第11話「加速」
「ったくよぉ。どうなってんだか。はぁぁ……」
都庁から自身の仕事場に戻って来ていた嵐田課長その人が他の課の人間が行き交うエントランスで何やら話し込んでいた相手に気付いたのは偶然だった。
いつもならば、騒がしい事も無いはずのエントランスは今やハチの巣を突いたかのように忙しく行き交う足早の職員達に埋め尽くされている。
「あ、嵐田さん。こっちこっち」
「……見なかった事にしてぇ」
「はは、そんな事言わないでくださいよぉ」
「地獄耳め……」
嶋利が耳をサイバネ化していた事を失念していた嵐田がイソイソとエントランス横の柱に背中を預けて、職員達と話していた嶋利の元まで行く。
すると、職員達が頭を下げて、自分の課へと走っていった。
「それで何だ? こっちは色々と面倒事になったが」
「ああ、こっちも面倒事です」
「何だと? シェルター爆破以上の事でもあったのか?」
「いえ、例の傭兵さんから色々と情報が上がって来たのですが、テロに使われていた機体の大本はやはりヤチヨでした」
「それはタイムラインで流れて来たが?」
「問題は本来存在しないはずのヤチヨが技術的な流出をしている件です」
「そっちも面倒事になってるようだな」
「そっちも?」
「ああ、こっちもさっき消えていた最後の生存者達と話してきた」
「はは、という事は都知事が匿っていたという事ですか?」
「まぁ、色々とあるそうだ」
「左様で。では、こちらから。インベスターの情報が出ました」
「投資家? 投資家だと? アレか? よく陰謀論者共が言ってる国際金融ネットワークの諜報部隊とか。そういうのか?」
「ええ、本物みたいです。嵐田さんも何件か関わっていたので知ってますよね?」
「連中の情報は今までの事件じゃ殆ど出て来ないんだが、今回はそいつらが関係してるのか?」
「どうやら国際的なネットワークである事は確実だそうです。それとバイオン・インダストリーからの技術流出が先程ネットでリークされました。事実上はバイオンの株価が一時的に2%下がるような事態です」
「―――まさか、ネットワークに参加してたのか?!」
嶋利は肯定も否定もしなかった。
「バイオン側は国外で実戦データを取る時に技術流出したという情報工作で既に状況の収拾を始めていますが、傭兵の方から齎された情報を確認するとヤチヨの基礎情報が抜けもなく完全な形で敵の情報システムに残されていたようです」
「つまり、我らのパトロン様の尻拭いか?」
「バイオン側からは非常に遺憾である。我が社としてもこのような事件の再発を防止する観点からも防衛軍や公安諸兄への支援は惜しまない。技術的なアドバイザー及び実技指導官を派遣する。だそうです」
「……勝手過ぎるだろッ。金で黙らせて、証拠隠滅部隊の面倒見ろってか?!」
嵐田の叫びに周囲がシーンと静まり返って、すぐにまた喧騒が戻る。
「嵐田さん。何事も長いものには巻かれておきましょう。実際、来年度の予算は現物で6割増し確約。新装備と新機体は惜しげもなく納入される運びになりました」
「クソが……オレがアメリカの古典警察物の警官なら今頃フ〇ック連呼してるぞ? それで納得しろってか!? 民間人に死人が出てんだぞ!?」
「だから、それも含めて賠償するそうです。ざっと今期の利益の2割が飛ぶ計算ですし、まぁ……彼らも身銭は切ったというところでしょう」
「―――政治家連中は?」
「何分、国防問題ですのでダンマリを決め込んでいます。後、今回の一件でヤチヨの信頼性に傷が付いたので主力旧型の置き換え機数を削減して、アメリカから幾らか輸入するかもしれません」
「……で? 傭兵側は何だって?」
