第1話「重くて強い」
「さ、さぁ、いらして。アズールさん」
「あ、はい。おじゃましますね。メルさん」
「はい。ふふ、うふふ」
メルさんがいつもよりもニコニコしていた。
オシャレな服というのだろうか。
黒いシックなワンピースタイプのドレス姿。
一色で統一されていてもキラキラしているのはメルさんの髪の毛や肌の色がよく映えているからかもしれない。
カナン女子の寮は校内の地下に存在する。
地下の半径200m地下2kmよりも更に下まで続く巨大構造体はテラ・クローザーと呼ばれる閉鎖都市構想の技術を使った一種のシェルターだ。
「わ~~此処がメルさんの借りてるフロア……」
「はい。浜辺ですの。遠浅にしてあるので溺れたりする危険も殆どありません」
「過ごし易い場所ですね」
「ええ、時々は友人達を招いてお茶会をしていたりもしますから、気候も春の中頃くらいにしていて」
「広くて植物も沢山……スゴイ」
内部には森もあれば、浜辺もあり、大量の水を屋内環境だけで循環させている。
通っている人数は3000人程と言われているカナン女子だけれど、その中でも寮住まいの人達の住環境は上から下まで色々いるらしく。
一部屋借りる人もいれば、30m天井の1フロアを貸切る人もいるのだとか。
地下施設の動力源は小型核融合炉数基と地下の地熱を用いた発電で賄っていて、後500年はメンテナンスフリーで動くらしい。
「こっちですわ」
エレベーターの一部は横移動もするのだが、メルさんのフロアに来るまでに4回は縦横移動があった。
時間にして5分くらい。
VIP用のエレベーターには椅子が付いているくらいなので中々にしてお出かけしている気分だ。
「お~~おっきい」
砂浜が海と森にサンドイッチされた空間。
天井は全て光学ホログラムで陽射しや空を再現していて、内部である事を忘れてしまいそうなくらいだ。
メルさんの家は森と砂浜の境目くらいに置かれていた。
平屋建てで周囲にはガード用の小型ドローンが複数地面の隙間から内部の情報を看視している。
日本家屋というのだろうか。
レンガ造りやコンクリート造りの家を想像していたのだけれど、木製の家は和洋折衷という言葉がぴったりで内装こそ木造だけれど、温かみがあって広い空間が確保されていた。
靴を脱いで玄関を通り、リビングに入ると妹さんが掌をヒラヒラさせて出迎えてくれる。
「あ、ゆっくりしてってね~」
お茶を出してくれた妹さんが傍の階段から地下に降りていく。
「もう、あの子ったら……」
メルさんが溜息を吐きつつ、すぐに切り替えた様子で二人掛けのテーブルの横にカートを引いて来る。
そのカートには丸く塔のようにお盆が複数乗っていて、その上にはケーキが何種類もあった。
「お~~~」
「ふふ、お茶に誘ったのはこちらですもの。今日は色々お喋りしましょうね? アズールさん」
「あ、はい。メルさん」
「……お菓子好きなのかしら?」
「ぁ……昔は食べた事無かったから……今はシラヌイが作ってくれたりするけど」
「シラヌイ……この間、OPの競り会場に来ていた方、ですわよね?」
「はい。この国に来たのもシラヌイが一緒にいたからなんです」
「まぁ、そうなの? 日本に来る前には何処に住んでいたんですの?」
「あ、はい。バルカンズです」
何故か。
メルさんがカップを取り落として紅茶が零れた。
「わ、あ、あつ、あつつ、ぁ、ぅ、え、い、医療ドローンを!?」
「メ、メルさん!? あ、はい!?」
すぐに医療ドローンを端末で呼ぶとすぐに備えられていたらしい家の中からドローンが走行してきて、メルさんのドレスを捲って膝に色々としてくれた。
「ご、ごめんなさいね。す、すぐに戻りますから」
「あ、はい。大丈夫ですか? メルさん」
「え、ええ、着替えて来るわね……」
メルさんがいつもとは違って何か驚いた様子のまま椅子型ドローンに載せられて家の奥へと消えていく。
