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【Dead-bed】~アフターマン・ライフ~  作者: TAITAN
~アフターマン・ライフ~
37/41

第7話「理由」


「解析結果と情報が来ました」


 群馬からトンボ帰りというのだろうか。


 東京に再び戻る道すがら、先に返していたドローンに持たせたサンプルが公安に持ち込まれて2時間せずに色々とデータが送られて来ていた。


 正面にホログラムで映像ファイルが次々に映し出される。


「樹木の細胞、何だよね?」


 その割には何だか人間の臓器にも思えるような感じに増殖した細胞が息衝いている。


「データ解析の結果ですが、おまけの情報も付いてきました」


「おまけ?」


「こちらの推測を裏付けるものです」


「推測?」


「40年前の零号計画の概要と経過情報が公安から送られて来ました」


「それって公安の人は最初から知ってたって事?」


「そのようですね。順を追ってお話しましょう」


 周辺が全方位のディスプレイに切り替わる。


「40年前に起ち上げられた零号計画はアフターマン計画の3割の進捗を担っていた日本の製薬会社が、そのノウハウを米国に流用する許可を取って始まったようです。その要となる技術がコレです」


 シラヌイが出した大量の資料で周囲が埋め尽くされる。


 しかし、その全ての文書に頻出する単語があった。


「予測生物遺伝移植?」


「簡単に言うとAIと量子コンピューターを多用した正確な人類後継生物の能力と内臓器官や脳の状況を電子計算機上で再現して、コレを実物で製造し、現在の人間に移植する事で人間の能力を未来の値まで引き上げるというものです」


「未来の人間の機能を再現した肉体をって事?」


「ええ、これらには体細胞モザイク薬と呼ばれる自由に臓器や四肢を生やせる薬のノウハウが用いられており、現代のIPS再生医療と根本的には同じ技術です」


「そうなんだ……」


「なのですが、こちらは仮想電子情報から現実に持って来る遺伝子のフルスクラッチを含む遺伝子創造技術。となれば、難しいのはお解りでしょう」


「それは……確かに……」


 書類が整理されて計画のステップ毎に組み変わる。


「零号計画においては脳を除いた全ての人体に組み込める形で遺伝子の移植から初め、ゆくゆくは未来の生物の臓器移植まで視野に入れていたようですが、遺伝子移植時の実験失敗で人造人体の自己増殖機能が暴走」


 ステップ1の遺伝子の人造人体への組み込みでバッテンマークが付けられた場所に映像が浮かび上がる。


「これ……バイオハザード?」


 映し出された映像には水槽に複数入れられていた頭部の無い人体が次々に膨れ上がって、水槽を割る程にブヨブヨになり、部屋を圧迫し、最後には全ての建材を内部からの圧力で粉砕して爆発する様子が見て取れた。


「肝細胞由来の増殖速度を数千倍に高める遺伝子とポンプが壊れて水と栄養素が過剰供給された結果です」


「研究所の管理が杜撰だったの?」


「いえ、どちらかと言えば、予想以上に未来の遺伝子の能力が高かったようです」


「能力が高過ぎて、こんな事に?」


「ええ、移植された未来の遺伝子がそのリミッターとなる遺伝子を改変してしまったらしく。偽遺伝子化したリミッターとなる遺伝子の機能停止に伴って人造人体が爆発しました」


「遺伝子だけでそんな事になるんだ……」


「生み出したものが現代の科学力で制御するには力が大き過ぎたという事でしょう。この事件によって大量の遺伝子が周辺環境に飛散し、政府の手に負えなくなってしまった」


「普通、こういう時って軍の対バイオケミカル部隊が封じ込めとかするんじゃなかったっけ?」


 シラヌイが映像を出してくれる。


 事件当日の周辺環境は豪雨と暴風雨だった。


「もしかしてハリケーン?」


「台風と日本では言います。爆発当時、研究所の周囲には史上最大規模の代物が上陸しており、遺伝子の拡散は群馬全域を越えて放射状に500km近く広がりました」


「え……完全に封じ込め不能って事?」


「はい。ただ、幸いにも日本の研究者達は人造人体を造る為に使われていた被験者の遺伝子にのみ定着するように未来の遺伝子に細工していた為、散逸した遺伝子が広がっていたとしても、殆ど……ただちに影響は無かった」