「敵データだけ送られて来ましたね。物凄く詳細で助かります。それと爆破した敵システム内には残り1機と磁力爆弾になるドローンが3機あると示唆されていたとか。敵との交戦中に後方支援システムを焼いたのでサルベージ出来ないそうですが……」
「クソが。居場所が分からなきゃ次のテロに間に合わねぇ……」
「そちらはどうだったんですか? 生き残っている三人から何か有用な情報は?」
「こっちからはお前の情報の裏付けが取れただけだ。元々、本来の零号計画は幾つかの班に別れて研究してたらしい。だが、40年前の事故で研究は凍結寸前。で、部門の違う三人が見付けた金策が……」
「キメラ化患者と二世の遺伝子と機能研究による医療技術開発、ですか」
「そうだ。だが、国が研究を引き継いで以降、元々の事故を起こした研究者達はお役御免になった。例の“未来人”への危惧も含め臭い物に蓋だったそうだ」
「ええ、それは資料からも存じていますが……」
「その時、三人が連名で残した零号計画の各種問題提起書類。それがオレ達が握ってたキメラ化二世以降が引き起こす“超人化現象”だったわけだが……」
「国がソレを利用して軍事転用する事にした、と。うん。国が悪いですね。そこで大人しく医療だけやっとけば、こんな事になりませんでしたよ?」
嶋利の言葉に嵐田はコイツも偶にはこういう事言うのかという顔になる。
「そこまではいい。だが、問題は此処からだ。あの三人はその後も個人的に各地の被害者と会って、贖罪の為にもと研究は続けていたらしい」
「此処までは情報的に既存のものですね」
「で、だ。その研究にも金はいるわけだが、高々計画から左遷された研究者の個人資産で最新の遺伝子研究が出来ると思うか?」
「無理でしょうね」
嶋利が肩を竦める。
そもそも男達の全員が遺伝研究の申し子みたいな人物では無かったのだ。
役割分担していたとしても、地方の大学で何とか職に就いていただけの彼らに時間も金も足りないのは火を見るより明らかだ。
「お前も訝しんでた通り、何処からか三人には資金が流れていた。それは既存の日本企業からの秘密裡の融資というわけじゃなかった」
「ああ、つまり、此処でテロ計画の後援者。キメラ化二世を使う連中が出てくるわけですか」
「その通りだ。三人は国外の手の者だと知っていた。が、国に上げていた研究成果の殆どが被害者救済のみならず、軍事転用されて、デザイナーズ・チルドレンが無数に製造……子供を戦いの場に送り込んだ事を知った以上、その力を借りても止めなければと思ったんだそうだ……」
「それが今回のテロに結びついて行くわけですか」
「ヤチヨの事も数年前に政府との取引材料として後援者が持って来たものだとの話だ。だが、最初はテロと言っても死人を出さない情報戦と護衛の為の戦力として考えていたらしい」
「それが第六次大戦の勃発で一気にきな臭くなった、と」
「そうだ。三人は頑として死人を出すテロを拒んだが、これを後援者は許さなかった。また、テロ計画の最終段階前に加入した【石田星羅】はどうやらヤチヨにタヂカラオを搭載し、自分の研究を世に証明する為に協力していたらしく。三人とはそもそも考えが違っていたようだ」
嶋利がこれからは重要な科学者には民間でも更に監視の目が必要だとマッド・サイエンティストの行動力に溜息を内心で呑み込む。
「彼らインベスターにしてみれば、元々の三人はお役御免ですか」
「そして、此処からが核心だ。三人は数年前にキメラ化二世にも効く遺伝治療薬の開発を成功させてる」
「何と……そういう事でしたか。もしかして、殺されていた関係者は……」
「その治療薬を彼ら三人が配って回っていたようだ。だが、それがインベスター側に露見した」
「つまり、超人化を解く薬を密かに配っていたのが彼らにとっては致命的だったと?」
