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【Dead-bed】~アフターマン・ライフ~  作者: TAITAN
~楽園のネズミ達へ~
7/41

第6話「パン屋とマフィア」


 地下施設を抜けて8日。


 戦争という事もあり、多くの幹線道路が閉鎖されていたが、それを縫う裏道をルート検索してくれたシラヌイのおかげで戦地から離れる形でお祭りのある地域にやってくる事が出来ていた。


 戦争と言っても、少し戦地から離れれば、長閑な場所もある。

 特に欧州の殆どは軍事的な国境以外の部分では自由だ。

 民間人の移動による越境に制限が無いまま現代に至っているらしい。


 途中でライン・チュースとテディを交互に繰り返し変化しながら使い分けて現地を抜けた為、脚は付かないだろうと言われた。


 そもそも一回毎に外装も別物だったし、汚れや錆びまで殆ど再現していた為、これが同じ機体だと考える者はいないだろう。


「こ、これで!!」


 私の機体が追手となるOPの群れから逃げる市街戦。


 次々に私の駆る機体に被弾マークが増えて、人体も損傷して、目も見えなくなっていく。


 そして、呆気なく私の機体は爆発炎上した。

 ミッション失敗。

 という文字がディスプレイに表示される。

 これで通算40戦40敗。

 追手のOPに撃破された事になる。


「ぅ……シラヌイ。やっぱり、追手のOPが強過ぎるよ……だって、普通のカタログ・スペックよりも何か優秀じゃない? ワンハンドの武器がそもそも……」


 威力がおかしい。


 明らかに撃墜される時のシチュエーションが包囲殲滅。

 つまり、それなりに高機動なシラヌイとこちらが操る実機よりも余程に早いのだ。


『現代の最新機体や兵装です。OP用のレールガン速射能力は反動と威力も含めて現実ではかなり進展しています』


 やっぱり、普通の軍隊が使うものよりも強かったらしい。


『30発をほぼ2秒で連射出来て反動も殆ど無く既存のOPの装甲を粉砕する。と聞けば、今の攻撃力も納得なのでは?』


「そ、それにしたって、軍の精鋭部隊しか使わないんじゃないの?」


『何があるか分かりません。搭乗者には最高のスキルを修めて頂きたいものです』


「そ、そう……」


 そういう面でシラヌイが一切、搭乗者に妥協しないのはこの数日で解っていた。


『最後にモノを言うのは武器の強さでもAIの賢さでもありません』

「それじゃ何なの? というか、自分の事も含めてそれでいいの?」

『いいんです。重要なのは搭乗者の気合と根性ですから』

「き、きあい? こんじょう? ええと、確かアニメで言ってたけど……」


 ディスプレイに気合と根性の辞典での説明が出て来る。


「ねぇ、シラヌイ。それってAIが言う事なの?」


『数多くの戦場において生き残って来た兵隊は運が良かっただけですが、運を活かせるのは常に精神的にタフな人間ばかりでした。その他の能力はAIやシステムが補えばいいという事です』


「そうなんだ……確かに今の戦場はオートメーション化が著しいって話だけど、それにしても搭乗者タイプのOPの練度って……」


 今の軍隊ではそんなに重視されない。

 だって、言うだけでAIが自動で戦闘を最適化してくれるのだ。

 事実、それで最初に村を護れた。


『ええ、殆ど必要とされませんが、常にAIに頼り切った戦術戦略行動は危険である旨は昔から各軍の著書には書かれている事実です。現実にはAIがいない戦闘は殆ど存在しない為、現実に否定された論理とされていますが……おっと』


「?」


『到着しました。講義は次の機会に……周辺状況出ます』


 ディスプレイに周辺の景色が映し出される。


「うわぁ……綺麗、なんだよね? キラキラしてるのは解るよ」

『はい。お祭りの為にどうやら街の街路のあちこちが飾られているようですね』


 カーニバル。


 何のお祭りかは知らなかったが、赤レンガの街並みのあちこちで銀に煌めく鋼製の魚の形の装飾がキラキラと煌めいていた。


「これって、どんなお祭りなの?」


『豊漁を祝うお祭りだそうです。第三次大戦時にABC兵器で汚染された海で再び漁が出来るようになるまで数十年掛かった事から、その漁の解禁日がお祭りの日として指定されたとか』


