第4話「欧州脱出計画」
私が目覚めた時、やけに身体が熱かったのだが、初めての戦闘であんなにも大量の運動をしていたせいだろうと微妙に熱っぽい身体を冷ましつつ、森の中でテディ……青いカラーを使った機体を見つめていた。
「ねぇ、貴方おじさんの事を知ってるの? ええと、AIさん」
『名称の設定を推奨』
ニュッと機体の脇腹から出て来た全方位確認型の複眼レンズを先端に付けたコードが蛇のようにこちらを見つめていた。
「名前はあ、後で……それよりもおじさんの事、教えて?」
『前任者ミヤタケは操縦者として登録されており、幾つかの作戦に当機を使っていました』
「おじさんが? え? もしかして、それって……まさか……」
思わず機体を見上げる。
『はい。前任者が最後に乗っていたのが当機です』
「……あぁ、そっか。おじさん、あそこで……」
機体に手を当てる。
もう最初から死んでいると思っていた。
でも、何処かで今も生きているかも、何て事も思っていた。
だから、そのAIの言葉は衝撃だったのかもしれない。
何処か胸にぽっかりと開いた穴。
けれど、それに今初めて気付いたような気分。
『ミヤタケは本機の一部を自己再生用に登録し、次期搭乗者として貴女を登録していたのです。プレゼントとして……起動キー、鍵はお持ちですね?』
「ああ、そっか。貴女がおじさんの最後の……鍵っておじさんがくれたコレの事?」
肌身離さず持っている羽を重ねたような鍵を取り出す。
外の何処におじさんの言っていたプレゼントがあるのかと思っていたが、どうやら数年越しに貰ってしまったらしい。
思わず、涙が出そうになったのをグッと堪える。
此処で泣いておじさんがくれた時間を無駄にするわけにはいかない。
『それは所有者の生体パターンを年単位で収集して認証に用いる世界で最も短期で破られ難い量子暗号鍵の一種です』
「これが……その【Dead-bed】を動かす鍵って事?」
『はい。その通りです』
「あのフレームの文字ってペットネームじゃないの?」
『少し誤解があるようです。現在、本機に取り込んでいる機体のフレームの骨子はシステムの一部であり、言わば端末のようなものと言えます』
「端末?」
『クラウド制御のドローン技術が研究されていた頃の名残を引き継いでおり、【Dead-bed】そのものは戦略戦術兵器システムの一部であるという事です』
「おじさん。何かスゴイのを使ってたんだ……」
今では自己再生する機械は民間にもあるというが、姿を変える程の機体となれば、先進国の正規軍辺りが持っているかどうか。
それを調達して使っていたとなれば、おじさんが傍目から見てもスゴイ人だった事は間違いなかった。
『当機は最後の端末。220年程前に製造されてからバージョンアップしながら使われており、当時の機体から数えて再生、新造を含めても発行済みだった最後のコードを持っています』
「おじさんは貴方を使って戦ってたんだ?」
『はい。重要な作戦にのみ使われる代物。言わば、切り札の一つとして……』
「……おじさんの最後のログは残ってる?」
『申し訳ありません。前任者のログを収集していた中枢が破壊され、バックアップも同時に大部分が破壊された為、現在サルベージ中です。当機のデータベースにはまだ存在しません』
「………うん。何となく貴方が何なのかは分かった。それで聞きたいんだけど、私をバルカンズの外に連れ出す事は可能?」
『はい。貴方が当初に予定していたミッションは機体から吸い上げましたが、それと違う形で良ければ、欧州から南米に向かうルートを確保可能です』
虚空に3D映像で世界地図が投射され、ルートが示されていく。
『更に東南アジアからの迂回で日本国内への難民として向かう事も可能だと思われます』
思わず目を見張った。
ネットで調べた唯一のルート。
と言っていいだろうものとは違う道が示されたからだ。
「そんな事まで出来るの?」
『当機の帰属するシステムは未だ存在しており、情報工作機能が使用可能です』
「そ、それなら、みんなはどうなったか分かる?」
また別の映像が鋼線の蛇から樹木の方へと投影された。
『現在、収容されたコロニーの住民は首都に移送されているようです』
「よ、良かったぁ……」
ホッと胸を撫で下ろす。
『ただし、当機の能力は搭乗者が定期的に所有権を維持している事が確認されていなければ、提供する事が出来ません。これは保安用コードであり、回避出来ません。お解り頂けますか?』
