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【Dead-bed】~アフターマン・ライフ~  作者: TAITAN
~アフターマン・ライフ~
38/41

第8話「とあるビルの主の日常」


「何かあいつら偉い事になってんな……アフターマン計画って、ジィのパチモンかよ」


「?」


 キーボードをカタカタとサーバールームの一角で打っていたレジアの背後にはマヲンを抱いたエーミールがいた。


「何してるの? レジアおねーちゃん」


「?!!」


 その一言で少女がガキーンと全身が固まったかのように硬直する。


「も、もう一回!! ワンモア!! モア!!」


「レジアおねーちゃん?」


「~~~~ッッ!! あたし、此処に住んで良かったぁ~~♪」


 何かをヒシヒシと噛み締める少女は感動で涙目である。


「?」


「お、おう!! 何やってっかって? あの2人の周囲に群がるスパイウェアを千切っては投げ、千切っては投げしてんだよ」


「千切っては投げ? 投げられるものをえーいってしてるの?」


「エミーは賢けーなぁ♪」


 デレデレの様子になったレジアがエーミールをさっそく愛称で呼びながらヨシヨシと頭を撫でた。


「マヲ。ふぁ~~~~」


 PCの前でエーミールに色々と教える片手間で事件解決に動いてる2人の支援をし始めたレジアに飽きて、スルリと腕から抜け出した黒猫はビルの屋上に上がる扉のノブを飛び上がって腕でカチャリと回して開き。


 まだまだ夏の日差しが眩しい世界に出る。


「マヲ?」


 すると、そのヒゲがヒクヒク動いた。


「マヲゥヲゥ~~」


 黒猫は何やら呆れた溜息を吐きつつ。


 現在の家主が置いた地下への通路に侵入してくる数名の人物達を地表から見付けて欠伸を一つ。


 周辺3kmに渡って人に見えざる菌糸を付着させて漂う小型微生物群からの情報をダイレクトに表皮から吸収しながら、ちょっと一部始終を見てみる事にした。


―――ビル地下通路3階下水道区画。


 アズール・フェクトが現在生活するセーフハウスは元々がレリア・バークレーから借り受けた物件だ。


 その当事者から改造許可を貰ってからビル周辺地下を合法的に買収したビルの主婦を自認するシラヌイは都の許可を取らない非合法改造を施した。


 言わば、目に見えないトラップを無数に仕掛けた。


 その中でも最も簡単な罠は“繋がらない迷宮”である。


 ビル周囲の地下に真新しい下水道が増えた事を誰も知らないだろうが、その多くはビルに繋がっているように見せて実際には入り込んだ相手がビルに近付くに連れて様々な罠によって死へと誘われるダンジョンだ。


 馬鹿馬鹿しいと思うだろうが、それは事実に過ぎない。


 全3km半にも及ぶ複雑に入り組んだ地下の下水道は他の下水道とも合流しているが、その内実は共同インフラに載らないヤバイものの集合体である。


 無味無臭の幻覚作用を引き起こす複数種類の薬物を垂れ流す菌類が至るところに蔓延っており、鎮静作用のある薬物を脳内で常時生成させるウィルスがウヨウヨしている上に入り組んだ通路は一種の後催眠暗示を掛ける為の体験型アトラクションに近いのである。


 入り込んだ者はまず生身かどうか。


 装備を使っているかどうかで振るいに掛けられ。


 精神が強いかどうかで振るいに掛けられ。


 強靭な意志を持っている最精鋭的な侵入者は更にその奥の地獄の釜へと案内されてしまうのだ。


「何なんだ此処は……クソ、頭が回らねぇ……インベスター共め。あの機体が何だってんだよ……あの磁力ドローンをテロに使用するのは最後だと言ってた癖に……ああ、クソ……マキア……」