「そうなんだ……戦争も此処からじゃ遠い話なのかな……」

『少なくともまだこの地域は“後方”と言えるでしょう』


 坂を下りながら、初めて見るディスプレイの先の海。

 それに少しだけ心が弾んだ気がした。


 今までネットで見て知っていただけだったけれど、実際に見るのは初めてだった。


 テディ形態になった機体は海辺の倉庫街の方へと向かって行く。


 電子ネットワーク上ではエントリーしていたが、最終的には現地のエントリー会場での手続きが必要という事だったのだ。


 昼も過ぎた時間帯。


 ゆっくりと傾いて行く陽射しが水面に反射して、故郷では見た事の無い温かみのある明るさが周囲を染め上げていた。


「温かそう……ねぇ、シラヌイ。外に出て見てもいい?」


『ええ、どうぞ。今はAIで参加登録する事も普通の事ですから、こちらでやっておきます。護身用に小型のスタンガンとスタン警棒をどうぞ。スタンガンの方はマルチドローン制御で弾の発射後も派遣するドローンの攻撃照準器にも成ります』


「う、うん。じゃあ、行ってくるね」


 埠頭のすぐ横に海のある倉庫街。


 その場所で外に出て降り立つとシラヌイはそのままエントリー会場の方へと走って行ってしまう。


「こ、これってもしかして……初めて外の世界での散策なんじゃない?」


 ちょっとワクワクしている自分がいる。

 少し歩いてみる。


「……っ」


 何か楽しい気分になった。

 なのでちょっと景色に何か面白そうなモノが無いか。

 探しながらあちこちを見てみる。


「ん~~~?」


 潮の香りというらしい。

 鼻孔を擽る何ともしょっぱそうなむずむずするような臭い。

 美味しそうではないけれど、嫌でもない感じ。

 思わずちょっとだけ笑みが零れた。

 だって、こんなの初めてだったから。

 歩いて倉庫から街中の方へと向かう。


 すると、お祭りは明日からという事で露店というらしい簡易のお店を設える人達がいた。


『こっちだ。こっち~~』


『設営班は機材持って来てくれ~~』


 今は重い建材はAI付きの重機でやるのが相場だが、重機を使う程でもないものはお金も掛かるからと手作業でやる事も普通だとの事。


 カンカンコンコン。


 棒を組み立てて、屋根を張って、台を入れてという作業をしている人達はみんな何処か笑顔だ。


 戦争とは言っても避難勧告が出されない国ではそこまで危険とは思われていない。

 危機意識が足らないとネットでは言われるかもしれない光景。

 けれど、この状況でもお祭りをする。

 それは不安を忘れたいという事なのかもしれない。


「……?」


 街中の大通り。

 坂道を歩いていると声が聞こえた。

 人の穏やかな話し声ではない。

 それは今もあちこちからしている。

 その方面の小道に歩いて行くと怒声らしきものが響いて来る。


『オイ!? 解ってんだろうなぁ!? 今月のアガリが出ないって事はぁ?』


『ひ、ひぃ?!』


 ドスリと人が蹴り上げられる音。


『ウチへの上納金が入って来ないってこった。だよなぁ?』


『勘弁して下さい!? 今、戦争だ戦争だってお上の方から税金上げられちまって、今月もあの額を払ったら運転資金が底を尽いちまう!? 何とか分割でお願いし―――』


 ゴシャッとまた人を殴る音。


『テメェ、んな事がウチに関係あると思ってんのかぁ?』


『が、ぐ、げほ、ごほごほっ』


 ひょいと角から声のする方向を覗いてみた。

 すると、2人組のまだ若そうな男が2人。

 中年の少し太って白いエプロンを掛けたオジサンを蹴っていた。


「ん? オイ、何見てやがる。失せろガキ!!」


 角から顔を隠す。

 若い男の片方は唇が捲れ上がっていた。


「……じ~~」


 再び角から相手を見てみる。


