第6話「要諦の記憶」
―――2時間後。
「元々、米国のアフターマン計画は新人類創造計画の一角を担う国連機関が推進したサブプランでした」
「サブプラン?」
ディスプレイには次々に当時の情報が開示されていく。
「簡単に言えば、人間が地球環境に耐え切れなくなった場合には種の存続を最優先とした新しい座位群で構築された新人類が次の世代となる事を計画していたのです」
「そんなのがあったんだ」
シラヌイの出した情報は大量だったが、新人類と呼ばれる人々に必要とされる能力の項目を呼んでいると頭がクラクラしそうになった。
物凄く詰め込まれた感がある能力リスト。
その項目が400種類以上ともなれば、驚くのも当たり前だ。
「この40年で人類が今のままでも永続的に生存環境自体は維持出来ている事から最終段階前で計画は無期限凍結。現行人類の存続が不可能になった段階で再始動する事を米国政府は国連の秘密会議で西側諸国に通達しています」
「……これって表向きの話?」
「何故、そう思われるのですか?」
「えっと、こういう時って大抵殆どの国に米国って何も知らせない気がしたから……第三次や第五次は当時の米国の機密が開示された時、世界各地から非難轟々だったってネットで聞いたような……」
シラヌイが苦笑していた。
「その認識で合っています。これは個人的な予測ですが、恐らく裏向きのアフターマン計画自体は既に完遂されていますね」
「完遂?」
「全人類規模のワクチン接種や遺伝子操作時に使われる幾つかの座位群にはアフターマン計画が推進したと思われる技術的な痕跡があり、もしもとなれば、全人類に対して様々な能力の獲得をさせる事が出来る予備段階だと推察されます」
画面には次々にワクチンや遺伝子操作用の座位群のパテントの出所が記され、その企業がアフターマン計画と繋がっている書類が大量に出てくる。
「じゃあ、零号計画はそれに準拠したものって事?」
「まだ、全体像が見えていませんが、あの単眼の方の情報から推察するとソレよりも案外エグイかもしれませんね」
「?」
「まだ、断言は出来ません。確証が得られたら話しましょう。到着しました」
二時間近く情報を集めていたシラヌイの言葉と同時に外部カメラの映像が出て来て、次々に周辺の山林の内実が明らかになっていく。
市街地から離れた山岳部に近い国有林は人が済まなくなった市町村の廃棄された限界集落などに隣接しているようだったが、インフラもほったらかしにされていて、完全に切り捨てられた場所のようだった。
廃屋が並ぶ本来から寂れていた村々の跡地。
その奥には神社らしきものがあった。
苔生した石製の鳥居の先では社らしいものが朽ち掛けている。
「あの社から背後の森が目的地です。マップを出します。先行させていたドローンによる観測情報を表示」
画面奥の何も無い山林の一角が更新されて、少し古い研究所らしき建物が見えたが、廃屋に見えた。
「これが零号計画の研究所?」
「内部を超小型のドローンを使って調べていますが、完全に廃屋な上に地下室のようなものは無し。研究書類も無く。機器も残っていません」
「それって……」
「やはり、罠だと考えますが……」
本当に何も無いらしい。
「ねぇ、シラヌイ」
「何でしょうか?」
「何も無いが答えに見えるけど、それって本当に何も無いのかな?」
「どういう事でしょうか?」
「人間ていう生物を変質させる研究だったんだよね? でも、その計画の本質は生存の担保であって、必ずしも人間だけでソレをする必要は無いんじゃない?」
「ッ―――なるほど。米国は完全に人間本意でしたが、日本が米国由来の技術で別のアプローチを考えていたかもしれないとなれば……」