「ただちにって事は……」


 シラヌイが頷く。


「ええ、お察しの通り。調べていた被害者達には影響があったようです」


「具体的にはどういう感じなの?」


「遺伝子のキメラ化です」


「キメラ化?」


「生体細胞のあちこちに不用な臓器や不用な四肢、肉体に由来する全ての形成物が生える状態です」


 司法解剖映像らしき死体の画像が複数出される。


 誰も彼も指や足や骨、爪、髪、歯が人体のあちこちに生えたり、肉体内部に穿孔するように出来ていたりと驚くような姿だった。


「もしかして遺伝子提供者が早くに亡くなってたのってコレのせい?」


「はい。それなりに長く生きられたと評するべきでしょう。国の特定遺伝子疾患として手厚く看護や金銭面での保護もされていたようです」


「そっか。それで延命治療を断って……」


「はい。症状は人其々ですが、脚や腕が増えるならまだ良い方で臓器が増えたり、外見が見るに堪えない程に変貌して何度も“削ぐ”手術をしても数か月せずに治るという事もあったとか」


 患者の病状をレポートが今度は大量に出て来た。


「それで零号計画は中止になったの?」


「いえ、それが4年目に頓挫して以降も国が密かに患者の治療と技術確立の為に続けていたようです。ですが、そこで彼らは大きな発見をした」


「大きな発見?」


「“第三の脳”を持つ患者を発見したのです」


「第三の脳?」


「他にも現在の人間の臓器としては機能していなかったのにサイバネティクスを受けていた患者の臓器として機能し、共存して更に人体を強化するもの」


 様々な情報が出てくる。


 それは機械に融合するかのように張り付く筋肉や骨、臓器の写真。


「放射線を受ける事で変異しながら劇的な速度で免疫強化や肉体の構造変容を齎す遺伝子」


 薄緑色に発光する内蔵が蠢きながら数秒で変異して形を変えていく映像。


「超重元素を筆頭にして本来人体には大量に受け入れられないような劇物を受け入れて受容体として使う事で特殊な効能のある血液や筋肉、骨髄を生み出す遺伝子……他にも諸々……」


 薬物耐性で自分でも知っているような有名な致死性のガスなどが充満する部屋で蠢く心臓や臓器の塊。


「そ、それって……」


 思わず想像してしまったのは人体実験という言葉だった。


「結果のみを言えば、日本の現在の医療技術の6割にこれらのキメラ化症状の出た患者の研究で抽出された細胞や開発された知見、技術が併用されています」


「……その患者の人達は納得してたの?」


「ええ、殆どは医療の発展と自分達を含めた多くの難病奇病を治癒する為という国家側の説得で受け入れていたそうです」


「それなら、良い、のかな?」


 たぶん、秘密だったのだろうが、手厚い国からの保護を受けられる魅力に比べれば、実利が勝るというのはありそうなところだ。


「ですが、問題はその後だったのですよ……」


 シラヌイが目を細める。


「その後……」


 ピロリンとアラームが鳴って、地図が表示される。


 周辺のリアルタイム映像が映し出されていた。


 そこは先日行ったばかりの場所だった。


「湾岸区? あ、フロートのところ修復中になってる」


 シラヌイが連れて来てくれたのは外人スラムと俗称される東京の港湾地区。


 先日、壊滅した倉庫街も程近い住宅街の一角だった。


「今回の公安から得た情報で再検索しました。恐らく事件の重要な秘密に繋がるであろう人物は……この方でしょう」


 シラヌイが言うと人物のファイルが出てくる。


「与党の若手議員さん?」


「【村田ダーシャ】27歳。与党の同化政策で初めて議員になったインド系の合法難民出である与党議員にして移民担当相、つまり大臣です」


 そこには褐色の肌の穏やかな笑みの長い黒髪の女性が映っていたのだった。


 *


 港湾地区内部の目的地周辺へとトレーラーでやって来ていた。


「ちなみに遺伝子汚染された際に周辺は大量の遺伝土壌汚染が発生しましたが、殆ど影響が無かった為、国家規模での未来予測を行いつつ、問題が出るまでは封じ込めと静観というのが例の研究所周辺の実情だったようです」