 背中を向けて蹴る事に夢中な2人が十数秒くらいしてまたこっちに気付いた。


「ガキィ!? 叱られ足りないのかぁ!?」


 興奮しているらしい片方。


 黒い革製のジャケットの片腕に怖そうな犬がペイントされたものを着込む方がこっちに近付いて来るのでその場から逃げてみる。


「あ、こら待ちやがれ!? 覗き趣味なクソガキが!?」


 背後から追い掛けて来るのをちょっと振り返る。


 すると、街の人達は驚いた様子になりながらも、その男の人を見て見ぬフリしているようだった。


 それどころか、こっちを見てから何か顔を歪めて辛そうに俯いてしまう。


「ガキィイ!? 待ちやがれ!! このラスタ一家から逃げられると思うなよぉ!?」


 まるでアニメに出て来た人みたいな悪役にしか見えなかった。

 こういう人はきっと数百年前にもいたのだろう。

 それこそ、ああいう風にコメントされてしまうくらい一杯。

 人目の無い路地に入るとすぐに行き止まりになってしまった。


「へ、へへ、オメェ、外国人か? ここらにゃ詳しくねぇんだろ? あ? まぁ、いい。身代金くらい出してくれる両親に恵まれ―――」


 スタンガンを撃つ。


 遥か昔には昔は密接状態で押し付けるものが主流だったらしいが、今は普通に銃型が普通であり、マーカー弾が当たった場所に蓄電池から一気に電流を放出して相手の運動神経を麻痺させるという代物になっている。


「ガァアァ?!!」


 すぐに男の人が倒れた。

 スタン警棒で突いてみる。


「ピギィ?!!!」


 気を失っているようなので、このくらいにしてシラヌイのところまで戻ろうかと思った時だった。


「だ、大丈夫、かい……げほ……」


「あ、さっき蹴られてたおじさん……」


 顔に青あざを造ったエプロン姿のおじさんが何故かゼェゼェと今にも死にそうな顔になりながら、こっちの手にしている警棒と倒れ伏している男を見てから、こっちだと先導してくれる。


「………」


 その誘導に付いて行くと街の路地をどうやら少し回り込む形で街の内部に戻っているようだった。


 そんな街の路地裏にお店があった。

 どうやらパンのお店らしい。

 ネットでは見て知っているが、食べた事はない。

 パイよりは美味しいのかどうかもよく分からない。


 ただ、あの無味乾燥な主食パイよりは美味しそうという感想は持っていたので良い香りのするお店の中に招き入れられると少しホッとした気分になった。


 けれど、そのお店にはパンが並んでいないようで首を傾げる。

 もしかしたら、戦争でお店を閉めているのかもしれない。


 店主の人なのだろうオジサンが誰にも見られていないのを確認してからシャッターをリモコンで閉めて、大きく息を吐く。


「あ、痛たたた?! 久しぶりに走ったから運動不足みたいだ。はは……」


 そう言って、こっちに苦笑してみせるおじさんがお店の中でお水を汲んで一気に飲み干す。


「済まないな。旅行者のお嬢さん。巻き込んでしまって……」


「顔、手当した方が……」


「ああ、そうするよ。うん……いやぁ、申し訳ない。この街にせっかく来てくれた旅の人に怖い思いをさせちまうなんて」


 おじさんがカウンターの後ろから慣れた様子で救急箱を取り出して、自分で自分の手当をし始める。


「昔はこの街にもあんな連中はいなかったんだ。けれど、ここ数年は政情が不安定な地域から見知らぬマフィア共が流れ込んで来て……」


「マフィア?」


「ああ、そうだ。連中、誘拐ビジネスに薬の売買とやりたい放題さ。そのせいで治安も悪くなっちまって……地方政府もこんなロクに産業の無い田舎の港町にゃ高価な人的資源である警官は出せないってんでAI交番もあったんだが、出来て一日後には連中がどっかの軍の横流し品を使って爆破……」


