第17話「月下の蒼」
『ランデブー地点に到着』
『ソナーには遠方に海上保安庁の船以外見当たりません』
『良し。積み荷を受け渡して即座に回頭。さっさとおさらばするぞ。こんなところにいつまでもいられるか』
140m程の船体が闇夜の中で浮上した。
装甲表面の海流の流れを制御するスマート・スキンを初めとする水流制御用の装甲を利用した現代式の潜水艦の多くは魚のように横に細い。
だが、形そのものは大きく変わる事は無く。
今も大昔から変らず細長いものだ。
バブルを発生させて音響探知を防ぐ機能から始まって、高深度でも耐える装甲や内部の電源の改良、水圧に耐える兵器類は正しく人類の科学技術の精粋が集められたものばかりだ。
現在、公式に兵器としての潜水艦が潜れる最高深度は凡そ深海8000mとされており、その地点からの攻撃が可能な原潜を持つのは日本と米国しかない。
他は4000mが限界だと言うのだから、その殆どはまったく相手にならない程の性能差があるのは間違いないだろう。
闇夜の中。
取り引き現場に現れた【漢032-D】を見たクルーザーに乗っていた男達は自身の力であるかのように顔を愉悦に歪ませ。
小型艇でやってきた海賊達は驚きこそしていたが、これならばと自らの次なる標的を仕留める為の計画が大きく前進したのを確信していた。
そして、中型高速艇の通信機に音声が届く。
『こちら聖星有限公司。約束のものを持って来た。そちらのブツを見せて欲しい』
『了解した。オイ!!』
中東系の顔立ちの金髪の老人が叫ぶと次々に男達がアタッシュケースを取り出して、中身を見せるように開く。
すると、そこには大量の白い粉が詰まった袋が敷き詰められていた。
『……ドローンが確認した。よろしい。それが小麦粉じゃない事を願う』
『国内最後の在庫だ。供給元が潰れたんでな。だが、1200kg確かに持って来たぞ!! そちらのブツを確認させろ!!』
すると、クルーザーの中からは次々にロケットランチャーやミサイルランチャーらしきものが大量に船員達によって掲げられ、同時に3Dホログラムが浮かび上がり、サブマシンガンが大量に詰められた箱が船内映像として流れた。
『お望みの通り。重火器250丁。アサルトライフル、サブマシンガン、全て最新鋭のAI誘導式だ。ホーネット・ライフルもあるぞ。誘導式のミサイルランチャーが35、無誘導の再使用可能なロケットランチャーが15、その弾が430発』
『弾薬の方はぁ!!』
『1万発分だ!! お望み通り、今回はおまけも付けよう』
潜水艦の横から僅かにハッチがスライドして丸い穴から白いカプセルが一つ吐き出された。
『これで……同胞を……ッ』
老人が呟いている間にも潜水艦が潜航し―――。
その時、周囲に猛烈な光が海中から襲い掛かった。
『な、何だぁ!?』
猛烈な真下からの巨大なバブルの開放。
専用の爆薬によるマイクロバブルの衝撃が【漢032-D】を真下から押し上げ、拉げさせ、噛砕き、圧し折り、海の怪物の嘶きにも似た巨大な咆哮が艦内部の機構を船の男達に晒しながら爆発した。
『ぎゃぁああああああああああああああああ!!!?』
『ガボゴゴボゴボゴボ―――』
『つ、捕まれぇえええええええええええ!!?』
猛烈な爆発の余波で周囲にいた複数の小型艇が転覆していく。
また、同時に複数個所からの火線が半数が転覆した小型中型の船団に襲い掛かり、次々船を砕いていく。
破壊部位が撃沈まで至らない船には更に下から銛のような爆薬を積んだ槍が船底に突き刺さるようにして食い込み。
確実に爆破していく。
『しゅ、襲撃だぁああああああ!!? クソぉ!? 海上保安庁の奴らかぁ!?』
しかし、ギリギリで転覆を耐えていたクルーザーの人員が敵の存在に気付いた時には彼らもまた中距離魚雷の餌食となっている。