「元々、超人な未来人の子供を日本が使うのが問題だった。だが、あの子らを常人に戻せる薬が出来たとなれば、政府も死者が出ないテロで大事になれば、退官する事が出来る制度を造らざるを得ない。ついでに海外連中にこの薬を配れば、超人の若年層はあっと言う間に無力化される程度の人材になる」
「読めましたよ。つまり、インベスター側はこの薬の外部流出と日本政府への譲渡を阻止して回収しなければならなかったわけですか」
「そうだ。連中の思惑はあくまで日本国内の醜聞暴露とテロによる内部統制の弱体化であって、代わりが五万と作れるデザイナーズ・チルドレンを救う事じゃなかった。三人が逃げ出したのは最初の殺人が起こった直後。処分される前に知事に助けを求めたらしい」
「日本政府に助けを求めたら、また利用されるかもしれないとなれば、まったく理性的な判断ですね」
「だが、インベスター側はこの時点で諸々の情報を封鎖して、三人が失踪した事にしてテロ計画の実働部隊を掌握」
「キメラ化二世達に薬の事は知らせていなかったのですか?」
「インベスター側の監視が厳しく。無暗に知らせれば、殺される危険性があり、その薬を打ってしまえば、実働部隊の身の安全が確保出来ない。そういう理由で苦渋の選択だったそうだ」
「ああ、それであの一つ目君は追い詰められていたと」
「恐らくインベスター側は実働部隊連中に全ての罪を着せて葬り、自分達だけ逃げ出す算段だ」
「……ふむ。実働部隊の名簿は?」
「教えて貰えなかった。日本政府の被害者をこれ以上痛めつける事は出来ないとさ……」
「つまり、あの一つ目君が全責任を負って、他は大した罪に問わない方向性にして欲しいという要望ですか?」
「……今、警視庁やお偉いさんに取引を持ち掛けてる。あの一つ目君以外の参加者を実際に現行犯以外の重罪に問わないなら、薬の大々的な公表と同時に製法まで含めて譲渡する。また、自分達が抜けるまでに作成していた計画での詳しい情報も渡す、だそうだ」
「今から、都知事に仕掛けて三人を奪取するのは?」
「不可能だな。あの我が義母の老練なる事。与党幹事長様ともう調整が済んでますって顔だ」
「はぁぁぁ……仕方ありません。此処はまた傭兵さんに頼む事にしましょう。テロ計画の阻止。最悪爆弾の破壊だけでもと」
「フン。また出費が嵩むな」
嵐田がニヤニヤした。
事実、嶋利の課はこの短期間でかなり予算を圧迫されているという噂が出ており、四半期での脚が出そうな出費の見積もりはかなりの額だという。
「日本の平和が護れるなら、安いものですよ。それにマスコミも今回の一件を調査していますし、今の内に政府も批判を躱す為の実績が欲しいでしょうし」
「……それにしてもどうやったらあの磁力お化けを倒せるんだ?」
嵐田が端末を取り出して、爆破された敵機の爆心地後を見やる。
「超伝導装甲とナノ・テルミットを多用したと聞きましたよ」
「……市街地じゃ使えんな」
「最後は自爆だったので市街地戦そのものがアウトです。最悪は都市内部の被害が出ても人命と経済的な損失が少ない地域での破壊が落としどころでしょう」
こうして男達はテロ終結の為の道筋を描いて行く。
その様子は反目し合いながらも何処か相棒というものに周囲から見えていた。
本人達からすれば、噴飯物の話なのだろうが、それが紛れもない公安調査庁全体の人員の認識だったのである。
*
―――都内某所。
「おい。その手を降ろせ」
「おやおや? マキアさん。これはどうしたのですか?」
「あの三人にオレの命令として意味のない作戦行動を行わせたな?」
薄暗いコンクリートブロックの打ちっ放しの空間。
四方を壁に囲まれて、出口一つという場所で中央に鎮座しているタヂカラオ搭載型ヤチヨの3号機のハッチ前で青白いOP搭乗用のスーツを身に付けた髪を一つ縛りにした眼鏡の男が立ち止まっていた。
