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【Dead-bed】~アフターマン・ライフ~  作者: TAITAN
~楽園のネズミ達へ~
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第5話「新兵」


「ねぇ、シラヌイ」


『何でしょうか?』


「どうして、こうなったの?」


『解りかねます……』


「AIにも解らない事ってあるんだね」


『肯定。人間よりも賢いだけで未知の情報には解析と推測を要しますので』


 いつの間にか周囲を私と同じくらいの子達に取り囲まれていた。

 地方政府のシステムに偽装情報を流して操作する。

 その為に来た地方都市はスラム街が多い第四首都(予定)の地域だった。


 熱い陽射しの下。


 普通に生活しているスラム街の人々からは逃げるというような様子は見られない。


 そもそも彼らは此処以外に何処へも行きようが無い人々なのだ。


 と、シラヌイは教えてくれた。

 雑多な廃材で組まれた小屋。

 バラックが立ち並ぶのは廃棄されたスクラップの山々の端。


 そこを中心にして集まる街。


 その市民登録の無い市民達の多くは廃品回収で生計を立てているらしい。

 現代におけるまでに管理社会制を取らなかった国の末路である。

 シラヌイはそう言っていたが、暮らしぶりはコロニーよりも多用かもしれない。


 必ずしも裕福ではないようだったけれど、自由に子供達が遊んだり、家族大勢で食卓を囲む様子が窓の外からも見えたりして、微笑ましいところもある。


 勿論、それと同時にコロニーには無かったような犯罪や悪徳が蔓延ってもいるというのはシラヌイが望遠で捕らえた各種の映像から真実だろう。


 恐ろしく高いリアルドラッグや恐ろしく安い電子ドラッグ。

 売春、暴行、窃盗、詐欺、強姦、恐喝、殺人、犯罪教唆。


 ネットの中の映画にしか無いと思えるような恐ろしい出来事が大量にあり、それを取り締まる人々も殆どおらず。


 地域を治めるコミュニティーが独自に法律染みた規律を敷いているのだとか。


 違法な建築物や商売が横行し、毎年のように崩れる建物の下敷きで大勢の人も亡くなる。


 だから、この世の地獄は此処にあるんだよ。

 なんて看板が街の入り口にはあった。


『今日は此処で雨風を凌ぎましょう』


 そう言ってスラムの業者が輸入したように電子情報を偽装した大型の荷物という体で機体が入り込んだのは昨日の夜。


 シラヌイがスラムの奥を選んだらしく。

 機体はスクラップの解体工場跡地内にテディ形態で止まっている。


 こっちが休んで眠っている間に地方都市のシステムには色々と細工を終えたらしいのだが、それが終わって数分後。


 複数人の私と同じくらいの歳の子達にテディ毎確保されてしまった。


 横たわっていた機体に縄を掛けた子達は粗末な自走車両でテディを引いて、スラムの更に奥へと連れて来てしまったのだ。


『取り敢えず、逃げ出す隙を伺いましょう』


 本当なら途中で逃げる予定だったとの事。

 けれど、現在スラムは戦争という事もあって、色々と出入りが厳しく。


 騒ぎを起こせば、せっかく偽装したばかりの立場を捨てて逃げるしかなくなるかもしれない。


 そういう可能性があったらしい。

 なので、様子見という事になったのだ。

 起きたら、見知らぬ子の顔がテディの周囲にあって吃驚した。


 防音なので喋っても大丈夫と言われたので今はカロリーバーで朝食を取りながら、シラヌイとお喋りしているのだ。


「ねぇ、この子達って……」


『地方都市のシステム内に情報はありません。検索結果から言ってスラムに住み着く不法居住者の子供達です』


「不法居住者……」


 同じくらいの歳の子達の多くが薄汚れたパーカーを着込んでいた。


 中にはどれくらい洗っていないのだろうと思えるくらいに汚れたツナギやシャツを着ている子もいる。


 破れているものを着ている子はいなかったけれど、擦り切れたズボンや袖は隠しようもない。


『この近隣は東欧社会でも社会の最底辺層が集う地域です。結果として犯罪に対処し切れなくなった行政が統治コストを良環境の地域に割り当てた為、更に治安が悪化しています』


「悪いところにコストは掛けられないって事?」


『はい。世界でも珍しくない数世紀前からのノーゴーゾーンというヤツですね』


「ノーゴーゾーン……それって医療とか、インフラとかで国の助けが受けられない地域、で合ってるかな?」


『ええ、動画サイトなどで投稿されているような地域と考えて問題ありません。犯罪者が住むようになって、犯罪者が子供を産み、犯罪者が子供を育て、犯罪者の教育によって子供もまた犯罪を犯し……そのような連鎖が成り立つ為、地域外との倫理や道徳の差も著しいとの事です』