「あの植物もそうなの?」


「ええ、アレは人造人体と共に作られていた未来の植物の遺伝子で汚染されていました。推測されていた通り、動植物にも変異が起こり、あの周囲では動植物に関して公安の方で秘密裡に厳しい管理が行われていたようです」


「アレ? それなら、動物や植物にもスゴイ変異が起きてるんじゃ?」


「それが人造人体以外の未来の遺伝子は作られた量が極少量だったようで」


「あくまで本命は人体って事?」


「ええ、米国とは違って未来の生態環境をも生み出そうという部分が異なっていたらしいです」


「未来の植物ってあんなのなんだ……」


「まぁ、食虫植物化する程に環境が過酷だったのかもしれませんね。ちなみに飛散しても研究所周辺の地域から採取したものが基礎らしく。あの地域以外では定着する事が出来ないだろうと予測されており」


「その通りだった、と」


「はい。ああ、付きましたね。降りましょう。アポは取ってあります。テロでご自宅にいるとの事ですので」


 テディから降りて、トレーラーから降りて、着地すると木造の一軒屋の前に出る事になっていた。


 古びれた家ではあったが、庭付きの一戸建ての木造で外装もちゃんとしているので住み心地が良さそうだった。


「お待ちしていました」


 そう軒先で待っていたのはグレーのスーツ姿の村田ダーシャさん。


 日本の議員さんだった。


「初めまして。シラヌイさんとそちらが……」


「あ、初めまして。アズール・フェクトと言います」


「まぁ、可愛らしい。こんなにお若いのに……警察のお仕事の手伝いを?」


「あ、はい。これ証明書です」


 渡されていた手帳を差し出す。


「確かに……今回の一連の事件を公安が調査しているという話でしたけれど、貴女が先日この地域を救ってくれた方でしたか」


 シラヌイを横目に見ると頷いてくれたのでコクリとこっちも頷く。


 どうやら若いのはお互い様だけれど、ちゃんと事件の事を知っていたり、社会の裏側にも精通していそうな人だった。


「こちらにどうぞ。中でお話しましょう。実は公安に駆け込むかどうか考えていたところだったの」


「そうなんですか?」


 黒髪を細いかんざしのような蒼い髪飾りで飾る村田さんが僅かに目を細めて俯いていた。


「貴女達に……マー君の話がしたくて、今回の訪問を受ける事にしたの。もしよければ、聞いていってくれないかしら? “傭兵さん”」


「マー君?」


 端末からホログラムで出ているシラヌイは何も言わず。


 そのまま、縁側のある応接室。


 畳のお茶の間に通されたのだった。


―――4分後。


 お茶を用意してくれた村田さんがどらやきというらしい和菓子を出してくれて、暮れ始めている縁側でお話をする事になっていた。


 村田さんはお茶を一口してから、どらやきを頬張ったこっちを見て、ちょっと苦笑しつつ、のんびりした様子で話し出してくれる。


「まずは自己紹介からね。私は村田ダーシャ。インド系移民の8世よ」


「えっと、合法移民出の大臣、なんですよね?」


「ええ、有名無実のお飾りだけどね」


「お飾り?」


「移民出の大臣がまず出る事が優先されたの。実力はこれでもあるつもりよ。与党幹事長から直接“優秀だから広告塔にした”“今後は君の働き次第だ”との辛辣な激励も頂いたしね」