シラヌイが思っても見なかったという顔でドローンに指示を出して研究所内外の様々な遺伝子……樹木や小さな微生物、動植物の類の遺伝子を採取する方向に切り替えた途端だった。
神社の境界に近付いていた車両の周囲で樹木が動いた。
こちらを捕捉したような樹木の根が車両を捉えようとして、後方へとバックした車両の一部からナパームが発射される。
「魔法使いの国の本場は英国だと思っていましたが……」
「生物兵器?」
「ええ、それも何らかの外部要因で起動出来る仕掛けが施されています。タイミング的には何処かから見られていますね」
「観測範囲にいるかな?」
「いえ、かなり広くドローンの観測網を敷いていますが、地表にはいません」
「って事は空?」
「全天候量子ステルスを使った航空ドローンも確認出来ず」
「え、観測役がいない?」
「いいえ、いますよ。恐らくですが、小型衛星。今の状況を察するに衛星からの何らか干渉を受けていると考えられますが、電波で怪しいものは確認出来ず。これは……恐らく光ですね」
「光?」
「なるほど。ヤヌスを持って来て正解でした。光学観測用の装置としてもヤヌスは特級品です。微弱ですが、上空から降り注ぐ特殊な波長の光を検知」
下がりながらナパームの炎に埋もれた根が焼け落ちながらもうねり、こっちに侵食を続けている。
車両の横から投射器が迫出して、ナパームが連続で射出されて周囲を火の海にしているが、根は一行に追うのを止めようとはしていなかった。
「サンプルは得ました。一端退却しましょう」
「生物兵器が相手だなんて……エーミール達、大丈夫かな?」
「はは、それは要らぬ心配というものです。我が屋には最強の生物兵器がいますので……」
「でも、猫だし……」
「最強の猫ですよ。人類が滅びるくらいには……」
「マヲンちゃんと仕事してくれてればいいけど」
「まずはドローンで公安にサンプルを持ち込ませます。今回の一件で日本政府も動いているようですし、恐らくは情報くらい出てくるでしょう」
「いいの?」
「偶には役立って貰いませんと。割に合いませんよ」
肩を竦めるシラヌイが燃える廃村を遠くに見ながら、追って来れなくなった蠢く樹木のデータを公安に送信するのだった。
*
―――公安調査庁第13課。
「おい!! 嶋利はいるか!!?」
「おや、嵐田課長。どうなされたのですか?」
地下施設の一角。
120人が立ち働くフロアの一角。
此処に別の課の長が来るというのは珍しい事に違いなかった。
「どうもこうもねぇ!? 何だあの群馬の一件!? それとサンプルの解析が回って来たぞ!? まだ回収はやってないはずだろう!? どういう事だ!?」
「サンプル? ああ、例の零号計画の被献体の野生化したものらしいですね」
怒鳴り込んで来たのは第12課の男であった。
「そういう事を言ってんじゃねぇ!? お前以外に誰が山火事なんて起こすんだよ!? しかも、進捗すら共有されてないぞ!?」
端末には公安用の特別リード・タイムラインと呼ばれるアプリが接続されており、そこには現在進行中の計画が各種公安の情報セキュリティレベルによって分別されながら表示されていた。
勿論、課長クラスはほぼ全ての情報の検閲が出来るはずだったが、どうにも嵐田のタイムラインには群馬の件がピックアップ情報にも載っていない。
「嵐田課長。これは公安の特別調査でやるべき事を先にやられたという程度の事ですよ」
「ッ、その言い方……また、あの傭兵か!? どうなってやがる!!?」
「今日はヤケに好戦的ですねぇ。そんなに怒っていると血圧が心配だ。ストレス緩和用の安定剤は服用していますか? 義務ですよ?」
その若造の変わらぬ食えない様子に年季の入った刑事みたいな男が息を吐いて自分を落ち着けた。
「……今回の一件で政府のお偉方はお冠な上に早くしろの一点張りだ。公安の足並みを乱せば、どうなるか解ってるだろ?」