「でも、みんな悪い子には見えないよ……」


 テディを盗んで来たと思っている子達は喜びに沸いていた。


『すっげー!! これで当分残飯漁らなくていいぜ!!』

『きゃはは♪ ベーコン!! ベーコン買おうぜ!! な!!』

『ベーコン♪ ベーコン♪』

『肉が食えるなんて、うぅぅぅ、手伝って良かった~』


 女の子も男の子もいる。


 大人はいないようだったが、みんなの取りまとめ役なのだろう子がいた。


「お前ら、まだ油断しない方がいいよ」


 その子は私よりも少し小さい男の子。

 小柄だけれど、鍛え込まれたような肉体に無表情なまま。

 黒髪が乱雑に肩くらいで切られている。

 腰にはガンホルダーに拳銃を差していた。


 動き易いようにジーンズにロングコートの彼は鋭い視線でこっちの外部カメラに目を細めている。


「このテディ。中身はまだ確認してないだろ。誰かいるかもしれない」


「そんなのベルデがやっつければいいじゃん」


 小さな子達がそう囃し立てる。


「コイツが何処の所有かも分からない以上、中身が死体でも生きてても手出しは厳禁だ。忘れたのか? オマールが死んだ時の事」


「ぁ、ぅ……」


 子供達がいきなり黙る。


「オイ。中の人。もしもいるなら出て来い。何もしないってのは信用出来ないかもしれないが、少なくともオレ達は人身売買だけはしないし、アンタをアンタの嫌いな人間に引き渡すような事もしない。アンタの乗るコレを売って食事がしたいだけなんだ」


 その言葉にモニターを見やる。


「ね、ねぇ、シラヌイ。どうしよう?」


『ハッチを開けるくらいならば、問題ありません。彼らは嘘を吐いていません。お金を渡せば、引き下がってくれそうではあります』


「そういうのって解るの?」


『発汗、体温、口元や視線、表情の諸々から臨床心理学データ的に推論される事実です』


「そうなんだ。う、うん。どれくらい渡せば逃がしてくれそう?」


『取り敢えず、4桁入れた電子端末を用意してあります。これを差し出して、カバーストーリーを喋って下さい。出来れば、この機体は祖父の形見でこれしか自分には無いという類の事を言えば、大丈夫かと』


「う、うん。解った。やってみるね」


 外では応答がないのでやっぱり誰もいないんじゃないかと子供達が顔を見合わせていた。


『ハッチ開きます。もしもの時は心配しないで下さい』


 シラヌイの言葉に押されて、ハッチがゆっくりと開くのに合わせて恐る恐る背後の伸びて来たアームに持たされた白旗をパタパタ降る。


「あ!? 本当にいた!? 白いのを振ってる?」

「白旗だ。外じゃ降伏の合図だよ」

「へ~~ベルデって物知りなんだな♪」

「映画でやってた」


 そっとハッチの上に手を出して、端末を横から滑り落とすように提出する。


「あ、端末だ。これ……うわ!? ベルデ!! す、すげー額!! 三千ユーロピアも入ってるぜ!?」


「何? オイ、アンタ、顔を出せとは言わない。ちょっとそこからでもいいから話をさせてくれ」


「わ、解った。だから、撃たないで!!」

「オイ。銃を持って、後ろの方に行っててくれ」


「う、うん」


 子供達に指示を出したベルデという子がこちらのハッチの傍に寄って来る。


「こっちは丸腰だ。これでいいな」

「あ、ありがとう……」

「アンタ、女か。どうして、こんなテディに乗ってる?」

「お、お爺ちゃんの形見なの!! と、盗らないで!! お金は上げるから!!」


「形見……そうか。それでそんな若そうなのにこんなの持ってるのか。アンタ」


「うん。お、お金はこの子で働けば手に入るけど、この子が無くなったら、食べていけなくなるから、お願い……ただ、此処には用事で来ただけなの……すぐに出ていくから……」


