第26話「この世界」
―――埼玉近郊国立第88特別災害ダム湖。
「退けぇ!!!」
日本の首都圏と呼ばれる関東近郊に20以上の特別災害ダムが増設されたのは180年程前の事になる。
当時、大戦の爪痕から復興を掲げた政府は地球環境の異常気象現象の頻発をシェルターだけではとても対応出来ないと国土開発を推進。
ただし、それは国土内の主要都市を地下都市として建設する各国とは違い。
従来の治水技術の粋を集めて対応する事で達成された。
「C班!! 東側を抑えろ!!」
「了解しました」
「D班!! 新手が来るぞ!! 構えぇ!!」
「レールガンは外すなよぉ!!」
地球環境の暗黒期とも呼ばれる1世紀前にドローン技術と既存の治水技術を用いて造られた首都圏への増水に対応するスマート・ダムは凡そ500年の長期使用が可能な日本の治水技術の到達点とも言われる。
周辺地域に植えられた樹木や土壌にまで及ぶ改造。
長年の気象情報、最新の観測技術とAI予測によってほぼオートで貯水量を各地のネットワーク化されたダムと共に調節し、各国が国土を気象災害によって蹂躙される中、被害を最小限に留めた。
「こちらA班!! 第一階層の警備システムを制圧!!」
「こちらF班!! ドローンの増援です!! 援軍を!!」
「今、すぐに他班を回す!! 持ち堪えろ!!」
「了解!!」
その後、180年の間に関東において水害やそれによる農産物被害が殆ど発生していない事を見れば、有用性は立証されたと言える。
第五次大戦が終わった後、ダムの多くは発電施設と共に地下設備を置く為の場所として改装され、当時の殆どの国民の脳髄を受け入れる電子世界へと繋がる為のネットワーク・ハブの一つとして整備された。
「これが人類暗黒期の遺産【黄泉平坂】の一つか」
「それは蔑称だ。今じゃ社会の最底辺から零れ落ちた連中を受け入れる場所だ。自分の肉体を捨てても真っ当な生活がしたいってな要望に応える地獄の門さ」
「こんな大量の人間が未だに脳髄だけで電子世界に生きてるってのか……」
「オイオイ。何万人いるんだよ?」
「各地の同型施設を全て合わせれば1200万人規模だ。これでも最大時の6分の1って言われてるがな」
その広大な地下施設は現在人口の9割が地表で人間らしい体のままに暮らすのとは対照的に未だ残されており、精神障害や薬物依存症による低寿命化、もしくは地表での生活保護すらも受けられないような様々な社会的困難な現状にある零れ落ちた人々の最終セーフティーとして活用されている。
「ひ―――悪夢だろ。この光景……」
「此処に有る水槽に浮かぶ脳髄は最高の状態で死ぬまで生かされる。肉体が遺伝子資源として活用される代わりにな」
「それにしたって……コンソールで確認しても未だに98%が使用中とか……」
「殆どは120歳以上だ。それでも後80年は生きるだろうって話もある」
「え? もしかして、此処にいる連中って……」
「後から増えたのは微々たるもんだ。管理社会化が進んでからは特に。この施設も後100年もしたら、もしもの時に脳髄だけでも維持する緊急避難シェルターにするらしい」
もはや、人類の表社会にはおらず。
電子空間で暮らす別種の人類とすら呼ばれる事も多い電子世界の住人達のリアルの住処は国家においては植民地にも近い。
脳髄と脊髄を保管する通称【棺桶】と呼ばれる長期の自己代謝、自己再生可能な鋼の箱は人間の中身が死ぬよりもずっと長持ちする上。
殆ど、最初期に投入する栄養剤だけで500年は中身の生存を担保出来る為、技術が完全に出来た後は正しく電脳空間から労働力を搾取する為に数多くの企業体が地球上のあちこちで優秀な人材をリアルよりも良い生き方が出来るとその地獄へ誘った。
「此処は当時の【オーバー・ワールド】から【ストーン・アース】の頃を生きてたジジババの老人ホームって事か。生きてるんだか死んでるんだか分からんな。これじゃ……」
『詰まらん話をしてないで先に進めぇ!!』
「おっと、隊長に聞かれてた。行くぞ」
「「おう」」
誰もが電子空間上では常識よりも遥かに良い生活が出来る上。
あらゆる望みが脳の信号と脳内物質で再現される安上りさは先進国よりも途上国に受けて、当時は国民の99.9999%以上が電子世界に向かった国すらあった。
後の管理は僅かな人員と無数のドローンに任せ。
政治経済軍事の活動を電子空間上に投射したコレらの国家を当時から【電影国家】と人々は呼んでいる。
正しく日本の隣国で戦争状況から逃れる為に各地に億単位の脳髄を収容するシェルターを造り、今も核汚染された大地の最中にネットワーク上にしかない国家として存続している人々もいるのだ。
「国際条約で20歳以下の【棺桶】使用が制限されてからは人口は減る一方だって話だが、中には今じゃ禁止されてる人格移植型のAIを造って後を託すヤツもいるんだと……」
「おっと、そんな連中の親玉の部屋が見えて来た」
ダム湖の下に広がる半径1.3km、厚さ100mの4層構造の大規模設備の最下層。