「ええと、つまり……」
『はい。搭乗者が本機を傍に置いて連れて行く事が条件という事になります』
「そっか。うん。でも、それって可能、なの? 今の状況でこんなに大きな機体を持って行くのは……欧州内でも厳しいんじゃ……」
『ミッション・レコードに幾つか応用が利く潜入工作用のプログラムがあります。また、現在の本機の外装に指定されているアニマは興行用の代物として使われており、貸し出し業者が個人所有しているという事でシステムの甘い地方行政区域で登録情報を偽造しましょう』
「え!? あ、あの!? それってはんざ―――」
思わず言い掛けて、自分のやってきた事もこの国ではそうだった。
そう思わず口を閉じる。
『搭乗者の状況を考慮した場合の最も確率の高い方法です』
「状況?」
『バルカンズ国外で複数の国境を移動して、地方の幾つかの祝祭の仕事に応募すれば、戦争中ならば一般人に紛れられるという事です』
ネット経由らしいお祭りの映像が出る。
そこにはテディがパレードの仮装をして置物になったり、僅かに動いていた。
『落ちても受かっても公式の情報として欧州の全ログを収集するデータベース【Asteria】に行動ログを残せます。この状態から大陸を移動すれば、不自然に見えないかと』
「アステリア……アレって騙せるの? ねぇ、本当にAIなの? 貴方」
思わず聞いてしまう。
普通のAIは犯罪が出来ないようにプログラミングされているものだからだ。
『ミヤタケが用いていたミッション用のデータは少し古いですが、こういった潜入工作用のプランが幾つも存在し、そのデータは未だその鍵に眠っています』
「ッ」
思わず胸元の鍵を見つめた。
(おじさんが遺してくれた……そうなんだ……ずっと、私の事、護ってくれてたんだ……)
鍵を握り締める。
未だにおじさんが敷いてくれた道が、自分一人なら歩き出せなかった世界に続いている。
そう思うと握り締めた手は震えた。
『これより本機を偽装。ネット経由で手に入れた祝祭用のカスタムに変更します。その後、ティザリングしますので各地の情報を手に入れてカバーストーリーを作成しましょう』
「てぃざ? カ、カバー?」
『一つずつお話します。要は別の国の誰かになる為の嘘を共に考えましょう』
「う、うん。でも、外国語とか大丈夫かな」
『現在のバルカンズの標準言語は他の東欧諸国の間でもポピュラーなものです。民主主義陣営でも使われています。無理の無い嘘ならば、問題無いと考えます』
AIの考えるという言葉や嘘というのが文字通りのものと化してもう随分と長い。
だから、ソレは何処か頼もしくすら感じる。
簡易のAIですら、特化分野における一部の事象に対する思考能力は人間を越えているのだ。
対人インターフェースとしての仕様を持つAIならば、普通の人間よりも正しいアドバイス、提案をしてくれるだろう。
「貴方ってスゴイんだね」
『本AIの仕様です。名前を入力しますか?』
「うん……おじさんの国の言葉で何か良いものはある?」
『言葉を検索。提示候補を絞り込み。検索ワードの高い順で表示を開始します……』
樹皮の上にズラッと聞いた事の無い単語が翻訳と共に並べられていく。
「おじさんは貴方を何と呼んでたの?」
『……前任者はジェーン・ドゥと呼んでいました』
「じぇ、じぇーん?」
『名無しの女という英語圏の古代語です。ですが、推奨されません。今後、この機体のAIとして振舞う度に英語圏の意味深な名前では疑われる危険があります』
「ええと、それじゃあ……日本語? の中で貴方の事を表す名前にして良さそうなものを……」
『一覧にします』
ズラリと名前が再検索で絞り込まれていく。
「幻……シンキロウ……シラヌイ……ムゲンホウヨウ……これって貴方の事を表すの?」
『はい。当機は存在していないモノとして扱われて来ました』
「じゃあ、語感が良いので……シラヌイでどうかな?」
『解りました。当機のAIはこれよりシラヌイのコードで登録されます』
ゆっくりと目の前で機体がまるで錆びたように所々色を変化させてからメインカラーがくすんだ白になっていく。
「自分で色も変えられるんだ。スゴイ!!」
どうやら、旅の仲間としてはとても相手は心強いようだった。
*
「お嬢ちゃん。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
隣国の国境付近まで走った後。