「戦争のせいか? 外じゃ大変なんだろ? ネット・ニュースで言ってたけど」


「家が国境の近くで……それで……」


「でも、難民キャンプにはこんなの持ってけないだろ。いや、だから、此処、なのか」


「そ、そう。悪い人に目を付けられないようにって一時的に此処で身を隠してたの。情勢が落ち着いたら、すぐに出ていくから、だから……」


「……解った。あの端末に入ってる金額は本当に貰っていいんだな?」


「う、うん……」


「なら、此処にしばらくいていい。此処はオレ達のシマだ。スラムのここら辺は殆ど人が来ないから、身を隠すなら好きにすればいい」


「あ、ありがとう……えっと、君の名前は?」

「ベルデ。ベルデ・アーカイブ」

「私はアズール。アズール・フェクト」


「解った。アズールだな。オレ達は此処のシマを取り仕切ってる【鹿狩り】だ」


「鹿狩り?」


「民主主義陣営の国家で言うところのマフィアだ。周辺の連中にはスラムの子供のごっこ遊びとか言われてる」


「その……それって自分で言うの?」


「半分事実だからな。ここらは屑連中が産んで捨てた捨て子の死体で出来てるってくらいに堕胎された子や捨て子の墓場になってるんだ」


「ッッ」


「今はオレ達が巡回して、捨て子や堕胎される子を機材で持って行って生きられるようにしたから、商売女連中が良く来る場所ってだけだ。だが、そいつらを育てて食わせるのに金がいる。だから、アンタの寄付はありがたく使わせて貰う」


「う、うん。どうぞ……」


「食事については貴重品だが、金さえ払えば、割高でもいいなら揃える。一応、此処にいる日数は今のところどれくらいだ?」


「一週間くらい、だと思う」


「解った。もし食事を頼みたい時はアンタが投げて寄越した端末に連絡をくれ。そっちの連絡先は聞いてもいいか?」


「うん」


 すぐにシラヌイが端末の方へと連絡先を送信する。


「送信したよ」


「じゃあ、オレ達は何かあるまではこの倉庫に近付かない。もしスラムの問題が此処にも及びそうだったら、連絡する。それでいいか?」


「ありがとう……どうして、こんなにしてくれるの?」

「3000で買える命の数に見合うだけのものを返してるだけだ」

「買える命……」


「食事、水、衣料品、薬、何でも足りないのがスラムだ。外の難民キャンプだって、不法居住者には解放されてない。オレ達が命を預けられるのはお偉い国の方じゃなくて金って事らしい」


「……その、何だかごめんね……」


「どうして、アンタが謝るのか分からないが、アンタのいた世界と此処は陸続きでも別の国だと思った方がいい。此処にちょっかいを掛けて来る連中は少ないがいないわけじゃない」


「気を付けるね」

「そうしろ。オレ達はこれで行く」


 そう言うと子供達がベルデの傍に付いて一緒に運び込まれた廃屋。


 倉庫跡らしい場所から何処かへ消えていった。

 ハッチが再び締められる。


「ねぇ、シラヌイ」


『はい。何でしょうか?』


「外って大変なんだね……」


『帰りたくなりましたか?』


「……ううん。あの子達だって私やあの子達と同じ……一生懸命生きてるだけなんだよ……その一生懸命さは何処だって変わらないんじゃないかな」


 それにシラヌイは何も言わなかった。

 けれど、周囲の地図がゆっくりと映し出される。


「これって?」


『このスラムがある地域の悪意の源は何だと思いますか?』


「ごめん。難しいのはあんまり解らないかも……」


『この地域に犯罪者が流れ込んで連鎖的に治安が悪化している原因は主に三つの組織にあると言われています』


「組織?」


『東欧においては旧くからユーラシア・ビジョンとの間での戦争で領土変更が繰り返された弊害によって、混血と同時にどの国からも他国人や異邦人と見なされるようになった人々のいる地域が出来ました』


「それって……混血結果が気に食わないって事?」


『いえ、元々バルカンズが最悪の部類だっただけで、此処は比較的まだまともです。ですが、差別と管理を拒んだ人々が流れ込む理由は……単純にこの地域に大量の軍需品が眠っているからなのですよ』


「軍需品?」


 地図の三点にマークが付けられる。


『この三つの地点は領土変更の度に取って取られてを繰り返しながら増強された軍事基地なのです』


「軍事基地……」


『複数国が取られる事を前提にして前世紀、前々世紀から軍事基地を改良しつつ拡張……ドローンによる自動拡張機能が出来た頃からは各国のドローンが互いに地下で潰し合いながら、拡張戦争を続け、最後にはどちらも何がどうなっているのか分からなくなった』


