第3話「オルガン・パンツァー」
現代戦においてドローンの大半は最新型ではない。
特に極地紛争で使われる代物は技術流出や他の政治的な要素の為に必ず型落ちが先進国間でも使われているのは常識、らしい。
ネットの軍事版の人が言うには現在の科学力は紙一重でも先に立っている者が圧倒的な有利であり、その紙一重を相手に知られない事はどんな事より優先される。
だから、本当の最新鋭、戦闘用技術の結晶である兵器の類は首都配備の正式な師団の制御下に置かれているものであり、戦局が極めて苦しい時や負けられない作戦のみで運用される。
つまり、首都防衛のような状況に出て来ないドローンそのものは基本的には型落ち感がある昔の技術で固められたものなのだという。
(まだ、見付かってない。偵察ドローンを迂回して走ってもう8km。そろそろ陣地が見えて来た)
機体内部では私も走っている。
でも、殆ど疲労は感じない。
人体力学と機体内の衛生管理技術の発達。
これは運用者の代謝物。
つまり、汗や糞尿すらも処理出来る。
これは200年以上前に完成した現代兵器の基礎なのだ。
機体内部の人間に負荷を掛けずに判断力を優先して先鋭化する事が基本的な内部構造に課された仕事なのである。
(反射も運動もトリガーすらも機械が補ってくれる。これなら私にも……)
だから、人間がやるのは機械に大まかな指示を出すという一点に尽きる。
大量のオプションが存在し、そのコマンドを選ぶのが人間の仕事だ。
荒野の先。
電磁的な防護を捨てたらしい陣地は常のECMやECCMの類は使っておらず。
今や砲撃用ドローンが多数展開する砲陣地と化していた。
小口径火器にすら連装型のレールガンが付く時代に劣悪な環境でも作動する火薬式の砲弾を運用しているのだから、経年劣化した砲弾の在庫処分も兼ねている。
(相手は多足型の自走高射砲……ネットのカタログで見た事ある。120年前からのロングセラー品。って事は恐らくアップデートされてても最低50年以上前の設計なはず……)
昆虫を模した蟲脚型は大昔から変らない安定感がある。
そう今も地上走行型ドローンの選択肢から外れない。
砲列が再び一斉に火を噴いた。
が、恐らくはコロニーのあるシェルターの能力だろう。
その電磁的な目測は随分と外れているようだった。
だが、その内の1発でも直撃があれば、長い時間で劣化したシェルターでは持たない可能性がある。
何発かは耐えられても、それ以上は不可能かもしれない。
(だから、やる事は初めから決まってる)
相手は金の掛からない低価格帯の使い潰しの効く戦力。
だから、各種の防衛機能は最低限しか積まれておらず。
防衛は防衛用ドローンが行う。
相手の防衛ドローンを出来る限り躱しつつ、自走高射砲の砲撃を不可能にする。
戦って勝てるわけはないし、完全破壊なんて出来るわけがない。
ならば、それが自分が生きて行える作戦の勝利条件だった。
(コマンド選択【-致命的な命中率に関する損傷を志向-】【-応急修理不能化の優先-】【-回避隠蔽主体戦闘-】)
人間が理解するのに大量の戦術的な知識がいるだろう戦闘行動。
これらを単純な命令として与えて、AIが複合した状況処理を行う。
戦闘行動における複雑系のデータと予測解析の技術が格段に進歩した現在。
これらの単純な文字列を組み合わせて人間が何をしたいのかを汲み取るAIは最適なプランで行動を開始してくれる。
(人間は設定を弄る係、AIはそれを行う係。だから、問題は……私の身体が機体の戦闘に耐えられなくなる前に全てを終わらせないと……)
トリガーすらも戦場では完全にフルオートになる時代。
戦場の状況把握が電子的に不可能な場合は人間の柔軟な判断力がAIを上回る事は知られた事実だ。
ドローンに詰める機能にもコストやリスクの問題から限界がある。
ならば、それと同じものに人間を載せた方が戦術的には相手よりも優れる。
