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【Dead-bed】~アフターマン・ライフ~  作者: TAITAN
~楽園のネズミ達へ~
26/41

第25話「海と大地の狭間」


「本区画からの民間人の避難が遅れています。400人以上が取り残されている為、フロートのパージは小規模に留めなければ、恐らく巻き込んでしまうかと」


「解った。じゃあ、フロートを一部だけ沈められる?」

「はい。それならば、恐らくは時間稼ぎが20秒程必要ですが……」


 マーナガルムは現在路地を駆け抜けながら並走する蜘蛛達からパーツを受け取りつつ、簡易換装中。


 予め周囲に待機させていた蜘蛛に載せていた耐熱耐圧耐粒子線防護用の物を組み込んで着膨れしたような、テディにも近いフォルムになっていた。


 その両腕はガルムを破壊したタイタン・マウルである。


 蜘蛛達の緻密な移動中の換装作業は見ていてびっくりするくらい精密でシラヌイの力が無ければ、決して出来ないだろう速度だった。


「出来れば、使いたくなかった装備ですが、使わざるを得ないのならば、使いましょう。タイミングは一瞬。一部フロートのパージと共にフロート下に今潜らせているドローンを爆破して沈めます。ただし、フロート内部の浮力は材質に依る性能である為、フロートの浮体部分を破壊し切るまで時間が掛かる」


「それが20秒……」


「敵の胴体と片足、片腕からの粒子線と超高熱と磁力による極限環境下のインファイト。出来る限りのサポートはしますが、敵に組み付いてから沈めるまでに攻め手を切らした瞬間に離脱される恐れもあり……」