 ボソボソと呟くのはガスマスクを装着した20代の男だった。


 下半身にはジーパンで上半身にはベストを一枚着込んだだけの男の顔の首筋には金属製の非接触式端子らしきものがあった。


 電脳化されている人物がよく使う代物で特定の情報媒体を近付けて、情報を受け取る為の代物だ。


「う……気持ち悪りぃ……」


 鍛えられた腹筋は小麦色で目が冴えるような紅蓮の赤髪。


 顔は二枚目と言っていいが、今は本来は鋭いのだろう瞳の焦点が定まらず。


 フラフラしながら暗使用のサングラスで周囲を確認している。


「大丈夫? ユウ?」


「ぁ~~わりぃ。ダメだわ。良くて2割だ。此処何か薬撒かれてんぞ」


「如何にもそれっぽいわね」


 ユウと呼ばれた男の背後には全身を全て包み込む白い防護服を着込んだ女が1人……顔は見えないが、まだ若い事が見て取れる。


「まさか、アンタがそんなになるなんて、軍用の致死性ガスでも撒かれてんのかしらね?」


 防護服の女の背後には小型のOPとすら言えない全身武装済みの2m程のスーツを着込んだ女がいた。


 全身が黒いソレは明確にOPの技術を流用された最先端の歩兵用装備だ。


 だが、主に戦場で切った張ったをする為のマシンスーツと俗称される代物であり、OP程の能力が無い。


 腰に銃が一挺と大振りの黒い警棒が一つ。


 全身がほぼ炭素製のスーツは現代においては戦場なら何処でも見掛ける代物のはずだが、女の着込んでいるモノはのっぺりとした頭部のマスク部分からノーフェイスと言われている米国陸軍の正式採用品だった。


 単なるテロリストに流出するような装備では無い。


 戦闘用防護服の分類でありながら、基本的に厳ついスーツは現行の9mm弾からマシンガンの類まで7分間撃たれっぱなしでも内部の人間がピンピンしている呆れた防御力を持っている。


「ダメね。何らかの薬剤なのは分かるけれど、解析しても近いものしか分からないわ。脳内麻薬を放出させるMDMAっぽい何かと……近似するのは脳内物質を弄る系の薬に近い……この濃度、どっから放出してるのよ……」


 マシンスーツの女が手首にある空間環境採取用の端子で空気を掻き回して得られたサンプルから即時データを解析してみせるが、解ったのは今の自分達にこの薬を中和する為の方法が無いという事だけだった。


「ユウ。後で研究所で治してもらお?」


「ああ、解ってる。ユキナ……とにかく、リーズ。オレは戦力にならんから、頭数に数えるな……」


「役立たず……マキアもどうしてこいつを仲間に入れたんだか」


「リズ?!」


 防護服の女が咎めるような声になる。


「あ~はいはい。解ったわよ。言いっこ無しね。まぁ、もう戻れないのは変わらないし、あのインベスター共のせいで無駄な死人も出た。償いは必ずさせてやるわ……」


 女の声が低くなる。


「おっと、ようやくお客さんだぜ。リーズ」


 男が止まった。


 その先には少し広めの20m四方のドーム状の空間が出来ており、明らかに下水道には似付かわしくない下水道の合流地点がある。


 その薄暗い証明が明滅する場所の中央にポツンと小さな円筒形のドローンが鎮座していた。


 近頃はいつも使われている数個で蜘蛛型ドローンに為るシラヌイお手製の自己修復する炭素系素材なドローンである。


「見たところは炭素系だけど、中身は……はぁ? 解析不能? 米軍の純正観測システムで分からないって事? 何よアレ。明らかにヤバイじゃない」


 その言葉とほぼ同時にカシャンと音がした。


「来るぞ!!」


 ユウと呼ばれた男が警告している間に証明が激しく明滅した。


 そして、一瞬の明滅後。


 男は自分の眼前に迫る黒いカマキリのように機体の一部を広げて鎌状のブレードを展開したドローンが横にいる事に気付き。


 ギリギリでブレードを真上に膝で跳ね上げて回避しながら、虚空で揺らいだドローンを一瞬の回し蹴りで広い空間に蹴り飛ばした。


「―――早ぇ!? クソ!? ユキナ!! 後ろに下がれ!!?」


「う、うん」


「0.4秒で15m。ヤバ過ぎでしょ。明らかに軍事用の上に炭素系って事は……最悪単分子ブレードかもしれないわ」


「そのスーツもダメか?」


「此処で発砲は控えたかったんだけど、無理でしょうね。ショットガンを使うわ。当たらないでよ?」


「解ってる……ああ、クソ……薬のせいで今、ギリギリだったぞ」


「バックアップよろしく」


「あいよ……」


 マシンスーツの女。


 リーズが足元に水平で三つの軸が重なるローラーを展開して、僅かに体を浮かせて猛烈な速度で突進した。


 その腰からは既に小銃が取られており、フルオートショットガンによる一斉射がドーム状の空間全域を攻撃対象として0.3mmのベアリング・ボールを大量にばら撒いた。


 一発で百発以上の極小の弾が弾けるマイクロ・ベアリングという12ゲージ・ショットガンの弾であるが、広域殲滅、広域制圧に使われる殺傷力の高い代物であり、機械の関節駆動部に入り込むと熱量で溶けて変質し、動作を阻害するという機能も持っている。