真下から襲い掛かって来た魚雷の幾本かは波で大きく揺れた船体に当たらなかったが、それよりも深刻なのは彼らの船底にしっかりとマイクロ・マインが付着していた事だ。
4隻が瞬時に船底からの爆破を受ける。
『うああああああああああああああああああああ!!?』
大量の水を呑み込みながら船体は海の中へと引きずり込まれていった。
『攻撃しろぉおおおおおおお!! 誰でもいい!! あのマズル・フラッシュの根本を撃てぇええええええええええええええええ』
残った戦力。
その全てが波に煽られながらサブマシンガンやら持って来た兵器を乱射する。
だが、相手の火線がそうしようとした瞬間にはすぐに消えて、それが水中に逃れた為だと彼らが知った時には再び残った船が船底から攻撃を受けて爆破され、誘導兵器もまた海水面で起爆して同士討ちが発生。
『くそぉおおおおおおおおお!! どうなってるんだ!?』
残り6隻となった中型船1隻、小型船5隻の海賊達が逃げ出そうとした。
しかし、バラバラに逃げようとした彼らが逃げ果せる前に再び遠方から狙い違わず火線が集中し、40mmの洗礼で船がバラバラに弾け飛んでいく。
周囲の掻き混ぜられた海水のせいでソナーは効かず。
誘導兵器搭載のAIの音紋追跡や近接起爆も不可能。
だが、現れては消える遠方からの攻撃は正確に敵の船を捉えて、人間を血の飛沫に変えながらバラバラに砕き散らし、暗い海に赤さを混ぜて消し去っていった。
恐らくは夜間用の光学観測機器を用いている。
だが、さすがに相手の銃弾も切れたか。
海賊達の船が全滅した横で何とか逃げ出したクルーザー二隻が猛烈な血潮の臭いに塗れ、船内のあちこちに死体を張り付けつつも、何とか逃げ伸びていた。
このままではやられる。
ならば、と。
無線機で日本の海上保安庁に助けを求めようとした時。
彼らは背後から近づいて来る敵の白波を見付けた。
だが、それはとても遅かったと言わざるを得ない。
何故なら、彼らの背後に迫った2機のドローン。
ソレが内部に僅かな弾薬を残して相手に特攻を仕掛けたからだ。
勿論、武器弾薬のある船倉に突っ込んで誘爆させる為に。
背後を見てしまった男達はきっと不運だった。
絶望の瞬間、恐怖を知ってしまったのだから。
襲い来るソレは月明かりの下。
彼らに世界の残酷さを示した。
カッと二隻のクルーザーが後部から突っ込んだドローンによるゼロ距離射撃によって誘爆した弾薬で吹き飛んだ。
その猛烈な起爆の光は空を一瞬だけ照らし出し、跡形もなく船体を消し去り、残った破片を炎上させていく。
こうして完全に相手側の殲滅を確認した機影が一つ。
雲と水のヴェールの中に身を潜めながら、そっと海に浮かぶ白い球を海中にワイヤーで引きずり込んで海中へと消えていく。
翌日、近くの海辺にあるホテルでは大きな騒ぎとなり、地元の新聞が巨大な爆発音を聞いたという記事を一面に載せたが、すぐに海上保安庁から海賊同士の抗争によって大量に船が沈没したという報告が為され、しばらくは死体や武器弾薬がが浜辺に流れ着くかもしれないから、近付かないようにと通告。
地方自治体は書入れ時の観光客を逃して大いに嘆く事になったのだった。
*
―――東京都内某所ビル地下。
「ねぇねぇ、アズール。この白いの何?」
「何だろう? シラヌイが持って帰って来たんだけど」
「ああ、あの場で解析して中身が解っていたので持ってきました」
「でも、これって危ないもの、なんだよね? ダミーらしいけど」
「ええ、回収される事も前提で米国の【HH&DD】社が開発していたものを載せたのでしょう」
シラヌイが1mくらいある白い球をコンコンした。
勿論、ホログラムなのでそういう事をしたとアピールしただけなのだろう。
海で回収したコレは陸上に待たせていたドローンに電波などが出ないように回収させて、ビル内部まで光学迷彩を纏ったままに運び込ませたのだと言う。
「えっと、聞いた事無い会社なんだけど?」