 大きな溜息が吐かれる。


「今じゃスラムでこそ無いが、地方政府も見て見ぬフリの無法地帯さ。どうせ連中も数年したら同業との抗争で死ぬなり、別の誰かに置き換わってるんだろうが……」


「どうして助けてくれたの? おじさん以外の他の人達は知らないフリしてたのに……」


「ああ、何でだろうな。いや、この街がこんなになる前は娘や嫁と一緒に暮らしてたんだが、あいつらが来てからは危ないところには居させられないってんで第二首都へ行かせたんだよ」


「娘さんがいるの?」


「ああ、お嬢さんくらいの歳頃でなぁ。どうせ、オレは企業でそれなりに稼いだリタイア組で故郷の此処に店を構えてるのも親父の店を潰すのが忍びなかったからってだけだし、そんなのに家族は巻き込めんだろ? だから、治安が良くなるまでは離れて暮らす事にしたのさ」


 オジサンが胸元からフォトフレームを取り出して広げる。

 娘さんと奥さんらしい2人が並んで手を振っていた。


「此処も潮時だと思ったら、出て行かなきゃとは思ってたんだ。だから、店舗片付いてるだろ?」


「うん」


 確かに最初見た時の通り。

 パンの薫りしか店の中には残っていなかった。


「街の連中だって、本当はお嬢さんを助けたかったはずさ。だけど、連中にだって家族がいる。あいつらに歯向かったヤツらは殺されこそしなかったが、それこそ徹底的に嫌がらせをされて痛めつけられて、街を出て行っちまった」


「そうなんだ……」


「ああ、オレみたいに此処から出られるヤツばかりじゃない以上、力が無きゃ大人しく見てるしか無いのさ」


 許してくれと言ってるわけではないんだとおじさんが笑って、店の裏手に行くとすぐに何かを持って戻って来る。


 白い布が掛けられた木製のお盆が目の前に置かれた。


「悪いな。あんな怖い事の後にこんな事くらいしか出来なくて……」


 店内のサーバーで注がれたコップの中には甘い匂いのする黒い液体。


「ウチ自慢の……と言いたいところだが、安物だ。ここ数日で出て行こうと思ってたからな。でも、何だかんだ此処でこうして小麦粉を練ってないと落ち着かなくて……」


 決まりが悪そうにおじさんが布を取る。


 そこには焼き立てでこそないのだろうが、それでもパリパリに違いない数種類のパンがあった。


「食べていいの?」


「お詫びだ……って言っても、朝食で食い切れないくらい作っちまったってだけだ。遠慮せずどうぞ。お嬢さん」


 おじさんが申し訳なさそうな顔になる。


「これを喰ったら、その足で街を出るといい。きっと、あのゴロツキ共がまだお嬢さんを探してる……こんなしけた街の祭りなんぞ見るのは止めて、有名観光名所を見て回るのを勧めるよ。な?」


「うん。じゃあ、い、頂きます!!」


 初めて外でハイカロリーバー以外のものを口にする。

 ゴクリと思わずツバを呑み込んでしまった。

 ゆっくりとその片手の上に載るくらいのパンを両手で摘まんで……。


―――サクッ!!


 そんな音がしたような、気がした。


「ハッ!? あれ!? 無い?」


 いつの間にか数個もあったパンが目の前のお盆から消えていた。


「あははは、お腹空いてたのかい? いい食べっぷりだったぜ。お嬢さん」


 おじさんが嬉しそうに頷いていた。

 美味しいという事はこういう事なのかもしれない。

 出来れば、もっと味わって食べておくべきだった。


 ハズカシイ気分でコップから黒いの……甘くてトロリとしているソレを呑んだ、気がした。


「アレ? もう無い?!」


「いやいや、ウチのサーバーのオーレは確かにオレが仕込んだ自家製のもんだけど、材料は普通だよ? 面白いお嬢さんだなぁ。ほっぺにパン屑まで付けて……くく、まるで小さな娘に初めてパンを焼いてた時みたいだ……」