「何か大変なんですね」


「ふふ、ええ、大変よ。実際……余談はこれくらいにして。まず、私が何故今回の事件に関わってるのかを話しましょうか」


 村田さんがちょっと笑ってからお茶を一口して空を見上げる。


「私の母はね。先日亡くなったの。死因は脳が真皮の下にもう一つ出来て、圧迫された瞬間に意識が途切れた、らしいわ」


「それってキメラ化症状の……」


「ええ、そこは知っているのね。まぁ、それなら解るでしょう。40年前の零号計画の被害者よ。知らされたのは数年前の事だったけれどね」


 村田さんが懐かしそうに目を細める。


「母の持ちネタはね。妖怪蜘蛛女だぞ~~~って言うの」


 思わず首を傾げる。


「蜘蛛女?」


「腕が+4本。胴体の下に垂直に下半身じゃなくて胴体が九の字になって追加されて、更に腕が6本。捨て身のギャグ過ぎるわね。今にして思えば……」


「それは笑えないような……」


「でも、小さな時はそれで心底くだらないギャグだと笑ったものよ」


「そういう感じだったんですか?」


「ええ、でも、半ばヤケだったのかもしれないわね。心臓を新たに2つ生やす手術をして、それ以上の変形をしないように遺伝子治療薬を日に10mm1回注射で打って、トイレとバスタブは専用品にして何とかってところだったわ」


 村田さんが少しだけ寂しそうに笑った。


「専門の医療機関に入院してて、生活空間もそれなりに広い場所を貰って、毎日楽しそうだったわ。けど、事情を知る人達が次々に亡くなって、友達がまた減ったって少し寂しそうに笑う晩年だった……」


「そのお母さんから聞いてたんですか? 色々と」


「まぁ、今回の大臣抜擢よりも前には知ってたの。今回、テロを行ったのは私達、“キメラ化2世”と呼ばれる被害者の子供達の幾人かだと思う」


「キメラ化2世?」


 村田さんがかんざしを外した。


 途端、その右瞳が複眼になっているのが露わになる。


「それって……零号計画の研究者達からは潜在していた未来生物の遺伝子が発現したって言われたわ」


「未来生物……未来の遺伝子の一部?」


「ええ、そこまで知っているなら、解るわよね? 当時のバイオハザードが起こった際に研究所付近にいた一部の遺伝子提供者。その子供のみが症状を発現するの。本来、人間には関係の無い動植物の遺伝子が、人間に導入されてしまった状態ね」


 かんざしが元に戻される。


「それって高い能力がある瞳なんですか?」


「一応、検査はしたけれど、人間の30倍程度の視力ってだけよ」


「それはそれでスゴイような?」


「生まれた時からこうだったから、他の人もそうだと思ってたの。一時期は瞳を義眼にしようかとも思ったのだけれど、止めたわ。今は滅茶苦茶高いコンタクトを国のお金で造って無理やり視界も人間のものにしてるの」


「な、なるほど……」


 村田さんが肩を竦める。


「キメラ化した当時の被害者の中でも研究所付近に住んでいた人達はね。未来の人間の遺伝子以外にも未来の生物の遺伝子も取り込んじゃったらしいわ」


「サイバネティクスでどうにかならなかったんですか?」


「あ、それ聞いちゃう?」


 ちょっと怖い笑みになった後、村田さんが大きく俯いて息を吐いた。


「何か不味かったですか?」


「えっとね。色々な医療関係者の人達が協力して、キメラ化症状患者である私達が差別されないように電子情報に残して無いんだけど……」


「?」


「サイバネ化した人ね。ほぼ8割死ぬみたいなの」


「え?」


「……後で解った事なんだけど、母も一時期サイバネにしようかって医者と相談してたんですって。でも、その前に犠牲者が数名出たの。サイバネの失敗理由は幾つかあったらしいわ」


「ど、どんなものでしょうか?」


「キメラ化症状の患者はサイバネと適合しない率が異様に高くて、更に他の生身の肉体の移植は拒絶反応が酷くてIPSの自己細胞型以外の汎用臓器は全て受け入れられない。しかも汚染済みの遺伝子から造ったものじゃないとダメみたいって話」


 シラヌイが納得した顔になる。


「最初に脳が侵食されてるらしいわ。だから、これは治らない。既存の遺伝子創薬による症状の抑え込みは出来るけど、下手に改造すると拒否反応で即死する可能性が高かったんだって母は言っていた……」