「チキンレースって言うんだっけ?」


「はい。基本は分が悪いと思って下さい。攻撃は一か所に集中して受けぬよう」


「うん。ありがとう……我儘を聞いてくれて……」

「いえ、運用者の利を汲むのはAIの基本的な機能です」


「ふふ……うん!!」


「……設置完了。敵も陸地付近まで移動しています。接敵まで後15秒」


「マーナガルムの極限環境用装備【ウルティマム・ポンドゥス】。背部ブースター点火。加速後、パージします」


「―――ッッッ」


 猛烈なGが内部に掛る。

 その瞬間、最後の距離が瞬時に詰まる。

 背後に積んだ小型ロケットブースターは燃料も含めて使い捨て二基。


 時価2億1000万円。


 先日、トワイライトカルトに空から突入する際に使ったものと同じだ。

 でも、だからこその時速1200Kmになる瞬間加速が可能なのだ。


 瞬時的に相手との距離がゼロになる。


 そして、ほぼ真正面に敵を捕らえた瞬間、真下で爆発が起きる。


 猛烈な衝撃が内部にも奔った。

 しかし、相手に真正面から受け止められている。


 さすがにOPそのものを弾丸と化した衝撃を受け切れなかったバーバヤーガが全身を軋ませていた。


 だが、それでも磁力は止まっておらず。

 粒子加速装甲によって次は猛烈な熱と磁場が機体を蝕む。


 対磁力装甲が持つのは1分が限界。


 機体内部温度と内部の人体を保護する耐熱装甲も1分以上は持たない。


 足場が猛烈な振動で揺れ動く中。


 バランサーを全力で稼働して姿勢制御してくれているシラヌイの助けを借り、両手で相手の脇を掴むようにして溶かされながら持ち上げて―――。


「跳んでッ!!」


 日本の格闘技は一応色々と見ていた。


 伝統的な格闘技であるスモウとプロレスは興行的な成功を今も納め続けているし、中々面白いモーションも多い。


「どうするのですか!?」


 シラヌイが機体をジャンプさせると同時に溶ける腕で相手の破壊された脚の根本を掴んで回転させる。


「ドライバーだよ!!」


「運転手!?」


 そのまま溶ける全身を絡ませるようにして相手の頭部を下にして脚でガッチリと相手の胴体をホールドし、片足を離さぬよう真下に落下する。


 一緒に飛び上がった巨大な磁場で固められた機能中核はたぶん落下を阻止する。

 しかし、阻止しようとすれば、磁場で機体を引き寄せねばならない。

 周囲に用意していた攪乱用のドローンからの一斉掃射を選択。

 相手の防御力が磁場で物体を操作してのものであり、その磁場の変化や強さには限界がある。


 もしも一発でも核融合炉本体に直撃すれば、その瞬間に機能停止する以上、攻撃には自動防御が最優先で選択され、浮かせる事は二の次になる。


 落ちてもただの地面ならば真下の地面を熱量で溶かすだけで済む。


 だが、此処はただの地面ではない。


「いっけえぇえええええええええええええ!!!」


 相手の背中から頭部までの部位が猛烈な勢いで超加重の打撃に対処する為に磁場と熱量を強める。


 そして、ソレは同時に―――。


「割れます!!」


 地表を完全に溶かし、フロートを破砕するのに足りる一撃になる。

 そのまま尻尾の先毎、砕かれた地面の奥。


 爆破によって破砕されて脆くなっていたフロートの下部まで突き抜けて海水が加速粒子で水蒸気爆発を起こす。


 だが、その爆発と水蒸気の勢いでも水の中に突っ込む事は避けられない。


 巨大な熱量によって蒸発する海水の気泡が融けていた機体を猛烈な速度で侵食して、コックピットの一部が罅割れて内部に熱水が吹き込んで来る。


 でも、我慢しようと覚悟を決めていたのも束の間。


「マヲー」


 マヲンの声がしたかと思ったらベッタリと海水が入り込んで来る部位に黒い膜のような体が張り付いていた。


 黒猫の顔だけが数百度はあるだろう高圧の温水を背後に余裕そうにニヤリとして。


「ありがと!!」


 全ての熱量を受け止めながら、何も見えない気泡の最中、それでも掴んだ相手を逃しはしない。


「バラバラになれぇええええええええ!!!!」


 操縦桿を掴みながら背筋を使って両腕を離れさせるように開く。

 瞬間、相手のフレームが溶けた両腕の勢いで引き千切られる。

 どんなに頑丈だとしても機体の関節には限界がある。


 猛烈なバブルの衝撃で緩んだ接合部は脆化していて、こちらと同じように破損している部位の限界は高くない。


 機体を腕力で無理やり引き千切った代償にタイタンマウルが限界を迎えて、全ての追加装甲が半ばから砕け散った。


 まだ残っている腕の先はもうボロボロだ。


 だが、相手もそれは同じ。


 残っていた腕は根本から引き裂かれ。


 胴体とコックピット部の繋ぎ目が半ばからバックリと別れて、下半身とコックピットブロックまでもが加速粒子の衣を剥がれて剥き出しになる。


 だが、それでも辛うじて繋がっている尻尾から背骨に通った電源のラインが断線したらしく。


 猛烈な電流が海中の機体の伝送系を直撃。

 こっちもあっちもバチバチと電流で機能不全が進行。

 しかし、破損率の高いあちらが先に崩壊していく。


「今です!! マヲン」

「マゥヲ~~」


 後ろからシラヌイがこっちをシートから引っこ抜くようにして抱き締めてくれて、途端にマヲンの顔が黒い膜の中から消えた。


『マァアアアアアアアアアアヲオオオオオオオオオオオオオオン!!!』


 猛烈な泣き声のようなものが海中に響く。

 それはまるで映画の中に出てくるような巨大な怪物の声のようにも聞こえた。


 半壊した正面ディスプレイの明滅するカメラ映像に黒い何が映ったかと思った途端、今まで超高熱とバブルを噴出していたバーバヤーガの上半身が黒いものによって捩じ切られた。


 しかし、頭部とコックピット部分だけは黒いのに取り込まれて、ボゴンボゴンと内部に圧縮されるかのように押し潰されていく。


 そして―――。


 海の内部で鈍い音がしたかと思うと黒いのが内部で爆発を起こしたかのように大きく膨れてから再び縮まって、ペッと金属の破片を大量に海底へ吐き出して、海中に漂う白く丸い物体。


 マイクロ核融合炉が入っている磁場の発生装置から伸びる未だ電力垂れ流しの電線に繋がった。


『マウマウマ~~~♪』


 外部からそんな音が聞こえてくる。


「な、何か喜んでる?」


「ああ、マヲンにとって電気というのは細胞を動かす力の一つなので。日本の海も都市部は大分汚れていますからね。大量の汚水に含まれる有機物やその他の薬品、栄養分を摂取しつつ、電力を取れれば、ご機嫌にもなるでしょう」


