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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

[モアイ]に進化できずに村から追放された転生石ころ、実は硬度カンスト・無限種族適性を持つ[朧石]でした~クソ族長め、今更媚びを売ってきてももう遅い。俺はこの森の王になり、お前らモアイ族を虐げる~

作者: ポク塚

 「んー……」


 ぴいぴいと、綺麗な小鳥のさえずりが聞こえる。

 冷たくて気持ちのいい風が頬をくすぐり、つむっていた目に光が入る。


 「朝か……」


 まあ俺今石ころだから、目も頬もないけど。それどころか腕も足も無いし、言いたくはないが男ですらないけど。


 言葉にすると相当参るが、絶望するのはもう飽きた。――あまりにも、しすぎてな。


 さてと、川で顔でも洗うか。今日も今日とて、辛い一日が始まる。


 「んしょ、んしょ」


 石だからといって移動ができないと思ったら大間違い。ご覧の通り意外と動ける。イメージとしては、子供のころ遊んでいたホッピングに近い感覚と言ったら分かりやすいだろうか。


 体中、特に前世で言う所の太ももに力を入れて、前に、右に、左に進む。これ周りから見たら、石ころが高速で方向転換をしながら這っているようにしか見えないだろうけど、見栄えなど気にしてられるかボケ。これが俺の、石としての唯一の移動手段だ。


 五分ほどいつもの道を歩いて、もとい這って、見慣れた川にたどり着く。


 といっても、村の奴らが水源として使っている川とは少し離れた、沢のようなところだが。


 しかしここ、かなり良い。周りの木々がうまい具合に朝日のカーテンの役割を果たし、秘密基地的なワクワク感がある。いつもこの綺麗な木漏れ日に癒されるのだ。


 しかも村にかなり近いところにあるので、安全性もばっちり。


 ここは、俺の秘密の癒しスポット。

 誰にも邪魔はされない、俺しか知らない場所だ。


 目を覚ますために顔を洗う。


 俺の大きさが多分手のひらサイズくらいなので、このくらいのちょろちょろ流れる沢は丁度いい。まあ、顔と胴体の境目がイマイチ分からないので、いつも洗顔というよりプールになってしまうんだけどな。


 「そんなの関係ねえ。とう」


 バシャーン! という爽快な飛び込みなんて期待するだけ無駄。せいぜいポチャン、いいときでチャポンって感じ。


 どうでもいいが、今日はポチャンという感じだった。


 身体中が渓流にさらされる。石の俺は呼吸を必要としないので、水の中にいても全く苦しくない。むしろ最高だ。全身で自然を感じ、嫌なことなんて全部忘れられる。


 飛び込んだことによる土埃がゆっくりと収まってきた。自分がだんだんと川の一部になっていく快感を味わっていると、リラックスしながらもしだいに目が覚めてくる。


 水は、好きだ。

 ひんやりして気持ちがいい。


 「んはぁ~」


 ――その時、大きな衝撃が俺を襲った。不意に下からこみあげてくる、抗いようもない強力な自然現象。


 沢の水がザバアと音を立てて空気中に大量のしぶきを上げ、それに巻き込まれた俺は打ち上げられ、傍の木に叩きつけられてしまった。


 どうもかなりの勢いで吹っ飛ばされてしまったらしく、俺がぶつかった木にヒビが入り、そして倒れた。俺自身は石なので痛みはない。


 目が回っている。

 が、この体の視界は三百六十度。何が起こったかくらいはすぐ理解できた。


 見上げると、目測で俺の大きさの五十~百倍はあろうとも見える巨大な石が二つ、俺がもといた場所にそびえたっている。


 しかしそれは、ただの巨石じゃない。

 

 異様なまでにつるつるとした表面。

 そこに深くくぼんだ眼窩や高い鼻、そして突きだした唇と長い耳。


 前世では知らない者の方が少なかったであろう、雄大ながらも素朴な二頭身。モアイである。


 「うっひょー! 気持ちいっすね、裕也くん! こんなところに、こんないいとこがあったなんて知らなかったっスよ!!」


 「あー、確かに気持ちいい……けど、ちょっと水深が浅すぎやしないか? それに川幅も狭い。木に囲まれたこの場所自体は神だけどこの川、俺たちモアイにはちょっとしょぼいな」


 「まあ確かに、よく見たらしょぼいかもっス。……スケールの小ささ的には、『あいつ』専用って感じっスね!?」


 ぎゃーぎゃー騒ぐ二石によって沢は踏み荒らされ、地面に大きなくぼみができた。えぐれた分盛り上がった土のせいで水の流れは止まり、そのくぼみに大きな水たまりができる。


 そこに溜まる水は、濁り切ってしまっていた。


 最悪だ。俺だけの場所だったのに、今のこの数秒でそれが崩された。


 「んー? あれ? あれれれれー? もしかして……やっぱり! 裕也君裕也君、見てくださいよぉ。岩鉄のやつ、こんなとこにまでいましたぜ」


 元俺のクラスメイト、現モアイの銀太は、俺を見つけて嫌悪感たっぷりに同じく裕也に報告した。

 

 「は? なんだよお前。目ざわりだから俺らの前にその面見せんな、って何度も言ったよなあ」


 同じく転生モアイの裕也は、威圧感を出して凄んでくる。


 昔なら睨み返して文句の一つでも言い返してやるとこだが、今の俺はそもそもこいつと格が違う。『ただの石ころ』が進化を済ませたモアイに盾突くなんて、無謀もいいとこだ。


 「ご、ごめん……」


 だから大人しく、こう謝っておくしかないのだ。非情に不本意であり屈辱的だが、この場を乗り切るセオリーを選ぶほかに、俺には選択肢がない。

 

 そして返答はない。


 いつも通りなら、ここでおしまい。しばらくして「きもいんだよ」なんてありきたりな捨て台詞を残し、どっかに去っていくのが日常だ。


 しかし今日は、どうも裕也の機嫌が悪いらしい。


 「そうやってすぐ謝って、生意気なんだよ! 岩石魔法【石礫(いしつぶて)】!!」


 裕也は躊躇せずに、大きな声で岩石魔法を唱えた。


 十数個の小石が俺に向かって飛んでくる。ただし、身長と同じくらいの大きさの、である。 

 猛スピードで巨大な岩がぶつかってくるんだ、裕也にとってはちょっとしたことでも、俺にとってはかなりの恐怖になる。


 「くぅっ……」


 思わずのけぞる。


 とは言っても実際に俺に当たったのは二つほど。


 そんなもので石の俺は痛みを感じないので、すましておけばいいのだが、やはり前世人間だったころの感覚がまだ抜けず、思わずうずくまって自分を守ろうとしてしまう。

 

 ここまでされても、やり返すことは悪手。ダメージなんて与える方法も無いし、面白がっていじめがエスカレートする可能性が高い。


 「……ケッ。つまんねえやつ」


 だから俺はこうやって、逃げる。これでいいんだ。


 しかし、何故だろう。


 裕也と、それについていく銀太の二石の背中は、いつにもまして強そうに見えて。二石が見逃してくれたことに心から安堵してる自分が、いつにもましてみじめだ。


 ◇◇◇


 「さぁさぁ、並んで並んで! 今日はいいのが獲れたよ! 女も子供も、早いもの勝ちだ!!」


 今日のいじめは朝早くからで気分が悪いが、ずっと拗ねてるわけにもいかない。


 朝食を取らないことには何も始まらない。なんせ、一日で俺がまともに飯を食えるのが朝しかないからな。


 ここは村の朝市。


 しかし実際の、金を出して物資を交換するような朝市というわけではなく、この村に住むモアイ族ならばどんな食材でも無料でもらえる。言うなれば獲物のシェアのようなもので、この村はこういった助け合いの精神で成り立っているのだ。


 助け合いというのは、皆他人を思いやる気持ちを持っていないと絶対に成立しない。モアイ族の人々は基本的に仲間意識が強く、健気に頑張る同族を見捨ててはいけないという暗黙のルールを忠実に守っている。