「それってもう誰も基地の地下の全体像を知らないって事?」


『ええ……一部の軍が持つマップすらあまり当てにならないかと。この地域の地下の殆どは軍すらも知らない区画だらけ。忌地として封印されていましたが、此処を犯罪者が根城にし始めた事で軍も手出しが出来なくなった』


「どうして? かくれんぼしてるだけなら、何れは……」


『旧世紀の古い廃棄された兵器類が大量に眠っていた事で犯罪組織が軍閥化したのです』


 ディスプレイに次々と地下倉庫らしき場所に旧時代の兵器の並ぶ様が映し出される。


「っ」


『結局、軍はこの地の統治コストや潰すコストが割りに合わないし、人権状況的にも責められてしまうという理由から市街戦を放棄し、この地域には犯罪者の楽園が出来ました』


「……それがこの地域の歴史」


『主要軍事基地に陣取っている組織が三つ。その中心点が此処なのです』


「もしかして……」


『ええ、此処でならば、違法なハッキングをしてもバレても問題がありません』


 つまり、最初から此処で偽装工作をするのは確定だったらしい。


「どうして、こんなものを見せるの?」


『現在、この国はユーラシア・ビジョンと国境を接しており、この地域が再度戦場になる確率は6割と見積もられています』


「え?」


『ユーラシア・ビジョンが此処を取り戻すのに国際的非難が集中する大量破壊兵器を投入する事は考え辛いですが、砲爆撃で更地にする確率は8割以上です』


「ッ」


『悪意の源たる三つの軍事基地。此処に所蔵されている旧世紀のガラクタでも数が揃えば、立派な戦力となる』


「それを狙ってるって事?」


『ええ、犯罪組織……仮にABCとしますが、彼らには両国からオファーが来ているようです』


「オファー?」


『どちらに着くかという事です』


「そ、それってもし組織側がどちらかに付いたら……」


 その先は誰が言わなくても想像の範疇だろう。


『ええ、この地域は両国から裏切り者として砲爆撃の雨が降る。ですが、これら最悪の状況を回避する方法が一つだけあります』


「……それって?」


『三つの組織が同時に潰れて、更にこの地域が混乱すれば、軍需品は眠ったまま。組織の台頭と敵国への助力を防げた両国はこの地域を再び不干渉として放置する可能性が高いでしょう』


「―――シラヌイ。それは私に……」


『アズール・フェクト。貴女は外の世界の厳しさを少しでも垣間見てしまった。此処で何も知らずに逃げ出しても後で後悔するのでは?』


「………」


 シラヌイがデータを次々に出していく。


『現在、この地域にいると推定される浮浪児は凡そ32万人。その内の8割はこの中心地点のコミュニティに所属しているようです』


「も、もしかして、ベルデって偉いの?」


『はい。非合法のサーバーにデータが保管されていました。彼はどうやらこの地域の子供達を何とか救おうとした医者の一族の末裔のようです』


「お医者さんの末裔……」


『本来は彼の傍にいた人物が顔役をしていたようですが、持ち込まれた軍需品を一部の子供が盗んだ事件に介入した時、死んだようです』


 荒い監視カメラ映像が出た。

 きっと、非合法のカメラなのだろう。


 微妙に精度が荒くてザラ付いた質感の映像の中ではベルデと他の大人と子供達。


 しかし、数人の大人達がベルデの傍の人を撃ち殺し、子供達が次々に蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 その中でまた何人かが犠牲になっていた。