故に今もAIとドローンが主力の戦場には人が搭乗するタイプの機体が必ず存在し、ドローン達の指揮を現場で無線がダメなら有線でやる場合が多々ある。
「行くよ!! Dead bed」
アクチュエーターと各部関節のサーボモーターがアクティブ。
戦闘シーケンスへと突入した瞬間。
「ぅ!?」
全身を引き絞られるようにパッケージの収縮で私の身体が機体内で拘束されたような状態となる。
全力で相手の攻撃を喰らわずに敵の砲撃を止めさせる。
その為に必要なのは敵の弾幕を掻い潜る速度と隠蔽能力。
ほぼ全ての能力を火器管制ではなく。
回避と隠蔽用にチューンした機体の機動性は内部の人間を振り回すのに十分だ。
だが、その殺人的な慣性、Gを限界以上に低減する内部機構は搭乗者が壊れないギリギリのバランスで機動しながら、AIによる追加補正で数秒単位で私の身体に致命的な負担が出ない微細な戦術機動データをアップデートしていく。
「っ……」
機体の外で起こっている戦闘はもはや私に理解出来る範疇を越えていた。
私の躰は動いているが、その負荷はゆっくりとだが減少し始めている。
不意の高負荷は相手の攻撃が予測を上回った場合に起る回避のせいだ。
(目が回りそう。この子、跳んだり、跳ねたり、体操選手みたいに攻撃を回避してる)
陣地に突撃した機体が最初にやったのは防衛ドローンを一機、乗っ取る事だった。
防衛ドローンは鈍色のドラム缶型、円筒形で1m弱。
数十秒前、その一機に忍び寄り、相手のジャックイン用の穴に細い糸状の端末を差し込んで相手の火器をメンテ用のコードで外させ、そのドローンを掌握し用いて、陣地の奥に突入。
識別コード欺瞞でドローンに成り済まして砲列に近付き。
その一機から更に一機、更に一機と次々に無力化。
一定数を越えた時点でUVの陣地サーバーが置かれた場所にドローン達を突撃させて、その隙に砲列内部に潜入。
外させていた火器を大量に抱えて、砲撃のクールダウンに入った砲身内部に曲芸染みて、小型火器を弾倉毎打ち込んだ。
起爆コードを仕込まれていた火器は砲身内部で暴発。
次々に奥の砲弾を炸裂させながら、大爆発を引き起こし、その時間差で駆け抜ける機体は見事に砲撃タイプを爆破する事に成功していた。
だが、上手くいったのはそこまでだ。
残っていた防衛ドローンがようやく電子的な欺瞞を見抜いてこちらに射撃を開始。
陣地サーバー側にも大量のドローンが向かっている以上、そちらが鎮圧されれば、こちらに更なる敵が押し寄せて来るのは間違いない。
「【-生存逃走主体-】」
急激に機動が変化した。
次々に弾雨が降る戦場でまだ残していたドローンを盾に逃走に入る。
「少し動き過ぎちゃったかな……」
ゴーグルに幾つも全身のパッケージの消耗率が提示されていた。
凡そ4割以上が後3時間でほぼ使えなくなる。
移動速度が低下すれば、国境まで持つかどうか分からない。
その時、背後に衝撃を受ける。
―――被弾。
それが至近弾の爆裂だと気付いた時には姿勢を崩した機体内部で衝撃に構える。
背骨が折れそうな圧迫、両手両足が折れたのではないかという地面への激突。
弾けた装甲の一部が焼き切れたようだったが、態勢がほぼ整っていない状況でも転がりながら立ち上がって慣性を用いたまま再び走り出す。
「ッッ」
もう前はロクに見えなかった。
咳き込む事すら出来ない。
緊急時の衝撃での人体への損傷や反射を内部でパッケージが無理やりに抑え込み。
姿勢を正させて、機体内部の酸素濃度が瞬間的に上げられた。
生きる為に死ぬより苦しい動き。
だが、最善の動きと処置を瞬時に取ってくれたAIには感謝していい。
でも、身体の内部から吐き出された空気を欲し喘ぐ躰には苦しい選択肢だった。
咳き込む事すら出来ずにジワジワと楽にされていく感覚。
正しく人間こそが部品になる戦場。
震えるよりも先に涙がゴーグルによる涙腺の直接的なパルスの刺激で抑えられた事が恐ろしい。
此処では人間らしい死に直結する反応は限界まで排除されるのだ。
(ア、レは……迫撃砲?)