 シラヌイが肩を竦めると破損していたディスプレイが僅かに修復されて、何かしらのシステムと繋がった。


「マイクロ核融合炉をサスペンド。これで電力も止まります」

「勝った……で、いいかな?」


「はい。本来は外部でマヲンにブラックボックス部分を包み込んで貰い。その内部をこちらで破壊する予定でしたが、海の中なので心配要りませんでしたね」


「マヲンて電磁波とかをシャットアウト出来るの?」

「ええ、どちらかと言えば、電磁波を食う性質を持っています」

「電磁波を食う?」


「電波を反射させない生体ステルス機能です。今日は超高濃度超高カロリーの栄養補給をさせていたので細胞分裂も問題無かったようですね。水も電力も熱量もありましたし、この子にとって理想的な成育環境でしょう」


「マヲンが必要だって言ってた意味がようやく分かったよ」

「はい。ですが、これで一件落……」


「?」


 シラヌイが途中で黙ってしまった。


「……どうやら事件はまだ終わらないようです。今、東京各地でどうやらカルトの残党と思われる者達による破壊工作というよりは陽動が行われていますが、本命が解りました」


「え?」


 まだ映像がザラつくディスプレイに山間部の映像が映し出される。


「……ダム?」


「東京の主要水源の一つです。新たに造られたダムの中では大型のもので大規模洪水災害の為に増設されたとか」


 映像の中に山間の道で銃撃戦が起きているのが見える。

 山肌に備えられている防衛設備が次々に爆発炎上していた。

 それを起こしているのは1台のトレーラーに乗る機体だった。

 それを追い掛けているドローンの群れが銃撃を見舞うものの。

 相手には効いている様子が無く。

 応射でドローンは見る見る減らされていく。


「現在のダムは放流先の河川の途中に幾つも地下に水を引き込む大規模誘水施設がある為、放水しても容易には増水で河川の土手が決壊しない作りなのですが……」


「シラヌイがそう言うって事は何かあるの?」

「あのダムには破壊されると困る日本政府の重要施設が置かれています」


「重要施設?」


「国外では【クローズド・サンクチュアリ】だとか、その言語圏で地獄の蔑称を使われる事もある施設です」


「えっと、具体的には?」


「人類の斜陽の時代、世界に絶望した人々の多くが電子世界で生きる事を望んで眠りに付いた事は御存じですか?」


「う、うん。地球上の人類の8割とか。それくらい人が地表からいなくなってた時の事でしょ?」


「はい。その人々が今もあそこに」

「当時の人達が?」


「ええ、更に言えば、その中でも脳の永続的な寿命の延長が可能になった人々もいるようですね」


「あ、知ってるよ。確か、ネットで……【エターナリア】……永遠の人達って呼ぶんだよね? 有名な電子世界の女優さんとか俳優さんとかの映画見た事あるよ」


「【ドッペル・ラウンド】……あの時代は人がAIになろうとした時代でした。ですが、続く【オーバー・ワールド】は人がAIに全てを託して眠りに付こうとした時代。そして、その人々の代表者たる者の多くが当時の頭脳労働者、科学者や研究者だった」


「それって……」

「今は電子空間上でしか会えない日本国内において最高峰の国内研究者達です」

「研究所が襲われてる、みたいな?」


 恐らくはそれよりもマズイのだろう。

 基本的な認識はそれでいいのか訊ねてみる。


「ええ。合っています。大手大企業の大半がこの百数十年お世話になっている事実上の流出しない無限に使える頭脳労働専門の高度技能人材。彼らが死ねば、日本の経済は滅茶苦茶になるでしょうね」


「えぇ……そういうのって軍の人が保護してるのが普通じゃなかったっけ?」


「それはお金の無い国の常識です。お金のある国は基本的に彼らの保管場所の隠匿を基本として、施設のメンテナンス以外は彼らとの取引でしか現地に足を向けません。それを彼らが望んでいるからです」


