19 モフモフとの出会い②
アマリアたちが見守ることしばらく。ユーゴは振り返り、「ママ」と呼んだ。
「こいつ、ママに用があるみたい」
「えっ、私? 撫でていいの?」
「…………撫でてもいいらしいけど、お願いしたいことがあるんだってさ」
ちょっと不機嫌そうなユーゴが言うことには。
この猫型魔物は、先ほどアマリアがレオナルドに白魔法を使うところを見ていたらしい。魔物――雌らしいので彼女には子どもがいるが、意地悪な人間が仕掛けた罠に掛かっていて怪我をしているそうだ。
「こいつらは好戦的じゃない。こいつの息子は餌に釣られておびき寄せられ、冒険者のおもちゃにされたらしいよ」
「そんな、ひどいことを……」
「……この魔物は昔僕も見たことがありますが、基本的に人間を見ると怖がって逃げていきます。あまりに小さいので皮や角も役に立たないので、狩猟されることもない。ただの弱小で無害な魔物だから、遊びでいじめる輩もいるそうです」
「……そうなの」
レオナルドの説明を聞き、胃のあたりがきりきり痛んだ。
以前ユーゴが口にしたことがあったが、魔物の皮や牙は素材になるため、人間に乱獲される魔物も少なくない。もちろん、好戦的で駆除しなければ多くの人が死んでしまうような魔物の場合はギルドも積極的に動くが、素材にならないし凶暴でもない魔物は、たいてい放っておかれる。
そういうものはたいてい、人間や他の動物と共存できるからだ。普通の動物と違って魔法を使えたりやたら強かったりするが、お互いのテリトリーに踏み込まなければ襲ってくることもない。異国では、大人しい魔物を手懐けてペットとして飼うところもあるらしい。
もちろん、この小さな猫型魔物は好戦的でないので自分から人間を攻撃したりしない。攻撃してもたいていの人間なら返り討ちにできるし、アマリアのように白魔法が得意な者なら魔法への耐性が強いので、小型魔物の魔法ごとき屁でもないのだ。
(でも、意味もなく弱い魔物をいじめる人間もいる……)
そういう輩は絶対に、強い魔物には手を出さない。弱い魔物を捕まえていたぶり、殺し、偉くなった気分になる。ギルドにもそういう連中はいたし、いつぞやの三馬鹿も弱い者いじめをしていたことがあるので、アマリアも何度か注意したことがある。
ユーゴも、可愛らしい顔に怒りの表情を浮かべている。彼は人間界には興味があるが全ての人間を好ましく思っているわけではないので、同族がいじめられたと聞くと不快な気持ちになるのだろう。
「……あの、私の白魔法で怪我が治るのなら、力を貸したいわ」
「ママはそれでいい?」
「この魔物は無害なのでしょう? 人間や竜族のユーゴのいる場所にわざわざやってくるくらいなら、それほど子どものことが大事ってこと。そういうのは、人も魔物も関係ないじゃない?」
「……そうだね。レオナルドも、別に言うことはないか?」
「僕から特には。ただ、間違ってもアマリアさんが怪我をするようなことはないようにしてくれ」
レオナルドに言われてユーゴは頷き、猫型魔物に向き直るとまたしてもシューシューと蒸気の上がるような音を出した。
それを聞き、魔物は三角の耳をぴくっと揺らしてアマリアを見た。そしてシュッと短く鳴くと、その場にぺたんと俯せ状態になる。
「なんて言っているの?」
「絶対にママに手は出さないって約束してる。これ、こいつらにとっての服従の証らしい。おれもついていくから、行こう、ママ」
「ええ」
アマリアはその場に馬車とレオナルドを残し、ユーゴを連れて猫型魔物に付いていった。
魔物は茂みの中に入っていったが、草場の中からぴこぴこと揺れる長い尻尾が旗のように立っているので、目印になる。
しばらく進むと、大きめの岩が見えてきた。そこに近づくにつれ、ニイニイ、というか細い声が聞こえてくる。
「岩の陰にいるみたいだね」
ユーゴの言葉に頷いて、アマリアは岩の裏側を覗き込んだ。
そこには、先ほどから道案内している魔物と同じ色で、ずっと体の小さい魔物がいた。まだ子どもらしい猫型魔物は岩陰でぐったりしていて、茶色い毛に包まれた後ろ足が赤い血で染まっている。
母猫型魔物が一生懸命足の怪我を舐めているが、子魔物は震えながら鳴くばかりだ。
「……ひどい。これが、人間に?」
「……魔物は白魔法を使えない。だから、どんな理由であれ負傷して回復の見込みがない場合は母親であろうと子を捨て置くしかないけれど……諦められなかったんだろうね」
少し震える声でユーゴが言っている。アマリアはその場に跪き、子魔物に手を伸ばした。
母魔物はちらっとこちらを見ると、じりじりと後退してアマリアのために場所を空ける。だが目はカッと見開かれていて、いくらアマリア相手でももし子どもに危害を加えるようなら、いつでも飛び出せるようにしているようだ。
子魔物はおそらく、刃物か何かで傷つけられたのだろう。後ろ足は両方ともざっくり切れていて、未だに赤黒い血がたらたらと流れている。傷つけられてあまり時間が経っていないのだろうが、このまま放置していれば失血死するだろう。
(魔物の治療なんてしたことないけれど……やってみるしかない)
アマリアは、浅い呼吸を繰り返す魔物の首筋に触れた。魔物の心音は人間よりもずっとゆっくりなものらしいが、今のこの魔物は一瞬測り方を間違えたのかと思ってしまうほど脈拍が遅い。
もう片方の手で、患部に手をかざす。隣で見守る母魔物の毛がぶわっと逆立ったが気にせず、治癒の光を起こして子魔物の患部に注ぎ込んだ。
(人間や動物なら効果があるし、たぶん魔物にも効くはず……)
内心どきどきしつつ、だが母魔物を心配させないよう表情は引き締めて、治療を行う。きらきら輝く光が後ろ足の負傷部分に吸い込まれ、少しずつ傷が塞がっていく。
人間の治療のときより治りが遅い気がするが、しばらくすると傷は完全に塞がり、むちむちとしたピンク色の肌が再生された。その部分だけ毛は生えていないが、我慢してもらいたい。
「できた。調子はどうか、って聞いてくれる?」
子魔物は、痛みが引いて足の怪我が治ったことにきょとんとしていたようだ。だがユーゴがシュウシュウ声で何かを告げるとぴゃっと飛び上がり、元気よくニー! と鳴いた。
(よかった……元気になったみたい)
ほっとしつつ、アマリアはユーゴに視線を向ける。
「できれば、これからは何があっても人間に近寄らないようにって言ってあげてくれる?」
「そうだね、その方がいいよね」
ユーゴが伝えると、お互いの体を舐め合っていた魔物親子は同時にニー、と鳴いた。分かった、ということだろう。
(……魔物だって、生きている。鬱憤晴らしのためにいじめていいわけがない)
母魔物の許可を取り、その毛並みを撫でながらアマリアは思う。
(魔物だって感情はあるし、親子の絆もある。凶暴なものはともかく、この子みたいに大人しくて戦いが嫌いなものもいるのだから、できる限り共存できる道が取れたらいいな)




