プロローグ
【Dead-bed】~アフターマン・ライフ~
プロローグ
―――アメリカ合衆国メキシコ州ニューメキシコ・シティ外縁。
嘗て、日本には摩天楼という言葉があった。
だが、今の人類は天ではなく地の底に楼閣を築くに至っている。
天の階は出来上がり、月は風流ではなく、合理の牙城と化し、火の星は蛸型の化け物が住まう土地ではなく、単なる資源採掘と居住地を兼ね備えたテラフォーミング済みの資源惑星。
正しく大宇宙航海時代の入り口へと入った人類。
地の底に住まう誰もが知っている。
それは一握りの夢を持つ者達の願いであって、今を生きる自分達の未来を永続させてくれる代物ではないのだと。
「解るかね? レジア」
一人の老人がそんな風に小さな地球儀を回して少女に訊ねる。
「はっ、わっかんね。ジィってホント、アレだよね」
「アレ?」
「詩的つーか。どっかの外部ストレージから情報拾ってくんのが巧いっつーか」
「あはは。生憎と自慢の生身の部分に記憶してあるんだよ」
15歳くらいの少女が溜息一つ。
面倒臭そうな顔で肩を竦めていた。
「ホント、生身至上主義とかさぁ。サイバネも嫌、脳置換も嫌って……ホントに今時の人間なの? ジィって」
「ははは、そうだとも。だからだよ。我が孫ながら、カワイイなぁ。レジアは」
少女の瞳は虹彩が黒に瞳孔が赤の義眼だ。
生身部分からして随分と金が掛っていそうな遺伝造形師の作品。
お人形というよりは小悪魔と呼ぶべきだろう相貌。
愛くるしい顔がニタリと歪めば、人の悪意も真っ青になりそうな艶が滲む。
幼いのにやたら整っている為、凹凸の激しい欧米とは違って繊細なもの作りが今も何とか生き残る欧州製だろう。
「おうおう。変態ですなー。ジィは♪ もぐぞ?」
「ふふ、我が伴侶の若い頃にそっくりだ。君も僕のようなナイスガイを見付けるんだぞ」
だが、卑俗的にゲラゲラ笑っている姿の方が似合うかもしれないと思うのは少女の品性のある立ち振る舞いが見られないからか。
あるいは品性よりもニヒヒと嗤う妖艶さが有り余っている様子からか。
「おっくれてるぅ。何百年前の話だよ。今更性別とか気にするやついる?」
「いるとも。少なくとも此処に1人な」
「あたしはカワイイのがいいの!! だから、むさ苦しい男はパスぅ」
少女の内部から溢れる自信や魅力は同性にも異性にも好意的に映るだろう。
全身の肌が完全に脱色された白さを浮かべ。
デニムのハーフパンツにノースリーブの肌着のような鎖骨から背中まで見える薄いシール型のシャツだ。
元々モデルがボディを隠しつつも必要な部位を見せる為に作られたものだが、今ではシールを着るのは一般的に認知された常識の一つとも言える。
「変わらんな。まったく、何処で教育を間違えたやら」
「は~~ん? ジィがそれ言うの? 可愛く遺伝子造ってくれた事には感謝してるけどさ。アタシはアタシんだから、自分で育てますぅ~」
第三世界ならば、シール型の衣服は“脱がなくても良い服”の代表格として常用される事も多い代物だ。
人体の代謝される皮膚や汗、他の有機化合物をこのシールは“食い取って排出する”……OPに使われたスーツや機内環境操作技術が流用されている。
有機化合物の濾過輩出技術は元々が農業用の農業資材に使われる作物の保存育成用工業商品を更に発展させた代物であり、一年に一回着替えるのでも十分という話しもある代物だ。
だが、場末の娼婦染みた薄桃色の刻印が背中や胸元から腹部、臀部と一繋がりで見られれば、人々は目のやり場に困るだろう。
シールは肌に刻印された部位を浮かび上がらせつつ保護する為のものなのだ。
実際、水商売の女達が煽情的な意味合いのある象形を内部ペイントしてよく使う“大人のジョーク・グッズ”としても人気がある。
が、全身に入れている者は多くない。
実際、数日で落ちるペイントが殆どであり、本職の娼婦とて白い肌の全身に入れた挙句にシールで保護する。