「現在、米国の3番手に付けている大手製薬会社です。国防用の生物兵器実験や生物兵器研究、対生物兵器研究などの遺伝子関連事業のスペシャリストですよ」
「これが生物兵器? 白い球体にしか見えないよ?」
エーミールもコクコク頷いていた。
現在いる武器庫内部は武器の改造などもする場所として作られたらしいのだが、その中央にデンッと置かれた白い球体は何か異様な感じがしている。
「この白い球体は超重元素です。安定している代物で原子核魔法数は300番代。大昔はすぐに崩壊してしまう不安定な放射性物質程度にしか過ぎませんでしたが、化学の進歩というのは大きいですね。やはり」
何かシラヌイがウンウン頷いていた。
「それで白い球の中に中身があるの?」
「ええ、ですが、この白い球自体も使い方を間違えれば、そこらの核弾頭よりも危険ですね」
「えぇ……」
思わずエーミールを後ろから抱き寄せて下がる。
「そう心配為さらず。放射線はまったく出ていませんから」
「そういう事じゃないと思うんだけど……」
シラヌイの背後からドローンがやってくる。
ドリルらしいものをアームに付けた作業機械式の代物だ。
「これで開くの?」
「継ぎ目の開け方が普通に海賊達に入手出来ないと宝の持ち腐れでしょう。つまり、市販品で開けられる仕様です」
ドリルが回って球体の天辺に少し確度を付けて接触すると。
ゴリゴリ音がした。
そして、パカッと呆気なく球体が割れる。
すると、内部からは支柱で保持されていたらしい小さなアタッシュケースが出て来た。
「これが生物兵器?」
「ええ、あの白いのはこの中身が万が一にでも認証無しに動き出した場合の隔壁の役割をしていた。ダミーというよりは低強度紛争地帯で使う用でしょうね」
「一体、何なの?」
ドローンからサブアームが出て来て、アタッシュケースを開く。
その内部にはジェル状の液体が大量に入っており、内部には小さな生物がいた。
「猫?」
「わぁ、黒猫さんだ」
「マヲ?」
パチッと目を開いた黒猫さんがブルブルとジェルを吹き飛ばして、2人ともジェル塗れになった。
「じー」
こっちを見ている。
物凄く見ている。
ついでに何故か「じー」って喋っていた。
日本語らしい発音で。
「マヲー」
「あ、手を挙げてる。やぁって感じ?」
エーミールの言葉に黒猫がウンウンと頷いた。
「猫が言葉を理解してる?」
「インテリジェンス型の生物兵器の特徴ですね。人間型や動物型がありますが、人間型は倫理的な問題やら人間と同等の知性のおかげで扱い難いと研究はされても殆どが実際に作られていないとは聞いていました」
シラヌイが説明してくれる間にも黒猫さんが顔を洗って、前脚をぺろぺろした後、アタッシュケースからヒョイッと飛び出し、シラヌイのホログラムの前に言って「じ~~」とまた言って見ていた。
「私はシラヌイ。貴女のマスターの1人です。インプリンティングは順調ですか?」
「マヲー」
「そうですか。ちなみに仕様書が無くて困っているのですが、もしかして説明型だったりしますか?」
「マヲヲー」
ウンウン頷いた黒猫が傍にあったコンソールの上に乗る。
シラヌイが起動して、文を書けるようにすると尻尾の先が超高速でコンソールのキーボードを打ち始めた。
すぐに文面が出来上がる。
「えっと……遺伝……生体高速……細胞増殖炉……搭載型。あれ? これってペースト食とかパテ食を造る時に使われる機材だったような……」
文面の一部にそう書いてあったが、思わず首を傾げるしかない。
「ほうほう。随分と小型化出来たのですね。新式の座位群の開発は上手くいったようで何よりです。人類もまだまだ捨てたものではないと」
「シラヌイ? どういう事?」
「まぁ、難しいでしょうから、要約しましょう。この黒猫さんは紛れもなく生物兵器ですよ。それも現代の最新式の遺伝子実験の成果にして、人類に対しては毒にも薬にもなる」