 おじさんが涙を浮かべて笑いながら、何処か優しい顔でこっちを見ていた。


 ハンカチを渡してくれたのでそれで口元を拭う。


「ここの裏手から駅までの地図だ。タクシーさえ呼べば、さすがに公共インフラ付近での誘拐まで連中は出来ない。ちゃんと、帰るまでが旅だぜ? お嬢さん」


「……とっても、とってもとっても美味しかったです!!」


「おうともよ!! 何せ、港町唯一のパン屋だからな。お嬢さんみたいな若い子受けするのからジジババが寄越せと喧しいのまでレパートリーは豊富なのさ♪」


 おじさんはそう笑っていた。


 こうして、おじさんに呼んで貰ったタクシーで数km先にある駅に止まると先にテディ形態のシラヌイが停車して待っていた。


 内部に乗り込むとすぐにハッチが閉じて、街の全景を映し出す。


『どうやら、とても楽しい時間を過ごされたようで何よりです』

「うん。とっても、美味しかったよ……また、食べたいなぁ……」

『では、食べられるようにしましょう』


「え?」


『どうやら、この街を牛耳るマフィアの構成員は地方政府とも繋がりがあるらしく。丁度、この地点からのハッキング用の窓が必要だったので。彼らが持つ古式ゆかしいアナログキー方式のシステム・ロックを突破するのにはマフィアそのものを片付けるのが一番手っ取り早いのです』


「でも、街の人達に迷惑を掛けるのはダメだよ?」


『解っています。ですが、それが可能になるタイミングだった事は幸いでしょう』


「タイミング?」


 街の地図の一角がターゲッティングされる。

 次々に名前がリスト化されたものが出て来た。


『此処のマフィアは隣国から流れて来た組織のようですが、新興組織故に箔付けのイベントを大規模に行う事が恒例行事なそうで』


「イベント? お祭りじゃなく?」


『ええ、この数年はそのマフィアのイベントを畏れて、祭りの観光客も大きく減少したとか』


「そうなんだ……」


『その時は他の組織からの襲撃を退ける為に構成員を総動員して万全の警備体制を敷いているそうですが、裏を返せば……』


「そこに全員がいる?」


『はい。組織構成人数324人。中規模のマフィアとしてはかなり多めに見えますが、殆どは連中が他組織から金で引き抜いたゴロツキや元軍人崩れです』


「倒せる? 武器の量は足りる?」


『先日のように武器庫の襲撃から行きましょう。イベント会場となるのは街から2km北西にある山中の高台ですが、武器庫は彼らが本拠地にしている手薄な普段使いの邸宅の裏手にある倉庫です』


 すぐにCG映像で標的がマーキングされていく。


『イベントさえ護り切れれば、面子は立ちます。周囲1km程が警戒区域。哨戒活動は街でも行われていましたが、夜になれば、全員が戻っていく』


「つまり、邸宅を爆破して、武器を強奪後にイベント会場のマフィアを全滅させれば……」


『はい。地方政府は見て見ぬフリを決め込むでしょう。そして、彼らとの繋がりのコードが消えるまでの数時間、そのコードが何に使われても知らぬ存ぜぬでしょう。繋がりを気付かれる前にコードの痕跡は消してくれるでしょうね』