「でも、確かサイバネと相性の良い人もいたって……」


「ああ、それは二極化してるんじゃないかって話よ」


「二極化?」


「つまり、未来じゃ生物としての強さを持つ人類と機械との相性の良い人類で二極化してるんじゃないかって……」


 村田さんが肩を竦める。


「母の他にもサイバネに挑もうとする人達はいたけれど、事前検査で拒絶反応が酷いと分かって断念した人ばかり。結果として、殆どの人はサイバネ化は選ばなかったの」


 そうしてどらやきが親の仇みたいに大口で齧られる。


「でも、ね。問題はそこじゃなかったのよ。一番の問題は……」


「二世の人は何が問題と考えてるんですか?」


「自分達の存在そのものよ」


「え?」


 村田さんがスーツの腕の部分を捲る。


 すると、手首の位置に小さなGPS付きの生体端末……シールのように皮膚の下に埋め込む形式のものが薄っすらと四角く見えていた。


「国はね。二世にキメラ化症状の肥大化や個体増加の可能性が排除出来ない為、恋愛相手や婚約相手との遺伝子検査から始まって、各種の国外旅行や遺伝子、血液、臓器提供諸々、他にも色々と義務や制限を掛けてるの」


「それって国が管理してるって事ですか?」


「遺伝子の事だもの。当然、子供には遺伝する。しかも、遺伝子がマズイ方向性で変化したりしたら、酷い症状の出る子供の被害者が増えてしまう」


「つまり、事実上の結婚とか恋愛の制限ですか?」


「そこまでのものじゃないけれど、必ず義務として検査と結果の予測については受け取ってねって事……」


「な、なるほど……」


「此処までは納得出来るわ。でも、次は致命的だったのでしょうね。特に彼らにとっては……」


「彼ら? テロリストの人達ですか?」


 僅かに村田さんが沈黙した。


「ええ……死体の大半は汚染された遺伝子の拡散を防ぐ目的で殆ど手元に戻って来ない。無汚染状態の部位からIPSで造った髪の毛のみを渡されたりするの」


「それって……」


「そして、この死体を用いて政府の下で人造の2世と3世が今造られてる」


 シラヌイが『やっぱり……』みたいな顔をしていた。


 どうやら、予測していたらしい。


「―――人型の高等知性体?」


「いえ、どちらかと言うと政府お抱えの種族を造ってるみたいなの」


「種族? つまり、未来人の遺伝子を持った人間て事ですか?」


「ええ、しかも患者とは違って、完全に変異や遺伝子による自己崩壊を克服した新人類……言わば、私達よりも出来の良い義理の姉妹、兄弟ってところかしら?」


「確かにそれは……でも、テロをしてまで防ぎたいものなんですか?」


「そうよね。普通はそう考える。でもね……その人造2世や3世が酷い目に合っているとしたら、どうかしら?」


「日本政府がそんな事を?」


「彼らは人間として人権は保障されてる。でも、未来は保障されてない」


「未来?」


「用途別、なのだそうよ」


「用途……それって管理社会的な意味で、ですか?」


「ええ、そう。労働者、科学者、兵士、技能者……人類が資質をデザインして来たデザイナーズベイビーが過去の遺物になるような超人というより、超生物染みた能力を持たせた子達がもう多数生まれてるって話よ」


「用途別に?」


「ええ、成人したら成人するまでに掛った費用を指定の労働で支払うか。あるいは別の事をして稼ぐか選ばせてくれるとか」


「でも、それならまだ良心的なような?」


「……兵士、科学者、プログラマー、そういう戦闘用ユニットに組み込める職種適性のある子ばかりだったとしたら?」


 さすがにそれは異議有りと言われそうだ。


「そして、その子達が既に日本以外で実戦投入され、国外で防衛軍や外務省の在外武官として活躍しているとしたら? 非合法活動にも従事しているとしたら? しかも、死者まで出ていたら?」


