牧童シトラス
馬車の車輪が大きめの石を踏み、車体が大きく揺れた。
「みなさんすみません!お怪我はありませんか!?」
「いやいや、揺れたくらいで怪我なんかしないって、心配すんな!」
「それに聞いた限りじゃ御者が本業ってわけじゃないんだろ?しゃーなしだぜ」
勇者は気さくな人物のようだ。
馬車の中でも軽妙な語り口で話し続けていた。
やれ、どこそこの港町のなんとかという魚料理が絶品でなどと曖昧な話を始めたかと思うと、血湧き肉躍る武勇伝に話が飛んでいたりする。
そんな話を聞きながら、壁1枚隔てたハンスがそれはミルコという町ではないですか?というように補足を入れたり、目を輝かせたリリィが質問や相槌をしたりして和やかな空気であった。
「はい、僕は本来ただの牧場の息子でして、馬車も収穫物を運ぶ2輪のものを、常歩くらいでしか経験がないんです」
「それなら尚更うまく操縦しろなんて誰も言わないぜ。なぁ?」
「しかし、そんな坊主がなんでこんな立派な馬車の御者なんて大役任されたんだ?」
「っと、ちょっと待ってくれ!嬢ちゃんが少し具合悪そうだ。休憩にしようぜ」
馬車を街道の脇に寄せ、みながぞろぞろと降りてくる。
見ると、確かにセイラの顔色は真っ青だった。
小走りに草むらのほうへと消えていった。
「嬢ちゃんは小さい頃から教会暮らしだったらしいから、馬車にも馬にも乗ったことないんだとさ。べつにお前の操縦のせいってわけじゃないぜ」
それならいいのだが…。
王都を出て2時間ほど速歩で進んだ。
馬も休ませなければいけない。
干し草を食べさせながら首筋を撫でた。
「勇者さま、先程の話ですが、平凡な僕が選ばれた理由はこの2頭の馬です」
「こいつらはライムとレモンと言って、僕が幼いころに両親が貰ってきた馬なのですが、とんでもない暴れ馬でして」
「毛並みや筋肉の付きが良くて最高の馬なんですが、誰も乗せようとせず、遂にはつぶして肉にしようなんて話まで出たそうなんです」
「だけど何故だか幼い僕はライムとレモンが好きで、いつも寄りたい触りたいとワガママを言っていたらしいです」
「そしてこいつらも何故か僕だけは拒絶せず言うことを聞いてくれた」
「それから10年以上も兄弟同然に育ってきました」
「今回、調査隊の方の乗っていった馬は途中からまったく進もうとしなくなったそうです」
「馬は臆病で繊細な生き物ですからね、危険には近づきません」
「でもこいつら、魔物がいようが近くで戦争してようが全然気にしないんです」
「だから選ばれたんですよ、僕じゃなくてこいつらが」
僕の顔は卑屈に笑っていた。
「おまえは自分をダメなやつだと思ってるんだな」
「別にそういうわけでもないですが、でも自慢できるようなものは何もないんです」
「その2頭のことは自慢できないのか?」
「そりゃこいつらは自慢です。美しい毛並でしょう?馬力だって他の馬じゃ比べ物にならない。度胸もあって、最高の馬ですよ」
「でもそれは僕じゃない。僕の自信にはなりません」
「でもその兄弟達は、おまえを認めてる。おまえを他のどの人間より信頼してるんじゃねぇか」
「それに、馬の話始めてからずいぶんしゃべってるぜ?」
「さっきまで何話していいかわかりませーんって顔してたのに」
勇者はからかうように、ニカッと笑った。
「それでも自信が持てねぇって言うなら、俺が剣を教えてやるよ」
「だいたい何時間かおきに休憩しなきゃいけねぇし、日が落ちてからは進めねぇ」
「それにずっと座ってるとケツが固まっちまうんだよグギギギ〜ってな」
突然の提案に面食らっていると、剣を抜き手渡された。ずっしりと重い。
勇者は素手で、さぁ来いとジェスチャーをしている
「そんな!?これ真剣ですよね、当たったらどうするんですか!」
「アホかぁ!当たるわけないだろ!俺を誰だと思ってるんだよ」
「ちなみにその剣は当代至高の一振りだからな。いいとこに当たったら俺でも死ぬぞ」
「ちょっと勇者さまぁ!?」
ビビりながらも剣を振ると、難なく躱されながら褒められ続けた。
筋がいいぞ!基本は出来てるぞ!俺を倒す日も近い!足腰は鍛えられてるな!などなど
どこまで本気なのだろうか。