「ひっそり暮らしたいって事?」


「中には寿命の無い体や機械の体を手に入れて、あちこち飛び回る人もいるそうですが、基本的には管理の手間が省ける場所で仲間達と一緒に永い余生を過ごす者が多いとか」


「どうしてカルトの人がそこを狙うの?」


「恐らくですが、EVと連携していた事からも日本政府との何らかの取引材料にするつもりなのでしょう」


「でも、テロリストとは交渉しないのが国家原則なんじゃ……」


「日本政府はそうでしょう。ですが、日本を支える大企業にとって民間人は失えても、未だに現役の研究者職の彼らを失うのはよっぽどに痛い出来事です。株価に直結するくらいには」


「大企業の方が要求を呑んじゃうって事?」


「そちらに取引を持ち掛ける可能性も否定出来ません。残党からすれば、自分達を潰した日本にダメージを与えたいはず。交渉が上手く行かなければ、何もかも構わないと自暴自棄に施設を破壊する事すら考えられます」


「でも、私達が今から行くより政府の方が早いんじゃ?」

「恐らく不可能です」

「え?」

「こちらを見て下さい」


 ダム近くの車道に何台も同じようなトレーラーが置かれていた。

 だが、ソレの幾つかは開いていて。


「こ、これって……トワイライトカルトの本拠地で戦った盾一杯の……」


 大きな盾の中にレールガンを付けた強敵。

 それと似た機体が大量にダムの周辺の山林に陣取っていた。


「数えるだけでも28機程、同系統の機体を確認。どうやらアレの量産機のようで盾は少ないようです」


「まだ、残ってたんだね」


「ええ。ですが、同型機と思われる例の機体と同じ色違いが1機。恐らくは別の地域で生産されていたものでしょう」


 青いカラーリングの機体がハバキリの時と同じように角を額に付けてフラッグシップである事を示していた。


「国防軍の国内での軍事展開は国会決議案件です。ですが、現在国会議員の殆どは選挙が近いという事で地方に帰参しており、与党の招集が掛かっても最低1日以上は東京に来るのに時間が掛かる」


「え? それってネットで―――」


「日本の国会はネット決議をこの300年間、一切行っていません。システム的には可能ですが、法的な効力を持たせるには東京の議場で全員の参加が必須です」


「………日本てそういう所は遅れてるんだ」


「残念ながら。それまでに相手が国家もしくは企業に要求するのは確定的であり、何なら逃げ果せる可能性すらあります」


「公安と警察の人は?」


「今、カルト信者が自棄になったようで日本中でダム爆破、浄水場襲撃、警察署襲撃、病院襲撃を波状的に行っており、対応能力がパンクしています」


「そんな……」


 映像には次々に日本各地でカルト信者の人達が問題行動を起こしている様子が見られていた。

 どうせ破滅するならば、みんな道連れにしてやるという声も聞こえる。

 あちこちで火の手が上がる街や水道を呑まないように呼びかける防災無線。


 他にもネット上では大量のハッキングが行われており、一部の地域ではネットがダウンしているところまであるようだった。


「ドローンの数には限りがあり、何処かで人死にを出さない為には各地の戦力は動かせません。東京都内は比較的対処出来ていますが、政治家や企業の社屋への爆破予告や暗殺予告、更には襲撃も断続的に起きており……」


「最初から鎮圧されるのが解っている上でって事は……」


「恐らくはEV側との裏取引もあったのでしょう。ですが、あのEVが約束を守るとも思えません。その介入の可能性を我々が潰した以上は今回の件でもう一度出会う事は無いでしょう」