 「最近、家の畑で虫湧いちゃって……。四分の一くらいの野菜が食われちゃったのよねえ」


 「じゃあ、ウチのポウレン草いかが? こっちはたくさん採れたのよ」


 「本当ー? ありがとうねえー」


 しかしその輪の中にも、上手く入れない者もいる。


 「あっ、すぃません、この棘兎とげうさぎもらっても……」


 「は? 『石ころ』の役立たずのくせに何を厚かましい。別の奴にしろよ」


 そう、俺だ。


 基本的に村の男の[モアイ]は毎日夜が明ける前に一斉に狩りに行く。

 しかし俺は実力的にもちろんそこに行けず、また体の小ささも災いして女衆のように家事などもできない。


 つまり、村での仕事がこれっぽっちもないのだ。


 役立たずなんて言われても仕方ないかもしれない。

 でも本音は、そんなの仕方ないだろと声を大にして言いたい。

 どう頑張っても進化なんてできなかったんだから。


 「あー……岩鉄? 族長が、お前に話があるってよ」


 皆に疎まれながら食材を少しずつ分けてもらっていると、後ろから知らないモアイに話しかけられた。

 そんなに嫌そうに話しかけられると、こっちまで嫌な気分になるんだよなあ。


 しかし、族長が俺を呼ぶなんて、珍しいな。

 一年に一回、【鑑定】してもらうときぐらいしか会うことはないんだけど。


 「どんな話ですか?」


 「そんなの俺が知るかよ、石ころが」


 はあ……。

 もういいって。


 役立たずだってだけでこんな扱いを受けなければならないのは、慣れたとはいえこう何度もされると――俺だって何も思わないわけじゃない。


 丁度いい、どうせ族長と会うんならそのことについてちょっと相談してみるか。


 ずっとこのままで一生を終えるのは、さすがに避けたいからな。


 ◇◇◇


 「入れ」


 族長の家の、石の扉を体当たりでノックしてからおよそ十秒後。

 厳かな声で入る許可が下りた。


 しかしそんなことを言われても、俺は何もできない。

 

 「入れ」って、モアイサイズの、しかも重い石の扉を?

 この姿でどうやって開けろと。


 「そうだったな。ほら」


 幸いそのことにはすぐに気づいてくれて、扉は自動的にゆっくりと開いた。


 モアイに手足はない。

 しかしすべての個体は岩石魔法の適性がピカイチらしく、石ならば大体のものは操れるのだ。


 勿論その操る力には個人差があるが、鍛えればいくらでも可能性が広がる。少なくとも、ただの石ころとは大違いだ。


 だから俺も、[モアイ]に進化したいんだけどなあ。


 「よく来たな。早速だが、本題に入る」


 族長は部屋の奥に敷かれた絨毯の上でドンと構え、俺を待っていた。

 従者は一人もいない。

 堂々と中央に座る石像の姿は、まるで祭壇で祀られているかのようだ。

 

 「お前はこの村から追放だ。今日中に、荷物をまとめて出ていけ」


 そして族長はただ一言、そう――は? 今なんて言った?


 「聞こえなかったか。お前は追放だ。もう行っていいぞ」


 ようやく、言葉の意味を理解できた。

 俺はこの村の役立たず。

 こんなことになるって、まるで思ってなかったという訳でもなかった。


 でも、急すぎる。


 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。俺が何かしましたか? 確かに俺は今、仕事をしてないかもしれませんが……別に誰にも迷惑をかけてないし」


 「違うぞ、岩鉄。誰にも迷惑をかけてないというのは間違っている。そもそもお前が『いること』が皆を嫌な気持ちにさせるのだ。タダ飯ぐらいの、目障りな石ころがな」


 そんな。

 そんなの、おかしいだろ。

 他の奴らだって、生まれてから一年くらいは同じ石ころだったんだ。

 俺は、俺はもしかしたら他より成長が遅いってだけかもしれないじゃないか。


 「もっと、長い目で見てくださいよ。俺にもまだ、可能性が」


 「ない。それに、生まれてから五年たってもいまだに石ころのままな奴なんて、たとえ進化できたとしてもどうせパッとしない強さに決まっているだろう」


 「そんな決めつけで、簡単に追放なんてするんですか」


 「ああ。試しにもう一度、【鑑定】してみるか?」


 族長は、村で唯一の【鑑定】スキル所持者だ。


 【鑑定】では「種族」「レベル」「使用可能スキル」の三つが分かり、中でも重要なのがこの「レベル」である。

 大体の目安、レベル140もあれば[モアイ]に進化するには十分で、その条件を満たしたいしは何かのきっかけで突然進化する。


 一緒に転生してきた石たちや俺より後に生まれた奴らが、どんどん条件を満たし進化していくのを、俺はずっと眺め続けていた。


 初めて【鑑定】してもらうまでは、自分もいつかああなれると信じきっていたのだ。


 「毎年毎年、変わらない結果だが……『もしかしたら』少しは強くなっているかもしれんからな」


 族長はそこで突然黙り込む。

 スキルに意識を集中させているようだ。


 「はぁああああっ!!」


 ぐっ……!


 気持ちが悪い。

 【鑑定】では毎度のことだが、まるで体の内側をのぞかれているようで、すごく不愉快だ。


 「……ふう。やはり、お前に見込みなんて一つもないようだな」


 その結果は、された本人にも知らされる。

 情報が、頭にするすると流れ込んでくる。


―――――――――――――


 [種族]石


 [レベル]14


 [スキル]【移動】【受け身】【食事】【睡眠】【水遊び】【放水】


―――――――――――――


 種族はずっと同じ。

 レベルは140なんてほど遠い。

 そして、使用可能スキルに至っては使える魔法の一つもない。


 「しかし前回みたときから、二つほどスキルが増えているな。石のくせに水系のスキルを習得するとは、なかなか器用ではある。しかし、残念なことに石と水魔法の相性の悪さは周知の通り最悪。どこまでいっても、不器用な奴だ」


 やはり俺には、才能というものがないのか?


 でもだからこそ追放なんかになって、これからどう生きていけばいいんだ。

 この村には、強い魔物の襲撃が全くもってない。

 それはきっと、ここにいるモアイたちの実力によるものだ。

 きっとどんな魔物も、この村に近づくのが怖いのだ。


 そのおかげで俺でも生き延びれてきたし、その上食料だって分けてもらってきた。

 この村に、生かされてきた。


 やばい。

 俺、ここを出た後に自分が生きてるっていう未来が全然見えない。


 「もしかしたら、もしかしたら! その水魔法が俺にすごく合ってて、実は意外と使えるかもしれないじゃないですか! 俺自身こんなスキルを習得してたなんて知りませんでした。まだやり方は分かりませんが、それはこれから練習していって……!」


 「くどいぞ、黙れ。往生際の悪さだけは認めるが、お前の話には一切の信憑性や可能性がない。早く荷物をまとめ、ここを出ていかんか。俺も忙しい。お前の相手をするのに、いちいちそんなに時間をかけていられないのだ」