本格的に機体を運ぶ為に機体には車両と同じナンバープレートが偽造されてお尻に付けられ、更に機体の四肢に電磁トルク式の車輪が形成された。
ゴム資材なんて無いのにどうやって構成したのか首を傾げてみたものの。
シラヌイからスゴイ機能が付いているのですと言われたので、自己修復や姿形を変えられるのならば、それも簡単なのかもしれないと納得。
乗っている間は仰向けで寝台に寝かせられているような姿勢でカウンターの座席に座り込んでいるのだけれど、よく感じて見れば、シートはフカフカでネットで必要な情報を集めていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
それから数時間。
昼時には隣国の道端にあるスタンドで電気を補充。
食料を調達して、有料のトイレにも入った。
衣服は田舎ならば、今のものでも目立たないとシラヌイに言われたのでそのまま。
ただカウンターの一部に残っていた端末を小さな細いサブアームで手渡されて、その中にある電子通貨で買い物をするように言われた。
(お金で何かを買うなんて……ネットでは知ってたけど、こんな風なんだ)
おじさんが遺してくれたらしい端末にチャージされている資金はゼロが8桁くらいあったので何を買うにも不自由しないとの事。
お金の価値はあんまり解らなかったが、電気スタンドのおじさんは対爆硝子越しに高カロリーバーとドリンクを山ほど買い込んだ私を興味深げに見ていた。
店内には基本的に防衛用のスタン・マシンライフルが備えられた防犯カメラと壁一面の商品説明しかない。
物品の受け渡し用カウンターから商品を出してくれるのだ。
支払いは端末をカウンターの外にある支払い用の機器に翳すだけだった。
「お嬢ちゃんも避難かい?」
「あ、はい。実は祖父が死んでから一人暮らしだったんですけど、戦争になるってネットで……それで祖父が遺してくれてたテディと一緒に……」
「そうかい。あー年季入ってんなぁ。良いテディだ」
おじさんが外の硝子越しに見て目を細めて笑った。
「お解りになるんですか?」
「ああ、おじさんが子供の頃からよく祭りじゃ出し物に出てたからなぁ」
「その……あのまま難民キャンプに行ったら、没収されちゃいますよね? アレ……」
「ああ、そりゃ止めておいた方がいいな。難民キャンプは取り敢えず、一定金額以上の資産は没収されるからね。アレを売るか。あるいはどっかで祭りに出る仕事でも調べてみるといい」
「あ、ありがとうございます。勝手が解らなくて……」
「良いって事よ。こんなご時世だ。ここらはまだ田舎だからいいが、悪い連中に捕まらんようになぁ」
「は、はい!!」
頭を下げてから、その脚でシラヌイの中に戻る。
仰向けになっているコックピット内には胸部装甲の一部から出ている脚を引っ掻ける三角型の突起が付いたワイヤーを用いる。
自動で巻き取られて胸部に転がり込むと柔らかい黒のシートが少しだけ圧縮空気で膨らんで背中を包んでくれた。
「ありがとう。シラヌイ」
『はい。いいえ。どういたしまして。食料は買えましたか?』
「うん!! 言われた通り、高カロリーバーを30本も買ったんだよ!!」
大きな麻袋を見せるとオペレーティング・カウンターが左右から降りて来て、その背後から細いサブアームが袋のカロリーバーを一本摘まみ上げ、一緒に買った2リットル入りのペットボトルと共に針みたいなものを差し込んだ。
その後、こっちの手に握らせてくれる。
その銀色の包装紙には祖国語でハイ・カロリー・バー・アップルと書かれていた。
どうやら英語をそのままこちらの言語に置き換える事は普通らしい。
「問題ありません。食事が必要になったらお食べ下さい。残りはこちらで保管しておきます」
袋がサブアームで座席の後ろに消えていく。
「ねぇ、シラヌイ。これからどこに行くの?」
『この国の地方行政の中枢にアクセスするには回線が此処では貧弱です。高精度のルーターを複数買って、何処かのスラムで有線にしてやりましょう』
「それで情報を偽造出来るの?」
『はい。ネット通販でルーターも複数ルートから足が付かないように輸送させています。現場に行って、ルーターをカウンター内に繋げて、情報を改竄したら、その脚で次の都市へ行きましょう』
「何かスゴイね。シラヌイって」
『スゴイ?』
「何でも出来るって感じがする」
『ミヤタケの情報が無ければ、スムーズに事は運ばなかったと推測されます』