 シラヌイが肩を竦める。


「……行こうか。シラヌイ」

「解りました。それでよろしいですね?」

「うん。乗り掛かった舟って言うんだよね? 日本の人はこういう時」


「ええ……」


「このままじゃ遊びに行くの中止になっちゃうかもしれないし、すぐに終わらせなきゃ……」

「各地のドローンもあちらに向かわせます」


 ザボンッと機体が沿岸部の道路に上半身を乗り上げた。


 すると、今まで機内の気密を助けてくれていたマヲンが外部にシュルンと出て行き、その機体を今まで運んでくれていた巨大な体が陸上に上がる。


 今まで蛸のような触手のある姿だったものが10mくらいの大きさに纏まった。

 機体を開いて外に出ると。


 夜に溶け込むような漆黒の塊の中からマヲンの顔と手がニュッ出て来た。

 恐らく反対側には脚が出ているのだろう。


「マヲン。えっと、ありがとう。でも、その……太り過ぎじゃない?」


 取り敢えず、大丈夫なのだろうかと訊ねてみる。


「マヲーヲヲーママゥマ!!?」


 何か『せっかく助けたのに貶された!!?』みたいな事を言われた気がする。


「ご、ごめん。でも、ほら、そんなに大きいとお家に入らなくなっちゃうんじゃ……」


「マ、マゥ?」


 その通りかもしれないと思ったのか。

 マヲンが慌てて巨大になった肉体をシュルシュルと萎めた。


 同時に肉体から大量の水がブシャーッとあちこちらから噴水みたいに放出されて、2mくらいに収まる。


 しかし、形がおかしかった。


「マゥヲ~~」


 水でタポンタポンだった体だが、今度は人より巨大な豹みたいに変貌している。


「トレーラーが到着するまで残り数分。此処から都内の交通規制を抜けて、現場まで向かうのに2時間半。公安と警察が本格的な介入を始めるには後5時間は掛かるでしょう」


「それまでに何かしておく事は?」

「システムロックの第一段階を解除」

「ロック?」


「貴女を【Dead-bed】に接続する価値を持った最下級オフィサーとして認めます。アズール・フェクト」


「……そっか。シラヌイにそう認めて貰えるなら嬉しいな……うん」


 シラヌイが手を差し出す。

 それが何を求めているのか。

 何も言われずとも解った。


「これでいい?」


 胸元の鍵をシラヌイの手に載せる。


「―――認証を開始。遺伝評価:Prisma……個体名称Azure fect……前任者よりのタグが引き継がれます」


「おじさんのタグ?」


「前任者【宮武武夫(みやたけ・たけお)】よりの伝言を表示」


「―――!?」


「『アズ坊。もしも、これを聞いてたら、オレはお前に謝らなくちゃならない。何故ならコイツはまったく人間を破滅させる優しいAIだからだ』」


「おじさんの声!!」


 アズールがおじさんの声で伝言を伝えてくれる。


「『オレは好きに生きた。死ぬ時も好きに死ぬ。だが、だからこそ、言おう。お前もまた自由に生きて死ね。それはこの地球上の誰もが持つ権利だ』」


「あはは……もぅ……おじさんたら……」


 何故かちょっと泣けてしまう。

 それが何故なのか。

 まだ、自分には分からない。

 けれど、思う。


 そのもう傍にいない人の言葉がこんなにも嬉しい。


 こんなにも温かい。


「『オフィサーの資格を手に入れたという事はこの世界の真実と向き合い。その上で生きるという事だ』」


「真実……」


「『オレには到達出来なかった場所までお前なら行けるかもしれないな。だが、オレはそれを見届けない。ごッ!? が、ふっ、っ―――はぁはぁはぁ』」


 何かを口からビチャリと吐き出す音。


「『……何故なら大人は、子供より後に死んじゃならないからだ。それがオレの美学……いや、オレが願う我儘なのさ』」


 声が少しだけ疲労の色を帯びていた。

 息は荒くて、僅かに沈黙が降りる。


「『行け!! やりたい事をやって、食べたいものを食べて、為りたいモノに為れ!! それが今のお前にならッ、っっ、ぐ、が……お前に、ならッ、出来る!! それがお前にとっての幸せである事を―――』」


 音声が何かの破裂音やノイズに塗れて、途切れる。

 シラヌイがペンダントを返してくれた。


「再生完了。確かに届けましたよ。前任者。貴方の願いは此処にある……しっかりと……ッ」


 ギュッとシラヌイが片手を握って胸元に当てた。


「アズール。貴方に彼のタグを引き継ぎます。タグとは【Dead-bed】に接続する全てのオフィサーの証。タグに名を刻むのです。兵士としての、オフィサーとしての名を。日常を生きる貴女ではなく。戦場を生きる者としての決意を……」