 当たれば少なからずダメージがあると思っていたリーズだったが、一瞬の変形でドラム缶型に戻ったドローンは玉を表面で受けて吹っ飛んで壁に叩き付けられる寸前で脚を展開して壁そのものに着地。


 そのまま次の光が明滅した刹那にはマシンスーツの左腕の下にいて、ブレードが腕を飛ばそうとし、背後からの猛烈な蹴りで再びドーム内に戻される。


「―――ッ、あっぶな?! 腕持ってかれるところだった!?」


「気を付けろ。今まで戦って来たドローンの中で一番ヤベェ。あのトップスピードで移動する上に変形がクソ程早ぇ……しかも、今の弾で傷付いた様子が無い。捕獲用の弾と何か溶解させる弾有ったろ。アレ使え……う、気持ち悪りぃ……」


 ユウが片手でガスマスク越しに口元を抑える。


「燃えればいいけど、望み薄なら、溶かすしかないか」


「ふ、2人とも大丈夫!?」


「ユキナ。もう少し下がれ、ドーム内に入るなよ!!」


 2人が同時にドーム内に左右からエントリーした。


 ドローンは止まっているが、明滅する灯りの間隙に滑り込む。


 だからこそ、タイミングは測り易い。


 一瞬、僅かな明滅の暗闇が来た刹那。


「「ッッ」」


 2人が同時に相手の元居た場所に向かう。


 挟み撃ちを掛けつつ、互いに迫る動かないドローンの左右から迫出した薄く長いカマキリのようなブレードが自分達を囲むように複数展開しているのを見て、顔を引き攣らせつつも勝利を確信する。


 同時に2人の拳と拳銃が相手を打ち据える。


 打撃によって背後にめり込んで逃げられないドローンに零距離から連射されるのは1発目が米国の制圧用粘着弾でコンクリートなどによく引っ付く。


 そして、そのまま連射された弾丸が相手の筐体にブチ当たった瞬間に粘性を帯びた猛烈な超アルカリ性の溶解液を勢いのままに浴びせ。


「―――ッ」


 リーズがユウの手を掴んで場から跳躍。


 2人が今までいた場所がシャリンと左右から襲い掛かるブレードで抱き込むように薙がれて空を切る。


「溶けたか?」


 壁を蹴り付けたリーズがユウと共に再び距離を取って入り口まで戻る。


「まだよ」


 カシャンッとドラム缶型のドローンの外装が外れて内部から脱皮するかのように黒いドラム缶が上空に射出される。


「逃がさないわよッ」


 マイクロ・ベアリングの嵐が一回り小型になり、溶け始めている外殻から脱出した内部のソレを捉える。


 猛烈な運動エネルギーで壁際に押しやられて身動きが取れない相手に連射に紛れた溶解弾が脱皮も許さずに半ばから溶かし弾く。


 ガシャリとドローンが地表で半分近く溶けて停止した。


「……ドローンの無力化を確認。こんなところで弾倉が二本消えるなんてね。一応、予備も含めて20個はあるけど、どれだけ要る事やら」


 リーズが肩を竦める。


「高資源性のドローン。例の仕留め損ねたテディといい……連中はあんなテディを何で欲しがるんだ?」


「ユウ。博士が行ってたじゃない。恐らく、特殊な擬態をしているOPだって」


「……あそこで無駄な騒ぎを起こさなきゃ、計画を早める必要も無かった。その上、好き勝手に磁力ドローンを起爆しやがった。インベスター共がオレ達をダシにして何かをおっぱじめようとしてるのは間違いない……」


「う、うん……マキアも今回の作戦で相手との取引は終了だって言ってるし、彼らと私達で戦う事になるかもしれないって言ってたもんね……」


 ユキナが俯く。


「とにかく。この作戦がもしも不可能ならさっさと帰るわよ。相手が先出しで資金提供して来たから受けたけど、このドローンの強さから言って、能力以外素人三人じゃどうにもならなそうだし。同型ドローンが2機以上来たら、撤収よ」


