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第7話 慌てずに

 国の中心部、王都へ向かう道中。なんの変哲もない、安い酒屋で。


「ロイ兄、また新聞貼られてる」


「……今だけだこんなん、今だけだ」


 ここに来るまで入る店入る店に、デカデカと新聞の切り抜きが貼ってあった。しかもどれも俺がダブルピースしている写真か、白目で剣を掲げている写真だ。頼むからやめてくれ、公の場でこんな辱めをうけたのは初めてだ。


「ダンジョン踏破の歴史、変わるね。スピード主流になる」


「そうそう変わらないと思うぜ? なんたってリスクが高すぎる。パーティ組んで、装備しっかり持って丁寧に攻略すんのが1番だ。俺だって、マトモな時ならそうする」


「でもロイ兄は4日で帰って来れる。1番速い」


「何十階層もあるデカいダンジョンだとか、モンスターとの相性が悪けりゃ即お陀仏だけどな」


 運ばれてきた食事に手をつけながら、店のメニューの横に貼られた新聞を見る。最速踏破、か。無茶なやり方だと自覚はしている。どうか俺のせいで冒険者の死亡数が上がるのだけは勘弁してくれ。みんなベストセラーになった『堅実で確実で安全なダンジョン踏破法』を読んだ方がいい。


「……あの、もしかして」


 背後から、そっと女の声がかけられた。ここに来るまでにも散々、俺の顔と新聞を見比べられ騒がれてきた。またどうせルイ様だろ、悪いが俺はロイだ、と気にもとめず肉を口に入れた。


「ロイ?」


「へあ?」


 思わぬ本名に、間抜けな声が出た。フォークを口に入れたまま、ぎりぎりと首を回す。

 そこには。


「やっぱり! ロイ! ロイだ! よかった……! ロイ、ロイが無事でよかった!」


「……スイ、なんでここに」


「ロイが窓から落ちたと思ったら、ミアもいなくなるんだもん! 心配したんだから!」


 涙目で俺の肩に手を置く、赤毛をひとつに結った背の高い女。我がパーティの魔法使い、スイだ。

 落ち着いてやれば誰より優秀な魔法使いなのに、いつも慌てているため詠唱し終わる前に魔法が発動、というか暴発するおっちょこちょい魔法使いだ。パーティの中では大分常識人よりなのだが、ドジが過ぎて日常生活に支障が出ている。隣にいるとこっちまで怪我が絶えないという危険人物だ。


「ロイ兄とダンジョン行ってた」


「えっ! なんで!? パーティで攻略しようって言ってたじゃない!」


「ロイ兄が2人で行きたいって言った」


「言ってねえ」


 ぎゅむ、とミアの頬を片手で挟む。余計なことと嘘を言うな、スイが慌てるだろう。あと勝手にダンジョンをソロ踏破した俺の罪悪感が限界突破しそうだ。


「えっ、えっ、だって! だってみんなで踏破しようって……ダンジョン、一緒にって、えっ、だって」


「落ち着けスイ! きちんと説明する! 説明するからとりあえず席につけ! そのグラスを離せ!」


「わ、私また何か勘違いしちゃったんだ! ごめん、ロイ、みんな! 私、勝手に探し回って……! か、帰るね!」


 顔を真っ赤にしたスイが走り出そうとして、濡れた床に足を取られ思いっきり転んだ。咄嗟にスイを抱きとめたはいいものの、スイの右手のグラスが俺の脳天を強打し砕け散った。恐ろしいほど硬い音と共に一瞬視界がブレる。ダンジョンに潜った時より深手を負った気がする。


「きゃ、きゃあーー!! ごめん、ごめんロイ! ロイ、どうしようロイが血だらけっ!」


「慌てるなああああ!!」


 スイがハンカチを取り出し俺に押し当ててくるが、ガラスの破片がくい込んでより血だらけになった。それにも慌てているスイはもうどうしようもない。

 俺は1年間、スイに慌てるな、落ち着け、もう何もするな、と言い続けてきたが、なんの意味もなかったようだ。

 まあ、まだ他所様に実害を出していないならマシか。俺がグラスで殴られるぐらいなら耐えよう。なにせ、スイに悪気はないのだ。善意100パーセント、ピュアな優しさに怒れるほど俺は人の心を失ってはいない。


「お兄ちゃん、大丈夫。私、ヒーラー」


「いだだだだだだ!!」


 いきなり消毒液をぶっかけられ、スイから手を離しのたうち回る。酒屋内は既にプチパニックだ。


「ろ、ロイ! ロイ! しっかりして! いや! 死んじゃ嫌!」


「死なねぇよ! 慌てんじゃねえ!」


「お兄ちゃん、見て」


「状況考えろ!? 1年間ずっと練習してきただろ!? パーティでの行動を思い出せ!」


「ん。お兄ちゃんが話してる時は喋らない。話聞く」


「う、あ、うんっ! ロイが言うまで攻撃しない! 勝手に動かないよ!」


 おそらく、これは冒険者パーティのルールでは無い。幼等学校レベルの常識だ。だが、俺はこの常識をパーティメンバーに教えるのに1年かかったのだ。

 そう、1年も。


「ぐう……!」


「きゃ、きゃああっ!! ロイ、ロイ!! 苦しいの!? ロイ!! しっかり、しっかりしてっ!! 死なないでええっ!!」


「ロイ兄、見て。この街、未踏破ダンジョンがある。去年発見された」


「……」


 あぁ、元カノ(マリア)はいい子だったなぁ。常識があったし、一緒にいて安らいだ。そして何より、常識があった。


 この時、俺の精神状態は異常だった。

 ミア1人でさえ手に余るのに、スイという危険人物と再会してしまったことで過去の傷口まで開いてしまった。さらに、勝手にダンジョン踏破によるパーティメンバーへの報酬の補填という目的が、スイを見たことでより心に重くのしかかり、極度のストレス状態にあった。


「……ん? ミア、今なんて言ったんだ?」


「ここに未踏破ダンジョン、ある。まだ1階層しか踏破されてない」


 なので、マトモな思考などなかった。とりあえず、目の前の現実から逃げたいという思いしかなかった。


「よし、じゃ、ダンジョン攻略行くか」


「ん!」


「わ、わ、私も! 私も! ロイとダンジョン、行きたい!」


 ふらりと勝手に体が動き、支払いを済ませ店を出た。俺の後ろでは、ミアとスイが何やら話を進めている。


「スイ、ロイ兄とダンジョン行くならお金払って」


「ひえっ! た、足りるかな、今全然持ってな、どうしようロイ! 私お金足りないかも! どうしよう!」


「この間の報酬分でいいよって、お兄ちゃん言ってた」


「う、うわぁ、よかったぁ……。ロイ、ありがとう!」


 現実逃避金稼ぎが、幕を上げた。

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