ハンガーに昇るボタンを押す寸前。
彼の背後には一つ目の青年が玩具のようなプラスチック製の拳銃を向けている。
拳銃を向けられた男は中肉中背だが、何処か胡散臭い。
それはこの視力など幾らで格安で矯正出来る時代に視力矯正器具など付けているからかもしれないし、あるいはその黒い硝子製の小さな丸眼鏡の魔力かもしれない。
笑みを浮かべている男の目付きは柔和だが、顔は笑っているが、気配はまったく違う事が拳銃を向けた青年には理解出来ていた。
それが漫画で言うところの殺気の類なのだとすれば、初めて彼はそういったものを他者から感じ取ったかもしれない。
薄暗い暗室の中でハンガー付きのライトが搭乗しようとする相手だけをスポットライトのように照らし出している。
それに銃を向けるフォーマルなスーツ姿の青年はそれとは対照的かもしれない。
「お前らがオレ達を切り捨てる事は最初から解っていた事だ。だが、テロを優先しているなら、それ自体は構わなかった」
「ほう?」
男が初めて青年に興味が出たと言いたげに細めた瞳を開く。
「インベスター。テロ支援の背後に他国のネットワークがいたとしても別に問題など無い。そう、テロ計画を邪魔しさえしなけりゃな」
「……トラップを全て解除して来たと。まったく、此処に来るまでに貴方を始末する部隊がいたはずなのですが」
「オレの能力は超視力だ。なんて、馬鹿げた解り易さに一切興味を持たなかったお前らの敗北だ。言っておくが、梶原はオレの足元にも及ばんぞ。勿論、今日本の国外で働く同類達もな」
僅かの丸眼鏡の男の額から汗が伝う。
「まるで娯楽アクション映画の主人公気取りですね。マキアさん」
「オレを止められるのはユキナだけだ。お前らはあの薬でオレ達を無効化出来るからと侮っていたようだが、調べもしないのはお粗末だったな」
丸眼鏡の男が両手を上げて溜息を吐き。
仕方なさそうにハンガーから離れる。
「薬の事まで……なるほど、キメラ化二世達のリーダーは伊達ではないという事ですか」
「時間稼ぎしても無駄だ。お前の予備部隊及び全戦力のザマを確認して絶望しろ」
マキアが丸眼鏡の男に懐から取り出した端末を放った。
床を滑った端末には大量の武装集団の成れの果てが血と臓物と鋼のオブジェとして転がっているシーンがある。
それも丸眼鏡の男がマキアに知らせていない戦力、人員の顔だけが妙にリアルに絶望した半壊状態で映し出されており、戦闘の凄惨さが伺える。
「はは……まさか、此処までとは5個分隊。一個小隊をOP込み……馬鹿にして済みませんでした。名に恥じぬ超人だったわけだ。貴方は……」
「フン。人殺しは初めてだったが、そう難しくも無かった。オレにはそもそも人間らしい感情はあっても、人間らしい情動の動きに関しては欠けているところがあるからな。自分の殺した死体も傍にいた人間でなければ、キモチワルイくらいの感想しか出ない」
「………博士達の報告書。あれをもう少しちゃんと真に受けておけば良かったですね。未来人の遺伝子には戦闘機能の向上よりも重大な人間性の変質があるとか。何を言っているんだと思っていたら……こういう事でしたか」
「同類がもしも子供を作れば、オレのような連中が大量にこれから増えるだろう。そして、ソレらは生存環境的な問題以外で絶滅しない」
「技術立国にして今や金属資源大国の日本が変質……はは、祖国も冗談じゃ済まない事態ですねぇ」
「人間の質を向上させて来た連中も吃驚の速度で人間性の変質が起これば、戦える作れる戦闘民族な日本人の出来上がりだ」
男の顔色が僅かに悪くなる。
「博士達にしてみれば、オレのような存在を日本人にしない為の薬だが、生憎と日本政府は“オレの理想”を叶えつつある」
「何?」
初めて男の表情が驚きに固まる。