 早口でまくしたてられたそれらの言葉に、俺は何一つ反論することができなかった。


 俺は気が付いたら族長の家をあとにしていた。


 まとめる荷物なんてないので、そのまま村の門に向かう。


 最後にここの景色を、目に焼き付けておくなんてこともせず、ただまっすぐ、そとに向かって這って行く。


 途中、何石ものモアイとすれ違った。

 しかし、その中で俺に話かけてくる石は一人もおらず。むしろ避けて歩いているようだった。


 こんな生活とは、今日でおさらばだ。

 生きていけるかなんてわからないけど、不安で仕方ないけど。

 最低な日常を捨てられるっていうなら……もしかしたら、追放されるというのは意外と悪くないかもな。


 こうして俺は、この村を出た。


 ◇◇◇


 俺がこの世界にやってきたのはおよそ五年前。

 その日は高校の課外学習で、近くの石野山いしのやまにクラスで来ていた。


 指導員の先生の退屈な話を二時間ほど聞きながら歩いてきて、ようやく待ちに待った弁当の時間。俺はたくさんの友達と、昼飯を食うにに良い場所を探して歩いていた。


 「お! あの崖の、日陰になってるとことかいいんじゃないか!?」


 思えばこの時、リスク管理が甘すぎた。

 崖の下は危ない、なんて小学生でも知ってる。

 でも俺はそんなこと考えずに、ただただそこに走って向かっていた。


 「え。裕也に銀太。お前らもいたんだ」


 しかしそこには先客が二人。裕也と銀太だ。


 恥ずかしながら当時俺は自分のことを陽キャだと信じ切っており、だからこそクラスで比較的静かだったその二人には、きつく接していた。


 クラスという狭い社会の中でちょっと目立っていたからって、自分の方が偉いと勘違いしていたのだ。


 「そこ、俺たちが今から使う場所だから。お前らが使ってると、ちょっと雰囲気暗くなるなー、なんて」


 「……分かったよ。銀太、行こう」


 その時だった。


 俺たちの真上から、巨石が転がってきた。


 遠くでクラスメイト達が叫んでるのを聞いてそれに気づいたとき、回避するにはもう、三人とも手遅れだった。


 俺たちはおそらく死に、全員変わらず同じ場所に転生した。


 目を覚ましたら川の隣にいたので、三途の川かと一瞬本気で思い込んだ。


 その時村は戦いの真っ最中で、たくさんのモアイたちが大きな魔物の群れと戦っていた。

 そんな中モアイが繰り出していた岩石魔法を見て、前世から異世界転生が好きだった俺は、自分の状況をすぐに理解した。


 そして、絶望した。

 なんせ水面に映る自分の姿が石だったんだからな。


 ――それから俺たちは、その場で動けないままその現実離れした光景を眺めていた。


 裕也と銀太も、自分たちが石ころに転生したということを徐々に理解してきて、そして泣き出してしまった。


 しかしそんな中俺は、逆にワクワクしてきていた。


 『俺は知っている。こういうパターンの人外転生は、大抵チート能力持ちだということを。あそこで戦っている動くモアイのように、将来的には「こんなモアイが世界最強!?~転生したらチート能力[完璧岩石パーフェクト・ストーン]を手に入れた俺は、前世の陰キャを引き連れ無双する~」みたいな感じになるはずだ。くっくっく、チュートリアルはまだか? 早いとこ俺tueeeしたいんだけど』

 

 結論から言うと、あの時の自分に思いっきり言ってやりたい。

 そんなにうまくいくわけねえだろ、って。


 その後なぜか魔物は突然引いていき、俺たち三人は一人のモアイに声をかけられた。

 その流れで村に入れてもらえることになって、最初の一年くらいはそれなりに楽しく暮らしてた。


 そんな中、裕也と銀太が進化した。

 二人は[モアイ]としての実力を認められ、村の戦士たちと一緒に狩りに行くようになった。


 他のモアイたちの話を聞くと、大体のやつは生まれてから一年ほどで進化しているらしく、俺は焦りを隠せなかった。


 だんだん、二人はいつまで経っても進化する見込みがない俺のことをバカにするようになってきた。


 そしてそのまま五年経ち……今に至るということだ。


 なぜこんなことになったのか分からない。

 俺は何も間違ったことをしていないはずだ。


 「――いや、過去のことを考えるのはやめるか」


 大切なのは今。

 これからどうしていくかである。


 死ぬのは嫌だ。

 既に一度経験しているとはいえ、あの時はほぼ一瞬のことだったから実感が湧かないのだ。


 ◇◇◇


 這い続けて、どれだけ経っただろうか。


 ずっと運動しているうちに、食料のことばかり考えてしまっていた。生物としての本能が、俺を生かそうとしている。石ころが生物なのかどうかはどうでもいいとして。


 「ん?」


 どこからか、声が聞こえた気がした。


 立ち止って、無い耳を必死にすます。


 「……【身体強化(ブースト)】!! ほらほら、逃がしはせんぞデカブツ!!」


 「…………待ってください……さま、こちらの武器を……」


 「や、やっぱり……」


 今度は確かに聞こえた。いや現在進行形で聞こえている。


 威勢のいい声に、それに続く無数の足音。

 そして、木々がなぎ倒されていく迫力のある音。


 それらが、だんだん大きくなっていく。多分こっちに向かってきている。


 「どうしよ、やべえって。今の俺に何ができるっていうんだよ」


 おそらく音・声の主は複数。というよりかは集団で狩りをしているどこかの部族だと思う。


 モアイ族の村はこれまで他の部族と争いをしてきていない。村では皆口をそろえて、それはモアイ族が強すぎて、他の部族の奴らが手出しできないからだと言っていた。


 つまり不運なことに、俺は転生してから五年間モアイ族以外の知的生命体と会ってこなかったのだ。


 なので強さというか、今ここに近づいてきている集団のレベルは計ることができない。


 死んだふり安定である。


 幸いこの体のステルス性能は神。

 じっとしているだけで、大体の生物はスルーしていく。


 音がさらに大きくなってきた。

 じきに、来る。


 「はぁ、はぁ」


 怖い。もし気づかれたらどうしよう。


 緊張に支配され、まるで体が石のようだ。

 まぁ私……実際石なんですけどね!? ヨホホホホー!


 「何してんだろ、俺」


 「……キュロロロロローー!!!!」


 「うわあ!!?」


 馬鹿なことを考えていたら、意識の外から大声量が聞こえた。思わず声を漏らしてしまった。

 そして、俺はすぐにその声の主を知ることになる。


 悲鳴とともに目の前の林から飛び出てきたのは、アルマジロのように体中に鱗を覆った大型の獣。鱗ナシで見れば熊のようなような形状をしている。


 大きさで言うとモアイたちよりもはるかにでかい。


 俺自身、そのスケールだけで卒倒してしまいそうである。

 感覚的には、東京タワーと対峙しているようだ。モアイの場合は高層ビルと言ったところか。


 しかし獣は、そんなガタイの割にすっかり怯え切っている。獣は息を切らしながら立ち止り、後ろを振り返った。

 

 その時……獣の動きが止まった。

 さきほど立ち止ったのとは違い、震えや呼吸の揺れまで完全に静止したのだ。


 一瞬のことだった。


 鮮血が舞い、土埃を上げて獣は倒れこむ。


 今まで見たこともないような大きさの、たとえモアイたちでも勝てる未来すら見えない獣は、いつの間にか現れた、顔が獅子のような人間に額を貫かれていた。


 簡単に言うと、獣人である。


 「ふう。このネズミが、チョロチョロ逃げ回りおって。時間がかかってしまったではないか」


 獣人はそう独り言を漏らして、血のついた手を近くの木にぬぐった。

 リラックスしているように見えて、その実全く隙が無いことくらいは俺にでも分かった。


 びりびりと感じる緊張感。


 今まで感じたこともないが、それは紛れもなく殺気だった。


 俺は、恐怖するとともにその獣人を奇妙に思った。


 その恰好。

 民族風の腰当ての上に、至る所に豪華な装飾が施された真っ赤なマントを羽織っていたのだ。


 その上獣人は首輪に着いた多数のの宝石をジャラジャラ鳴らしており、およそ狩りをする服装ではない。


 その上この威圧感……一体何者なんだ。


 少しすると、似たような恰好をした獣人たちが林の奥からぞろぞろと出てきた。

 ただし、そのマントに装飾らしい装飾はほぼなく、こちらは割とスタンダードな感じだ。


 きっと、こいつらがこの宝石マントの従者なのだろう。


 その予想通り、列の先頭の者以外は皆一様に、その獣人にひざまずき始めた。


 しかし先頭の者だけが宝石マントに近寄って、何か言っている。こちらは他の者より老けている印象で、これまた狩りの場には少し不適合な感じだ。


 「はぁ、はぁ。れ、レオガイアさま。そのように速く動いて狩られては、我々従者もついていけませぬ……。それに、また素手でお殺りになりましたね!? こいつの鱗は、硬度《4500》を超えています。単純計算であのモアイ族の平均、硬度《2000》の二倍以上なんですよ!!」


 「うるさいのお。我の拳は、そんなもので傷つきはせん。それに、モアイ族の二倍などと言ってもたかが知れているだろう」


 「た、確かにそうかもしれませんが……」


 聞き捨てならない内容ばかりで、頭が混乱してきた。


 モアイ族のことを、たかが知れているだって? どう考えても、冗談を言ってるとしか思えない。


 モアイ族の村には、モアイ族への恐怖ゆえ近寄る魔獣はほぼいないという。


 そんなモアイ族を嘗めに嘗めた発言、それが本気なら、こいつはどれだけの実力を持っているっていうんだ。


 「さて、レンブラント。いつものように頼む」


 「はあ。これすると魔力結構消耗するから、できるだけしたくないのですがねえ。【収納】」


 「……え、え、ええっ!?」


 「んん!? 誰だ、そこに誰かいるのかぁ!!?」


 まずい。思わず、声を出してしまった。


 ……のも仕方がないと思う。


 レンブラントと呼ばれた老人(老獣人?)が何やら手をかざした途端、東京タワーのようなアルマジロの亡骸が、一瞬にして消え去ったのだ。


 「敵襲、敵襲ー!」


 「敵の数は未知数で、正確な戦闘力は測れなません!」


 「とにかく、王を守れ!」


 しかし、これはまずいことになった。


 ひざまずいていた従者たちも、今や臨戦態勢だ。

 辺りを警戒し、宝石マントを守る布陣を作っている。


 宝石マント、「王」なんて言われてたけど、もしかしてどこかの国王だったりするのか?