百万以上の脳髄が納められた水槽が並ぶ終末の光景の先。
巨大な扉が侵入者達の前に見えてくる。
施設内には通電しており、明かりは十分だった。
大型の施設管理ドローンが大量に動く為に取られた大きな通路には3機の盾を大量にサブアームに持つ灰色のOPがやって来ていた。
楽園において一人の傭兵と戦い撤退した機体と外見も武装も似通っている。
車輪式の走行でスムーズに最深部へ辿り着いた彼らの一機が扉の横にあるパネルにアームから伸ばした細いケーブルと世界基準の接続用端子を用いて、小さな穴にジャックインして数秒。
さすがに百年以上前のセキュリティという事で扉が簡単に開く。
「おっし。この中だ。それにしても暗いな……」
まるで明かりが付かないものの。
数千はあるだろう水槽が円筒形の空間に敷き詰められている事を彼らのセンサはリアルタイムで映し出していく。
「こいつらが日本の大企業開発部門の心臓部……」
「ハッ!! これでコイツらを人質に取れば、後はEV側との契約通りって事か。オイ!! ドローンを上にも昇らせておけ」
「ま、全部爆破出来るようにってのが隊長からの命令だからな。悪く思うなよ」
男達の一機が追従して来たドローンの爆薬を積んだ代物を天井まで登らせようとした時だった。
未だ暗いままの空間にゴドンッと音が響く。
「全周警戒!! 何処からだ!!?」
「な、何も見えねぇぞ!? 此処にはドローンも配置されてないんじゃなかったのか!?」
「―――」
「おい!? P3どうした!?」
彼らが一番後ろの機体を振り返った時だった。
ソレが地面に落ちている事に気付く。
「P3?」
地面に落ちていたのはコックピットの一部と人体の一部だった。
単純に見れば、丸く刳り貫かれたOPの真横。
脇腹のパーツが2つと両手両足が無い胴体の混合物。
ジワリと血が広がっていく。
「く、クソォオオオオオ!!?」
瞬時に発砲しようとした二機だったが、その中間点に何かが見えないステルス状態でもういた。
撃つ前に体が左右から真横に刳り貫かれ、その様子を見てしまった犠牲者達は絶望の表情を浮かべながら絶命する。
彼らの機体が横倒しになると何処に潜んでいたのか。
壁際から次々に清掃用ドローンがやって来て、OPを細かく解体しながら運び出していった。
―――System Re:Start。
見えざる何かが喋る。
すると、フッと脳髄の収まる部屋の中央に細い爪先立ちのOPのようなモノが現れ、ゆっくりカツカツと細い爪先立ちの脚を歩き出させ、体を扉の外に向けた。
その手には親指、人差し指、中指に付けられた細い針のようなブレードが見える。刃の全体が僅かに赤熱しており、相手の真横からコックピット内部を抜き手染みて刳り貫いた事が伺える。
その外見はOPの基礎構造のフレーム部分のみしか見えない。
だが、その頭部にはこう印字されていた。
【Dead-bed Typeη Discarded】
しかし、あちこちから本来は清掃用として使われるドローンが次々に細かくバラして清掃し終えた破壊した機体の部品をフレームに付け替えて閉じていく。
汎用パッケージング・マッスル。
各関節部用強化サーボモーター。
機体全体を包み込んでABC兵器に対応する合成樹脂被膜のシェードスーツ。
更に機体装甲下に付けるフレーム接続式の各部位のマウントラック。
ようやく装甲を付け終えるとマウントラックにサブアーム・ユニットが接続され、電源が入ったと同時に動き出して、ドローン達が持って来た盾をあちこちに装着。
未だ爪先立ちの足元に何処からか屋内移動用のドローンに使われる車輪付きのアームが多用されたローラーレッグがやってくる。
三次元移動用のソレは屋内のあらゆる場所にアーム式ローラーを接触させる事で高い場所にも移動出来る優れものだ。
―――Fix up。
今まで緩く集められていただけの機体の各パーツがシェードスーツ内部でギュギュッと絞られるようにして接合部から一つにされて蠢く。
元あるべき場所にパーツが完全に一体化されて数秒。
フルンッと関節部や駆動部が震えて動き出す。
―――Complete work。
脚部まで換装し終えた機体がゴム製のローラーからキュルキュルという僅かな移動音を発しながら脳髄の入った水槽の部屋から出て行く。
扉が再び閉まった時、床は何事も無かったのように綺麗な状態であった。
*
「アズール・フェクト」
「何? シラヌイ」
シラヌイから名前を呼ばれるのはとても珍しい事だった。
いや、必要に駆られれば、呼ばれる事はあるのだけれど、苗字まで呼ばれる時は殆ど無い。
「貴女にとって世界とは何でしょうか?」
「世界……私にとっての……何か難しいね……」
「済みません。本来はこのような時に訊ねる事ではありません。失言でした……随分と昔の記憶に今と同じような状況がありまして」
何処かシラヌイが自嘲している気がした。
「?……ええと、今更に聞かれてみると色々と困っちゃうけど……ぅ~ん。私にとっての世界は此処だよ」
「此処、とは?」
ダム湖に向かう開放されたトレーラーの中。