「最後に教えてやろう。話し相手がいないと退屈でな。あいつらを此処に残さなかった自分の不手際を恨め。オレの今回のテロにおける最終目標は―――」
男が青年の言葉に顔を蒼褪めさせていく。
「そういう事だ。最初からお前らに計画の主導権など握られてはいないし、何ならオレ達に最低限度の軍事教練や最新の軍事知識を惜しげもなく授けてくれた事は感謝してやってもいい。あの遺伝子への小細工以外はな」
青年が注射器を一本懐から相手の前に放った。
「まさか?!!」
「すり替えておいたに決まっているだろう。あいつらのは本物だが、対抗薬は博士達が作ってくれる。何も問題無い」
「……クソがッ、リーベングイズめ」
丸眼鏡の男が吠える。
「もう少し思想に染まってない“普通の歴史”を学ぶべきだったな。国家の亡霊共……」
「くッ」
「お人好しな日本人はお前らにとっていつでも最大の障害だっただろ? 過去を正確に認識せず。未来を軽視したお前にオレは止められん」
容赦なく銃が連射されて男の頭部が弾け飛んだ。
「まだ、聞いているだろう。その体を爆破しても高が知れてるし、オレには一切ダメージもない事だけは教えておく……博士もう入って来ていいぞ」
「おう。終わったか。マー坊」
唯一の扉の先からファンキーな頭のマッチョな老人が白衣姿でやって来る。
石田星羅。
タヂカラオ搭載機を作り上げた張本人だった。
「ああ、アンタには世話になったな」
「いやいや、なんのなんの。こうしてプログラムの完成系まで作れた以上は世話になったのはこっちじゃよ」
「それでこれからどうする?」
「軍に投降する。無論、研究資料を世界各地にばら撒いて、日本が各国に遅れていいなら、この先進磁力研究の頭脳をスカスカにしても良いと脅す」
「くくく、喰えない爺さんだ。アンタが一番得をしたんじゃないか?」
「それはほれ? わしの研究を政治で潰した連中への意趣返しじゃよ。研究さえ出来れば、脳髄一つになっても構わんわい。カカカッ♪」
「それにしてもいいのか? オレの望みが叶えば、日本は戦争まっしぐらだぞ?」
「百年後の話にその時には死んでるジジイが言う事なんぞ無いわい。若者よ。好きにせよ。ワシも好きにする」
「ふ……じゃあな」
「おう。達者でなぁ」
青年はハンガーの昇降機で機体へと乗り込んでいく。
そして、ヤチヨが起動した途端。
周囲の暗室の建材がカタカタと震え出して瓦解しながら浮遊し、外側へとゆっくりと崩れ落ちて行った。
朝の気配。
その最中に飛び出した超磁力の申し子は三機の超磁力ドローンを率いて、すぐ傍の沿岸部から猛烈な速度で水上を滑空し、時速1200kmにも及ぶ猛烈な速度であっと言う間に東京湾から消え去っていく。
「おお、超電導磁力推進器も良好じゃな。空の覇者が戦闘機からOPに変わる時代ももうすぐじゃな。くくく……早く戦争になーれってもんで待っとるからの~~」
老人は呵々大笑しながら、懐から取り出したアンパンを齧りつつ、のんびりと公安の部隊が来るのを待つ事にしたのだった。
*
「逃げられた?」
『ええ、また彼らの背後にいた者達も全滅しているのが確認されました。沿岸部の私有地にある公園の小山が暗室になっていたようで、タヂカラオが飛び立った後、凄まじい速度で南進……スクランブルした空自が追い付く前に東南アジアの諸島域で消息を絶ったと』
「……解りました。では、今回の仕事は前金のみで終了という事で?」
『石田博士の確保も終わりましたが、当人はテロに使った技術の大半を世界中にネット経由でばら撒いた様子で……軍への引き渡しを要望しています』
「マッドという人種はこれだから……」
『では、これで。本案件の一連の業務は終了という事で』
「了解しました。またお引き立てのほどを。嶋利課長」
『はは、出来れば、優待割が欲しいところですがね……』