というのは人権の無い国の場末の娼婦でしか殆ど見掛けない状態だろう。
「まったく、死んだ嫁そっくりだな。そういうとこだけ」
「まだバァの事コスるの? アタシのはイギリスの変態紳士共とアメリカのクソ野郎共の合作だよ? 美術的な価値だけで70万ドルなり~~♪」
「ふ、僕もそろそろ旅立ちだからね。女が恋しくもなるのさ。彼女は本当に僕と結ばれてから短命だったからね」
老人が肩を竦める。
孫の事を下品と呼ぶか。
刺激的と呼ぶか。
それは当人次第だろう。
が、少女はその刻印が心底気に入っている。
今もまったく恥ずかしがる様子もなかった。
「葬式来てやってるだけ、ありがたいと思えっての」
「解ってる。まぁ、リアルじゃ朽ち掛けたコード塗れのジジイだからな。技術には感謝しないとな。こうして最後に自分の葬式が出来るんだから」
少女の目の前には一室がある。
白髪の老人が1人。
椅子に座ってテーブルの上にノートPCを広げて珈琲を嗜んでいる。
老人の瞳は優しいが、その全身に刻まれた傷は皺枯れて尚、少女の目には男の勲章と映っていた。
晴れ渡った日。
木製の家で穏やかな日常の一コマ。
そう見えたとしても、それは全てまやかしだ。
彼女の周囲では次々に空間内のテクスチャが剥がれていく。
「おっと、そろそろ時間だ。遺体や遺産目当ての馬鹿共に漁られるのも面倒だし、爆葬でもするか」
「あはは♪ ジィってそういうとこ過激だよね。あのクソ兄貴共何人死ぬかな?」
「さて、な。色々なところから遺伝子だけ集めて一族を作ってみたものの。お前が最高傑作なのは変わらん。行っておいで……遺言頼んだぞ?」
「はいはい。そっこーで終わらせて、さっさと遺産相続しとくかぁ~~地獄行き頑張って♪ ジィ」
ニシシと歪んだ笑みで少女はウィンク一つ。
「くくく、これでも傭兵稼業で随分と大勢を救ったんだが、孫に早く死ねと急かされるとはいやはや……」
「その何百倍も殺した癖に。大往生じゃない。さっさと老害は死んどけ!! 後は若いのに任せてくたばれ!! それが世の為だろ♪」
笑顔で指差されて、老人は頷くしかなかった。
「くく、違いない。生きろと煩い息子共と違って老人に厳しい孫で助かる」
老人は孫の言葉で大いに死ぬ覚悟が出来たので、その頭を撫でた。
「アタシはこれからバカンスと洒落込むから。じゃね?」
「ああ、行っておいで。こっちに来るのはゆっくりでいいぞ」
少女が笑顔で部屋の扉から飛び出していく。
「フン。当ったり前ぇぇええ!! このアタシがそうそう死ぬかっつーの!! あばよ!! ガンパウダー臭いとこ、好きだったぜ!!」
少女の瞳から少しだけ零れたものが崩壊していく部屋の通路。
その何処かへと消えていった。
「最後に良い孫を持ったな。僕も……」
それと同時に男の前にはようやくバカ息子が数名来ていた。
「オイ。親父!! 死ぬ前にアレの出所を吐け!!?」
最初にそう切り出したのは金髪のガタイの良い40代のポロシャツの男だった。
「父さん。一族が奉って来た力。独り占めして消えるのは許されない」
眼鏡姿の50代のスーツの男が赤髪を櫛で撫で付けながら言う。
「……親父。隠そうとしても無駄だ。今、ウチの強襲班が向かってる。どれだけドローンがあっても、限りがある以上は勝てないって解るだろう」
角刈りで軍用のジャケットを半裸に着込んだ30代の男が老人を睨む。
そこに完全に崩壊した扉方面から更に一名入場する。
その顔は安っぽい紙袋に隠されており、片手には銃が握られていた。
三人の男達の後頭部が吹き飛ばされて、接続が切られて姿が消えた後。
もはや家具すらも朧げにテクスチャが剥がれて崩壊していく世界。
暗黒の死が待ち受ける世界の縁でダボダボの黄色いパーカーを着込んだ男女の別も分からない相手が声を上げる。