「それで次は何処まで行けるの?」


『この欧州から直接北アメリカへの航路に忍び込むのは難しいですが、最初期の予定通りに南米に迂回する形ならば、楽なはずです』


「解った。じゃあ、ミッション開始は―――」


 外の世界はいつでも悪い事をする人達が溢れているらしかった。


 *


 全天候量子ステルスは第三次大戦期には実用化された事実上の光学迷彩とされる技術だ。


 基礎的には外観のカモフラージュに使われるが、外部の常識的な天候に左右されずに消えられる為、投入直後から市街戦の切り札として猛威を振るい続けた。


 特にゲリラ戦や市街戦に特化されつつあった対テロ戦争がこれで先進諸国政府優位へ一気に傾いた事は間違いなく。


 今まで苦労していた敵対国の工作員による市街地戦闘の殆どは政府軍側が勝利を収め、中進国や後進国の殆どは大国による政府中枢の強襲で指令系統を完全に壊滅。


 第三次大戦ではこの技術によって軍事基地、軍事的な要衝、軍事キャンプ、全てが反撃を許す余地無く潰されて降伏となった。


 西側諸国の完全勝利で幕を閉じた第三次大戦は歴史的には実際に戦争という程の行為が起った場所は珍しい程に少なく。


 技術の差が戦局を左右するという現実を多くの国に見せた事実上の科学力信仰の柱を打ち立てる技術勃興時代の夜明けであったとされる。


 この結果を持って西側諸国は世界そのものとなり、その枠内に入れなかった独裁国家やテロの温床となった中東アフリカ諸国は零落するか西側に帰属して欧州から続くリムランドと呼ばれる地域の大半は欧米の支配地域になったと言われている。