さっそく整備したマーナガルムで朝から捜索しようと思っていた矢先。
シラヌイが話し終わると肩を竦めていた。
「だそうです」
「だそうですって、貴女それでいいの?」
ブラウンさんが半眼でこっちを見ていた。
「お仕事は終わったみたいなので。それに此処を襲った人達の全滅も確認されたって事ならシラヌイが後はやってくれると思います」
いつもの生活スペースのテーブルには本日沢山の人達が揃っていた。
朝食はまだ出て来ていないが、これから色々とテロ計画の情報を確認して、相手側とこちら側の意見をすり合わせるところだったのだ。
「良かった。マキア……そっか……その道を行くんだね」
「あん? ユキナ。お前何か知ってるのか?」
「……えっと」
梶原さんに聞かれて少しだけ何と話せばいいのかと富田さんは悩んでいるようだ。
「ユキナ。もしかして、これで最善の状況に辿り着いたの?」
「最高じゃないよ。でも、最善の道だと思う」
「つまり、条件は全て?」
「うん。博士達の生存、私達の生存、同類の子達の戦わなくても良い選択肢に二世の遺伝子由来の能力や障害からの解放、日本政府の未来人の利用計画の凍結、恐らく全部このまま上手く行くと思う」
その言葉を聞いていたシラヌイがテーブルに戻って来る。
「やはり、ですか。第三の脳が貴女にもあるのですね。トミタ・ユキナさん」
「解っちゃいますよね……」
「未来の予測能力。状況判断型のAIを超える未来予知に近い精度が出せる代物だと公安からのデータにはありました。最も貴女のお母様の事ですが」
富田さんが頷く。
「はい。母はあの事故以来、そういう症状に悩まされて、最後には未来と現実の区別が付かなくなって自殺しました……」
どうやら患者さんにも色々いるらしい。
「リーズ・ブラウン。機械類の精密操作に長けた高度技能。梶原裕。機械化置換、サイバネ技術への過剰な遺伝適応による機械の最大効率化。どれも有用な医療技術に転用出来ますね」
2人がお見通しかと肩を竦める。
「貴方達を集めたのもリーダーであるマキアだったと昨日は聞きましたが、2人は護衛ですか?」
「ああ、そうだよ。最悪、自分が倒れてもユキナが居れば、何となるとアイツ自身が言ってた事だ」
「聞きたいんだけど、今の日本政府の動向は解るかしら?」
リーズの言葉にシラヌイが頷いてあちこちのニュースを虚空に浮かべる。
『何という事でしょうか。日本政府から公式に40年前の計画の全貌が発表されました。政府としては計画由来の技術は日本の医療技術の6割にも及んでおり、今更に計画技術の不使用は不可能と明言されており―――』
『明け方にテロ首謀者と見られるマキア氏が日本を脱出したのではないかとネットでは広まっており、実際に高速飛行するOPが捕らえられた映像がネットに―――』
『今回のテロによって日本政府が生み出したデザイナーズ・チルドレンであるタイプ【八百万】が零号計画由来のキメラ化患者の遺伝子を使用していた事が判明し、法的に問題はなくても道徳と倫理的に問題であるとネットでは騒がれ―――』
『ネットではマキア氏を政府の陰謀を暴いた英雄だとする向きも見られ、またテロは他国からの干渉があったのではないかと今朝方の戦闘映像らしきものがネットでは出ており、マキア氏が他国の諜報員と戦っていたのではないかという憶測が為されており、本当にテロの首謀者だったのかという―――』
三人はニュースをジッと見ていた。
「今のところ、被害者が出た以外は好意的な部分もネットにはある、か?」
「今後の世論次第でしょう。実際、死人は出てるんだもの……」
「うん……あの人達がドローンを使ったとはいえ、私達がやったも同じだから。キメラ化患者の人達にも迷惑掛かっちゃったよね……」