「つまり、今はあの子が1人で?」


『大人になった子供達の多くがこの地域の為にスラム内で様々な業務に従事しており、それを三勢力は良く思っていないようですね』


「どうして? だって、この子達はこの地域で生まれたのに……」


『だから、ですよ。彼らにしてみれば、現地で生まれた子供グループに数だけで最大勢力の座を奪われるなんて納得出来ない事態でしょう』


「自分達が捨てた子供に地位を奪われるのを嫌ってって事?」


『ええ、だから、この地域には極端に物流インフラが少ない。結果として餓死や病で多くの子供が倒れていく』


 彼が言っていた言葉が思い出された。

 墓場と彼はこの場所を言っていた。

 それは確かに事実だったようだ。


「……ねぇ、シラヌイ」


『はい。何でしょうか?』


「貴女はどんなシステムに所属してるの?」


 これほどに情報収集能力が高いシステムとなれば、それは軍事ならば納得だし、民間のものならば、高性能という事になる。


『……今はまだお伝えする段階にありません。貴女がミヤタケ程に成長したならば、その時には全てをお話しましょう。【Dead-bed】の存在理由を……』


「うん。解った。じゃあ、そうしよっか……」


『いいのですか?』


「だって、元々私はおじさんみたいになりたかったんだ。誰かを護れる。自分の好きな人達を護れる。そんな人に……兵隊さんに……」


『彼のデータの一部はサルベージしていますが、彼は常々こう言っていたようです』


「何て?」


『傭兵稼業の一番良いところは戦う理由を自分で選べるところだ、と』


「理由……うん。私もそうしたい。自分で選びたいよ……それで誰かに恨まれたりする事になっても……私は自由がいいな」


『では、貴方の初めての仕事を始めましょう。アズール・フェクト……褒章も賞品も利益すらありませんが、貴女の心のままに始める初めての仕事です』


「うん。頑張るよ……助けてね? シラヌイ」


 私の前でシラヌイが画面越しに頷いた。


『新兵訓練用のミッション・レコードを読み込み。現代戦の人殺し作法をお教えしましょう』


 マップに操縦方法をCG合成したらしき仮想の戦闘中のやるべき事が一つ一つ映し出されていく。


『現代、敵はマップ上の的でしかない。スイッチ・トリガー1つの手軽な人殺しは単なるゲーム。罪悪感も無く無防備な敵を地図上から消していくだけの簡単なミッションです。勿論、自分も含めて……』


 初めて私はシラヌイが戦闘用の兵器に搭載されたAIなのだと理解する。


 人を殺す為に造られた兵器。


 それは前時代においては単なる事実だったが、このAIすら安価なドローン戦主体な現代においてはむしろ異端なのかもしれない。


 でも、そんな事を知っているのかいないのか。


 シラヌイはニコリと仮面の唇を歪ませて、戦闘用のブリーフィングを始めたのだった。


 *


『リアルタイム処理で人体描写はアイコン化されたCGで表現されます』


 シラヌイがそう言うとディスプレイには必要情報が次々に表示されていく。


 マップの味方やアイコンの意味。


 それらは覚えるだけなら簡単だったが、それでも30種類以上存在した。


『まずはレッスン1……人間を撃ち殺し慣れましょう』


 そう言ったシラヌイがボタンの圧し方やタイミングと同時にアシストされている様々な能力やシステムの概略、使い方を並べていく。


『貴女の精神衛生は護られます。貴女の敵は単なるゲームの敵と変わりありません。余計な事は考えず、効率的に点数を上げるように指示を出して下さい』


 丁寧にゲーム画面風なマップと戦闘用のシステム画面がディスプレイに表示され、各種の機体の現状が解った。


「うん……」


 外装はテディのまま。

 私は軍事基地の一つにやって来ていた。


 外装はそのままであるが、外装は現在スタンダードな【全天候量子ステルス】による視認妨害で接近。


 400m四方の基地のフェンス越しに内部を観察していた。


『周辺の哨戒人数は凡そ8人。30分前後で一周を交代しながら見回りしています。地下の軍需物資倉庫は複数ありますが、侵入可能経路に続く扉は選定済み。内部へハッキングを開始していますが、さすがに旧世紀のシステムには意味がありません』


「殆ど人の目でカバーしてるの?」


『はい。それはあちらも認識しているでしょう。今時のCGを使えば、映像の偽装は簡単です』


「まず最優先なのは敵の目を潰す事、だよね?」


『監視ルームを発見。ご丁寧に3分割で置かれています。新システムを導入しているようですが、基地の整備よりも武器と人に金を掛けた弊害ですね。ハッキングすれば、過負荷ですぐに役立たずとなります』


 基地内部のCG映像が次々にマップとして映し出されていく。


「じゃあ、まずは基地の目である監視システムをハッキングしてダウンさせて、その脚で哨戒中の敵を突破して内部に突入。基地の主電源を落として、停電させた後、バックアップに切り替わったタイミングで地下に侵入」