「毒と薬?」
「マヲマヲ♪」
その通りと何だか黒猫さんが偉そうに腕組みした。
普通の黒猫は腕組みしないだろう。
確かに生物兵器なのかもしれない。
「簡単には外環境適応型の生身の遺伝子操作機材です。しかも、物凄く高性能で細胞増殖速度は栄養や水分があれば、数秒で10m以上の物体を造れる程の……この黒猫さん一匹で全人類を殺すウィルスを造ったり、全人類から遺伝子操作の結果を奪ったり出来ると言えば、危ないのが解りますか?」
「そ、それは危ないって言うより滅亡の危機のような……」
「マヲヲー♪」
黒猫さんがエーミールの手の中に収まる。
そして、何だか物凄く甘えた声で目をキラキラさせて『ボク、カワイイ生物だよ?』とアピールしていた。
どうやら人間の言葉を話すだけじゃなくて、自己保身にも余念がないらしい。
「か、カワイイ!!」
近頃、カワイイという概念に嵌っているエーミールは黒猫さんをきゅっと胸に抱いてスリスリし始め、黒猫さんは『そうだろうそうだろうカワイイだろう?』というニヤリ顔をしていた。
「まぁ、インプリンティング方式で何か命令されない限りは無害でしょう。ちゃんと面倒見れば、ヘソも曲げないはずです」
どうやら初めて見た相手を所有者として認識するらしい。
「可愛いけど、自然じゃない気がする……」
「マヲ~~~♪」
可愛く小首を傾げられた。
「マヲッと啼く猫は変だし」
「マ、マヲヲー!?」
涙目になられた。
「あ、黒猫さんが『あんまりだー』って言ってるよ。アズール。黒猫さんイジメちゃダメ!!」
「さっそく黒猫さんに取り込まれてる!?」
「(マゥヲゥヲ~)」
黒猫さんは表情豊かな上にちょっと腹黒いという感じの性格な気がした。
エーミールが見ていないところでニヤリとしている。
「ふむ……食事は1日3回希望。人間らしい食事とおやつと飲み物を希望。飲み物はストローを入れる事。絶対ペット用の器は禁止。食品添加物は健康志向なので出来るだけ無しの方向でお願いします? トイレは必要ないけど、食べた分だけ質量を何かのお薬にするから何か要望があったら言ってね。更に寝床は小さくていいけど、フワフワ希望……お散歩はしたい時に勝手にするからお構いなく。基本的には分裂して増えたり出来るよ。一匹分に戻る時に体重も比例して増えるよ。云々」
シラヌイ読み上げた文書は仕様書には聞こえなかった。
「そ、それって黒猫さんが書いたの?」
「ええ、取扱い説明書や仕様書というよりは個人的要望のようです」
「ご飯食べたら薬にしてくれるって言ってるけど、お薬今必要だったりする?」
「ええ、一応は……いえ、これなら、ふむ……ですが、使うにしても毎日食事をする以上、多過ぎますね。ビタミン剤にしてすら大量には要りませんし」
「黒猫さん。よしよし。よしよし」
「マヲヲ~~~♪」
「ですが、使い勝手は良さそうです。遺伝子クリニックでやるような事を瞬時に出来る。それどころか質量と必要な元素があれば、あらゆる遺伝子工作が可能なのですから、そうですね。予備の躯体を造って貰うお仕事をさせましょうか」
「予備の?」
「ええ、人間に近い遺伝子のフルスクラッチで造る躯体はとにかく使い勝手が良いので。薬にする分の質量を製造に使えば、余らないでしょう」
「マヲー?」
「データは後で現物をお渡しします。自己改造関連の項目のリミッターは無いのですよね?」
「マーヲ」
黒猫さんが頷く。
「では、残りの全項目をアウトプットしたら、適当に家の内部で寛いでいて下さい。ああ、ちなみに名前は?」
「マヲー」
「じゃあ、募集しましょう」
「はいはいはい!!」
エーミールが手を挙げる。
「どうぞ」
「マヲン!!」
「マヲ……」
今、黒猫さんが一瞬「安直……」みたいな顔をしたが、すぐ媚びるようにエーミールに目をキラキラさせて「ありがとー」と頭を擦り付けた。
「どうでしょう? 他には?」