「解っていますよ。だから、逆に有難いわけですし」
「何だと?」
「事態は繰り上がったじゃありませんか。72時間の猶予でやるべき事が一つ先に消えたとなれば、仕事を外注した甲斐はあったという事では?」
「公安が仕事を外注する時代かよ……」
嵐田がオレ達の存在意義に関わるんだぞという目で嶋利を非難する。
「元々はあの連続殺人事件を追って貰っていたのですがね。まさか、例の事故が起こってから零号計画で予言されていた存在がこうも早く生まれて来るとは……」
嶋利が肩を竦めて、緩く笑った。
「タヂカラオ搭載機や磁力爆撃に対抗出来る戦力なんぞ、ウチには無いんだぞ。そんな肩の力を抜いてる場合か?」
「そうは言われまして、現状で無いものは無い。資金も無いですし、無い袖は振れない状態ですよ……」
「く……防衛軍が突貫で超電導化装甲の機体を造ってるが、72時間じゃ配備なんて間に合わないのは解り切ってる。どうにもこれは……」
「いやぁ、近年の防衛費の予算圧縮が響いてますねぇ。米国から空輸しても間に合わないでしょうし」
「言ってる場合か。オレ達の首が飛ぶのが先か。あいつらが事を起こすのが先か。どちらにしても避難するかどうかで政治家共は紛糾中だ」
嵐田が猛烈に渋い顔で嶋利を睨む。
「まぁ、確かに最終的には焼くつもりだったとはいえ、唯一の手掛かりである研究所を勝手に焼かれた事は困りました。ですが……」
「何だ?」
嶋利が缶コーヒーを啜る。
「最低限のサンプルは取れました。テロリスト達が使ってる静止衛星軌道上のステルス衛星を抑えられれば、恐らくは居場所も割れるでしょう」
「ッ、それも傭兵の情報か?」
「ええ、どうやら衛星軌道からの特殊な光波によって、サンプルが動き出したのではないかとあちらは推察しており、実際に政府の偵察衛星で観測したら、確かに特殊な光波を観測しました」
「静止衛星軌道と言っても短時間で見付けられるのか?」
「今、宇宙側から衛星の確保に動いて貰っています」
「特殊作戦群か?」
「はい。第二亜細亜国際衛星ステーション【アルゴ】を経由して確保の目途が付くのは30時間後くらいだと防衛軍から報告が……」
「先に自爆されてなきゃな」
「また、タヂカラオ搭載機は不完全である可能性が出て来ました」
「何? それも傭兵からの情報か?」
「はい。動きが緩慢でステルス式の自走機雷を避けられていなかった事からもプログラムで穴が有りそうだと」
「だとしても、今の防衛軍の火力じゃ押し切れないんだぞ? 位置が割れても超磁力対策が出来て無きゃ、爆弾一発で都市機能が崩壊する」
「それに付いてなのですが、東京に関して言えば、かなり無力化されていると見て間違いありません」
「何だと?」
驚いた嵐田の前に嶋利のデスク上からホログラムで解析結果が出される。
「3時間前に無差別テロが起こった丸ノ内線ですが、傭兵側の反撃で破壊された球体状のドローンが全て超磁力爆弾の類だと判明しました」
「アレがそうだったのか!? それに傭兵が反撃だと!? 聞いてないぞ!?」
「言ってませんでしたが、どうやら身に危険が迫った事で一部テロ計画が繰り上がった可能性があります。ですが、それはつまり彼らを追い詰めているという事のはず……」
破片から推測される情報が次々に開示された。
「こいつは……あの博士が研究してた超重元素製の磁石を使ってやがんのか」
「はい。現行の人類文明で磁力が左右しない製品は珍しい部類ですし、殆どの建造物に有効な破壊機能を保有した自爆ドローンですね」
AIの解析結果と調査班のデータを総合すると半径500m圏内の磁力に左右される全ての物質を破壊可能、浮遊可能という結果が出ていた。
「それで? どうする? 対策は?」