三人が沈んだ表情になる。
「ふむ。昨日はインベスターの撃滅後、これ以上の死人を出さない形で日本政府に計画を諦めさせるというところで合意しましたが、目標が消失しましたか」
シラヌイが日本の緑茶を啜りながらニュースを眺めている。
「ちなみに日本政府は都知事に確保されていた博士達からの条件を飲んだと聞きました」
「博士達は無事なの!?」
リーズが思わず立ち上がる。
「ええ、どうやら三人が失踪したのはインベスターから逃げる為だったらしいですね。連続殺人事件の犯人はインベスター側だった。貴方達に罪が被せられる事もないでしょう。現場のデータで犯人の死体と情報諸々が回収されたようです」
「アンタ、何でも知ってるんだな……」
梶原さんがシラヌイを大真面目に怖い女だと言う風に見ていた。
「情報システムの質が違うので。ちなみに博士側のキメラ化症状の治療薬を全ての患者及びデザイナーズ・チルドレンに本人が望めば投与出来るようにしろと言っていたのが通ったので諸々の情報を洗いざらい喋ったようです。貴方達の名前以外は全てですね」
「そう……博士達はどうなるの?」
ブラウンさんが訊ねる。
「監視はされるでしょうが、罪に問えば、また日本政府の評判が落ちるので放置されるでしょう。キメラ化患者の二世達へは差別から守る為に情報保護と望めば速やかな薬の投与、情報封鎖がされると思われます」
「良かった……あの人達が生きていれば、キメラ化二世の障害がある人達の助けになる……」
「では、今度はこちらの話をしましょう。実働部隊である貴方達は目標を達成しましたが、リーダーであるマキアの逃亡によって孤立状態……」
ゴクリと全員が唾を呑み込む。
「ついでに言えば、日本政府としてはこのまま被疑者逃亡で国際指名手配よりは誰か捕まえて収監するくらいしないと面子が立たないのですが……」
「引き渡すならお好きにどうぞ」
「いえ、そのまま引き渡したら、また困った事態になります」
「どういう事?」
「貴方達には本来、事件の責任を取って自分達の末路としてインベスター達に投与された薬で死んで頂こうかと思っていたのですが……事件は無事円満に灰色の決着が付いてしまった」
シラヌイが肩を竦める。
「あの博士達ならば、貴方達の治療薬も間に合わせてしまうでしょうし、貴方達から記憶を奪うには電脳化手術が必須。困りましたね」
梶原さんが思わず立ち上がろうとして富田さんに制止される。
「ッ、インベスターから渡された戦闘用の薬は怪しんではいたけれど、何か仕掛けられてるの? あたし達……」
「ええ、時限式の遺伝子改造薬。デタラメに内蔵へキメラ化症状を引き起こして一週間程で自滅するタイプのRNA型のウィルス兵器です」
「―――マジかよ」
梶原さんが腕を見た。
注射痕らしきものは見えないが、どうやら薬は打っていたらしい。
「ですが、生憎と此処にはそれを治療出来る設備と遺伝子資源があり、電脳化は第三の脳を持つ人間相手には試した事がありませんが、可能です」
「……貴女が助けてくれるって言うの?」
「我々の事を知ってしまった信頼出来ない人間を本来生かしておく事は無いのですが、貴方達は悪人では無さそうです。また、我が主に対する態度も悪くなかったので選ばせてあげましょう」
「何を?」
「此処で電脳化処置を施されて記憶を飛ばされ、公安に引き渡されるか。もしくは此処で我が主の護衛として生きる事で、牢獄や独房の中ではなく。自分達の目でキメラ化二世達の未来を見るか。この二択です」
「「「………」」」
「ちなみにお給料は出ますよ? 衣食住と最高級の医療をお付けするので一月手取り7万くらいになりますが。どうします?」
(ブラック企業って言うのかな? でも、沢山お給料払えるくらいお金今あるかな? う~~ん?)