「いいと思うよ。呼び易いし」
「では、個体コードを発行。マヲンと呼びますので」
「マヲー」
こうして何だか腹黒そうだけど、可愛い黒猫。
マヲンが家に住み着く事になったのだった。
どうやら近頃の生物兵器はカワイイ?ものらしい。
*
―――横浜シーサイドタウン。
「おや? おやおやおやおやおや?」
少し太った金髪をオールバックにした柔和そうな男が何処かコミカルにも見える仕草で大型ディスプレイを使った板状の端末を凝視していた。
「これは困った。本国の連中が煩そうだな……」
「ジェトロスCEO。どうかなされましたか?」
「ああ、いや、どうやら例のプランが頓挫したらしい」
「それはかなり困りましたね」
「今、最終報告が来た。これは続行不可能だろうな。海賊が残ってないどころか。連中の陸の実働部隊も公安に抑えられてる」
彼がいるのは横浜にあるHH&DDと掛かれた看板の下がる高層ビルの屋上だった。
何某かの店があるわけではないのだが、屋上にはパラソルと寝そべる寝台が置かれていて、その上で男が横のテーブルからカクテルを口にしつつ、呟いている。
そのカクテルを持って来たのは女性秘書らしきヒスパニッシュ系の30代。
サングラスを掛けた彼女はエプロンをしており、彼女の背後には炭火でバーベキューが日本式に焼かれており、周囲には全身タイツ染みたスーツを着込む黒服の男達が豪快に肉を食べ、適当に椅子やテントで寛いでいる。
傍目から見ると異様な光景だろう。
男達の着るスーツらしきものは少なからず軍用にしか見えない。
なのに、それを来た彼らは適当に寛いでビールや日本酒やチューハイを片手にバカンス中なのだ。
「我が社の最高機密を煩いから貸し出してみたら、さっくり行方不明とは……今日は厄日か」
「……上院議員と言えども、貸しが出来ましたね」
「ああ、まだ世界には滅んで欲しくないのだが、これも運命ってやつかなぁ」
男が欠伸をしながら端末を操作して、各部署に指示を与えていく。
「それで落とし前はどのように?」
「彼らの命で贖って貰っても困る。G9内部ならば、使われても左程の影響は無いが、第三世界で使われると恐らく対処が終わるまでに40億は死滅するしなぁ」
「ならば、落とし前に家族辺りを拉致しますか?」
「まぁ、それで手を打とう。彼らの親族には我らの駒になって貰うという事で……」
「後で米国のチームに連絡しておきます。改造は何処で?」
「ああ、旧サンベルトの第四地下研究所にしておいてくれ。あそこは万年人出不足だからな」
「了解致しました。それにしても日本に再び兵器を買わせようという今回の一件が頓挫したとなると、グループ連中が煩いのでは?」
「こっちは被害者だぞ? 全部、推進していた彼らに責任は取って貰うとも。だが、それにしても今回は誰だ? こんな事が今政治的に出来る連中は心当たりが無い」
「検索してみましょうか?」
「ああ、頼むよ。ジュリエッタ君」
女秘書が額に人差し指と中指を当てて目を閉じる。
すると、僅かに頭部の一部に回路上の発光が浮かび上がり、フッと消える。
「どうやら機密情報関連が全てバイオン・インダストリーのプロテクトで護られているようです。防壁が固過ぎます。幾つかのダミーストレージが焼き切れました。彼らならば利害関係もありますし、可能性は一番高いかと」
「ふぅむ。今、“彼女”は日本いないと思ってたんだが……まぁ~~仕方ないか。彼らと直接やり合ったら我々の命が幾つ有っても足らんしなぁ……あむ」
皿に載せられて渡されたバーベキューの串を齧ってから、男が端末を横に置いて寝台に座り直した。
「はぁ~~伝統的な同盟国にちょっかい出すとか。だから、嫌だったんだよ。今回の事でどうせ公安にも目を付けられただろうなぁ……」
「今、日本国内では違法難民違法移民の大掃除中ですので彼らの仕事を増やしたという点でならば、間違いなく呪われてますね」