「製造コストが高過ぎる上に例の研究室で作られたと思われる試作機が全てコレの類だったと仮定しても……恐らく残る爆弾は4つから6つが限界です」
「石田研究室の予算以外からも資金は引かれてる可能性があるはずだ」
「いいえ、かなり調べたのですが、どうやら教授は“彼ら”と一応は呼称しますが、あのテロリスト達と接触し失踪後も資金は得られていないはずです」
「どうしてだ?」
「国内国外の例の超重元素の制作が可能な資材及び機器の流れを調べましたが、日本国内では形跡がありませんでした」
「それだけで断定するのか?」
「国外からの輸入もあの並外れた磁力です。我が国の国土全域のスキャニング・システムを擦り抜けて移動させられるとは到底思えない」
「東京には大量にあったようだが?」
「それは研究室で開発完了したものだけでしょう。また、失踪直後からずっと公安が監視していたので恐らく関東圏内から教授は出ていません」
「……第二首都、第三首都には爆弾が無い。有っても少ないと考えていいわけか」
「ええ、今回は電子戦で我が方のハッカーの1割が被害を受けていますが、その殆どが監視網に穴を造る為の攻撃でした」
「となると……」
「戒厳令と行きたいところですが、ネックは政治です。今の状況では不可能でしょう。先日のカルトの処理もまだ終わっていない以上、どうにもなりません」
「後手か。カルトの連中も放射線吸収用のガス充填トレーラーなんぞ作ってたからな。あの秘密協定もどれだけ知られたもんなのか。まったく……」
「敵は独自にOPを改造する程度の技術力はある。超磁力爆弾も然り、放射線監視の網にも掛からない。となれば、高価値目標である東京で最終的にはテロ計画が決行されるはずです」
「都内の監視網に掛からずに出て行けないとしても、隠蔽されてる内は見つけ出せない。となると……」
「足取りを追うのは傭兵の方に任せましょう。我々には我々の仕事がある」
「また、見知らぬ傭兵頼みか。クソ……」
嵐田が渋いを通り越してげんなりした様子になる。
「彼らは我々よりフットワークが軽いようですし、一部の情報は開示する事にしました」
「必要あるのか?」
「彼らとて、何も知らないままに“未来人”とは戦えないでしょう」
「……時間が無い、か」
「はい。これで彼らが敵の位置を特定してくれれば、それでよし。倒してくれれば尚良し。別に特定出来なくても敵の攻撃の的になってくれれば、それはそれで情報が取れて美味しいですしね」
「はぁぁ……いい加減、ストレスで剥げそうだ」
「はは、まだフサフサじゃないですか。そういうのは剥げてから言って下さいよ。嵐田課長」
「……ちなみにオレが怒鳴ってたのは群馬の知事にコレを渡されたからだ。今回はお前の課がやったことだ。オレじゃぁない。ほらよ」
嵐田が自分の小型端末を出すと振る動作をした。
すると、嶋利のデスクの上でホログラムで請求書らしいものが出てくる。
「……120億? いきなりですね」
さすがに嶋利が苦い顔になった。
「あの森林地帯。国有林だが、周辺に高級木材の植林場がある。しかも、収穫間直の高速成長剤使った無汚染40年ものだ」
「………ちなみに知事とはどういう関係で?」
「あの場所の管理を引き継いだ時に前課長からパイプ役を引き継いだ。ナパームで全焼したってよ」
「はぁぁ……解りました。どの道、被検体がどこまで侵食していたものか解ったもんじゃありませんでしたし、安全圏まで焼くとすれば、かなりの広範囲だったでしょうし、命には代えられません。計上しておきます」
嵐田が僅かにしてやったりという顔で嶋利に一杯食わせた事に少しだけ留飲を下げて、課を出ていく。
残された嶋利は溜息を吐きながら領収書は今回の事件の特別予算に計上しておき、イソイソと零号計画の情報を纏めて送る準備を始めるのだった。