 カシャンッとクロスしていた羽根が一枚に重なる。

 すると、表面に白い空白部分がぼんやりと光って浮かび上がる。


「今、彼の兵士としての名は接続先から抹消されました。その空欄は貴女のものです。今、此処で貴女の名前を刻んで下さい。それが引き継いだ者の責務です」


 シラヌイを真っすぐに見つめる。


「おじさんね。そういえば、言ってたんだ。兵士にはニックネームが必要だって……」


 帰って来る度に『今日あいつが死んだ』とか『明日はあいつが死ぬかもしれない』とかよく聞かされていた。


 その名前は人間というよりは何かを象徴する人ではない名前ばかりで不思議に思っていた事を今も覚えている。


 そうしたら、兵士には名前が二つ必要だとおじさんは言っていた。


 だって、本名じゃ恰好が付かないし、悪い事をしたら祖国に帰れなくなるかもしれないし、ひっそりと呟かれる畏れは何よりも戦場で強い力だからと。


 あの日、まだ出来ていなかった私の名前はもう胸にある。


(此処はまだ戦場じゃない。でも……)


 いつでも戦場に出来てしまう。

 誰かが、もしくは自分が……。

 だから、その線引きは自分でやりたいと思う。

 それが自分の我儘だとしても。


「私の名前は……ライン・ウォーカー」


「【線を牽く者】ですか。なるほど、ならば、傭兵たる貴女こそが戦場の創り手たるよう全力を尽くしましょう」


 一礼したシラヌイが背後の傷だらけの機体を振り返る。


「オフィサーが帰還した!! 起きろ!!」


 その言葉だけで機体の周囲の空気が変わる。

 今まで何処から何処までが変化出来る部分なのだろうと思っていた。

 細胞による金属の運用で如何なる変化も行える。

 電力があれば、あらゆる形を取る。

 しかし、電子部品までも再現出来るものではないと。

 けれども、思っていたものに反して、機体の全てが溶け崩れて。

 内部からフレームが剥き出しのままに現れる。


 あの日、パッケージング・マッスルを付けて、装甲を付けて、一人でドローン部隊と戦った日に見たフレームのまま。


 ソレがゆっくりと砂のように崩れてから再び8m程のOPのフレームを象っていく。


 それに比例して次々に溶けた液体金属にも思える大量の細胞が肉付けするようにフレームを覆い始めた。


「これって……」


「最下級オフィサーたる【Line walker】。貴女には教えておきましょう」


「何を?」

「【Dead-bed】は滅びません」


「……滅びない?」

「それが第1の能力であるからです」

「第1の……じゃあ、他にも一杯能力があるの?」

「ええ、それは何れまた……」


 赤黒い光が機体の周囲に溢れ出したかと思えば、蒼く変質していく。


「量子転写コード【Immortal】……如何なる者も我を滅ぼす事能わず」


 まるでシラヌイの声は魔法の呪文のようだった。

 蒼い光が渦巻く中で足元から組み上げられていくソレは間違いなく。


「マーナガルム。ボロボロだったのに……」

「復元終了。トレーラーの現着を確認」


 見れば、角の先からトレーラーが一台やってくるのが見えた。


「行きましょう。今の貴女と機体に敵うテロリストなど存在しません」

「……うん。行こう!! シラヌイ」

「マヲッ!! マヲヲ!!」


 マヲンが自分を忘れるなと声を上げた。


「あ、あはは、うん。マヲンもね?」

「マヲ~~」


 抗議したマヲンの頭をよしよし撫でる。


 すると、マヲンがグニョンッと歪んで着込んでいる操縦用の対熱スーツの上から張り付いたと思ったら、薄く引き伸ばされていく。


 最終的にはスーツの上が何かヒラヒラフリフリのドレスのようになった。


 こういうのは日本初のゴシック・ロリータと呼ばれる伝統的な衣装では無かっただろうかと雑学の知識から似たような服を思い浮かべる。


「えっと、何してるの?」

「マゥゥ~~♪」

「快適な機内がいいと言っているようです」

「だから、服になってくれるって事?」


 機内に2mのマヲンは確かに邪魔だ。


「マゥヲ」


 頷かれた気がする。

 ちょっと服は重かった。


「まぁ、そこらのスーツよりはマシでしょう。基本戦闘能力的には水分と有機物があれば、単体で単なるOPに負ける理由も無い生物ですし」


 トレーラーが傍に来て止まる。


「では、敵の情報を踏まえて、制圧装備を詰めましょう」


「うん」


 マーナガルムの胸元が開くシラヌイの手を取ってマヲンと一緒に乗り込む。

 相手が何かをしでかす前に止める。


 混乱している都内のざわめきを聞きながらマーナガルムをトレーラー内部に移動させる。

 戦場になりつつある東京の風が何処か故郷に似ている気がした。

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