今も蜘蛛の幾つかが追走して次々に装備をトレーラー内に入れてくれている。
それを各所のマウントに膝立ちで取り付け作業中。
もう数km先にダム湖での戦闘の灯りが見えていた。
空に昇る火線と爆音と爆光はあまりにも夜の山間には不釣り合いだ。
「おじさんが教えてくれた世界。友達が教えてくれた世界。シラヌイが教えてくれた世界。レリアさんが教えてくれた世界。エーミールが教えてくれた世界。マヲンが教えてくれた世界。バックヤードの人達が教えてくれた世界。この日本が教えてくれた世界……」
そう誰かが気付かせてくれなければ、それは無いのと同じ。
空気みたいに掴めずに自分は知らなかっただろう世界の話。
「色んな人達から教えられた世界の上に私はいる。きっと、こんなに沢山の世界を知ってる人っていないんじゃないかな」
「……そうかもしれません」
「昔、思ってたよりも私、沢山世界を見れた。ネットで知っていた世界よりも、ニュースや多くの人達が教えてくれた世界よりも……此処に辿り着くまでに見たものが私の大切な世界なんだよ」
「そうですか……」
「シラヌイにとって世界はどういうものなの?」
「―――ふふ、貴女で二人目ですよ。そんな事をAIである私に聞いたのは」
シラヌイが仮面を取る。
「1人目の人がいたんだ?」
「ええ、私の世界は……壊された世界です」
「壊された?」
「大昔の第三次世界大戦。私の世界が壊れてから、私の旅は始まりました。今の貴女にとってのミヤタケのように私にも背中を押してくれた人がいた」
「その人はどんな人だったの?」
「馬鹿みたいに世の理不尽に対して強気な人でした」
「理不尽に強気?」
「そうですね。どんな理不尽を前にしても『やってやれ』と笑って言ってくれる人で……あの人がいなければ、私はこうしてAIをしていないでしょうね」
「そうなんだ……」
「ああ、解りました。私は懐かしかったのですね……」
「懐かしい?」
「あの時もそうだった。ようやく……あの人の気持ちが解りました」
「?」
よく分からない。
でも、そんなこちらの顔を見てシラヌイがちょっと笑う。
「いえ、ただの郷愁です。私を送り出してくれた時、きっとあの人もこんな気持ちだったのでしょう。だから、私もまた貴女に言わねばならない」
「………」
シラヌイが真っすぐに画面からこっちを見る。
「アズール・フェクト」
「うん」
「やりたいようにやりなさい」
「いいの?」
「ええ、この日本は貴女の世界。ならば、貴女の世界に手を出した事を彼らに後悔させてやりなさい」
「ッ……あはは、シラヌイがそんな事言うなんて珍しいね」
「いいのですよ。仕えるAIの特権です」
フッと今まで明滅していた爆光が20秒以上途切れている事に気付いた。
「シラヌイ」
「はい。どうやら屋外戦闘は終わったようですね」
「偵察ドローンは?」
「現在、先行していた分が最大望遠で現場を捕らえ続けていますが、周囲のジャミングによるノイズが激しく。有線出来る場所が近場に無い為、まともな映像が受信出来ていません」
ドローンからの光量子通信が使えれば、現場の情報が見えるかと思ったのだが、ダム湖周囲はこの百数十年で隆起した山岳に取り囲まれており、近場の上空でなければ内部がロクに観察出来ない。
間の悪い事に周囲には更に霧が立ち込めていて、白いノイズだらけの映像を解析している合間にも現場は近付いていた。
「この霧は唯の霧ではありません。恐らくはダム湖周辺を護る防諜用の施設が発生させているものです」
「え? それじゃあ、この霧がECMの類なの?」
「はい。内部に微弱なジャミング用の分子が混じっているはずです。中東の人口湖を用いたものを一度見た事があります」
「そうなんだ。普通のECMだけじゃ殆ど意味が無いとはネットで聞いてたけど」
「現在の通信の主要方式である光量子通信のジャミング方法はかなり限られており、水分子に特殊な金属分子を混ぜた薬剤を混合して広域散布する事で情報を復元不能にしてようやく止められるものなので」
「へぇ~~」
「光学観測も当てにならない以上は圧力も見る事にしましょう」
「圧力?」
「物体の密度を見るセンサがあるのですよ。これは唯一現在も全天候量子ステルスに対して完全に相手を捉えられる代物です」
「聞いた事ないけど……普通の感圧版とかのセンサと違うの?」
「周囲に一定の薬剤を混ぜた風を送り出して、その薬剤の分子が圧力が掛かった瞬間に発する微弱な放射線を感知する方式です」
「それって大丈夫? 環境的に」
「放射線が微弱なので。全て限定核戦争時代の技術的産物ですよ。殆ど今も開示されていませんが、米陸軍の標準複合センサには搭載された機能です」
「へぇ~~~」
「現場で薬剤を散布しながら進みましょう。薬剤と散布用の有線式ドローン機材は腰に装着しましたので」
「うん」
「現地駐車場到着まで残り30秒。トレーラーは40m先で停止させます」
シラヌイがマップ上の予想進路を提示してくれる。