「そっか……おじさんに感謝しなきゃだね」
機体が動き出す。
地方都市の道路とはいえ。
それでも行き交う車両の数は数える程だった。
外は陽射しが降り注いでいる。
荒れた山間の道から全天モニターで見えるのは廃棄されたらしい無人の集落。
それが延々と続いている。
視線でズームされるソレはつい数日前まで誰かいたような感じにも見える。
『現在、合同疎開が開始されており、多くの国で空き巣が増えていると情報にはあります』
目の前の3D投影モニターには次々とネットニュースが流れていた。
「ホントだ。誰もいない街ばっかり……みんな、難民になったり、首都に逃げてるの?」
『はい。現在、各国ではそのような状況です』
「こんな状況でお祭りしてるところあるのかな……」
『検索結果だけを言えば、まだ情報の登録や抹消のタイムラグが大きく。何とも言えません。まずは落ち着いて潜伏出来る場所を確保するのが先です』
すぐに映像がネットの動画サイトに変更された。
「あ、このサイト。見た事ある」
『このサイトは世界最大のものですが、検索エンジンは随分と前から放って置かれている為、莫大な情報の検索はかなり不自由ですが、これから必要な情報を覚えましょう』
「どういう事?」
『取り敢えず、英語、日本語の読み書きと東南アジアの言語を聞く事だけでも出来るようになって下さい。出来るだけ難民らしい偽装にする為のレッスンは動画でどうぞ』
「あ、はい。英語は一応、読み書き出来るけど、日本語かぁ……何かスゴク難しいってネットでは言ってて、機体の整備用語も英語だったから……出来るかな」
『世界で一番読み書きに役立った動画を既に検索してあります』
「あ、ありがとう……うん。頑張るね」
そう言うとさっそく動画が始まった。
「これってカートゥーンって言うんだよね?」
いつもは普通の人間や3DCG製の映像で機械関連の技術宣伝の動画や整備用の動画ばかり見ていたのだ。
だから、物語の絵本のような動画は新鮮だった。
『いいえ、これはANIMEです』
「あにめ? あ、それっておじさんが言ってた……」
『世界で最も言語学習意欲を高める教育資材として、世界映像文化遺産に登録されており、現在JAPANの公式映像ライブラリには数百年前のものから著作権切れのものが多数保存されています』
「そうなんだ? へ~~」
『各国の字幕付きです。ちなみにOPの概念的な始祖はJAPANのMANGAとされています。様々な種類のものがありますのでまずはOPに似通ったロボットものから視聴しましょう』
「はーい。あ、題名だ……ええと、イグ・ゼリ・オ・ン?」
『数百年前から伝統芸能的に新規作品が語り継がれる伝説的なアニメの第1話をどうぞ。現在までに83作品、OVA、劇場版を含めて総再生時間が5万時間はあるのでゆっくりお愉しみ頂ければ』
言っている間にも私は初めて見るANIMEの中で自分と同じくらいだろう女の子が危機的な状況になるのをハラハラしながら字幕で見始めたのだった。
*
―――某国境域。
「起きたまえ。ミロシェヴィッチ君」
「う……此処は……?」
地方の国境域コロニーにおいて先生と呼ばれていた男は冷たい鋼の床の上で目覚めていた。
人員輸送用の装甲車の床は磨き上げられ、泥一つ無い。
だが、男は縄で縛られ、その声に反応しても何ら躰を動かせず。
首だけで裸の自分を前にして座る相手の足元しか見る事が出来なかった。
「君は確保されたのだよ。内務省は現時刻を持って君の全権利の剥奪と同時に【再教育】の機会を与える事にした」
「―――!!?」
男の脳裏にフラッシュバックするのはようやく見付けた子羊の事だった。
「きょ、局長!? あ、あれは事故なんです!?」
「ほう?」
座った男が傍らにあるステッキを男の前に両手で付いた。
聞いてやろうという姿勢なのだろう。
それからの数分。
先生……ミロシェヴィッチは自分の見付けた逸材に逃げられた事を語り、不意打ちで昏倒させられていた事、あのコロニーの連中を処分する事を必死に提案した。
「つまり、君は自分の任務も果たせず。最新鋭の装備を無駄に破壊され、無様に裸で気を失っていたという事なのかね?」
「ぅ……それは……その、通り、です」
「成程。どうやら随分と面白い人材を見付けたようだ。君は良い仕事をしてくれていたようだが、どうやら“趣味”は悪質だったらしい」
「?!!」
それを何故という言葉を男は呑み込んだ。