「………」


「彼らの扱いはとても丁寧だとの話よ。けれど、結局のところは子供を戦地に等しい場所で戦わせている」


「子供兵。今は何処の国も認めてはいますけど……」


「日本は公式には認めていないわ。でも、その代わりとなる優秀な遺伝子を継ぐ子供を製造出来る目途が付いた」


「……世論が許すかどうかよりも大戦で生き残る為に計画が遂行された?」


 大きく村田さんが頷く。


「しかも、初期ロットの成果から大規模生産計画が承認され、大量の戦う為だけの子供達が製造を開始される寸前なら?」


「つまり、その計画を阻止しようとして?」


 そこで大きく息を吐いてお茶を一気に呑み干した村田さんがこちらを見やる。


「傭兵さん。私は少しでも今の政府を変えられればと此処にいる。世界中で戦争しているんだもの。そういう時期で間が悪かったのは否めない。でも、でもね……」


 村田さんが瞳に決意を宿して、こっちを見ていた。


「だからって、自分が嫌な事を嫌と言えない空気だからって、それをただ認めたら、胸を張って生きられないじゃない」


「―――」


 私は思う。


 それはきっとあの時の私と同じ。


 それを教えてくれたおじさんと同じ気持ちなのだ。


「マー君は……私の幼馴染はこの事実を知った数年前には覚悟を決めて行動を開始したのだと思うわ。戦争が囁かれていたからこそ、そんな事になった時の為にも色々と用意しておいたのでしょう」


「マー君はどういう人なんですか?」


「一つ目のマー君。黒森マキア君。母の友人の息子で25歳よ」


 やはり、キメラ二世の人らしい。


「こういう被害者に知らされて無い情報は当時の零号計画の科学者によって子供達に何とか告発されたの。その事実の裏も取られた情報ばかりだった」


「信じたんですか?」


「それが知りたくて政治家になったけど、事実だったわ」


 村田さんが悲しそうに笑った。


 嘘であれば、どれだけ良かったかと。


「もう今回の一件で政府は及び腰よ。戦略目標は達成されてる。もし、続けるとしても計画は凍結されて30年くらいは停滞するでしょうね」


「じゃあ、此処で止める事は出来ないんですか?」


「ごめんなさいね……無能な大人で……死人が出た以上、もうあちらも止まらないし、止める気も無いはずよ。ただ……」


「ただ?」


「無差別に人を巻き込むような相手じゃなかったはずなの。何かしらの理由があったか。あるいは彼の後ろにいる誰かか。とにかく、あの人の本意じゃなかったと思うの。あの電車の一件は……」


「根拠は……在りますか?」


「無いわ。でも、強いて言うなら、彼はそういう人だから……」


「親しかったんですか?」


「それなりにね。だから、傭兵さん……あの子達、私達の見知らぬ兄妹姉妹と同じような年齢の貴女……頼めるかしら?」


 何を言わなくても解る。


 それは止めて欲しいという願い。


 端末が取り出されて、こっちに振られる。


「私の口座の全額……選挙資金で殆ど無くなっちゃったんだけど、まだ2000万はあるのよ。生活費も含めて全財産……」


 その顔は何処か歪んでいた。


 自分もまた子供を戦場に送るクズに成り下がったと言わんばかりに。


 でも、確かに瞳の意志は固く。


 受け取るかどうかと確認する画面がホログラムで目の前に出る。


「それは依頼って事ですか?」


「ええ、バックヤードが何でも屋として売り出す子だもの。あの子達の友達なら信頼出来る……」


「もしかして、お知り合いだったり?」


「色々とパイプを繋いでいたら、自然にね」


「……シラヌイ」


「解りました。では、こうしましょう」


 シラヌイがパンと両手を叩く。


 すると、今まで隠れていた防衛軍のコマンド部隊。


 日本では特殊作戦群と呼ばれるだろう人達の頭にゴリッと姿を現した12機の蜘蛛型ドローンが銃口をそのままに小突く。


 それに驚いた兵士達が固まった。


 数km先で周囲を囲んでいた防衛軍のスナイパー達も同様だった。


 今時、ドローンを使わない狙撃手とは珍しい部隊に違いない。


「貴女は何が何でも上り詰めて、この大戦中という最悪の時代に人権と人命と倫理と道徳が尊重される日本を創る。我々は貴女の創る日本の上で悠々自適に暮らす。これでどうでしょう?」