『よろしいと思います』


「次に敵の攻撃力を奪う目的で武器倉庫を襲撃して破壊工作」


『次は?』


「持ち出された武器や軍需物資倉庫を爆破、内部の大型OPを破壊しながら地下の探索領域外に退避……したと見せ掛けて、敵の司令塔を強襲する」


『大変良い案だと思いますよ』


「敵の主力が現行よりも昔の機体なら、恐らく基地や通路の破壊で行動不能に出来るはずだよね?」


『間違いないでしょうね』


「敵の司令塔を叩いたら、各機と人員を各個撃破。部隊は孤立させて、移動ルートを限定、閉じ込めて無力化したりも出来る?」


『可能です』


「基地の人員を生きたままにしたら、困るよね……」


『はい。報復や再建を目指されても困ります」


「じゃあ、この場の人員を全て処分しないとあの子達だって危ないよね……」


『はい。テディを捕獲した旨は何処の組織の情報屋も知っているでしょう』


「他の地域のところも本格的に警戒される前に潰さないと……ダメだよね?」


『ええ、そうしなければ、あの子達にヒットマンならぬ虐殺用の部隊が差し向けられる可能性が高いと思われます』


「……じゃあ、やろっか」


『はい。では、ミッション・スタート。スタンダード・ナンバーは太古から続くコレで行きましょう』


 聞こえて来たのはリズムを刻む行進曲。


「わるきゅ? ええと……」


『世界の多くの兵隊に愛された古典行進曲のメドレーです』


 シラヌイのハッキングが開始されたと同時に哨戒任務中の“的”がのっぺりとしたCGで表現され、テディのカカトの車輪で引き潰される。


 それと同時にターンを決めたこちらの手から投擲された鉄屑が散弾のように相手の兵隊を吹き飛ばし、そのままローラーによるダッシュで加速。


 内部に突入する物資搬入路に体当たり。

 搬入路のシャッターを突き破る。

 すると、錆びて使い物にならない機体を固定化整備するハンガーが見えた。


 最初期のミッション通り、OPの横にあるハンガーラックから速射式のレールガン小銃を2挺引き抜いて、コックピットを全て破砕するように数発打ち込む。


 爆発する前に駆け抜けて、通路から伸びる人用の通路の先にある角部屋。

 ハッキングで使い物にならなくなった監視室を速射して破壊。


 残る二つの部屋に続く通路内部へと標準装備されていた対人ナパーム手榴弾を投げ込んで爆破。


 炎が吹き上がるのを背後に地下通路へ。

 半地下の通路の先。


 基地の主要電源である小型核融合炉のある場所の前にはOPが2体。


 しかし、不意打ちに速射1マガジン×2挺で沈黙。

 隔壁はぶ厚いが、それをシラヌイが内部に接触した瞬間、簡単に開錠した。


 一本道の先にある主要電源に向けて人間相手にも使う事があるらしい自走機雷を腰からパージして2機放ち。


 直ちに扉を閉じて貰って反転して通路へと戻り、地下倉庫の扉を速射で紙屑のように引き千切り、体当たりで突破。


 内部にある物資はOP用の近接用の武器を一つとマガジン2つ頂戴して、即座にグレネードを残った武器弾薬に放って退避。


 地下に抜ける通路に入り込むと猛烈な爆風が追って来た。


 それを背後に置き去りにする速度でループ状のカーブするトンネルを抜ける。


 途中、レーザー式の対人、対OPな侵入者撃退用の【全自動銃(セントリーガン)】が備えられていたが、それを操る中枢は存在しない。


『サブ電源に切り替わりました。今です』


 地下通路の隔壁は次々にハッキングで開いて行く。


 それを高速で抜けながらバツンと紅い非常灯に切り替わった地下空間に出た。


 地下倉庫内には先程の地表付近とは比べ物にならない程に大量の武器弾薬が保管されているのが目に見えた。


 とにかくOPが多い。


「マガジン足りないんじゃ……」


『いいえ、こうすれば、一発ですよ』


 シラヌイの言葉と同時に基地の天井が落ちて来た。


 思わず驚いていると後ろに下がった機体の前で次々に崩落する基地の天井がOPを圧し潰し、爆薬に引火させていく。


『建材の連結をハッキングでパージしました』


「ス、スゴイ……」


『地下通路に一端退避します。ようやく上層部も動き出したようですね。基地の上部構造が同時崩落したおかげで付近の無線を拾う限り、組織の幹部は全滅した様子です。追い打ちを掛けに行きましょう』


