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月灯りのフルート  作者: 海南 陽
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夏、少しの変化。

 桜舞う季節が過ぎた。ブレザーのジャケットを脱ぎ、シャツが長袖から半袖に変わる頃には、各クラスでそれなりにクラスカラーと呼べるものが色濃く出るようになっていた。

 そしてそれは詩織のいる2年3組もまた、例外ではなかった。



 担任である伊東先生の英語の授業を受けながら、詩織の意識は窓の外を流れる雲に集中していた。


「部長かぁ…」


 詩織が所属する吹奏楽部は、3年生が秋に引退を迎える。そのため、この時期からは誰が部長を引き継ぐのかともっぱらの噂であったが、詩織は現部長と顧問の先生から是非にと言われていたのだ。


 このことをなんとなく予感していた詩織にとって、さほど驚くべきことではなかったのだが、それでも二つ返事で承諾できるほどには覚悟ができていなかった。


 吹奏楽部は女社会だ。


 中学生といえど、女が集まっている以上全員が気持ちよく過ごせる環境の部活ではない。個性の強い者や気の弱い者、反対に気が強く部内を取り仕切ろうとする者、様々な女生徒が集まる場が吹奏楽部であった。


「私にまとめられるかなぁ」


 担任が流暢に話す英文を上の空で聞いていると、誰かが詩織の肩を焦った様子で叩いていることに気づいた。


「詩織!!当たってるよ!」

「え、あ、はい!!」


 後ろの席の彩花に言われ、詩織はようやく自分が訳で当たっていることに気がついた。


「井原ぁ、余裕だな?」


 伊東先生がニヤニヤしてこっちを見る。

 詩織は実は、この担任が少し苦手だった。



 新任教師として4月から詩織の通う学校に赴任してきた、今年26になる新米教師。見た目がすごくイケてるわけではなかったが、生徒と歳の近いこの教師がクラスに打ち解けるのに、さほど時間はかからなかった。


 詩織はそこが苦手だった。


 去年の担任の山田先生は、ベテランの雰囲気を漂わせて生徒と接する。その安心感はとても信頼できるものがあり、詩織は彼を慕っていた。


 そんな山田先生とは似ても似つかない、まだまだルーキーの伊東先生。若いというだけで心を開くほど、詩織は素直になれなかった。



 とはいえ、詩織はこれでも学年トップの成績を誇る。当てられた部分の訳を余裕の表情で答え、感心する伊東先生に冷ややかな視線を浴びせた。


 馬鹿にしているのか、とでも言いたげな視線だ。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「出席を取ります」


 詩織はこの日、現部長と並んで部員の名前を読み上げていった。



 次期部長を引き受けると決めて約1ヶ月が過ぎた。引退を前にした現部長が引き継ぎをと、詩織に仕事を教えた。



 3年生がいるうちはまだ良かった。


 仮にも先輩である現部長の目が光る中で悪さができるほど、気概のある部員はいなかったのだ。



 夏の大会が終わると同時に、3年生は引退。詩織は部長になった。



「静かに。席に着いてください」


 出席を取るだけでも一苦労。練習は真面目にしないし、その一体の部員を取り仕切るリーダー格の森は、ついに詩織に反抗的な態度を取り始めた。



 平穏だった中学生生活に影が落とされた瞬間であった。


 それと同時に、詩織の一生に一度の大恋愛が始まろうとしていたのだが、このことに詩織はまだ気づかずにいた。

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