すると、それと入れ替わるようにして妹の人が下からやって来て、家事用のドローンがメルさんの席を清掃している間に小さな椅子を持って来て横に座った。
「おねーが粗相してごめんね~」
「いえ、何かおかしな事言っちゃったのかな……」
「あ~~バルカンズ出身なのがマズかったかも」
「そうなの?」
「そうそう。おねー昔は欧州住まいだったんだけどさ。その時にバルカンズに立ち寄った事があって、被服医療見ちゃったんだよねぇ」
「被覆医療? あ、もしかしてアダマンテの人の事?」
「あ、現地の人ってそう呼ぶんだっけ?」
「うん。アダマンテになるのはとっても名誉な事って言われてるから」
「あ~~~それが外だと怖ろしいと思われるって解るかな?」
「あ、そうなんだ。そっか……確かにそうかも?」
アダマンテは大体がお国の為に体が欠損した場合に兵隊さんになる事を条件として特殊な治療法を受けた人達の総称だ。
祖国の事を調べていた時の情報には外との差異が色々と書かれていたので覚えていた。
元々は大昔の第四次大戦期、米陸軍が使っていた“ボックス”と呼ばれる人間の外皮と筋肉、脊椎以外の骨を全て取り除いてサイバネティクスで機械化する処置を大本にしている。
内臓器官の損傷が激しくても脳髄と脊椎があれば、後は何とかなるという程に技術力が上がっていた当時。
このボックスが先進国で流行した。
この処置の正式名称は【|全身被覆機械化医療技術体系】と言う。
この箱型の肉体に臓器の全てを入れ込む事で命を長らえる施術は主に戦争で発達して今では公務員や戦闘がある公務に付く人達に出た重傷者に使われている。
「バルカンズだと治癒不可能な怪我とか。再生医療が間に合わないくらいの病とかになると無料で使われてて。でも、お国に資金が無くて施術を安くする為に臓器を一式内蔵する方式が普通だって言うけど」
「見た事あるの?」
「うん。昔いた場所だとアダマンテの人達のパレードとかよくテレビで見たよ。大人の人も子供の人も軍隊に入らなきゃいけないから、ちょっと大変だけど、幸せって言ってた」
「へぇ~~」
「外の人は透明なのがダメなのかな?」
「ま、ダメだったんだよね。おねーは……透明な箱の中にジェルと一緒に内臓器官剥き出しで入れられた人間の群れとか……せめて、黒く塗ってくれてれば……トラウマにもならなかっただろうに……」
人間の中に詰まっている臓器というのは皆同じだ。
なら、皮膚や骨を機械に置き換えただけで中身は同じ。
それに無料で施術してくれるし、寿命もかなり長くなると言われていた。
地方だと尊敬されているし、兵隊さんとして活躍したり、日常的には大きな町の治安維持や警邏をしてくれていたりする。
「あ、でも、冬は黒いよ。熱が逃げないようにって」
「生憎とおねーが行ったの春だったんだよ」
「ヒーターに掛る電源を節約したり、眼球を使わないといけないから……春は必要な紫外線を瞳に入れたり、内部の異常が無いかを確認出来るようにするのが普通なんだけど……」
「ま、おねーの問題だから、気にしないで」
「う、うん」
「もういっそ脳髄だけなら、まだ話は違ったんだろうけど」
「う~~ん。その人の体は大切な資産だから、自分でお国に提供しちゃった人も案外いるって話だけど、そうすると入れる体が小っちゃくなっちゃうんだって。そうすると逆に筐体の値段が高く為ったり、お仕事する時に複雑なサイバネが必要だから、アレが一番安上りっておじさんが言ってた」
「はは……結局は値段かぁ」
「イーリさん?」
「いや、何でもない。おねーはさ。普通の感性してるから、どうしてもグロとかスプラッタとかダメなんだよねぇ。ごめんね?」
「ううん。私の方がオカシイんだよね?」
「まぁ、先進国の人の価値観じゃないかな……」