 アフリカや貧しい資源の出ないアジアの経済植民地化は一層進み。


 東側諸国は旧盟主たる旧ロシア領を再編してユーラシア・ビジョンを設立するに至ったのである。


 これは同時に資源地帯として以外の意味を見出されない地域が事実上は第三世界として固定化され、ちょっとやそっとでは変わらないものとして成立した事を意味する。


 こうした歴史的な背景すらも生み出した技術である。


 今や殆どのOPに装備されているものであるが、対抗電子戦が進んだ昨今では奇襲の優位を取る瞬間的な技術でしかなく。


 それすら導入技術の年代の差によってはすぐに見破られ、丸裸にされてしまう事も多い事から敢て高額な装備を積まないという選択肢すらある。


「3、2、1」


 街の端にある広大な敷地を有する邸宅に脚部の跳躍機構で突入する。

 同時にシラヌイが周囲で電子戦を開始。

 瞬時に邸宅の警備システムをハックして、監視システムを無力化。


 その合間に警備用のOPとしてサイケデリックな紫色に塗られたテディ2体が動き出したが、先日の襲撃時に持ち出していたレールガンの速射で破壊。


 倉庫に体当たりで突入すると内部には割と少なくなった様子のあるものの、それでも一マフィアが持つには十分過ぎるだろう量の武装がラックに掛けられていた。


 すぐにレールガンとナパーム、その他諸々を肩部、腰部、背部のサイドアーム、サブアームのマウントを用いて装着。


 全身を武装化するのに30秒。


 装備の選出を任せたシラヌイのゴーサインと同時に館内部の警備システムを外部から1マガジン分の掃射で沈黙させる。


 こうして後はナパームを一つ放り込んでその場を後にした。


 館内部には殆ど人が残っていないようだったが、一般人が監禁などはされていなかったのは幸いだったと思う。


 この日に限っては外部からの客も招待客以外は置いておけないという事らしい。

 私道を光学迷彩で素通りしながら山間のイベント会場に向かう。

 どうやらあちらはイベントの為に大音量で大光量な音楽と光の饗宴中。

 気付く者が出る前に数分で夜道を走破出来るだろう。


『オレらも行きたかったなー』

『街で女でも拉致って来るか~』

『ぎゃはは。そうしようぜ!!』

『酒だけじゃつまんねぇよ!!』


 途中、関所のようにチェックポイントが複数個所存在したが、その全てがサイト内部に入る毎に手榴弾とナパームの最小使用で吹き飛ばせた。


 荒くれの人達を瓦礫の中に纏めて潰しながら道を征く。

 そして、相手がどうやら気付いた頃にはイベント会場直前。


 あちらが紫外線を見る【温度認識(サーモセンサ)】を付けていれば一発で解る状況である。


 しかし、こちらのOP用の手榴弾が相手の観測塔を吹き飛ばす方が早い。


 会場は大きな敷地をコンクリート壁で囲っていたが、野戦砲は対空砲火ばかりだ。


 元々はドローンの侵入を防ぐ目的で置かれた代物である為、近接されると内部への攻撃を防ぐ手段は殆ど無い。


 イベント会場前のチェックポイントを低温で長時間延焼するナパームで掃討し、周囲の森の一部を焼きながら、壁際より背後のサブアームでナパームを大量に会場へ投げ込む。


 それと同時に明らかにイベント会場内部が慌しくなった。


『地下通路の位置が確認出来ました。そちらから予定通り突入。敵OPを排除して、ナパームで焼き尽くしてレールガンで施設中枢を完全に破壊しましょう』


「了解だよ」


『取得したデータによれば、内部の避難用シェルターはお粗末な手抜きでまともに運用されていません。ダクト内部にナパームを仕掛けて爆破すれば、瞬時に相手を殲滅出来ます』


 シラヌイの言葉に沿って、壁の周囲をダッシュしつつ、隔壁に遮られた地下通路を確認。


 レールガン数発で穴の開いたそこに飛び込む。


『地下通路の状況を更新。内部のあちこちに爆薬が仕掛けられているようです。ですが、まだ逃げる前です。子機ドローンを射出。爆薬のある場所へ更に爆薬を仕掛けましょう。追手を蒔く為のものでしょうが、この内部構造ならば、連鎖崩壊させる事が可能です』