「―――貴女達は……」


 村田さんが驚いていた。


「ちなみにお金を此処で受け取ると面倒事になるのは目に見えているので止めておきましょう。防衛軍の皆さんも銃を降ろして下さい。こちらに積極的な攻撃の意志はありません。我々に銃口を向けたから向け返しただけですので」


 その言葉を聞いて、作戦用の灰色の特殊スーツに身を包んだサイバネ化率3割以上くらいだろう超人ばかりな軍人さん達が銃を場に落した。


 僅かに悔しそうな気配が解る。


 だが、最初からチェックメイトだ。


 場を支配しているのは完全にシラヌイだった。


「貴女をお迎えに来た政府の使いですが、彼らは仕事をしただけですから安心して下さい。乱暴や尋問はされないでしょう。今の話をもう一度すれば、与党の幹事長当たりも折れるかと」


「強いのね。貴方達……」


「ええ、プロフェッショナルですから」


 シラヌイが眼鏡をクイッと押し上げた。


「さて、そろそろ行きましょうか。ああ、それと宮田統合幕僚長に伝えておいて下さい。手を出せば、世界大戦より酷い事になると。ジェーンからの忠告です」


 シラヌイが腰を折り曲げて両手を挙げた兵達に慇懃無礼に礼をする。


「では、御機嫌よう」


 きっと、作戦を見ている防衛軍の偉い人がいるのだろう。


 村田さんに頭を下げてから止めていたトレーラーに乗る。


 周囲には見えないままゴリッと銃口で頭を小突かれて固まっている兵士の人達が多数いるようだった。


 車両を発進させると何も無いように見える一軒家の内部に熱量がフッと出現して、村田さんを確保したようだった。


「ねぇ、バクリョウチョウって誰?」


「ああ、前任者の後ろでガタガタ震えてチビッていた出っ歯のクソ後輩です」


「え、おじさんの後輩?」


「はい。同じ部隊だったので」


「もしかして、おじさんて防衛軍。あ、自衛軍だっけ? そこにいたの?」


「はい。随分と昔の事ですが、顔馴染みです」


「そうなんだ。へぇ~~~」


 まだまだ自分の知らない事がこの世界には一杯ある。


 そして、それを少しでも前に進ませようとしている人達がいる。


 そんな事を知った夕暮れ時だった。


 *


「幕僚長……如何しますか? ガルムは一応、伏せさせておいていますが」


 指令室の中。


 声を受け取った70代の男が額に汗を浮かべていた。


 特徴的な出っ歯とデコは男をネズミみたいに見せるかもしれないが、それを補って余りある制服の階級章は日本全国の防衛軍の事実上のトップという肩書で暗い青色の制服を飾っている。


「まさか、戻って来たのか。ジェーン……」


「例のバイオンの傭兵という事でしたが、我が軍の最新ドローンが全て機能停止の上、ジャックされたのも合わせて、投入した分隊は制圧……士気的なものも含めて“かなり痛い”とだけ申し上げておきます」


「言われずとも解っている」


 オペレーター達が僅かに苛立ちを滲ませた統合幕僚長。


【宮田友みやた・ゆう】


 その人の様子に誰もが驚いていた。


 第五次大戦期末期から現在までに築き上げてきた功績で日本の国土を護り切った守護神染みた男なのだ。


 いつもは笑顔で彼らに接する老人が今は違う様子なのはもはや異常事態である。


「手は出すな。出せば、終わる」


「終わる?」


「日本が、だ」


「―――あのジェーンと呼んでいた相手はそれほどの?」


 宮田の横にいる額に弾痕のある厳つい顔立ちの50代の男が訊ねる。


「久木将補。こういう言い回しは好きではないのだが、世の中……知らない方が良い事は山程ある。無論、君くらいの階級になってもな」


「………」


「まぁ、だが、君の子飼いの部隊がああまでされたのだ。少しは知っておくのもいいだろう。君は第五次大戦末期に統一中華を名乗る連中が五島列島に布陣した時の戦況は知っているかね?」