『クソ親父。レジアに全て預けたな? 今、輸送車両を片っ端から襲撃してる。送ったドローンは全て最新型だ。確実に殺せる』
ノイズの入った声が周囲に響く。
老人は自分すらも崩れ始めた世界の只中でクックッと心底面白そうに笑う。
『何がおかしい?』
「お前らにはちゃんと財産分与しただろうに」
『アレが無きゃ話にならない。伝説の傭兵たる【魔導師】と呼ばれたアンタのOPが大戦期のオーバーテクノロジーの塊だってのは常識だ。何であいつなんだ?』
「お前達の―――」
『お決まりの“母親に似てたからだ”ってのは無しだぜ?』
「……あの子にはお前らに無いものがある」
『遺伝子で何もかも決まる世の中に今更だな』
「いいや、遺伝子はお前らも平等にあるとも。あの子だけのものはあの子の外見と中身くらいだろう」
『何が足りなかったって言うんだ?』
「戦えば解る。戦えば、な?」
老人が微笑む。
すると、紙袋が頭に片手を当てた。
『今、輸送車両を確保した。中身は新型らしいじゃないか。これで……何だ? ッ、クソ親父!? あれだけの機体を全部爆破しやがったな!?』
紙袋の横にウィンドウが出る。
すると、夜のように暗い都市の各地の道路で複数台のトレーラーが爆発炎上しており、次々に消防への連絡から消火用ドローンが集まって来ていた。
「く、くくくく」
『あのクズ兄貴達の強襲班が向かってるってのに余裕だな……』
「PMCも大きくし過ぎた。まぁ、借りはこれで返したな。ミヤタケ……地獄で一杯やろう……我らの女神に乾杯♪」
老人の頭部が完全に砕け散った。
『ッ……このデータは仮想AI?! 数分前にもう死んでたのか?! クソ……最後まで食えない親父だったぜ。ったくよぉ……何で死ぬと分かってて……馬鹿親父がッ』
アメリカ合衆国54番目の州たるメキシコ。
その地下都市圏の外縁部。
山が再現された場所にあるポツンとした屋敷に突入したAI式の3m級小型OP部隊は突如として起爆した最新の液化爆薬1kgの直撃を受けて蒸発したのだった。
猛烈な火柱を呆然と眺めるバックアップチームの拠点において。
三名の男達がヘッドセットを脱ぎ捨てて、苦い顔となる。
「デービット!! マーカス!! 当局との折衝はこっちで処理しておく。お前らはレジアを追え。今、連絡が入った。シティの空港から小型輸送機が太平洋側に出た。撃墜して構わん」
眼鏡の50代が溜息を吐いた。
「兄貴。本当にいいのか?」
「あのバカ娘に一族の命運を握る力を使わせる気か? デービット」
ポロシャツの男を眼鏡の男がジロリと睨む。
「父さんは何で本当の遺産をあいつに……最後をあのヒキコモリに持ってかれたのも痛いぞ? 何か罰を下さなくていいのか?」
「マーカス。それは後にしろ。行き先は日本だ。下手に入り込まれたら、手出しが難しくなる」
「解った。マーク兄さん」
2人の弟達がすぐに車両へと乗り込んで、現場から消えていくのを見送ったマークと呼ばれた眼鏡の男は爆発が収まって炎上し始める周囲の森から部隊の退却を指示しつつ、嘗ての生家があった場所に目を細める。
「父さん……どうしてだ。どうして……アフターマンとすら囁かれた貴方が……」
男は呟き。
そのまま当局との折衝を纏める為に行政区画へと向かう車両へと乗り込んだのだった。
―――1時間後。
その夜、メキシコから立った小型輸送機が洋上で姿を消して、墜落したのがAIの操縦する無人式であった事から殆ど話題にもならず。
朝のネットニュースのトピックの一覧から10秒で消え去った。
だが、洋上で着水して緊急用の浮体で海水に浮かぶ輸送機内部に踏み入れた有線式ドローンの映像には空のコンテナが一つ。
それと内部の硬い床に“ハズレだ間抜け”と書かれた紙切れが一枚。
『クソ!? レジアめ……クズ兄貴共より先に見付けないと……』
そう吠えた追手たるクルーザーの主が輸送機を爆破したのは至極当然の成り行きであった。