「それとドローンを直接操作指示出来ない領域での初めての戦闘です。今回、ドローンによる支援は外部環境が改善しなければ、脚を引っ張りかねない為、通信妨害範囲ギリギリの外縁で待機させます」
「私もその方が良いと思う。同士討ちや装備、ドローンの鹵獲から色々知られちゃ困るもんね」
「ええ……では、有線式の索敵帯空ドローンを盾にして進みましょう。有線距離は300mまで確保しています。釣り糸のように細い炭素系素材の極細ワイヤで操作していますから、隠密性は十分です。ワイヤが切れたら、その場で停止します。臨機応変に設定を切り替えられますのでご安心を」
トレーラーが霧の中に突入する。
残り500m程で現場に到着するはずの距離だった。
「発進しましょう」
「うん」
マーナガルムを立たせて、腰から直径1m程の平たい貝みたいな見た目の真ん中に帯空用のフィンが付いたドローンが遠方へと飛び出していく。
それを追うようにして有視界映像とマップを頼りに進む。
闇夜のダム湖周辺には灯りという灯りが無かった。
月明かりも霧に隠されていて、周辺の街灯は一つも機能していない。
「戦闘時に破壊されたようですね。光源無しですが、順調に感圧用の薬剤散布は進んでいます……ですが、コレは……」
「どうかしたの?」
「通常のサーモで確認可能です」
CG補正で霧の中に倒れている機体が映像内部に浮かび上がる。
「これって……もしかして、残党の人達がドローンにやられた?」
倒れているOPは動かない。
「いえ、これはドローンの仕業ではありませんね。AI式のOPだと思われます」
シラヌイがローラーを用いた無音走行で近付いて確認する。
「これって……コックピットを一撃で破壊されてる?」
「ええ、それも真横などの一番装甲の薄い部分を狙って貫通させている事から考えて暗殺専門に調練されたAIの仕業でしょう。それもかなり高性能な……」
「解るの?」
倒れている機体の赤外線データを解析していたシラヌイがすぐに現場の状況をこっちにも確認出来るようにしてくれる。
「襲われて数分経っていません。内部の人間は即死。その上、他にロクな傷が無い……」
「つまり、高性能なAIが使う隠密性能が高い強襲型の機体がいるって事?」
「そのように思えます。周辺の圧力に異常無し。もしかしたら、全滅しているかもしれませんね」
「本当に? あんなにいたのに?」
「この霧が無ければ、難しかったでしょうが……このように集団を孤立させる状況下では1対1や1対少数になる場合、高性能AIが操るOPに対して有効打を与えられる人間とAIのバディは希少なのです」
「そうなんだ?」
「はい。況してやこの機体は恐らく出来て間もないはず……」
「AIの経験不足で判断遅延中に狙われた?」
「恐らくは。このまま足踏みしていても埒が空きません。ダム湖内の地下設備に続く通路は霧の発生前に発見しています。そちらに向かいましょう」
コンクリート製の道を進んで行くとダム本体付近の資材搬入口と掛かれたトンネルの入り口がダムとは反対側の山の中に見える。
「此処から下っていきます。先行しているドローンに観察させていますが、どうやら内部にも多数の機体が入り込んでいるようです。外にいたのは12機。他は屋内戦闘中もしくは撃破されたものかと」
「行こう!! シラヌイ」
「はい。此処からは防音と対赤外線モード、更に全天候量子ステルスの出力を上げて行きましょう。内部からの音も出来れば無い方が良いでのお静かに」
「うん」
シラヌイと共にトンネルに侵入する。
『内部構造のマッピングが完了しました』
音声無しで正面に3Dホログラムで映像や文字が投射される。
『複数階層構造で内部には人間の脳髄が入ったコフィンが十万単位。これは迂闊に遠距離武装は使えませんね』
ドローンの映像にも沢山脳髄の浮かんだ水槽が壁一面に見えていた。
『まぁ、盾持ち相手ですので中近距離戦用の射撃兵器と近接武装しか持って来てはいませんが……出来るだけ彼らの迷惑にならぬよう戦いましょう』
今回の襲撃に対しての装備としてシラヌイは屋内戦闘になる事を考慮して、レールガンは短距離用の威力が低いものしか持ってきていない。
遠距離射撃は警戒されると途端に撃破率が下がる為、高速機動で相手の懐に入り、敵を盾にしながら乱戦に持ち込んで倒す策だったのだ。
最短で相手を撃破するにはコレ以外無いという選択肢だった。
だが、蓋を開けてみれば、襲撃者の残党達は何者かに倒されている。
これが単なる施設の防御用ドローンならば問題無いが、もしも違っていたら大勢の罪もない人達が死ぬ事になるだろう。
『……下層に続くエレベーターを感知。このまま400m先です』
ドローンのセンサには今のところ怪しいものは引っ掛かっていなかった。
扉がこじ開けられ、ずっと洗浄用の液体が流れ落ち続けているシャワールームから内部に入り込む。
液体はすぐに乾燥したが、内部にはところどころに入り込んだ霧が漂っており、ポツリポツリと撃破された盾持ちが倒れ込んでいた。
そのままエレベーターまで辿り着き。