「は、はい。それはもう。戦史の教科書ですから。幕僚長がまだ3尉だった頃の話であると」


「あの戦いで私は先輩の背中を追い掛けて1尉に特進した。理由は敵ドローン陣地を3つ落としたからだ。壊滅した部隊の撤退と同時に敵軍の橋頭保を逆に落として死守した」


「はい。それは戦史研究でも色々と聞きました」


「アレの指揮をしていた男。私の先輩は戦死したという事になっているが、実際には違う」


「は? まさか、脱走でありますか?」


「ああ、そうだよ。彼は脱走した。ついでにそのお詫びに手柄をポンとくれたのだよ。あの当時……単なる走るだけしか能が無かった私にな……」


「―――そんな事が?」


「先に言っておくが……君は私が15400機のドローンを単独個人で殲滅した。なんて馬鹿げた情報は信じてないだろうね?」


「は? いえ、それは、戦果として公式に記載された情報ですので」


「はは、先に逝った当時の先達達の気持ちが今なら解るよ。まったく、後輩に全て押し付けていくのだけは上手かったな……」


「もしや、その……?」


「もう何十年も前の死者の名誉に文句を言えたものではあるまい。一人の脱走兵と支援AI。そして、それを直で見ていた私。それが味方の全てだった」


「………そのような状況下で?」


「私は運良く生き残っただけに過ぎん。だが、戦果は誰かが引き継がねばならなかった。当時の日本政府に不明な戦果で国が救われた。なんて馬鹿な話をさせるわけにはいかなかった上層部の決断でな」


「ご苦労、なされたのですね……」


 男は知っている。


 宮田が生ける伝説となったのはくだんの一件の後にボロボロに疲弊していた防衛軍の立て直しに尽力したからだ。


 それは過剰で奇跡的な戦果よりも更に評価されるべき事実だった。


「ふ、馬鹿を言いたまえ。あの戦いで命を賭け続けた日々以上の努力など、何一つ在りはしない。あの戦いは今も夢に見る」


「そうですか……」


「日本を救った彼は傭兵として戦い抜き、遠き異郷の地で死んだと風の噂に聞いた。だが、長生きはするものだな」


「?」


「あの日、聞いた声をもう一度聞く事になるとは……」


『貴方は生き抜いて何が何でも上り詰め、この大戦の時代に人々を護れる軍隊を創る。そして、我々はこの国から安心して退去する。これでどうでしょう?』


 男は遠く自分を導いていた男の声を聴いた気がした。


 情けなく。


 みっともなく。


 戦いに傷付き切った軍隊に愚痴を垂れ。


 泣き喚いて裏切らないかとすら言った男に一組の男女。


 いや、相棒達は背中で語り、海の果てに消えていったのだ。


 置き土産の破壊された陣地とドローンの山を置いて、1人立ち尽くす意気地も能力も無い男に手を振って、笑い掛けて、元気でな、と。


「今回の一件で公安と軍の評価はガタ落ちだ。超電導装甲の改修を急がせろ。それと外務省に連絡。武官連中と“国外の友人”にお前らの息子と娘を帰国させろと伝えろ」


「よろしいのですか?」


「ああ、ついでに今回の事件を裏から仕掛けている連中を叩く準備だ」


「はッ!! 例の支援組織を遂に叩くのですか?」


「ああ、そうだ。“有害な犠牲者”はその内に排除されるだろうが、こんな事を二度三度起こされては敵わんからな」


 敬礼した男が即座に電脳化された脳裏で待機状態の部隊に戦闘準備の為に号令を掛け始める。


「バックヤードとか言うバイオンのあの女の後輩が付き出してきた奴らの脳からもう一度情報を絞れ。前回のカルトの時とは違い。今回は政府からのお墨付きだ。国内で他国のフィクサー共に好き勝手させるな」


「ハッ!!」


 こうして防衛軍は動き出す。


 それは次なる戦いが近い事を意味していた。


 またしても襲われた東京で民間人に被害が出た以上、テロ組織に対しての徹底的な攻勢は日本政府の既定路線であった。

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