 つーか俺、すっかり王を狙う刺客じゃねえか。

 ふざけんなよ。


 ただ歩いてただけなのに、いつのまにか暗殺者になってました……って、異世界転生の成り上がりっていうのは、こういうのじゃないだろう。


 「よい、よい。予想外の敵も、狩りの上ではまた一興。どんな相手で会っても、われの命を狙う勇気を尊重しようではないか」


 「し、しかし……」


 「くどいぞ。我を守るのはやめろ。一人でケリをつけてやる」


 いやいや、勝手に話進んでるけど。

 そもそも俺に敵意はないんだって。ただ通りかかっただけの、人畜無害の石ころなんだって。


 「どうれ、普段は狩りの楽しさのために使わないのだが……今回は相手が知性を持つものだということで、久々に使用させてもらう。[魔力感知]」


 宝石マントは中腰になり、力を集中させて。


 「どれどれ、なるほど。どうやら相手は…………ぐぅっ!? な、なんだこの魔力は……? 体が動かない……っ!!」


 そして、へなへなと倒れこんだ。


 「レオガイア様!? どうされましたか!!」


 「ふ、ふふ……我としたことが、あまりの魔力に気を失いかけてしまったわい」


 「な、なんと……! そんな奴らが潜んでいるというのですか!!」


 「奴らじゃない。奴、だ。相手は一人。しかし相当の実力を持っている。しかしその魔力の大きさ故、はっきりとした場所が分からない」


 え? ええー?


 オイ何言ってんだあんた。


 その一人って、もしかしなくても俺のことだよね?

 大きすぎる魔力、ってさ。


 いやいやいや、100・億・%、何かの間違いだって。


 あんた王様なんだろ。

 そんな人が卒倒しそうになるほどのすごいやつじゃないですよ? 俺。

 それどころかゴミクズのような存在なんだよなあ。


 「隠れていないで出てこい! 貴様のような魔力の持ち主、変にコソコソするより真っ向勝負をした方が手っ取り早いだろう!!」


 えぇー。

 うーん、ひどいなこの勘違いは。

 きっと何かが間違っているんだろう。それは間違いない。


 けどここでのこのこ出て行っちゃったら俺、秒で殺される雰囲気じゃん。

 そんで、ここでひっそりしててもいずれ見つかって殺される。


 クソ詰み状況が、どうしろってんだよバカ。


 「出てこないというなら、ここら一帯を焼き払うぞ!」


 そう言うと宝石マントは、手を天にかざして何やらぶつぶつ唱え始めた。

 本気のようだ。


 「レオガイア様!? おやめください! そのようなことをされれば、兵士一同全滅です!!」


 どうやらこの獣人、相当な馬鹿らしい。

 

 実際今この時間、宝石マントは隙だらけだ。

 もし俺が本当にめちゃ強い刺客だったら、お前はもう死んでるぞ。


 でも、残念ながら現実は厳しく、そうはいかない。


 一帯を殲滅するという魔法を放たれたら、俺も兵士たちも確実に死ぬ。

 しかし今ここで名乗り出たら……俺はどうなるか分からないが、兵士たちは確実に助かる。


 「そんなの、選択肢いっこしかないじゃん……」


 「誰だああ!!?」


 レンブラントが、速攻で俺に気づいた。

 それで宝石マントも、手をかざすのをやめてこちらを向いた。


 好都合だ。


 「どうも、モアイ族の落ちこぼれのアモイ岩鉄といいます! 先ほど膨大な魔力があるとおっしゃられていたのがもし私のことなら、僭越せんえつながらそれは何かの間違いです!! 敵意はこれっぽっちもございません。ぜひ助けてくださいませ!!」


 めっためたに、謝る。


 分からないかもしれないが、心の中では精いっぱい土下座している。


 何かツッコむ暇もなく謝ることで、無理やり納得させるこの技術。


 前世では、英語の課題を忘れた時に「家に忘れてきました!!」と使用していた熟練の技だ。どうでもいいが、「家に忘れてきた」というときで本当にやってることはほぼない。


 「なんだこいつは。石ころか? モアイ族の落ちこぼれと言っていたが、なぜこんなところにいる。邪魔だ、とっととね」


 「いやいや、もしかしたらこいつがその魔力の持ち主かもしれませんよ。得体も知れないし、一度[鑑定]してみますね」


 「早く済ませろ。我は強敵との探り合いで忙しいのだ」


 いつの間にか、レンブラントが俺のことを鑑定する流れになっている。


 宝石マントの奴、その魔力の持ち主が俺だとは信じきれないようだな。当然だ、俺だって信じられない。というかそれはきっと、宝石マント自身の[魔力感知]とかいう能力におけるミスなのだ。


 そしてこいつは、自分の失敗を認められない系獣人なのだ。


 「ぐうっ」


 鑑定されていることが分かる。実に気持ち悪い。


 しかし、鑑定結果を見ればすぐに、俺がただの凡人、いやそれ以下だということが分かるだろう。

 そうすれば、居もしない強者に集中しているこいつらは、俺への興味なんてゼロになること間違いない。


 紆余曲折あったが、ようやくここから逃げ出せる……。


 そう感激していた、その時だった。


―――――――――――――


 アモイ岩鉄 (17+)5歳 ♂


 [種族]朧石(おぼろいし)


 [レベル]14


 攻撃力 25/154

 俊敏値 16/16

 持久力 45/333

 HP 150/170

 硬度(耐久)  99999/99999


 [潜在魔力] 530000


 [使用可能スキル]【移動】【受け身】【食事】【睡眠】【水遊び】【放水】


 [覚醒可能スキル]【水遊び】【放水】


 朧石:月より零れし、究極にして幻の水の石。水魔法の源たる月の雫に、輪廻する異界の生命が宿ったもの。見た目は[モアイ]の幼体である[石]や非生命体の砂岩と似通っており、[魔力探知]や高レベルの[鑑定]を用いずに見分けることはほぼ不可能。潜在魔力は数値にして魔王の数倍以上。不安定な魂の入れ物ゆえ、どんな石にも成り得る可能性を持っている。


―――――――――――――


 「「「…………は?」」」


 思わず言葉を失った。


 意味が分からない。一体これは何だ。システムのバグか?


 理解しがたい鑑定結果が、頭に流れ込んできた。

 レベルやスキルは先ほど族長に鑑定された時と同じようになっているが、それ以外がまるっきり異常だ。


 項目が圧倒的に多い。族長のとは比べ物にならないくらい詳しい内容がある。


 ツッコミどころだらけだが……まず、俺の種族名。今まで[石]となっていたはずだが、何故か変わっている。


 というかこれ、本当に俺か?

