前に現場を離れましょう。まぁ、警察そのものが来たとしても、数時間後でしょうが……』


「犯罪を見なかった事にする為?」


『ええ、現行犯を見てしまえば、さすがに捕まえざるを得なくなりますから……今はちゃんと人を信頼しないシステムで画像映像音声も取られているので』


 シラヌイがマップを表示する。

 此処から後200km程先に南米への航路に続く港街がある。

 そこまで行けば、欧州を離れる事も可能になるのだ。


「あの人達、家に帰れるといいね」


『それはこの国の人間達次第でしょう。犯罪が起こるのには理由がある。そして、犯罪者は常に加害者ではなく。過去の被害者にして未来でも被害者かもしれない』


「難しいね……」


『とても、単純ですよ。貴女の家に見知らぬ人間がやって来て、可哀そうだからと面倒を見ていたら、いつの間にか喧嘩する仲になっていた。それが殺し合いにならない内は誰にもその良し悪しが解るものではないのですよ』


「シラヌイってやっぱりAIじゃないみたい……」


 高度なAIの多くは比喩や例えがかなり人間と違って下手であるというのは人工知能の開発現場においては共通しているとされているはずだ。


『旧い時代の高資源性AIは経過時間と共に論理を学び続ける事で人を超える存在になると言われた事もありました』


「今でもそうじゃない?」


『……機械の無限の向上が果された時、人間はもう少し賢くなるのかもしれませんね。人に並び立ち、人が追い求める新たな目標として……』


 未だ誰も来ない様子なのでそのまま走り出す。

 ディスプレイには今日もイグゼリオンが映っていた。


『ねぇ、どうすれば戦いは終わるの?』


 そんな言葉が流れて来る。


 今日も世界には理不尽や不合理というものが溢れているに違いなかった。

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