第1話 出会い名乗る
勇者の振るう木剣が鉄の大盾に直撃すると、筋骨隆々とした大男が後方へと数歩よろめいた。
力強く剣を振るった隙を逃すまいと、勇者の死角から超速の矢が飛来する。
チラと視線を向けた勇者は恐るべき反応速度を見せ、木剣の腹で矢をいなし軌道を逸らした。
と、次の瞬間、勇者の足元から凄まじい火柱が上がる。
だが予兆も見えない攻撃を当然のように後方宙返りで避ける。
着地と同時、またしても超速の矢が右脇の下を狙い飛来する。
それを今度は目も向けず左の手で掴み取った。
「やめやめっ!アンタらの実力はわかった!すげぇよ」
勇者がそう言って両手をあげ、降参というポーズを取ると、勇者を囲んでいた3人が戦闘態勢を解く。
その間、わずか数秒。
僕には目で追うのが精一杯だった。
「オッサンすげぇな!木剣とはいえ、オレの全力受けて立ってるやつなんて初めてだぜ」
勇者が大盾を持った頭髪のない大男の肩を小突くと、大男は当然と言った様子で頷き、口を開いた。
「勇者イグニスよ。あれほどの一撃で木剣が砕けていないのが不可解だ。何故だ?」
「目の付け所がいいな、オッサン!斬撃の瞬間に魔力を纏わせてんのさ!タイミングが完璧なら威力も耐久も段違いな」
「なるほど、見事だ。私はガーランド」
快活な青年勇者イグニスと大男ガーランドは一撃を振るい受けただけで分かりあったようだ。
熱い握手を交わす。
その様子を見ていた顔の整った痩身の男性が声をかける。
「私はハンスです、お見知りおきを。先程は2射とも完全に死角から射ったつもりだったのですが…。至高の狩人たる私が自信を失くしてしまいそうですよ」
「いやぁ、完璧に死角だったぜ?でもオレはアンタの噂を聞いたことがあった」
「至高の狩人にして生還者ハンスってな!アンタは体勢の崩れた相手の対処しにくい場所を見逃さない、だからどこに撃ってくるかわかったのさ」
「なるほど、私が有名かつ完璧が故ということですか。それならば納得ですね」
顔の整った狩人ハンスは、肩をすくめながらも誇らしげだ。
「ちょっと待ってよぉ!なんか勇者くんが解説しちゃってるけど、勝ったのはリリー達じゃないのぉ?ま、3対1だけどさ」
赤毛の少女が口を尖らせて言った。
わざとらしく言ってはいるが本気で文句があるわけではないようだ。
「あぁ、間違いなくオレの負けだぜ?」
「見てくれよ、このマント!王様に会うって言うから一張羅着てきたのに焦げちまったよ」
「えぇ!?ごめん、本気の火力出しちゃった…」
「いやいや良いけどさ、本気で手合わせって言い出したのはオレだしな!」
「しっかしアンタの魔法はとんでもないな!このマントだって魔法抵抗力の高い極上装備だってのに無いぜ!」
「リリーだよ!巷では火葬魔女なんて呼ばれてるんだ」
「だから呼ばれたんだとは思うんだけど、可愛くないよね!リリーはあんまり好きじゃないなぁ」
見た目も言動も少女にしか見えないが、噂では火葬魔女は成人しているらしい…
絶対に追求しないほうが良さそうだ
「ん?火葬魔女ってのはたしかオレと同い年くらいじゃ無かったか?アンタいくつぶゎぁっ!?」
言い終わらないうちに勇者の顔面が燃え上がったが大丈夫だろうか。
炎を放った張本人はなぜかこちらに目を向けている。こわい。
「リリーとツルツルのオジサン、ハンサムと失礼な勇者、後は馬車の御者くんの5人で全員かな?」
先程まで激しい戦いを繰り広げていた4人に視線を向けられると、一瞬たじろいでしまうが名乗るには絶好のチャンスだ。
「僕が御者のシトラスです。馬車は4人乗りですが、ハンスさんには御者席にご一緒していただくと聞いておりますので、もう一方いらっしゃると思います」
敬語は間違っていなかっただろうか?
呼び出されてからずっと、頭の中で敬語の挨拶を繰り返していたから大丈夫なはずだ、たぶん。
しかし誰もそんなことは気にしていないようで、残りの一人を目で探している。
すると、少し遠くの柱の影から美しい金髪の女性がおずおずと顔を覗かせた。
「あ、あの……喧嘩は、終わりましたでしょうか……」
女性は本気で怯えている様子だ。
そんなことはおかまいなしで勇者が気さくに話しかける。
「ごめんな、怖がらせちまったか?」
「さっきのはお互いの実力を知るための手合わせだから喧嘩じゃねーぜ!大丈夫だ」
「そうなのですか……、でも先程勇者様のお顔が燃えて、燃えてらっしゃいましたが……」
話しながら女性は目に涙を浮かべている。
これから戦場に向かうっていうのに大丈夫なのだろうか、この人は。
「いや、さっきのは目眩ましの弱い火だって!なぁリリー」
「う〜ん?ヤケドするくらいでは放ったつもりだよぉ?ま、でもお遊びお遊び」
いやいや、こわいこわいこわい
勇者以外なら本当にヤケドしているんじゃないだろうか。
「わ、わかりました。わたくしセイラと申します……」
「教会では聖域乙女と呼ばれておりましたが、その実はまともな魔法も使えない役立たずでございます……」
「何故皆様のような偉大な方々とご一緒させていただけるかは存じませんが、何卒宜しくお願い致します……」
楽器のような透き通る声ではあるが、終始彼女の声は震えていた。
勇者たち4人も彼女の様子を心配しているようだ。
本当にこの旅に付いてこれるのだろうか。
などと一抹の不安を覚えていると、城の兵が走ってやってきた。
「勇者様がた!謁見の準備が整いましたので、6人お揃いで謁見の間へとお願いします」