 シラヌイが次々にマウントから運び出した爆薬を通路内部に小型の蟲型多脚ドローンで設置していく。


「来ました。ハッチ開口を確認。ドローンを退避。こちらのタイミングで爆破後にナパームを放り込んで殲滅完了です」


 通路の外に出て20秒程後。


 ドガンッと地下通路そのものが連鎖的に爆破音を響かせながら崩落したらしく。


 壁の一部が崩壊。


 こちらの出口付近はまだ形が残っていたが、内部から噴き出した粉塵がまるで吐息の如く山肌から大量に噴出した。


「今です」


 ナパームを1パック。

 爆発が終わったばかりの内部へと投げ入れて即時離脱。

 炎は通気口となる場所から入り込み。

 内部を酸欠にして埋まっている者に生存の余地を残さない。

 壁に入り込める場所が出来ていたので内部に入る。

 すると標的のマーカーは0になっていた。

 カチャリと銃を構える。

 こういう時程、慎重に。


「六時方向敵機3機」


 即座に機体を転がしながらまだ炎の残る会場で振り向きざまに連射。


 相手のレールガンの掃射が左肩を掠めたが、こちらの弾丸が相手のコックピットを全て貫いた。


 相手は全てテディだ。

 どうやらOPでバンドの真似事をしていたらしい。


 その装飾は焼けていたが、まるでネットにあるバンドマンのような過激な衣装の残骸を纏っていた。


「十時方向に2機」


 最新型の商業用ライン・チュースが2機。


 ギター型とマイクスタンド型に改造したライフルを撃って来るが、レールガンではなく火薬式だ。


 侮れない武装なのだが、今のところは白兵戦で物量差の作戦でもしない限りは時代遅れ。


 こちらの左脚部に一発被弾するものの。


 旋回しつつレールガンを速射すると棒立ちのあちらはすぐに襤褸屑のように砕けて沈黙。


「八時方向。地下からです」


 その時、咄嗟に背後へと下がると今まで自分のいた場所に向けてブースターで加速したらしきテディ―が巨大な鉈型のカスタム・ウェポンで切り掛って来る。


『おんどりゃぁあああ!!? 貴様がっ、貴様がぁあああああああああああ!!!?』


 オープンチャンネルで絶叫して来た相手を冷静に見ながら、標的の胴体部分にレールガンを三点バーストで打ち込み。


 投擲された鉈を足で蹴り上げて、瞬時にターンして相手の横合いに旋回。


 サブアームから出したグレネードを足元に投げ付けて背後に抜けつつ、距離を取りながら掃射。


 爆発と同時に相手が完全に沈黙したのをデータで確認。


「……地下通路の電子捜索を完了。どうやらOP用の地下シェルターもあったようです。こちらはどうやらマフィアの人員の手で掘らせていたようですね」


「そんな事もあるんだね」

「出来合いのものを使うのはリスクが高い場合が多いですから」

「そうなんだ?」


『ええ、ですが、そのシェルター内部にも反応無し。これで全ての標的の沈黙を確認。作戦終了。キーの在処も見付けました』


「何処にあったの?」


 訊ねると分離したドローンがカシャカシャ歩いて沈黙した標的、テディ内部に足を突っ込むと更に足から分離した微細な細工をするサブアームの更に細い版であるマイナーアームが内部から一本の8角柱型の焦げたキーを取り出した。


『グローバル・スタンダード方式です。鍵穴は選ばない行政タイプの端末さえあれば、接続可能ですので問題ありません』


「え? 行政タイプのコードキーの鍵穴って凄く入手するのが難しいって鍵開け板の人が言ってたような……」


『接続のマルチタスク用に物理キーの可変接続端子がドローンにはあります』


「そ、それって確か国が所有を制限してなかったっけ?」


 ネットがもう一つの現実になって以来、現実の媒体に認証用コードを封じ込めたキーの流行した時代があった。


 それ以来、鍵に対する鍵穴も現実に創るという事が多くなった。

 まぁ、それで問題が大量に起きたので今は殆ど違法化されたらしいのだけれど。


『現在はそうですが、第四次大戦期までは極々普通に市販されていた歴史がありますので。鍵穴は何処でも接続出来ないと不便極まりありませんから』


 言っている合間にも鍵がドローンの一部にガチャリと嵌るようにして装着されたのを見て驚く。


 今や持っているだけで犯罪と呼ばれる鍵穴を標準装備したドローンというのはある意味で骨董品以上に希少であるのは間違いないのだ。


『……終了。これでお祭りでの実績も含めて、南米に渡る準備が出来ました』


 シラヌイの制御で機体がそのままドローンを回収して消えつつ、山道の中を軽やかに走って行く。


「そっか。でも、お祭りは出て無いんじゃない?」


『いえ、今時はCG合成とホログラムでプロモートするのも一般的な使用方法です。お祭りでは此処に来た時のテディが活躍する映像が投射されて、子供達に夢と希望を与える事でしょう』


「あはは……今は実機を動かすのは危ないって風潮なんだっけ?」


『事故は殆ど起きていませんが、もしもの時のリスクを考えると実機よりも3D投影の方が良いというのもテディ・マスターの間では言われていますね』


 テディ・マスター。

 つまり、お祭りに出すテディの所有者の事だ。


「ぅ~~ん。何か複雑だなぁ……テディ可愛いのに……」


『実機が良い方も大勢いらっしゃいます。此処からはライン・チュースで国道沿いの旧道を使います』


 地図がディスプレイに出される。


『今では殆ど現地民しか利用していませんし、周囲には監視カメラも無いので動きやすいはずです。此処から北西部に向かい。適当な港で機体を積み込みましょう』


「うん。船賃て結構掛かるんだっけ?」


『いえ、興行主割が利くので―――』


 シラヌイと会話しながら、私は街を後にする。


 夜明けに向かって進み始める街の人達が何かに気付くのは後になってからだろう。


 結局、パンはもう一度食べられなかったけれど、そのレシピはお店のページから有料ダウンロードしたらしいシラヌイが今度作ってくれる事になった。


 お店への寄付も忘れずにしてくれたので治安が回復したら、また港街にはあのパンの味が戻って来るに違いない。


 夜中も走り続ける機体の中。


 複数のチャンネルにはマフィアが壊滅した事など一つも出てはいなかった。


 戦争、戦争、ニュース、料理番組、ドラマ。


 数百年前から変らないらしい番組編成の内容は未だ現役。


 いつの間にか眠った私は思う。


 世の中には美味しいものがちゃんとある。


 あのパイよりも……それはきっとおじさんが伝えたかった事の一つなんじゃないかと思えた。

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