三人が顔を見合わせる。
それを遠目から見ていたレジアが『まだかよ……早く飯食わせろ……』とブツブツ言いながらリビングのソファーでマヲンと一緒に寝ていた。
「まぁ、ゆっくり今日中に決めて下さい。来るならば、貴方達が孤児である事も含めて対処し、面倒は見るつもりです。情報操作で貴方達のアリバイも作りますが、どうしますか?」
今朝方まで色々と情報処理や世論工作をシラヌイから言われて引き受けていたので早く食べて眠りたいらしい。
その傍ではエーミールもまだ眠そうに欠伸をしていた。
「まふぁ~~~マヲ?」
また自分の出番かと目を開けたマヲンがチラリとこちらを見て、ペッと露骨に眠そうな顔で白い錠剤を三つ吐き出し、また眠り始めるのだった。
仕事は早いけれど、せめて手で出してあげればいいのにと思う朝だった。
―――数日後。
「げっほぉ!? 何だテメェ!? 男が出来たのか!!?」
学校の駐車場でそう声を掛けられる事になっていた。
振り返るとバックヤードのヘッドであるオギさんがアワアワしてこっちを見ていたので首を傾げる。
「あん? コイツ誰だ? フェクト嬢」
「あ、バックヤードのオギさん。ヘッドをしてるの」
「バ……ここら辺を仕切ってる各界の暗部じゃねぇかよ。フェクト嬢の知り合いか?」
「うん。じゃあ、また夕方に」
「おうとも。さてと、帰るとしますかね」
黒髪にサングラスを掛けた梶原さんがバイクに乗ってイソイソと現場を後にする様子は厄介事は知らないに限るという感じだった。
「テ、テメェ、いつの間に……」
「?」
「何で首を傾げてんだよ? それはこっちの話だ!?」
「こっち?」
「あのイケメン誰だ!?」
「いけ、めん?」
「良さげなツラって事だ!?」
オギさんがバイクをササッと止めて近寄って来る。
「えっと、近頃雇った人達の1人なんだ」
「は? 雇った!? お前、そういう趣味が……」
何故かオギさんが何とも言えない顔になる。
「うん。傭兵のお仕事をする時に手伝って貰う事になったの」
「そ、そっちか。は、はは、そ、そうだよな。そっちかぁ……ふぅ」
「そっち?」
オギさんがどうやら落ち着いた様子になる。
「柄にもなく古語が出たぜ……まぁ、良いが、近頃はまたテロだの何だのと騒がしいからな。大人しく活動しろよ」
「あ、うん」
「あ、それとそろそろ部活の申請書出せ」
「部活の申請書?」
「お前、殆ど昼間は入り浸ってるだろ? もう部員になれ」
「たぶん、大丈夫だと思う」
確かに部員でもないのに部室を使っていたら、校則違反かもしれない。
「デンネが言ってたが、もうお前用にカスタムした機体が出来る寸前だ。あんま目立つ事はすんなよ。だが、そこそこ大会で名前を挙げろ。そうしたら、それなりに表の顔で稼げるようになる」
「表の顔?」
オギさんが何にも解ってねぇなぁと溜息を吐いた。
「今のお前はずっと何か金稼いでる風じゃなかったろ? だが、裏の顔で稼いでても此処に通ってる連中には効果が薄いんだよ。だから、校内でも解るような功績で稼げば、面倒事を吹っ掛けられたりはしなくなる」
「ええと、自分を護れるって事?」
「そうだ。人を雇う程にあっちで稼いでるとしても表でもそれなりの顔を持て。いいな?」
オギさんはそう言って地上に出る通路に向かおうとして、サササッと早歩きで戻って来て顔をズイッと近付けてくる。
「それはそれとして、さっきのヤツの番号か名前寄越せ」
その顔はちょっと赤くて恥ずかしそうだった。