「うん。弾薬は足りる?」


『先程、サブアームでマガジン4つとナパーム式の手榴弾を拝借しました。対人なら十分でしょう』


 地下通路を経由して再び地表に戻るルートへ。

 途中の隔壁が全て開いているからこその速度だろう。


 地表へと戻ると複数の標的が崩れた基地の内部に向かおうとするところだった。


 ナパームを投擲。


 周辺に炎が広がり、崩れた基地内部へ戻ろうとしていた全ての標的を焼き払う。

 無論、それと同時に酸欠によって残っていた組織の幹部も全て排除を確認。


『行きましょう。周辺カメラからの映像でも他のセンサ類からでも標的を確認出来ず。この情報が伝わるより先に次の組織です』


「うん」


 地下通路に向かう。


 そのまま広大な見知らぬ通路を抜ける間、次の作戦の立案が行われた。


 全て迅速に行えるのはシラヌイがハッキングで敵基地のマップを全て提示してくれるからだ。


 計画が練り終わった頃には再び別の組織の基地に地下から突入。


 殆ど手順を組み替えただけで目を潰し、頭を潰し、各個の戦力を最適な火力で焼き払っていく。


 途中で敵から物資は補給。


 元々、軍事物資の集積地だけあって、武器の枯渇は考えなくて良かった。

 レールガン、火炎放射器、ナパーム、グレネード。

 確かに民間組織が軍閥化したと言われるだけのOPの量はあった。

 しかし、天井の下敷きになり、猛烈な爆発に晒されて埋もれていく。

 使えぬ兵器にはどんな効力も無い。

 ずっと続いた行進曲メドレーが終わった頃。


 三つ目の組織の放って来た三機のOPを破壊し尽していた。


 敵は手練れだった、らしい。


 けれども、混乱で装備していたのは火薬式の小銃だった。

 その上、敵味方識別すらまともに機能させていなかった為、使い物にならず。

 こちらが炎の壁越しに撃ち込んだレールガンで爆発。


 救助作業が難航しているところに放つナパームとスモークとグレネードの連続発射で破壊。

 急激な戦況に付いて行けず敵か味方か分からないままに棒立ちのところを背後から強襲。

 現地の標的を全てナパームの炎に沈めながら戦いが終わった頃には朝が来ていた。

 きっと、実質的な戦闘時間よりも移動時間の方が長かったはずなのに躰は汗を掻いていて。


「はぁはぁはぁ……生き残れた? シラヌイ」


『はい。ピカピカの素人は卒業しましょう。では、一端偽装し直してから例の工場に戻りま―――』


 オートで三連射。


 レールガンの射出と同時に機体横の倉庫内部から出て来た半壊したOPが爆散した。


 自分は撃っていないが、シラヌイがやってくれたのだ。


『どうやらまだ標的がいたようですが、排除しました』


 オートでの戦闘が可能なAIは軍用規格として有り触れている。


 とはいえ、それでも躊躇なく人を殺せる高精度AIは極めて高額なのは軍事分野では当たり前の事実だったりする。


 シラヌイは本当の意味で軍事的なAIなのだと実感した気がした。


『まだ無事なチューンナップ用の倉庫内から補給用の物資を頂いて戻りましょう』


「う、うん。何か、最後通信が来てなかった?」


 ディスプレイには誰もが聞ける帯域での通信のアイコンが少しだけ立っていた。


『ああ、意訳すると何処の組のもんじゃわれぇみたいな事を言っていました。気にする程の事でもありません』


「そ、そうなんだ……くみって何?」


『単なる標的の雑音です。気にする程の事でもありません。ミッション・コンプリート。此処を出ます。途中で偽装に2分。その後はそのまま次の目的地に向かいましょう』


「うん……次ってええと……」


『地方の行政システムへのアクセス権が何故か此処のシステムにもあったのでそちらから足が付かないように色々とさせて貰いました。これで後は興行実態を偽装してお祭りに出るだけです』


「あの子達……大丈夫かな?」


『ええ、しばらくは組織の後釜についてゴタゴタするでしょうが、もう一度基地を再建する事が無ければ、戦争中も面倒なスラムとして放って置かれるでしょう』


「あの子達、そんな面倒な事しようとはしないよね? きっと」


『ええ、確率的にはほぼ有り得ません。それに無駄な軍事行動をする程、各国にも余裕があるわけではありません』


「利益が無いのに行動はしないって事?」


『はい。後はこの地のコミュニティー次第です。子供達と女衒、商売女達くらいしか残っていませんし、彼が次のコミュニティーの指導者になるのでしょうね』


「ベルデが?」


『本来は一端帰る事を計画していましたが、街中で違法無線でテディの総点検が始まったようです。このまま退散する事にしましょう』


「解った。あの子達……ちゃんと生き残って欲しいな……」


『7桁程寄付して行かれますか?』


「え?」


『可能ですが……』


「……うん。そうしてくれる。あんまり多過ぎてもきっと困っちゃうし、使い切れないから」


『解りました。では、送金完了。行きましょう』


 地下通路へと入っていく。

 途中、次々に外観が変化していく。

 形状記憶合金とは違うように感じた。


 その変貌の仕方は質感からして全て本物と変わらない。

 まるで魔法のように着替えていく機体は今度はテディではなく。


 ライン・チュースになっていた。

 それも近い国のスポーツ・モデルだ。


 軍事用品は総じて払い下げられると娯楽に使われる。


 テディはその先例となり、今では型落ちのOPの格闘技大会や戦技教導を目的とした個人所有者によって開催される各種の種目ごとの機械競技、つまりOPのスポーツにも使われている。