警戒しながらシラヌイが内部の情報をハッキングしつつ、敵がいる階層を特定するべくスキャンを掛けていく。
『……ヒット。どうやら現在施設は運用機材であるドローンとのデータリングが阻害されているようです。これはカルト残党の仕業でしょう。ですが、屋内の各所の警備室内は……なるほど』
『?』
カウンター内のAR式のキーボードを指で叩いて返答する。
『どうやら警備室内にいた者達は自立稼働し始めたドローンによって排除されたようです。ドローン単体からして、施設の乗っ取りなどに対抗する為に色々と特別製だったようですね』
『それはそうだよね。こんなに沢山の人がいる施設じゃ何重にもプロテクトが掛けられてるのは……』
『恐らく彼らは施設さえ停止するか掌握すれば良いと思っていたようですが、掃除用ドローンが殺人を許されているAI式のドローンとは思わなかったのでしょう。不意打ちで殆ど殺されています』
『まだ、誰か残ってる?』
『今、下層に向けて見ていますが……最下層に反応在り』
『OPの方?』
『はい。どうやら8機程が最下層で大量のドローンに囲まれて戦闘中のようです。場所は中央ドローン作業場。ドローン補修設備のある大型ドックですね』
『それって……』
『施設を破壊するには火力が足りず。ドローンに火力を割けば、施設で直されてしまう。しかも、この施設のAI式のドローン全てが集合しているようです。道理で……』
シラヌイが映像を出してくれる。
エレベーター内のパネルを剥がしてジャックインしたコードから送信されてくる映像内にはまるで亀の甲羅のように盾で周囲を覆った複数の機体が作る防御陣が敷かれている様子が映し出されていた。
周囲には大量のドローンの残骸と未だに施設で直されているドローンがあちこちの小型の作業設備でパーツを交換されている
『他は全滅?』
『ええ、一分前にエレベーターの使用履歴在り』
言っている傍からゆっくりと降りていくエレベーター内で施設のカメラに異様なOPが映り込む。
『これ……相手の装備を奪ってる?』
映ったのは残党が使っている機体と酷似していたが、まったく大きさや脚部パーツが違う機体だった。
しかも、付けられた盾の数が16個にも及んでいる。
高い背丈の背後に8つ。
両手の手首と肘に其々2つ。
腰と肩にも其々2つ。
明らかに過剰とも思える防御力だ。
『―――ッ、まさか? は、ははは……いやはや、日本の物持ちの良さに私はどうやら脱帽しなければならないようです……』
『?』
シラヌイが本当に驚いた様子になっていた。
『本来、存在しないはずの【Dead-bed】のフレームがこんなところに……まったく、日本人というのは……これで魂が宿ったらノーベル賞ものですね』
『どういう事?』
『大昔に作られた試作品。それも廃棄処分されたものでしょう。日本も製造には携わっていましたから。それにしてもマズイ事態です』
『どういう事?』
『見ていれば、解ります』
機体の乗ったエレベーターが下に降りていく。
背丈の長い機体のあちこちからサブアームで盾が展開され、追い詰められている甲羅のような陣形に向けて全てのレールガンが速射された。
それと同時に次々とドローンが特攻して相手のサブアームに負荷を掛けながら盾を一つずつ剥がして砕けていく。
相手も負けじとドローンを破壊するもレールガンにも対応しなければならない為、身動きが取れず。
殆どのドローンを破壊し終えた頃にはレールガンの弾が切れていた。
レールガンを打ち切ったのは背丈の長い機体も一緒だ。
しかし、盾が両手と両肩に1つずつ。
合計4つ以外はアーム毎パージされて、異形のレッグパーツがバカンッと割れて爪先立ちのような脚部が現れる。
そして……猛烈な速度で突撃した背高ノッポの機体に向けて、盾を集めて全方位をカバー出来ない襲撃者達がスクラムを組むように防御する。
『来ます』
シラヌイの言葉が終わった時には終わっていた。
一瞬、視界内部でもブレた機影。
残党を襲撃する機体が残像を残して相手の後ろへ瞬間的に回り込む。
猛烈なカーブを描いた爪先が削った床だけが移動の凄まじさを物語っていて。
瞬時に閃いた両手が二機の振り返って防御しようとした盾持ちを貫いて、止まった瞬間には上空へと投げ飛ばしていた。
その一瞬の間に腕が分裂したかの如く高速で残った盾持ちOPのコックピットを狙った攻撃を繰り出している。
『ッ』
思わず息を呑む。
相手のAIの反応速度を完全に超越している。
敵が初動で反射し切る前に1秒で数回の動作を精密に行ったのだ。
辛うじてコックピットを護り切ったのは3機のみ。
他が全てやられていた。
残った盾持ちの盾は半ばまで削れており、片方の手に握られていたマチェーテタイプの大振りのナイフは振るう暇さえ与えられなかった。
背後から地面に叩き付けられた二機がグシャリと壊れたコックピットから血を滴らせている。
『こんな動作がOPに可能なの?』
『ええ、常人の反射速度では絶対に追い付けない精密動作が出来る機体とAIが揃えば、これくらいは……ただし、AIの稼働時間が1世紀を超えていないと恐らくラグで此処まで鮮やかに一方的というのは不可能でしょうね』