 三人がその場で相談している途中だった。


 ユキナが気付く。


 明滅する照明の下。


 少しずつ、少しずつ、微妙に溶けた機体にあちこちから溶け散らばった部品が近付いて行く。


 しかも、溶けた部分が次々に無音でサラサラと砂のように落ちていく。


「まだ生きてる!!? 2人とも前!!?」


「「!?」」


 咄嗟に防護姿勢を固めた彼らの前でドローンが虚空に浮いていた。


「電波無し、モーター駆動音無し、熱量有り……コイツは―――自己再生機能まであるっての!? しかも、この熱量の張り巡らせ方はッ、糸?!!」


 リーズが2人の首根っこを掴んで背後に20m以上下がる。


「マズイマズイマズイ!!? 抜かった!? あの機体の外装全部、編み物よ!!? しかも、自切して必要部分を集めて再起動とか!? 機能中核をやらなきゃ倒せない!?」


「お、落ち着いて!? どういう事なの!? リズ!?」


「あの機体は殆どが炭素繊維なのよ!! だから、炭素繊維で編んだパッケージング・マッスルが尽きない限り、機能中核が破壊されない限り、部品を再構成して戦い続けられる!!」


「マジかよ……」


 ユウがうんざりした顔になる。


「た、たぶん。さっきの移動も私達には分からないカーボン・ナノチューブ製の極細の糸をどっかに張り付けて、強力なトルクで巻き取ってるのよ!?」


「そ、それって……」


「こんな装備で戦える相手じゃない!! それもドローンて事は―――」


 カションカションカションという音がドーム空間の背後の薄暗い通路から響き始めるのを待つまでもなく。


「冗談じゃないわよ!! 撤退!! 撤退よ!! 2人とも捕まって!!」


 ノーフェイスが2人を両脇に抱えて、猛烈な速度で今まで来た通路を秒速20mの跳躍力で遠ざかる。


 だが、元々入り組んでいた場所である。


 マッピングしていた部分で曲がるにはどうしてもタイムロスが出る。


「お、音源多数!! 数機じゃ足りないわよ!?」


 複雑な迷宮をどんなに早く跳んでも30秒。


 それまでに追い付かれないのを祈りながら、リーズが必死にノーフェイスの跳躍力を限界まで使ってAI補正で最短ルートを直走る。


「ユウ。ど、どうしよう!?」


「逃げるしかねぇ。三人であの数の相手は無理だ。お前の能力があっても手数で押し切られる。オレも薬でロクに戦えねぇ」


「呑気に喋ってんな!? ナパーム投下!!」


 背中に装着していたバックパックから小型のナパームが背後に投擲され、2秒後に起爆。


 下水道内部を猛烈な熱量と光が染め上げて炎の壁が彼らの背後にまで迫る。


「クソがぁあ!!?」


 言っている傍から出口が見えてホッとする間も無かった。


 ノーフェイスのAIからの警告。


 前方に複数の視認不能の罠有り。


 それは網目状に敷かれた単分子ワイヤーの壁。


 何も無い入り口は1m歩き過ぎれば、彼らをサイコロステーキにしてしまう必殺の顎と化した。


「くぅ!!?」


 背後からサブアームが弾倉の長いオートマチック・ショットガンで何も無い出口に向けて連射する。


 混ざっている溶解弾が近接信管で起爆。


 辛うじて通り抜ける0.3秒前に全ての罠を食い破る。


 だが、サブアームに2人を任せて残っているはずの糸の破れた端によって切断される事を覚悟した彼女が両腕を払いのけるよう動かして背後の2人が切れぬよう庇う。


 功を奏して彼女の背後でサブアームに掴まれていた2人が抱き合いつつ、仲間の名を叫んだ途端。


 飛び出た路地裏の下にある小規模の水路。


 水が膝下程までしかないそこの壁に衝突したノーフェイスが止まった。


「リズッ、大丈夫!?」


 ユキナが訊ねると2人を降ろしたリーズがフラフラ立ち上がる。


 だが、その両腕は―――。


「リズ?!!」


 装甲が意味を為さないかのように半ばから穴開きチーズの如く。


 あちこちが抉れていた。


 内部から血が滴っているが、白いジェル状の補修材が装甲内部から噴出し、欠損部位に対してAIが即時対処。


 即時硬化樹脂による密封が施された後に内部が高濃度酸素で殺菌。


 同時に腕が内部のスキンで圧迫され、抉れた部分にジェルが充填されて、再生医療で使う臓器の培養器と同じような環境を再現する。


 抉れた血管がジェル内部で瞬時に背部ユニット内から送られて来た0.5mm弱の医療マイクロ・ユニットによる修復を受けて、人口血管を繋がれて出血が止まった。


「大丈夫よ……さすがに米軍製。そこらの藪医者より良い仕事するわ。抉れた筋肉や骨や外皮は後で再生治療ね。逃げるわよ」