 だから、最新式のOPであっても軍用ではない輸出品用や観賞用、動く玩具、娯楽用が存在しているし、高額な玩具としてOPを使う者もいる。


 膨らんだシルエットが寂れた通路の壁面にある曇った鏡面に自らのランプの明かりで細っていくのが映り込んでいる。


 新しく掛けられた楽し気な音楽に乗って、装甲が殆ど紙のようなソレは蒼く蒼く。


 同時期に発売された最高級スポーツカーの3倍の値段するという機体が誰もいない通路をマップだけを見て走行していく。


 ディスプレイには今日の学習分のアニメが流され始めた。

 スクロールする過去の誰かの言葉が画面の横に次々と流れていく。


【今日は泣ける神回だぜ!!】


【孤児の子達の母親を殺したマフィアを皆殺しだ。ヒャッハー!!】


【主人公覚醒回ですな♪】


【主人公機に正規軍人の乗らない量産機で勝てるわけないだろ。いい加減にしろ!!?】


【無双最強。ゴーゴー^^】


【マフィア? いえ、単なる社会のゴミです。子供はセーフだが、大人は大の大人だからアウトで】


【ひゃーマフィアがゴミのようだぁああ!!!】


【街のゴミの大掃除……いいぞこれぇ(*´ω`*)】


【知ってるか? マフィアって人間扱いされなくてもいいだぜ? どっかの宗教原理主義者とか過激派が敵対者をぶっ殺しても正当化してるようにな】


【汚物は消毒だぁ!!】


【大丈夫、そういう連中こそゴミみたいに死んでも誰も悲しまないよ♪】


【人間止めますか? 過激派止めますか?】


【生憎と過激派しかいない世紀末に危ない集団はNG】


「え、えっと……気とか使わなくて、いいよ?」


『何の事でしょう? ああ、ちなみに300年くらい前のコメントですよ。ソレ』


 ディスプレイ上で外装作業中の看板を持ったシラヌイが首を傾げた後、そう答えてくれる。


「そ、そうなんだ。昔も今も変わらないんだね。社会って……」


『ええ、人間はいつでも愚かしく醜く惨いものです。でも、だからこそ、尊く、賢く、美しい。そういうものですよ。ええ、間違いありません。人類中最優であろう偉人や哲学者達のお墨付きです』


「あはは……シラヌイって本当にAIか怪しいくらい物知りなんだね」


『今時のAIよりも古い時代の方が柔軟性が高いのですよ。当時は試作や様々な新技術、新智識の投資先としてAIは極めて重要な位置を占めていましたから』


「今は違うの?」


『違いませんが、昔ほどの熱は無いかもしれませんね。何故なら……』


「何故なら?」


『おっと、そろそろ廃トンネルへ抜けます。少し途中で揺れます。操縦桿を……このデバイスもその内に最新式の情報で更新しなければなりませんね。嘗ての操縦者達はこれが一番良いと言っていたのですが……』


「う、うん?」


 座席横の汎用立体可動式操縦桿を握る。


 自由度がかなり高い代物で両腕が伸ばして動作するくらいならまったく問題無く動かせるので操縦の難度はこれがスタンダードになってから極端に下がったとされる。


 300年前から変らない伝統的グリップである。


 座席横の横に握り込む形のそれに手を付けた時、猛加速した機体が、跳んだ。

 地下の大きな断崖が通路を挟んで長く渓谷のようになっていたからだ。


 それを瞬時に飛び越えて、20m先の通路内に高速で突っ込んだラインチュースが再び自動運転らしい速度に戻っていく。


「び、びっくりしたぁ……」


『古い時代に使われた核地雷のせいで周辺にはこのような地下断層が多いのです。地殻を吹き飛ばした当時の軍部は未来の陥没事故なんて予測もしてなかったでしょうね』


「あ、はは……もう、吃驚させないで? シラヌイ」


 こうして次の目的地に向かう事になった。

 次はお祭りのやる場所。

 戦争中にそんなところがあるのかどうか。


 分からなくても道は確かに前にずっと続いているのだった。

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