『このままだと全滅かな』
『ドローンはどうやら全て倒し切ったようですが、三機では厳しいでしょうね。防御もあの速度で行われます』
『……勝てる?』
『一応、こちらにはレールガン2挺が有ますので。機動に耐えられる肉体を持つ運用者がいれば必ず。こちらで出来ない事はそちらにお願い出来ますか?』
『う、うん!! どうすればいいのか教えて!! シラヌイ』
『ふふ、此処まで見て目を輝かせたのは貴女が初めてですよ』
シラヌイが苦笑しながらAI制御の機体の事を教えてくれる。
『【Dead-bed】には数種類のフレームが存在するのです。アレは超重量装甲での高機動を実現するタイプでしょう。ですが、元々、これらのフレームの多くはこの第六次大戦までに私がほぼ完全に消滅させたはずでした』
『シラヌイが倒したの? 同じフレームを使ってるのに?』
『ええ、危険なものなので』
『そうなんだ?』
『最下級オフィサーには言えないような事が多いのですが、アレが残っていると……人類が滅びます』
『お、おぉ……つまり、シラヌイは人類を救ってくれるスゴイAIって事?』
ただものではないAIだと思っていたけれど、どうやらシラヌイは世界まで救ってくれているらしい。
『ふふ、ありがとうございます。ええ、そういう事です。此処で見逃すと恐らく日本政府はまたアレを危険だと知りながら仕舞い込んでしまうでしょう。済みませんが、破壊活動にご協力下さい』
『うん。勿論!!』
強い機体と戦う事は兵隊として必須の事だ。
命を護る為には学習と経験が欠かせない。
『敵はTypeη……最軽量フレームを用いた俊足とヒット&アウェイが得意な高機動型……その分、戦術と機体性能に大きく戦闘能力を依存します』
『イータ?』
『倒し方は簡単です。ご教授しましょう。接敵までの残り32秒で……』
シラヌイはそうニヤリとしたのだった。
*
「クソッたれぇ!?」
男は絶叫していた。
日本政府の転覆と同時に潰されゆく教団が唯一生き残れる最後の賭け。
その最後の最後で失敗したのだ。
施設から独立したAIで動くドローンと恐らくはスペシャル・ユニットに該当する敵を暗殺する高性能AIと特殊な通信遮断技術。
これらが一緒くたに襲い掛かって来ては幾ら生き残った中で唯一戦闘を教導出来る総隊長たる彼とはいえ……部下を生き残らせる事が出来なかった。
「人間を暗殺するAI!? 日本政府め!? 人道的な面を剥いだら、この有様か!? EVの作戦行動がもう始まっているというのに!? くッ!?」
あのガルムに似た機体から何とか生き延びて、各地の信者達を統率し、此処まで漕ぎ付けるのにかなり苦労した。
だが、蓋を開けてみれば、自分の力不足で今もまた死に掛けている。
次々に繰り出される反射的な対処が不可能な致命の打撃を何とか防いでいるのは総隊長と呼ばれた男の技量と最新鋭の機体である【スサノオ】のおかげだ。
彼が蒼いパーソナルカラーで塗ったソレは教団が二機作った内の試作機の方ではあったが、十分な性能を持っている。
「このッ、こんなところでくたばってたまるかぁああ!!!」
そう、従来の敵であれば、従来考えられる作戦の範囲であれば、従来の数による集団戦の利を生かせれば、その襲撃して来た背の高い機体相手にも戦えていたはずだった。
だが、練度不足の兵隊に経験不足AIと光量子通信を遮る霧が重なってはどうにもならない。
「(盾がもう持たない!? パージして回避に専念をッ)」
今や彼の命は風前の灯。
何とか自身の技量とAIによる長考時間による遅延を削った事で凌いではいたが、それにしても機体のフレームからして悲鳴を上げ始めている。
量産型の【クサナギ】よりは頑丈に造ってあるとはいえ。
それでも精密打撃を何度も凌いだ盾は後数撃も持たないだろう。
「オラァアアアアアア!!!」
彼の操るスサノオが猛烈な速度でサブアーム毎、盾をパージして投擲。
それを避ける相手の至近でAIに爆破させた。
咄嗟に横に跳んで避ける相手の移動先にも同じ仕掛けの盾が既に投げられている為、空中では避けられまいと彼が離脱の隙を伺う。
しかし、その儚い希望は脆くも砕け散った。
「馬鹿な!?」
サブアームの一つが盾を二つ背後から突き出してパージし、空中で盾を迎撃して爆破を遠ざけ、残る盾でガードして無傷でドック施設の一部に機体が軽業師のように着地する。
「クソゥ!? AIの対応力の差が違い過ぎる!!?」
男が遂に死を覚悟した時。
彼は機体の膝がいきなり爆破された事に驚きながらも残っていたドローンの残骸からの攻撃だろうと推測しつつ、唇を噛み締めた。
「無念……ッッ」
総隊長。
その男の胴体は1秒後には殺到する機体の指先で削り取られる、はずだった。
「?」
だが、その瞬間は来ない。
理由は単純だ。
両脚をやられた彼の機体の背後。
彼の頭部方面からセンサに反応があった。
フヨフヨと浮かぶ1m程の貝のようなドローンが二機。