 [朧石]ってかっこよすぎるだろ。名前と見た目、実力が全然合ってないんだけど。


 「ふ、ふ、ふざけるな。魔王である我の、数倍以上の魔力だと!!? どういうことだ、説明しろレンブラント!」


 「何ということでしょう、何ということでしょう!! レオガイア様、気づきませんか?」


 「何がだ!!」


 「モアイ族の集落を、魔力探知で調べてみてください」


 「理由を言え」

 

 「いいから、やってみてください!!」


 レンブラントや宝石マントの声は、興奮しているようで徐々に大きくなってきている。

 モアイ族の集落を魔力探知、って。どんな意味があるのか見当もつかない。


 「いつも通り、あの守り神の膨大な魔力で遮られるだけでは……」


 渋々承諾した宝石マントは、どうも納得がいかないような表情で目をつむった。


 「……ん……まさか。……ば、バカな!! 守り神がいない!! 消えた!!」


 そして、すぐに頭を抱えて叫び始めた。

 「守り神」とやらが消えたと叫んでいるが、それは一体なんだ? 今まで五年間もいたところなのに、知らないことだらけだ。


 「はい。今まで魔物を村から遠ざけてきた例の守り神は、もうモアイ族の村にはいません。しかし、います」


 レンブラントは俺のことを一瞥し、小声でぼそっと、何かを呟いた。その途端に何もなかったはすの俺の眼前の空間に十本ほどの氷柱が出現する。それらは例外なく先が鋭く尖っており、人間なら簡単に刺さるだろう。


 そんな凶器が、こっちに向かって突っ込んできた。


 「レンブラント、何をしておる!!?」


 あ、無理だこれ。


 脳内に、無残に砕け散るビジョンが映る。

 すなわち死。


 こんなとこで死ぬのか、俺。

 突然のことで、全く動けない。

 当然避けられない。

 そりゃ痛みはないだろうけど、二回目とはいえ死ぬのはやだよ。


 額に、先っちょが当たる。


 「ああああああ!!」


 氷柱たちは勢いに乗ったまま、俺に激突する。パリン、パリン、という小気味のいい音をたてながら俺を攻撃していく。


 俺はたまらず吹っ飛ぶ。


 転がって、転がって、ぶつかって、打ち付けて。

 連撃が終わったころ、おれは目が回りすぎて吐きそうになっていた。


 「なっ……生きてるだとお!? しかも大したダメージを負っていないようだぞ!!」


 生きてるよ?


 「今ので、さらにはっきりしました。こいつはあの、モアイ族の守り神。硬度上限、硬度ともにカンストの化け物です」


 はあ?


 いや待て待て待て。頭がこんがらがってきた。守り神だの硬度カンストだの、色々おかしいことを言われて。

 急にそんな……知らんがな。


 まあでも、一連の流れで何となく分かってきたことがある。


 俺は、俺や他のモアイが思っていたよりずっとすごいやつなのかもしれない、ってことだ。


 「こんな石ころが我以上の実力を持っているだなんて、信じられるかっ……! 勝負だ、我と正々堂々勝負するのだ!!」


 「イヤですどうか助けてください」


 調子乗ってました。

 真っ向勝負とか無理です。攻撃手段がないです。


 魔王、っていうこらいだし、どうせお強いんでしょ?

 俺の潜在能力が何だか知らないけど、とにかく俺は戦えない。力を生かす方法が分からない。


 大体、【水遊び】【放水】といったスキルすら今日初めて見たんだ。

 せめてそれらを使えたらな……。


 「レオガイア様!! おやめください、いくらあなた様ほどのお方でも、相手はあのモアイ族の守り神。控えめに言って、勝ち目がありません!」


 「ええい、黙らぬか!! 最初から本気で行くぞ、[朧石]! はあぁ、【身体強化・絶(アブソルブースト)】!!!!」


 宝石マントの身体が、内側から光り始めた。マントについているきらびやかな宝石の輝きと相まって、その姿は「金獅子」という称号を彷彿とさせる。


 見ればわかる。これは、魔王のウルトラ覚醒状態。HPが残り半分になったときくらいに変身するラスボス。


 心優しき戦士が、激しい怒りによって変身した姿。

 スーパーサイ……いや、これ以上はやめておこう。


 ただ、俺が絶望するだけだ。


 「隙だらけだぞ!!」


 いつの間にか、宝石マントは俺の背後に回っていた。

 そのことに気づいたときには時すでに遅く、俺の身体はそのでかい手にすっぽりと包まれる。


 やめろ。


 「はぁあああ……!!」


 そして、そのままこの石ころを握りつぶさんと言わんばかりの力が伝わってくる。が、想像に反してあまり痛みはない。


 しかし声や周りの反応からして、宝石マントは多分本気の力で握りしめてる。


 「い、痛くねえ。俺……本当にこんなに堅かったのか」


 信じられなかったが、確かに考えてみると、転生してから「痛み」というものを感じた記憶は少ない。


 石だから人よりは堅いとは思っていたが、そこが盲点だったのだ。


 「ふん~ぬらあ!! クソ、硬度カンストだけある、全く手ごたえがねえ」


 しかしどうしたものか。

 このままでも、何も状況は変わらない。

 物理には強くても、電気の魔法など、ビーム的なものには弱かったりするかもしれない。


 その場合は、最悪即死。


 防御力に全振りしました、とかそういうチート物語はよくあるけど。そういう場合は大体、盾だったり鎧だったりになんらかの攻撃性能、反射とか毒みたいなやつがあるわけで。

 

 こっちでワンチャン攻撃に生かせる可能性があるのは、まだ使ったことがなく、使い方すらわからないスキルだけ。


 「物理は効かぬか……ならば、これでどうだ!! はぁぁぁぁ!!」


 言った傍から、宝石マントは俺を握りしめたまま、別の手を打つ判断をした。


 これから何が起こるか分からない。


 俺は転生してから今まで、一度も「火」や「電気」、「空間魔法」みたいなエネルギー系の魔法は受けたことがない。ここはファンタジーの世界、そういうのの一つや二つは存在はしてると思う。クソ、魔獣と戦ったことがないから全然わかんねえけどな。


 温室でぬくぬくと暮らしてきたツケを払うときが来たようだ。


 ダメで元々、何もしないよりマシだ。俺は石として初めて、攻撃を試みる。


 ところで、魔法はどうやって使うのだろうか。

 叫んでみるか。


 「ほ、【放水】」


 辺りが静寂に支配される。俺を握る力が少し弱まり、そして警戒するように宝石マントは自分の身体から手を遠ざける。しかし何も起こらない。


 「……【放水】【放水】!!!!」


 「な、なにか叫んでます!! 早く魔法を!!」


 「わかって、る! これでどうだ[朧石]! 【永久凍土エターナルフォースブリザード】!!」


 「ダメ元」の通り案の定何も起こらず、そのまま魔法を使われてしまった。


 気づいた時には、身体が思うように動かせない。急激な気温の変化により、全身の表面に霜がつく。呼吸をするのが難しい。


 寒くて寒くて、震えが止まらない。


 ガタガタガタガタ。ブルブルブルブル。


 「ナイスですレオガイア様! [朧石]はすっかり凍り付きました。今のこいつに、凍結状態を解除するスキルはありません!」


 「ふう……。あとはこいつを、どう料理してやるかだけだな」


 「寒い寒い……さむいいいブルブルブル」

 

 やばいやばい。プールの授業の終盤で唇の色が青くなるレベルとか、そういう次元の震えではない。体の中で、マグニチュード7の地震が起こってるみたいだ。 

 

 「ん? 変だな、少し氷が溶けてきたような……」


 プルプル、凍えるよお……。早くお風呂に入りたーーい!