「はは、だろうとも。嫌われ者は辛いぜ……」
『CEO~~アイス食べません? アイス~~日本の野菜のジェラートってのをウチの隊員が買って来てて』
「おーう。もうちょっと涼しくなったらなぁ」
ジェトロスと呼ばれた男がカクテルを呑み干した。
「ま、切り替えて行こう。無いものは無い」
「では、今回の商談はこのまま?」
「ああ、そうしておいてくれ。対生物兵器関連の防衛技術はもう確定で政府にも売り込めたし、与党側の要望で細々したものも買って貰えた」
「案外、あちらは買ってくれましたね」
「だな。わざわざソレで封じ込められる標的や戦える相手が我が社製になるかもしれないとは言えんし、黙っておこう」
「ですが、管理社会化率の低い日本でこの手の生物兵器の拡散は致命的かとも思えますが……」
「運用者次第だろう。眠っているならば、それはそれで問題ない。起きているなら、日本の無害な一般人に拾われてひっそり暮らしてくれるとかでもいい」
「無害な一般人……まぁ、日本ならば、そういうのも多そうですが……」
「我らはもう部外者だ。危ないものを追跡排除するのは彼らシステムたる公僕の役目だよ。君ぃ」
男が食い終わった皿をジュリエッタと呼んだ秘書に手渡してグッと伸びをする。
「それに今の僕にはそれよりも気になる事がある」
「例のOPですか?」
「ああ、あれは旧時代のトンデモの類だからな」
「トンデモ?」
「今は完全に残っていないロストテクノロジーの塊だ。現代で再開発しようと思ったら、数百兆で済むかどうか」
「それほどまでにテディ一体が価値を持つのですか?」
「ああ、何せ意志あるAI達の始祖であり、死ねるAIの基礎となったプライマルだ。彼女がもしも本気を出せば、今の時点で人類の99%は地球において絶滅するだろう」
「たった一つの兵器システム。それも第三次大戦期の古代兵器の類がそこまでの力を持つとは到底思えないのですが……」
「ははは、アレは時代そのものだ。当時の歴史となった人々の罪、希望、業、感情、技術の到達点……第三次大戦期から続く忌々しい人類の汚点とも言えるな」
「歴史ですか……済みませんが歴史はC-だったもので」
「いやいや、歴史なんてもんは学ばないのが一番だ。人類が学ばない事を学べるだけで失望しか出て来ないしな。この世で最も偉大な人は歴史の偉人ではなく。今を生きる人々だよ」
「そういう哲学は素直に尊敬します。ジェトロスCEO」
「もっと褒めてくれてもいいよ? 僕は褒められると伸びるタイプだからね♪」
男が大笑いする。
「ちなみにあのテディのAIの何が一番問題になっているのですか?」
「色々あるが、単純無比に言うとだな」
「………」
「地球が物理的に消し飛ぶ兵器に繋がってるのさ」
「旧時代の核弾頭の一斉起爆コードでも地球は消し飛ばないかと思われますが」
「はは、そんなもんじゃ済まない。希望とは最も強い兵器であると言った当時の合衆国大統領は正しかった。人類の希望こそが星を滅ぼすファースト・ステップ……はぁ、彼女が動き出したせいでまた友人が宙の人になったよ」
「そこまでの……」
「さ、今日はバカンスだ。食べよう!! 飲もう!! カクテルはもういいから、君も一緒に楽しもうじゃないか」
「秘書としては自制するところですが……」
「個人としては?」
ニッとジュリエッタが微笑む。
「世界の至宝。美食の宝庫たる日本の無汚染食材による雑な料理と旨い酒……とても魅力的に思います」
「はは、お前らぁ!! ご婦人にキンキンに冷えたのと熱々を頼む!!」
『お~~~~!!! イルマ隊長。一名様入りまーす』
『麗しいレディには焼き立てをお出しするぜ。野郎共!! 後は自分で焼けぇ!!』
横浜のビルの上。
肉と野菜の焼ける匂いの中。
夕暮れ時は夏の空を彩り。
黄金色の夕景に紫雲が運ばれていくのだった。