さっきのはどうやら新しく出て来た小型の迫撃砲タイプのドローンらしかった。
蟲型だが、三脚状の脚で固定して、背中の砲が次々に自動装填される砲弾が射出される。
学習したAIの動きで何とか至近弾を受けないように回避していく。
だが、それでも砲弾の破片が装甲にガンガンと当たっていた。
(逃げ切れるかな。そうだといいな……)
EV側の越境作戦に即応した部隊がやって来る前に国境付近から離脱しなければならない。
しかし、そう甘いわけが無かった。
被弾。
それも前方からの砲撃。
周囲に散らばっていた警戒線を巡回中のドローン達が回り込んで来ていたのだ。
次々に至近弾に打ちのめされて、悲鳴にならない。
だが、それでも命を護ってくれるAIは走り続け、
背部装甲に銃撃が直撃した。
バランスを崩して、地面を削りながら吹き飛ぶ。
その日は満月。
バイザー越しに紅いアラートと共に映る月は綺麗だった。
落ちた瞬間にはきっと敵AIの猛烈な砲撃で機体毎、粉々になっているだろう。
だが、それでも村を護れた。
それだけはきっと自分に誇れる事だった。
「おじさん。私、頑張ったよ……」
私が目を閉じようとし―――。
『まだ死ぬべきではありません。その機体を駆る者ならば』
駆動音が響いた。
「え?」
途端、だった。
こちらの落着先に砲撃しようと射角を調整していたはずの数百m先のドローン達が何か猛烈な火花を散らせながら吹き飛び。
次々に空中で砲弾が炸裂して爆光になって消えていく。
私を銃撃しようとしていた高速機動型のドローン達が瞬時に攻撃対象を切り替えたらしく。
そちらに向かって火線を放つ。
その瞬間、最小限の土埃を上げて、こちらに突撃してくる何かがクイック・ターン……人体の構えで言うところの半身で銃火を避け、同時にそのズングリしたシルエットがAI達の予測を超えて飛んだ。
虚空では銃撃を避けられない。
上に向けて放たれた銃弾の嵐。
だが、その嵐のほぼ真下に機影が瞬間的に移動していた。
ワイヤーを私は見逃さなかった。
単純なトリックだ。
跳んで逃げたのではない。
相手の銃撃を誘導したのだ。
マーキングが外れた途端。
腰から地面に撃ち込まれたワイヤーがパージされ。
その両手から小粒の何かがばら撒かれる。
一斉起爆。
手榴弾だ。
大量に地表で弾けた爆発の中にドローン達が沈んでいった。
『最後の【Dead-bed】を駆る者……機体登録……認証完了』
「え?」
爆発の中で浮かび上がったシルエットは今までに軍事版で見たモノの中で最も世界で使われたベストセラーとして名高い米国製の【アルマ】だった。
230年くらい前から100年前まで実際に戦場で使われていた超ロングセラーの機体。
西側諸国で正式に使われていた灰色のずんぐりむっくりさん。
小型で5m弱の地球上の国家で初めて正式採用されたOPの始祖。
【灰色熊】の異名を持っていたが、正式な生産終了後、型落ちが民間に流れてからはパレードなどの祭りに使われて【小熊】の愛称で呼ばれている。
「こんなの一体どこから……」
『先程、お会いしました。アズール・フェクト』
「先程?」
『12kg程、機体から質量を持ち出されたかと』
「ッ、アレはライン・チュースだったよ!? それに今の話……AI? 高等自立思考型?」
相手の胸元の中央が開く。
其処には壊れたオペレーティング・カウンターがあるだけだった。