 「ちょっと待ってくださいレオガイア様。何かがおかしいです。すぐにそいつを投げ捨てた方が」


 「寒い寒うい! 死んじゃうだろうがバカー!」


 俺の高速振動で、だんだん体温が上がってきた。身体の芯から火照って、顔も赤くなる。


 しゅうう、という音を立てて氷はどんどん溶け、俺の身体はびしょびしょになる。


 寒さはなくなってきた。

 逆に熱いくらいだ。


 「ぐ!? 熱い!?」


 俺も熱いが、それを思い切り握りしめているこいつはもっと熱いだろう。

 宝石マントはたまらず俺のことを放った。


 受け身取り、ごろごろ転がり、無事生還。

 五・八・六(字余り)。


 そういえば【受け身】っていうスキルもあったけど、意識してスキルを使った感じはないな。むしろ、スキルを使えるってよりか、普通に俺が「できること」がスキルとして登録されている感じなのかもな。


 知らんけど。


 「ふう~、寒かった。なんて魔法だよ。簡単に凍らせるとか、完全にチートじゃん」


 とりあえず、助かった。でもこんなのもう嫌だ、結構疲れた。

 

 「どういうことだ。我の奥義をいとも簡単そうに突破しやがった」


 「信じられない。そんなスキルこいつには……八ッ!? もしや……【鑑定】」


 ああ、気持ち悪い。そんなに鑑定を連打しても、意味なんてないだろう。も、もしかしてこれが精神攻撃か? 俺に攻撃が効かないから、そうやって俺を苦しませようとしてるのか。


 十分にありうる。おのれ卑劣なやつ。


―――――――――――――


 アモイ岩鉄 (17+)5歳 ♂


 [種族]朧石(おぼろいし)/火打石(ひうちいし)


 [レベル]16


 攻撃力 55/555

 俊敏値 16/16

 持久力 45/333

 HP 148/170

 硬度(耐久)  99999/99999


 [潜在魔力] 530000


 [使用可能スキル]【移動】【受け身】【食事】【睡眠】【水遊び】【放水】【身体発火】


 [覚醒可能スキル]【水遊び】【放水】


 朧石:月より零れし、究極にして幻の水の石。水魔法の源たる月の雫に、輪廻する異界の生命が宿ったもの。見た目は[モアイ]の幼体である[石]や非生命体の砂岩と似通っており、[魔力探知]や高レベルの[鑑定]を用いずに見分けることはほぼ不可能。潜在魔力は数値にして魔王の数倍以上。不安定な魂の入れ物ゆえ、どんな石にも成り得る可能性を持っている。


 火打石:[朧石]が高速で振動し、魔王の[永久凍土]を溶かすほどの熱を操れるようになったことで追加されたサブレイス第二種。自らの()()で身体の温度を最大1000度まで上昇させられる。


―――――――――――――


 「なんじゃこりゃ」


 ステータスにスキルに説明文、微妙に変化しているどころじゃない。もう一度言おう、なんじゃこりゃ。


 「なんだ、これは……種族を二つ持つ生命体なんて、我でも聞いたことがない……。それに、この短期間で新たなスキルを得ているだと? あまりにもバカげている」


 「こんなの、勝てる訳がありません。いえ、そんなこともないかもしれませんが、こんな得体の知れないやつに関わるのはもうやめましょう。逃げるのです」


 イレギュラーな存在、って嬉しいなあ。男の夢じゃん。でも、これってそんなにすごいの? 俺寒くて震えてただけだし、そんなにすごいことした感じしないんだよ。


 ああ、寒かったり暑かったりでおかしくなりそうだ。短時間の急激な温度変化がもたらすものはただ一つ。そう腹痛だ。


 つまり何が言いたいかっていうと、腹の調子がおかしい。


 というより、今現在おしっこ漏れそうだ。


 おしっこ漏れそうなので、ここで失礼します。なんて言っても許してくれるだろうか。恥ずかしいけど、そりゃ人前で漏らすのはやだ。


 全員、すごく警戒してる。でも、誰一人俺に近づこうとしない。これ、案外好都合じゃね?


 か、かくなる上は無言で退散! 


 「ぬ!? どこへ行く!! 待て!!」


 そらうまくはいかんよなあ。鬼の形相で追いかけてくるよこいつ。結局二秒で追いつかれたんだが。


 「もう、こっちくんなよマジ……」


 「やはり、貴様はここで逃がしてはならない存在だ。もし見逃せば、将来貴様はさらに力をつけ、我を殺しに来るだろう」


 そんなことしないから。そんなことないし、そもそも今そんなことどうでもいいんだよ。


 「もういいや……変にいたずらすんなよ」


 限界だー。

 このまま我慢していたら膀胱が破裂する。硬度カンストらしい俺でも、内部からのダメージには耐えられるかどうか分からない。


 「んっ……」


 こみあげてきて、緩めて、流れて……。放射!


 「んはぁ~。ふいーっ、と……ん? え? え、えええ!? ちょちょちょ」


 「な、何を……ぐへぇっ!!?」

 

 何 が 起 こ っ た。

 何 か が 起 こ っ た。


「いた……い?」


 痛い、という感覚が久しぶりに湧いた。こんなにつらかったんだ、痛みって。


 おしっこ出したら、その勢いが覚醒して。そんで……反作用で体が吹っ飛ばされた。運、言ってることが意味不明なのは自分でも分かってる。

 けどそうとしか説明することができない。


 とにかく俺は、そうして尋常じゃないスピードで何かに衝突し、石人生史上初めての痛みを感じることになったというわけだ。


 「大丈夫ですかレオガイア様! 今、えげつない音があれええ!? レ、レオガイア様!?」


 ん? 背後から、レンブラントの声が聞こえる。

 というか宝石マントはどこだ?


 俺がおしっこで吹っ飛んで、そのあとどうしてたんだ?


 「あ。ここにいたよ」


 辺りを見渡してもどこにもその姿はなく、不思議に思ったが……灯台下暗し。ケツで踏んでたわ。クッションにしてごめんな。


 「き、気絶している。おい、魔王様に何を!?」


 でも、なんとなく分かった。


 多分だけど、なんの根拠もないけど、確証がある。今のスーパーおしっこが、【放水】だ。


 「魔王様! 魔王様! ダメだ、しばらく起きそうにない……。一体どれだけの攻撃を受けられたのか……」


 「一撃だよ」


 「え?」


 「だから、一撃だったよ」


 「わははははは~。ご冗談を、朧石()()~」


 「ホントホント」


 「すいませんでしたぁああああッ!!」


 レンブラントの思い切りのいい土下座で、後から来た兵士たちも一斉にひざまずき始めた。


 悪くない気分だ。


 うーん、あっけなく気絶しちゃった宝石マントだけど、クッションとしてかなり良い性能だ。程よい筋肉で、寝心地がいい。


 おしっこから始まる異世界無双物語。


 いいじゃん。


 ◇◇◇


 「へぇ~、朧石さま~。先ほどはとんだ失礼をいたしましたぁ~。ほら、そこのお前。朧石様に、早く冷たい飲み物を持ってこないか」


 「はいっ、了解しましたー!」


 そう言うと、一人の兵士は秒速でコップ一杯の水を走って持ってきた。

 確かにこれは早い。その必死さは認める。

 しかし、バカなのか?


 「水? ふざけてんの?」


 「はッ、はああッ! と、と、と、とんだ失礼を!! おいバカ! お前バカ!! 朧石様だぞ、水じゃない、最高級木の実ジュースだろうがバカバカッ!!」


 「こっこっこっこれは失礼いたしましたあああ、今スグに持ってくるので命だけは、命だけはあああ!!!!」


 最初からそうしろ全く……。

 

 「本当に気が利かないやつらだよなあ、そう思わないか?」


 「我……いや、私もそう思います、魔王様……」


 元魔王にして現クッションのレオガイアは、従順で一番いい部下だ。やはり強い奴ほど、わきまえているんだなあ。


 涼しいツリーハウス。

 甘ーい果物に、勝手に運び込まれてくる食事。

 たっくさんの従順な部下。


 悪くない。


 今俺は、スモ・サントーオー大森林という森の王だ。

 あれからおよそ二週間、先代森の王にして魔王の称号を持つレオガイアをワンパンで倒したことで、今や俺には誰も歯向かえないようになった。


 快適な王さまライフを満喫している俺には、モアイ族の村にいた時のことなんてもはや過去のことである。


 イヤな思い出なんてもう忘れちまったよ。


 逆に、あの時俺を追放した族長に感謝しているくらいだ。クソ村から追い出してくれて、こんなにいい生活をさせてくれてありがとよ!


 「ん!? あ、あ……」


 レンブラントが、急にそわそわし始めた。なんだというのだ騒々しい。


 「どうしたレンブラント。何かあったのか」


 「いや……今の朧石様には関係のない話かもしれませんが……」


 「いいから話してみろ」


 「はい……実は今、モアイ族の村が大型の魔獣に襲撃を受けています」


 何だと?