「別に責めているわけではないよ。ただ、優秀な遺伝資源である人材の心理的な強度が君が連れて来る者達だけ妙に低いようだったのに理解がいった。というだけだからな」
ダラダラダと男の全身に汗が浮かぶ。
「残念だが、君の任務は失敗した。だが、任務の失敗よりも痛いのは君の持っていた全情報がEV側に送信された事だ。君のIDとコードで発行された正式規格の情報がよりにもよって彼らにオープンチャンネルで届いていてね。君の“趣味”に関してもかなりの量の流出が確認された」
「―――ッッ」
「これが明るみに出れば、我が国は国際的な非難を免れ得ない。内務省は君の【再教育】を既に内部で決定している。また、君の連れて来た人材の記憶処置も一部行われるだろう」
「わ、私は悪くない!? 全て、あの子が悪いんだ!? あのアズールとか言うのが!!?」
男の上で溜息が吐かれる。
「君は今まで祖国に尽くしてくれた。故に処分ではなく【再教育】にしたのだが、この直接管制管理社会においてすら未だ君のようなパラノイアが生まれてしまう。人類の業は深いな」
ゆっくりとステッキに力を込めて黒い革靴の相手が立ち上がる。
「局長!!? わ、私は悪くない!? 悪くないんですぅううう!? 【再教育】だけは!? アレだけはどうか!? いっそ殺してください!? お願いだ!? あ、あんなのは嫌だぁああぁあああああああ!??」
錯乱した先生が見えない何かに抑え付けられた。
全天候量子ステルスで待機していたのだろう。
男の目にも完全武装の部隊員の輪郭が、抑えている者達の姿が見える。
「君が真面目に成果を得て、帰って来られるのを願っているよ。ミロシェヴィッチ君……」
ステッキが外に向かい。
一人手に後部のハッチが空いて、局長と呼ばれた男が降りていく。
背後での絶叫がすぐに打撃音と共に沈黙。
局長は古びれたシェルターから運ばれて首都に向かう住民達のバスを見送りながら、脳内から呼び出した情報を幾つか視線の先に再現する。
そこには奇妙なコックピット内を破壊されていたはずのラインチュースが別の機体に変化していく様子と戦闘で小型のOPを救うところまでが静止衛星軌道上の監視衛星からの情報で確認出来た。
しかし、その情報もすぐにザラザラというノイズに消されて途切れる。
「成程。EV側が一部でも本来動かせない部隊を動かしたのはやはりアレのせいか……寿命の無い老人共め。まったく余計な事を……」
男が溜息を吐く。
すると、背後からツカツカとヒールの足音が近付いて来た。
「局長。調べて来ましたが、どうやら例の傭兵がこのシェルターに滞在していたようです」
女性らしき声がデータを局長側に送る。
「各G9が血眼になって探していたものだ。こんなところに隠そう等とは彼以外には考えられん」
「どう致しますか? 衛星で捕捉出来ずとも恐らく隣国内の情報網ならば使用許可は下りると思われますが」
「止めておきたまえ。アレがあった事自体が問題なのだ。我が国は無関係の立場を取ると法制局からも政治局からも通達が来ている」
「解りました。では、少女の情報は抹消という事で?」
「ああ、そちらで進めておいてくれ。バンクに秘匿ファイル扱いで集積後、国家元首特例以外では開かないように封鎖を」
「アステリアには集積されておりますが……」
「構わん。誰も好き好んで世界の滅亡の引き金は引きたくないだろう」
「了解致しました……それにしても、こんなところで見つかるとは……」
「国境域の廃棄予定シェルター。回収危険地帯に破壊して置いておく……まったく、何かの拍子に回収されたらどうするつもりだったのか」
「……EV側はコレを座視しているでしょうか?」
「ほぼ間違いなく追跡を開始するな。まぁ、構うものではない。対処は終了したからな」
「では、首都に直帰後、会議がありますのでそろそろ」
「あの機体を操る遺伝評価:Prismaの少女、か。さて、歴史はどう動くかな……」
男と秘書の背後を巨大な影が縦列して通り過ぎていく。
ソレは巨大な20mはあるだろう無数のドローン集合体の小山、群れだった。
それが道の果てから延々と国境域に向かって並べられていく。
その数は数百では利かないだろう。
局長の唇に煙草が咥えられ、そっと背後からジッポの火が灯された。
遠方で爆音が連続して響く。
その日、EV側の部隊は国境域に並べられた砲陣地による射爆によって次々に撤退を余儀なくされ、報道は大量のドローンがいる光景をトップニュースでネットに上げたのだった。