「そっか。アダマンテの人同士で子供を作ったり、アダマンテの人と普通の人が子供を作るのも普通なんだけどなぁ……普通じゃなかったんだ……そっかー」
「はぁ、管理社会化率の高い国ってヤツは……おねーにはそういうのは出来れば話さない方向でお願いしていいかな?」
「うん。そうするね。私もメルさんも苦手なものが知れてちょっと嬉しいかも……」
何故か、イーリさんが何とも言えない顔で肩を竦めて、イソイソと地下に戻っていった。
きっと、首都みたいに大量の監視装置が家には付いていて、その管理はイーリさんがしているのだろう。
家にいてもお仕事をしてくれるシラヌイみたいでちょっとだけ2人の事が解った気がした。
*
「その、本当に今日はごめんなさいね? アズールさん」
「いえ、メルさんと沢山お話出来て嬉しかったです。お菓子もお茶もとっても美味しくて……今度は私のお家に遊びに来てください」
「ぁ、ええ!! 勿論です!!」
「ふふ、元気そうで……メルさんが火傷してなくて良かったです……」
「あ、いえ、口が付けられる程度の温度でしたから。これに懲りず。また、お休みの日とかに来て下さいね? 勿論、外で遊んだりもしたいですし」
「はい♪」
「それじゃあ、エレベーターに乗れば、直通で校舎一階ですから」
「それじゃあ、また」
「ええ、お休みなさい。また、学校で……」
手を振ってエレベーターに戻っていった背中を見送って。
金髪の少女はフッと立ち眩みを覚えて背後の妹に支えられる。
「大丈夫? おね-」
「……アズールさんはバルカンズ出身だったのね」
「ま、だと思うよ。国内事情に詳しかったし」
「ねぇ。イーリ」
「なぁに?」
「わたくしに出来る事はあるでしょうか……」
「そうしたいの?」
「管理社会化率の極北。あの国家から逃れて来ただけで、どれだけの苦労をしたものか。あの笑みを見ていたら、何も無かったみたいに思えて……自分がどれだけ恵まれているのかすら忘れていた……」
「おねぇ……」
ゆっくりと一人で立つ少女は星空を見上げる。
「あの国にボックス処置を勧めたのは国土開発に出資した我が社です。例え、それがわたくしの預かり知らぬような大昔の話であっても……わたくしにはあの国の人々の現実から目を背ける権利は無いでしょう……」
「別に見る権利とやらも無いけどね」
「いじわるですわね……」
妹の言葉に僅かに思い悩んだ少女が瞳を伏せる。
「あの子が特殊なのは間違いないよ。僕の親友の事も含めてね。でも、そんなのは些細な事じゃない?」
「些細だとわたくしが思えるとでも?」
「あの子にとって、おねーはこの学校の友達で一緒に遊びに行きたいと思える相手ってだけじゃ不満?」
予備の白いドレス姿で少女はメル・クロイツフェルトは瞳を閉じる。
「女帝の関係者なのですもの。きっと、色々と苦労したり、わたくし達とは違う意味で社会の……いえ、世界に蔓延る闇と付き合いはあるのでしょう」
「だろうね」
「でも……でもね。イーリ」
「?」
「決めましたわ」
「何を?」
「アズールさんの日常はわたくしが護ります。これはクロイツフェルトの名を継ぐわたくしではなく。友人としてのわたくしとして……」
「一応、おねーにも教えておくけど、物騒な―――」
「言わなくていいわ。貴方も出来れば、実家へ言わずにおいて……勝手に情報は取られているでしょうけれど」
「大丈夫だよ。おねーのプライベート時の情報は一切あの馬鹿親父には見せてないから……」
僅かに驚いた様子でメルが後ろを見ようとしたものの。
妹の手は姉を抱き締めて、遂に見る事は出来ず。
「―――迷惑を掛けますわね」
「ふふ、年頃の娘の裸をそんなに誰かに見せたり、見たいと思うのかって言ったら、黙ったよ。随分と前に……」
「やるわね。仕事が優秀で助かるわ」
「おねーほどじゃないよ。というか、仕事って言うなら脳置換してるわけでもないのに高密度高精度の人体マップ構造作らせるのもどうかと思うけど」