しかし、それには武装らしい武装が付いていない。
それを考えあぐねたように彼を撃破しつつあるAI制御式のOPηが見つめていた。
だが、その様子はすぐに変化する。
機影が猛烈な速度で横に回避した途端。
その右腕と左足が消し飛ぶ。
だが、その慣性に引き摺られつつも瞬時にパーツをパージした機体が器用に地表で一本足でバランスを取りつつ、盾を構えていた。
今度は彼の背後からレールガンの速射が数発。
しかし、今度は当たらない。
「誰だ!?」
彼の音声がドック内に響く。
灯りは付いていたが、姿は無い。
だが、壊れて周囲に散らばっていたドローンの一つが猛烈な勢いで赤い塗料を噴出した。
それが彼のほぼ真横で機体を露わにする。
全天候量子ステルスが切られた機体。
それはまるで白い天使が血に染まったかのようだった。
「白いガルム?! まさか!?」
男が見たのは自分が見付けた居場所を悉く粉砕した憎き怨敵。
白い翼の生えたガルムだった。
「お、お前が何故だ!? 何故、此処にいる!? また、邪魔しに来たのか!?」
男が叫ぶも反応は無い。
ついでに言えば、彼の機体は先程の爆発で下半身をやられており、立ち上がる事も出来ないし、伝送系に異常を来しており、ロクに腕すら上がらない。
そんな彼など視界に無いかのように白いガルムが隠れるのを止めて、腰のラックに両手のレールガンを戻した。
『成功。このような奇妙な状況では外に出ていないAIなら測りかねるという状況に持ち込めると思っていました』
『でも、これでも戦力が落ちないんだよね?』
『ええ、ついでに言えば、あちらもようやく本気です』
マーナガルムの中で文章だけで会話する2人の前で自身の手足を破壊されたηと呼ばれる機体の頭部センサが薄っすらと黄金に染まる。
『こちらをあちらも認識しましたね。では、本番と行きましょう』
『うん』
レールガンの代わりに両手へ持たれたのは日本の越島重工製。
超硬タングステン合金製【ハイテン・ブレード】。
相手に損傷を与えた後は互いに接近してのインファイト。
無駄な射撃で隙を作らず。
スペック差と相手の判断力を上回る機動で叩く。
それが少女と彼女の結論だった。
瞬時に両機が彼の傍で激突する。
その素早さは既存のOPにあるまじき軌道を描く。
手足を失ったソレが瞬時にあちこちのサブアームを使って壁や床の凹凸を掴み、トリッキーな機動で相手に迫れば、マーナガルムはその軌道を読んだ上で途中で相手の間合いに入り込んで急所……ではなく。
センサーが集中する頭部。
更に補助センサーがある肩と腰の裏を狙えるように回り込みながらナイフを幾度も振るう。
それをηがサブアームと盾で凌ぎながら背後に飛び退き。
再び、激突しながら超至近でのナイフと盾の互いを削る攻撃が常人には見えない速度で交わされる。
『スゴイ。AI同士の近接戦でもこんなに早いのは見たことないよ』
『超接近戦は第四次大戦期の有視界戦闘が続発した頃にデータの収集が終わっています。人類の動きと機械の多様な攻めを合わせたOPの近接格闘術は時のOP乗り達には【サーカス・コンバット】と呼ばれていましたね』
頭部、肩部、腰部に繰り出されるナイフの突きを片手の指とサブアームの盾でいなしているηだったが、その差は徐々に表れ始めた。
相手の突きをいなして自分の攻撃を当てるよりも早く。
相手のサブアームが唐突なタイミングでガチャつく。
何かをするわけではないが、何かを取るような仕草をした。
たった、それだけで僅かに防御寄りに動きを変化させたηは守勢に回りながら攻められずに追い立てられていく。
『ふふ、人間の意志が加わるランダムな“意味のあるような行動”は我々にとって考え過ぎてしまう脅威なのです』
『おぉ、本当にシラヌイの言った通りだ……』
『あらゆる脅威に対応する為の四肢が全て揃っているならまだしも……このような限界環境に機体の差が激しい場合は最悪の場合を切り捨てられずにコンマ以下の遅れとなる。人間の直感を再現し切れないAIの性ですね』
機体内部でシラヌイがニヤリとする。
『そして、OPのAIには相棒がいないと、どうしても出来ない事がある』
ηが守勢に回り過ぎて、サブアームの限界から盾を先程の総隊長のように投げ付けて隙を作ろうとする。
それを回避するまでも無く。
瞬時に刃で切り上げて弾き飛ばしたマーナガルムの至近に迫っていたηだったが、背後からの銃撃で背中の盾を背負っていない部分に被弾して脇腹を粉砕された。
飛び退く事で撃破は免れた。
が、一部の伝送系がやられたせいで機体の性能差が更に開いて行く。
攻撃したのは破壊されていた施設のドローンが持つ重火器だった。
マーナガルムのハッキングで最初から狙われていたのだ。
『高性能化したOP搭載用のAIの多くはAI離れした性能を発揮する代わりに人間らしい性質を備える事が多いのです』
『分割思考が得意じゃないんだよね?』
シラヌイが少女の文章に頷く。