 「モアイ族の村には、めったに魔物は近づかないはずじゃないのか」


 「そうだったのですが……それは、あなた様の魔力によるものです」


 え? どういう意味?

 今まであいつらに教わってたことと、全く違うんだけど。


 「あのですね。この間朧石さまは、『モアイ族の強さにビビッて、魔物が近づかない』といったこと言われてましたが……」


 「ああ、言ったが。それが間違っているのか?」


 「間違ってる……ともいえないのですが。魔物がモアイ族の村に近づかなくなったのは、五年前からなんです」


 五年前って……俺たちが、転生してきた時じゃないか。


 「つまり、魔物たちがビビっていたのはモアイ族ではなく。膨大な魔力を持っていたあなた様にだったのですよ」


 へえー。

 そういうことだったんだ。びっくりだけどまあ、聞いてみればなるほどなって感じだ。


 モアイ族のレベルが低いということは、なんとなく分かっていた。


 まず、あの族長が使っていた鑑定も、分かったのは種族、レベル、スキルのみだし、そもそもその種族すら間違ってたし。族の長が雑魚っていうその時点で、全体のレベルがうかがえるよな。


 何より、この俺の潜在能力に誰一人気づいていなかった。そうだ、あそこは最低の村だったんだ。


 じゃあなおさら、追放されてよかったなーという感想しかない。


 「あ……。いくつか死にましたね、今。これ、けっこうなすすべないですよ。もしかしたら、この村ももう終わりかもしれません」


 魔獣に襲われている?

 村のピンチ?


 そんなの知ったことか。俺はここで、平穏な暮らしを送るのだ。


 しかし最期の様子くらいは見届けてやるか。


 「レンブラント。俺にも見せろ」


 「は、はい」


 レンブラントの頭に乗っかり、スキル【千里眼】の視界を共有してもらう。

 全く、こいつは多彩なスキルでこんなに役に立つのに、元魔王なんてたいそうな称号を持ってるこいつときたら……ただ殴るしか能がねえケダモノよな。


 「……? へへ」


 「いや何勝手に笑ってんだよクッション」


 腹が立ったので、【放水】を一点集中にしてレオガイアのケツに刺す。

 水を操って作った、攻撃型浣腸である。


 「うひょん!」


 尻の穴に衝撃が走ったレオガイアは、変な声を出して悶絶する。


 初めて使った時には自分にも影響を与えてきた【放水】だが、今や大分扱えるようになってきた。コントロールに苦戦したのは最初だけで、出そうと思って出せるようになってからは早かった。


 もはや体の一部のように操れる。


 これもしかしたら、【水遊び】のスキルの効果なのかもな。


 「どうです。見えてきましたでしょうか」


 レンブラントの言う通り、段々と懐かしい風景が脳に直接書き込まれてきた。


 村の門は大胆に壊され、悲鳴や怒声の叫び声が飛び交っている。


 「あ! 魔獣って、あのアルマジロじゃん」


 門付近でモアイを蹂躙していたのは、以前俺が初めて見た魔獣と同じ形状の生物だった。


 でも、確かこの魔獣、レオガイアに瞬殺されてなかったか。


 「いくらモアイでも、こいつくらいなら頑張れば倒せるんじゃないか?」


 「おっしゃる通り、集団でアルマジロに襲い掛かれば、モアイに軍配は上がることでしょう。現に、ご覧ください。少しずつ、モアイ族も押してきています」


 アルマジロの体当たりによってたくさんの家が壊され、踏みつぶされた[石ころ]もいる。しかし、確かに門番のモアイたちの健闘によってアルマジロも苦しめられているように見える。


 「撃退するのも、簡単でしょう……それが、単体での襲撃であるのならば」


 「なーるほどねー」


 パッと視界が切り替わる。

 そこは、二週間前のあの日の朝、俺が水浴びをした場所。

 あの時まで俺の秘密の場所だった、小さな川だ。


 舞う飛沫しぶきに、涼しげな霧。そんな美しい場所に不釣り合いなモアイが二石。


 銀太と裕也だ。


 『くっそお、なんなんだよお前……【石礫】! どっか行け!」


 『キュ……キュロロロローーーー!!!!」


 『やばいっすよ裕也君! ぜんぜん効いてないっす!』


 それと、ついでにアルマジロ。

 こいつ、さっきのやつよりちょっと大きめだ。個体ごとに特徴があるんだな、当たり前だけど。


 つーか、やばいくねこいつら。


 まずこの場所、多分俺以外のモアイは誰も知らない。つまり助けは来ない。

 次にアルマジロがめちゃでかい。そしてさっきの【石礫】は全く効いていなかった。

 そしてこいつらは弱い。つまり死ぬ。


 数秒後に訪れるのは、こいつらの確実な死。


 まあ……俺の知ったこっちゃないけどね。


 『……お、お、お、おかあさーーーん!!』


 銀太の悲痛な叫びは、俺の心をほんのちょっとだけ動かした。


 「…………っはあ。レンブラント、行くぞ」


 「仰せの通りに」


 千里眼で見ている映像が途切れる。そして、レンブラントはすぐに「いきますよ」と一言。


 音も光もなく、瞬きをするように周りの景色が変わる。

 先ほどまで遠くから見ていたところに、一瞬で【転移】したのだ。


 転移している数秒のの間にアルマジロの爪にやられたのだろう、二石の体はえぐれており、気絶をしたまま倒れている。


 アルマジロは俺に気づかずに、追撃を加えようとしている。


 久しぶりに見る二石は、やはり憎たらしい顔をしていた。

 しかし、元同級生だ。

 こんな姿をしてるけど、本当は人間なんだ。


 見捨てるなんてこと、できなかった。


 「はあ。つくづく、お人好しな自分に嫌気がさす」


 ハイパワー・【放水】。

 ぜんっりょく!!


 心の中でそう唱え、背中から水流を出す。アルマジロの硬い鱗(もっとも、俺に比べればたがが知れているが)を破るには、水だけでは若干心もとない。そのため、俺は俺が最も信用できる武器を使う。


 そう、俺の身体である。


 あの時レオガイアに偶然できた体当たりを、今度は必然として成功させる。


 俺の身体は、そのイメージ通りに飛び出す。爆発的な加速で、一直線にアルマジロの額に向かっていく。勿論、刹那の出来事ゆえこの魔獣風情が反応することは不可能だ。

 気が付いた時にはもう遅い。

 こぶし大の銃弾は、スピードを保ったままに分厚い甲殻を貫いた。


 「キュロ……」


 アルマジロは、何もできず横わたる。額からは大量の血が吹き出し、しばらくして心臓がとまったことを確認した。一撃決着だ。


 「さすが魔王さま、見事です!!」


 俺をいじめていたあいつらが苦戦していたやつを、簡単に殺すことができた。その事実は俺を興奮させる。

 やっぱ俺って、つえーんだな。っていう。


 「……ん……はっ!? うわあああ、殺さないでくれええええ……ン? あれ、アルマジロは……? ゆ、夢……?」


 裕也が目を覚ましたようだ。

 久しぶりに、対等な立場で話せる。


 「よう。裕也、危ないところだったな」


 「岩鉄!? おいお前、追放されたんじゃなかったのかよ」


 「おう、これはただ、ちょっと来ただけだ」


 「ふざけんなよ!!!!」


 お。

 なになに。もしかして、まだ気づいてないの。俺に救われたってこと。


 「てめえは、追放されたんだ。俺の目の前から、とっとと消えろや落ちこぼれ!!」


 ははは。逆に笑えてくるな。

 自分の実力をわきまえられない弱い者っていうのは、こんなに滑稽だったんだ。


 仕方ない。せっかく気まぐれで、助けてやったのにさあ。まさかわざわざ自分で、その蜘蛛の糸をぶち切るとはなあ。


 「しゃあない。レンブラント。もういいや」


 「かしこまりました。仰せのままに」


 「おい岩鉄、何だそいつは。獣人っぽいが、ずいぶん年食ったジジイだな。お前にゃお似合いの、いいお友達だぜ!!」


 もうそろそろ黙っていいぞ。


 レンブラントは、ため動作もなく【永久凍土】を繰り出した。また、その威力は前回俺に使った時とダンチ。無尽蔵で質のいい、俺の魔力を使わせているのだ。


 「なんだこりゃ……寒いぞ!? こ、凍る!! おいジジイ、何を……!!!!」


 「もう話せなくなってるみたいですね。さて魔王様、どのように始末しましょうか」


 「うーん。まあ、任せるわ」


 「かしこまりました。ほおおお、【転移】」


 レンブラントは裕也に触れ、一言唱えた。そして瞬間、二人の姿は消える。

 