「う……こ、これはこれ……あれはあれですわ……」
ジト目の妹が姉を見つめる。
「おねーが今まで作って来た恋人の“拓”を全部使ったら、脳が情報過多で焼き切れて誰でも死にそうなんだけど?」
「こ、恋人の方々との記念写真的なものですわ!! 電脳化して使うわけじゃないんだからいいじゃない!!」
「脳内直結しないとはいえ、脳梁の無機プラットフォームに繋げて使うんだから、あんまり無茶な情報量にしないで欲しいんだけどな。五感の代わりに使えるって言っても自身の五感以上の情報量は処理し切れないんだから」
「わ、解ってるわよ……」
「はぁ、“重い”上に“強い”って、そりゃ恋人も離れていくよね」
「うぅ、わ、わたくしはちょっと!! ほんのちょっとだけ!! くっ付いていたかっただけですわ!?」
涙目で姉は訴え。
「最新の“大人の玩具”まで揃えまくって何言ってるんだか……おねーの趣味と要望にお応え出来なくなって別れた子達の未来が切に心配だよ」
やれやれと妹は肩を竦めた。
「み、みんな、あんなに可愛いのが悪いのですわ!! 日本にこんなにもHENTAIが存在していなければ、わたくしだって!? は、はぅぅぅぅ~~~!?」
涙目で恥ずかしさに顔を覆う姉に溜息一つ。
「で? アズールさんのも作るの? 恋人じゃないのに?」
「……こ、恋人になったら使うから、一応作っておいて頂戴!!?」
涙目で膨れた姉に頷くしかない妹なのだった。
「ま、恋人さんの負担軽減になればと創ったのはこっちだけど、こんなにハマるなんて思わなかったよ」
「ふぐぅぅ~~~~」
自分の不甲斐なさとか。
欲求の大きさにプライドを圧し潰されつつ。
少女はイソイソと家の中に入って身悶えモードでソファーを広げてゴロンゴロンと体を回転させ始める。
その声に苦笑しつつ。
それでも妹たる少女は自分に生身のお人形を作るよう求めて来ないだけ、まだ健全だろうと自室へ戻っていくのだった。
*
「ただいま。今、帰ったよ」
「お帰りなさい。アズール!!」
「うん。ただいま。エーミール」
「えへへ~~」
「何か今日良い事あったの?」
「うん!! 今日は夕飯を作るの手伝ったよ!!」
玄関先の扉の先に出ると今日もエーミールが出迎えてくれた。
グッと親指を立てて自信満々なのできっと美味しいものが出てくるに違いない。
「マヲーヲー」
「あ、マヲンがね。今日は包丁握ったんだ」
「え……あの肉球で?」
「ううん。尻尾で掴んでシタタタッて!! 沢山、お野菜切ってたの!!」
「マヲヲ~~~♪」
それほどでもない。
と言っている気がした。
自信満々に胸を張るマヲンがひょいと掴まれて、腕の中に納めたシラヌイがいつもの全裸にエプロン姿でやってくる。
今日は重そうなので機械の体を使っているらしい。
「今日の夕飯はなーに? シラヌイ」
「はい。今日はビーフシチューです」
「牛さんのシチュー?」
「はい。先日の白いシチューとは異なった本格的な大人の味です」
「おぉ、スゴそう」
「最高級和牛のすじをとろとろに煮込んで、赤身肉はほろほろにしました。付け合わせはドイツの酸味の程良いザワークラウトです」
「よく知らないけど、美味しそう」
「勿論です。プロフェッショナルですから」
いつの間にかお面には眼鏡が掛けられ、キラリと光った。
「そう言えば、今日はエプロンなんだね」
「はい。この後は新しいお仕事に付いてブリーフィングしましょう」
「うん。取り敢えずどんなお仕事なの?」
「連続殺人鬼を追う感じですね。フィクションの刑事ものなら、我々は探偵と言ったところでしょうか」
「連続殺人鬼?」
「ええ、少なくともOP一個分隊くらいの戦力があると想定される相手です」
こうして新たなお仕事が舞い込んで来る。
どうやら今度はスゴイ殺人鬼さんが相手らしかった。