その内部はさっき見た砕かれたラインチュースの内部そのもので。
「ど、どういう事!?」
『今は構うものではありません。EV側から増援部隊が急速接近中。また、バルカンズの部隊も急行しています。貴女の目的はほぼ達成されました』
「わ、解るの?」
私のバイザーに一瞬ノイズが入るといきなり裸の金髪で胸が大きい人のアップ……それがすぐに消されて、今度は白い髪に全裸で鋼の骸骨を模した仮面を被る女性らしき人が映し出される。
『前任者から借り受けたテクスチャを更新。JAPANの最新アニメから無断拝借します』
「前任者?」
『ミヤタケと貴女に名乗っていたはずです』
仮面の女性がバイザー越しにそう肩を竦める。
「おじさん!? おじさんを知ってるの!?」
『後でお教えします。内部にどうぞ』
「え?」
機体のずんぐりした指がこちらを捉えると絶対入らない隙間にこっちをギュウギュウと押し込めていく。
「は、入らな、え―――」
思わず圧迫されて死ぬかと思ったのが嘘のように機体の装甲そのものが柔軟に変化して内部に【Dead-bed】を取り込んでいく。
すると、すぐに機体が動き出した。
カションカションと軽い音をさせて、時速90km程で走り始める様子には目を丸くするしかない。
ローラー式の移動方式を取らねば、こんな高速機動するのは大昔の機体では不可能なはずだ。
「あなた一体、誰なの? 本当にAI、なの?」
バイザーが強制的に停止して、破壊された機体内部の壁面から伸びて来た細い小型の機体整備用サブアームらしきものが頭部を露出させてくれる。
すると、薄暗い前面の罅割れたモニターにその女性。
恐らくAIが映った。
『改めましてアズール・フェクト。私の名前は……後で設定してください』
「え、え?」
女性の音声。
ただし、抑揚が薄く感情らしきものは見えない。
今時の高資源性AIは色々な感情があると見せ掛ける臨床心理学を応用したギミックを積んでいるはず。
なので透き通った声ではあるけれど、何処か無機質に感じてしまう。
『貴方が現在乗っているのは【Dead-bed】……アルマでもライン・チュースでもありません』
「どういう事?」
『続きは国境を越えた後に行います。全身の筋肉に消耗を確認。衝撃を受けて、内蔵器官にも圧迫による疲れが見て取れる為、機内医療行為の受諾を推奨します』
「う、うん? 治してくれるの?」
『【Dead-bed】の基本オート・コマンドです。国境を越えて、本機の偽装後に起こします。医療用ガスを注入。お休みなさい。アズール・フェクト』
「え、あ、ちょ―――ふぅ………」
『……搭乗者の睡眠導入を確認。これより搭乗者の生体構造を搭乗者アセットでリデザイン。生体適応金属の骨定着作業を開始。注入流体金属アンプルの使用期限まで残り32000年、簡易検査、パターンブルー許可。関節部への自己組成型有機サイクルシリコンの注入作業開始。簡易検査、パターンブルー許可。人造赤血球を12単位投与作業開始、簡易検査、パターンブルー許可。視床下部への無機プラットフォーム構築を開始。増殖式強化免疫群を投与作業開始、パターンブルー許可。続いて内蔵器官への強化措置に入る。分子工作機械群を自己増殖4単位製造。耐衝撃、対粒子線、対熱、対電、対冷、対ABC―――』
落ちていく。
私は何処かへと。
遠くで誰かが何かを静かに呟き続けていた。