 「あれ。どこ行ったんだろうわあああああ!!」


 わずか数秒後、もともと二人がいた場所に、再度その姿が土埃を上げて出現する。ただし、はっきりと姿が見えたときにようやく気付いた。裕也は、砕けていた。


 「けっこう上空に転移して、体を叩きつけてやりましたよ。これでどうでしょうか?」


 「バカ野郎先に言え……びっくりしただろ」


 「こ、これはとんだ失礼をおお!!!! 靴をおなめしますぺろぺろ」


 そういうのいいから。なんかわざとらしいんよな。

 

 まあいいや。

 銀太はまだ寝てるし、ほっとこ。靴舐める、って言った直後から俺を眺めて、どうしたものかと考えこむこのジジイもほっといておこう。


 「あ。帰る前に、ちょっといいこと思いついた」


 「な、何でしょうか! 何でもどうぞ!! この私めにできることなら、いかなることでも」


 「あいや、別そういうのじゃなくて……」


 「といいますと?」


 モアイ族、支配するチャンスだよね今。この機を逃さず、一人も残さず俺たちの奴隷にしちゃおうぜ。レッツ植民地、レッツ帝国主義。

 

 俺が冗談も含めてそう提案したら、レンブラントは深く下げていた頭を上げて、底意地の悪そうな顔でにやりと笑った。


 ◇◇◇


 とんとんとん。とんとんとん。


 レンブラントに、石の扉をノックさせる。もう、前みたいに体当たりでノックすることないんだ。あー、部下がいるって幸せじゃー。


 「……なんじゃ。ここに来るということは、あの魔獣は倒したんだろうな」


 声とともに、ドアが開いた。

 絨毯の上で座っていた族長は言葉を失う。追放したはずの石ころと見知らぬ老人が、ズカズカ入ってきたのだ。そりゃフリーズするわな。


 「どうも、族長さん。突然ですが、今この瞬間から、モアイ族は魔王様の傘下となります。よって、あなたの存在は邪魔です」


 「は? ふざけるな。貴様ら、突然上がり込んできて何を言っているのだ! 岩鉄、もう二度と顔を見せるなと言っただろう!!」


 「あ、言われましたっけ」


 「なっ……なんという失礼な……!! 大体、そこの貴様は何者なんだ!! 【鑑定】!!」


 族長は、レンブラントに鑑定を使った。レンブラントは、涼しい顔をしてほほ笑んでいる。


 一方の族長は、鑑定が終わってからみるみる顔が青ざめていった。


 「レベル……5000超えだと!!? 馬鹿な、こんな化け物見るのも初めてだ!!!!」


 へー。こいつ、意外とすごかったんだ。5000って、俺の何百倍だよ。族長も相当びっくりしてるし、これは交渉がすんなりいきそうだ。


 「改めまして、魔王様の執事兼従者兼賢者のレンブラントです。ちなみに、レオガイア様はレベル10000くらい余裕で超えていますよ」


 「そ、そのレオガイアとかいうやつが魔王かっ……?」


 「いえ、()魔王です。現魔王は、こちらのアモイ岩鉄様。無能の極みのあなたが先日追放した、この村の守り神です」


 どうも、と心の中で会釈する。

 混乱の連続で、もはや族長は心ここにあらずと言った感じだ。


 「おま、お前……これは何の冗談だ……とにかく貴様のことは、この間追放した! 早くこの場から去れエ!!」


 「バカ言うなよ、ジジイ」俺は軽く【放水】し、族長の目の前に移動する。


 「ひいっ!?」


 「今度は、俺がお前を追い出す番だ」


 レオガイアへの浣腸の時のように、上手く【放水】を【水遊び】して族長の腹を突く。名付けて「ウォータービーム」。マジで適当につけた。


 「ぐへえっ」


 あー……やべ、やりすぎちゃった? ちょっとえぐるだけのつもりだったのに、うっかりすっかりぽっかり穴開いちゃったよ。

 ごめんごめん。

 

 「がはッ! あり得ない。何故、こんなゴミにこんな力が」


 「それは、この方が[朧石]だからですよ」


 「な、何だと」


 「もっともあなたの低レベルの【鑑定】では、石ころとしか出なかったようですがね。今までこの村に魔獣の襲撃がなかったのは、この方の魔力のおかげ。あなたは、自らの手で、自らの村の首を絞めたのです」


 「そういうこと。逆に、あんたが驕って追放なんてしなければ、こんなことにはならなかったってこった。は、ざまあねえなあ!!?」


 「畜生めが……」


 悔しそうな表情で睨まれても、全然怖くないし全然心も痛まない。むしろ気持ちええ~! 俺をいじめてた奴が、俺に何もできないままただ睨んでんの、気持ちええ~!


 「じゃあ、あんたのことどうしよっか。最初は追放するにとどめとこうと思ったけど、そんなに反抗的な態度じゃあなあ~」


 「何が、言いたい」


 「ねえねえ。こういうときって、なんていえばいいんだろうなあ」


 「…………うっ……」


 黙りこくってても、何も変わんないよ?

 殺されたいのかな。

 ほんとに殺してやろっかな。


 「わかんない?」


 はあ。


 「ごめんなさい、だろうがアーーーホ!」


 大きい声出すと疲れるんだよなあ。雑魚の分際で、わざわざ俺の手を煩わせんなよ。


 「く、くうっ……。わ、悪かった……」


 「えぇーー?」


 聞こえないよ?


 「悪かった!」


 はあ? はあ。ぷっちーん。


 「だーーかーーらーー!!!!」


 「ごめんなさいいいい!!!! 命は助けてくださいお願いします!!!!」


 あーあ、泣いちゃったよ。

 自分が悪いのに、すぐ泣いて済まそうとする。これだから嫌なんだ。


 「レンブラントー」


 「仰せの通りに」


 レンブラントに【永久凍土】を使わせ、とりあえず族長を凍らせる。そのまま、三人そろって【転移】でスモ・サントーオー大森林から遠い森林に移動する。


 「ここなら、多分二度と帰ってこられないでしょう」


 「ナイス、レンブラント。さて」


 レンブラントは、本当にいい仕事をする。俺がやりたいことが、わかってる。

 王として、部下が優秀だと誇らしい。


 【放水】。っと。


 移動手段としても便利なこのスキル。かなり、使いこなせるようになってきた。


 俺は、凍り付いた族長の前まで進み、そして告げる。


 「お前はもうこの村から追放だ。もう帰ってくるなよ」


 俺には、族長がかすかに頷いたように見えた。

 それを確認し、俺たちはその場所に背を向ける。


 「まあ、帰ってこれないだろうけどねー。【身体発火】」


 俺はこの二週間で、【身体発火】も自在に操れるようになっていた。

 近くの枯草に体をこすりつけ、火種を生じさせる。


 「さてレンブラント。ゆっくり、歩いて帰ろうぜ」


 「わかりました。……して、なぜでしょうか」


 ただの、気まぐれだ。


 ザッ、ザッと一歩一歩をかみしめる。俺の場合は実際には歩いてないけど。


 俺たちが歩いている後ろで、ゴオオという知らない森の燃える音を聞いたとき。

 俺はこの上ないほど、幸せだと感じた。

連載候補です。総合ポイントが一定数に達するor日間ランキング100位以内になれば長期版連載確定です。




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― 新着の感想 ―
[良い点]  追放ざまあとして、かなりよくできている作品。サブレイス第二種としてでてきた「火打石」でオリジナリティがみられた。 [気になる点]  強くなるにつれて主人公の性格がどんどん悪人っぽくなる展…
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