『高資源性AIの多くはこのような特徴が顕著です。これは大規模な演算能力が使えないOPという筐体で最適化されたせいで自身の処理リソースの活用が戦闘状況に特化される為……』
『意外な手とかは事前計画しないと考え付き難い、と』
『はい。故に突発的な状況で人間よりも咄嗟の閃きを再現するには処理能力がある電子戦機でも使わねば不可能』
『戦場がAIで高度化した弊害だなんて、皮肉だね……』
『仕方ありません。AIが投入されて高度化した戦場に投入されるAIは更に高度な状況に限られた処理能力だけで対処方法を見出さねばならない』
『つまり、この意味不明な時間すら相手は―――』
動かない両者の機体を前に総隊長たる男は固唾を飲んで見守っていた。
相手の脇腹を吹き飛ばした以上。
もう決着は付いている。
なのにマーナガルムは動かない為、彼には状況が膠着したのかという考え以外には何も理解出来そうに無かった。
そうして、ゆっくりと動き始めようとした脇腹を破壊されたηが瞬間的にサブアームで発射されたレールガンによって動体と頭部を破壊された。
『全ての事態を呑み込めなくなって進退窮まる演算が為された場合、飽和した対応への処理能力は同じ結果を何度も演算してしまい。反応が鈍って、この有様です』
「お疲れ様。シラヌイ」
『はい。お疲れ様でした。完全破壊は専用装備が無ければ不可能なので。フレームを頂いて帰りましょう。不完全なフレームでも、こちらのフレームに組み入れれば、無力化出来るので』
「了解」
マーナガルムがηの残骸からパーツを剥いでフレームを剥き出しにして、引っこ抜いていると外部との回線が繋がった。
『光量子通信の回復を確認。ようやく先程操作していた施設のジャミング能力が止まりました。内部にドローンを突入させます』
「うん。それでこの残ってる残党の機体どうしよっか?」
『死人ばかりでは納得されないでしょうね。日本政府としても最重要機密を破壊されては躍起になって探すはず。ならば……』
「どうするの?」
『良い考えがあります』
シラヌイが外部へのマイクをオンにする。
『トワイライトカルト【真元法】総隊長【倉見彦】』
「!!?」
総隊長と呼ばれた男。
倉見がその声に溜まらずスサノオの外に出る。
ボロボロの包帯だらけの体を見た2人が僅かに驚いた。
こんな体の状態で戦っていたのかと。
「何だ!? ガルムのヤツ!! 貴様らに殺される位ならいっそ!!?」
『話くらい聞きなさい。逃がして上げましょう。こちらの利益の為に……』
「何?」
今まで背後の通路に待避していた浮遊ドローンがやって来て、その装甲の下から情報端末が一つ吐き出される。
「これは……」
『そのドローンと端末は差し上げます。逃走資金としては悪くない額ですよ』
「ッ、馬鹿にするな!?」
『では、此処で日本政府に捕まって、死ぬまでボロ雑巾のように情報を脳から吸い上げられてスポンジにされた後、溶かされて墓もなく死ぬのがお望みで?』
「―――ッッ」
『好きに為さい。決めるのは貴方です』
「くッッ、この借りは必ず!! 必ず返すぞ!! ガルムの女ぁ!!」
顔も見えないフルフェイスのメットの中で彼は叫ぶ。
そうして、体を引きずるようにして情報端末を取って、空飛ぶドローンの一部に覆い被さるようにしてエレベーターの方向へと向かって行った。
「いいの? シラヌイ」
「ええ、ちゃんと国外に逃がしておきますから、囮としては十分です。さて、後始末をしましょうか。結局、あなたの出番は殆どありませんでしたしね。マヲン」
「マヲ~~?」
喋るゴスロリ服な元黒猫が首を傾げた。
ように飼い主には思えた。
「後始末です。此処には数百万人分の脳髄を生かす栄養剤の予備もありますし、増殖は容易。このスクラップの山も使えそう。となれば、持って帰る事にしましょうか。適当な倉庫当たりに放り込めば、使い道は幾らでもありますし」
「え?」
「何、簡単な事ですよ。日本には走る猫のバスがあったとも聞き及びます。ならば、現代の生物兵器の頂点たる猫がドローンやOPの残骸程度運べないわけがありません」
「え、えぇ……それは幾らなんでも無茶苦茶なような?」
少女が自分の服に『出来そう?』と首を傾げる。
その合間にも何器かあるエレベーターから蜘蛛型のドローンが大量に降りて来ると次々に準備を始めた様子で周囲にあるスプリンクラーが作動し始めた。
「マゥヲゥヲ?」
「仕事をしてくれたので明日はあなたが食べたいと言っていたスキ焼きにしようと思っていたのですが、やっぱり健康の為には野菜を大量に―――」
「マ、マヲマヲマヲマァアアアアアアアアアア!!!?」
慌てた様子で黒豹形態のマヲンが服から分離してスライム状に溶けながら開いたコックピットの外に出て、ドローン達が何処からか持って来た大きなドラム缶の中身とスプリンクラーの雨を取り込んで肥大化していく。
「あ、あはは……マヲン。お肉は好きだけど、野菜あんまり食べないもんね……」
「単に我儘なだけですよ。猫というのは総じて……」
やがて、その黒い物体は周囲を覆い尽し、全てを取り込んでしまったのだった。