 痛みを即時殺してくれる麻酔でギリギリ脂汗を滴らせるだけで済んでいるリーズが急かした。


「う、うん」


「そうは行かねぇみてぇだ」


「ユウ……ッッ―――」


「そう。そうよね。だって、入り口に張られてたんだから、入り口付近にいるって事だものね」


 彼らの戦意を折るかのように人気の無い裏路地の小さな水路の端には黒いドローンではなく。


 黒い蜘蛛が三匹。


 三方向の壁にぶら下がっていた。


「蜘蛛型。はは、それが本来の姿なのね。米陸軍の純正装備とやり合える戦力。あのテディ只者じゃないとは思ってたけど」


 蜘蛛の大きさは直径2m。


 外界に向けた部位は薄っすらと全天候量子ステルスで消えており、何処までも追われるのは間違いない。


『んぁ? 誰だテメェら? あ? あぁ、テロ組織の下っ端? 解った。こいつらを捕縛しておけって? 了解だ。ふぅ、今良いとこだったってのに』


 彼らが何者かと対話しているらしい相手の声に沈黙する。


 声は変更されているのだろうかと思うくらいに十代前半に聞こえるものだった。


『ユウ』


 蜘蛛さんに囲まれながら、ユキナと呼ばれた前進防護服の相手から掌に文字を受けて、ゴツイ男が僅かに反応する。


『大丈夫。悪い事にならない。きっと……』


 その言葉を受け取ったユウが溜息を吐いた。


 そして、自分の脚で立ち上がると蜘蛛達に降参とばかりに両手を挙げた。


 それを見たリーズもまたすぐに何かを察したらしく。


 そのまま手を挙げて。


 敢無く全員が蜘蛛に捕縛されて、黒い糸でグルグル巻きにされつつ、下水道内部へと運び込まれていくのだった。


「マヲ~~~あふ」


 そんな一部始終を見ていた黒猫は自分の出番がまるで無い地下道の攻防に欠伸を零してチラリと彼らを外で監視していた全天候量子ステルスを用いた空撮ドローンにビルの端から猫パンチをかます。


 低空飛行していたソレはあまりにも離れ過ぎているはずであるが、猫パンチとほぼ同時にメキャッと体積が半分くらいまで潰れてボンッと音がしたかと思うと水路の落着、小型のドローンが掛けていた見えない網にキャッチされて水路の内部へと運び込まれていく。


 猫のパンチは蠅すら落す。


 どころか。


 400馬力くらいありそうな小型ドローンも落とす。


 猫型生物兵器にとって、単なる偵察ドローンなんてものは栄養と環境が整ったホームで戦っていたら、単なる的でしかなかった。


 マヲンが再び屋内に入っていく。


「マゥゥヲ~~」


 すると、その様子を観察していた上空のドローンが30機程、ボボンッと同じような音を立てて地表に落着する前に見えざるドローンの群れによってキャッチされた。


 その後、姿を消されて隠蔽されつつ、水路内に消えていく。


 ソレは米軍の純正機体である蟲型ばかりであった。


 何をどうやったらパンチ一発でそんな事になるのか。


 知るのは黒猫と家主ばかりである。


 ビルから数kmに渡って視認不能の微生物群が繁茂する地域がいつの間にか存在しており、それらが空中で主たる黒猫の発する電磁波を認識し、様々な効果を持つ多用途マイクロ微生物群として活躍しています。


 なんて、誰も知らない方が良いのかもしれない。


 相手を潰したのは空気中に胞子を飛ばし、菌類が付着した部位で猛烈な勢いで増殖して弾ける衝撃による攻撃だ。


 軽くて精密な上に基本脆い蟲型の偵察ドローンなど菌類の爆発一つでどうとでもなってしまう代物……とは言うものの。


 明らかに非現実的な強化をされた微細生物群の生存圏域は凶器というよりは地獄の類である。


 事実上、装甲車クラスの車体強度が無ければ、全方位から爆風の如き菌類の爆発に伴う衝撃で相手を殺せてしまう。


 そんな威力を露わにしつつもビルは再び平穏の中へと沈んでいき。


【――――――】


 そのドローンの先でロクに重要な場面が映らなかったカメラ映像を見ていた者達は等しく目を細めた。


『マゥヲ~~~』


 爆発する時は音を吸収する見えない空気と微細な菌類が網目状に繋がるブロックが何層にも渡って周辺に形成されていたり、光を偏向する細胞で出来たステルス可能な布地が瞬時に形成出来たりする。


 要はビル周辺がマヲンの腹の中と然して変わらない。


『ふぁ~~~~』


 その気になれば、人類絶滅級のヤバイ・ウィルスや菌類を苗床化した地域から大量に放出させる事すら出来る生物にとって自身の生存を脅かす事も出来ない類の存在など気に掛ける程の事でも無かったのである。

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