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18 モフモフとの出会い①

 路程は順調だった。


「おい、レオナルド! 卑怯だぞ!」

「傭兵の戦い方はこんなものだよ。ほら、立つんだ」

「くーっ!」


 馬車の御者台に座るアマリアの前方で、レオナルドとユーゴが剣を打ち合っている。ユーゴは魔法が使えない状況下での戦いや、竜の力を極力抑えなければならない場合などを想定し、レオナルドから剣術を教わっていたのだ。


 ユーゴは小柄だが力はあるので、持っている木刀はレオナルドのそれと同じ大きさだ。アマリアならまともに振ることさえできそうにない木刀を軽々と扱う様は、なかなか頼りがいがある。だがいかんせん彼は子どもの体で、しかも手先が器用ではない。


 まともに押し合えばレオナルドに圧勝できるだろうが、力で負ける分レオナルドは手足の短いユーゴとの間に常に一定の距離を保ち、剣を振るう際も腕を伸ばしてユーゴが近づけないようにしている。またユーゴは足払いなどの不意打ちにも弱いので、何度もすってんころりんして「ぎゃっ!」と悲鳴を上げている。


(そう簡単には怪我をしないと分かっているけれど、やっぱり見ていたらハラハラする……)


 レオナルドが蹴倒しても剣で殴っても、竜であるユーゴの肌に傷を付けることはできない。だが転べばその分敵に攻撃の機会を与えてしまうし、殴られると一瞬ぐらっとするはずだ。


 剣を打ち合うとき、レオナルドは本気でユーゴに攻撃を仕掛けている。それはユーゴ本人が「絶対に手加減をするな」と頼んでいるからであり、人間の姿でも強くなりたいというユーゴの願いを聞き入れようという、レオナルドの「答え」の現れでもある。


 長旅をしていると体がなまるので、二人にとっては運動にもなる。戦力外のアマリアは二人の訓練風景を見守り、終わった後に茶を提供できるように待っていた。


(もしレオナルドがユーゴのことをどうでもいいと思っていたら、適当に相手をして手加減もするはず。しないということは、レオナルドはユーゴのことを大切に思ってくれているんだよね)


 レオナルドの繰り出した突きが決まり、アマリアの目の前でユーゴが吹っ飛んだ。思わずぎくっとして駆け出しそうになったが、草原をころころ転がったユーゴはすぐに立ち上がり、剣を構えた。腹を突かれたはずだが特に痛がっている様子はないので、ほっとする。


 ユーゴに特訓をつけるときのレオナルドは、本気だ。目つきは鋭いし、ユーゴがよそ見をしようとしたら「どこを見ている!」といつになく厳しく叱咤する。


(でも、ユーゴは絶対にレオナルドのやり方に文句を言わない。お互い全力でぶつかっているからなんだな……)


 そのあたりは、戦う者として、力を求める者として当然の考えなのだろう。弱くてそれほど根性もないアマリアとは、根っこの考え方から違うのかもしれない。


 ぼんやりと考えているうちに、訓練は終わったようだ。こちらに戻ってくる二人は先ほどの鬼気迫る雰囲気から一転、どちらも笑顔だった。


「お疲れ様。どうだった?」

「おれ、ちょっとはレオナルドの攻撃を避けれるようになったんだ! そうだろ、レオナルド!」

「ああ、そうだね。ユーゴも、体の使い方が分かってきたようです。魔法や竜の力を使わなくても、剣士になれるかもしれませんね」

「剣士かー。それも格好いいかも」


 ユーゴは言いながら、アマリアが差し出した桶の中に手を突っ込んで水で満たす。アマリアがタオルを浸して絞って渡すと、二人はそれぞれ礼を言って体を拭き始めた。


「レオナルドは、あんなに動いて大丈夫? 疲れていない?」

「疲れるどころか、いい運動になりました。同じ姿勢でいるのは結構体に響くので、むしろユーゴと一緒に訓練した方が体のためにもなるんです」

「そうなの。……あっ、ちょっと擦りむいているわ」

「えっ? どこです?」


 レオナルドがシャツの裾を捲って腹をタオルで拭いたときに、脇腹に小さな打ち身があるのが見えた。確かさっきユーゴの突きが一瞬レオナルドの脇腹を掠めたと思うから、そのときにできたのだろう。


「ここ。青くなっているわ。触るわよ」

「ん……ちょっと痛いですね」

「これくらいなら白魔法で治せそうね」


 そう言い、アマリアは青い打ち身を手早く白魔法で治した。内出血なので放っておけば治るだろうが、もし青い痣になった箇所にもう一度攻撃を受ければ、出血がひどくなってしまう。


 アマリアが白魔法を使うと淡い光が溢れ、青い斑模様が黄色っぽくなり、それもすぐに消えていった。


「はい、できた。他にも痛いところがあったら早めに言ってね」


 ぽんっと脇腹を軽く叩くと、レオナルドははにかんだように笑った。


「はい、ありがとうございます。……やるじゃないか、ユーゴ」

「お、おう。……その、痛くなかった?」

「あれくらい痛いのうちにも入らないから、気にしないでくれ」


 レオナルドがよしよしとユーゴの頭を撫でると、ユーゴは「心配して損した」とむっとしつつ、大人しく撫でられていた。


 二人が汗を流したところで、休憩していた馬を繋いだ。馬たちも今の間にとろとろとまどろんだり草をはんだりできたようで、気合いもいっぱい――だが。


 ぴくり、と馬たちの耳が揺れ、同時にレオナルドの膝の上に乗っていたユーゴもさっと顔を上げる。馬がヒンヒンと鳴きながらそわそわし始めたので、慌ててレオナルドが二頭をなだめる。


「どうどう。……さっきまで落ち着いていたのに、どうしたんだ?」

「ママ、レオナルド。魔物が近づいているよ」

「ま、魔物!?」


 桶を馬車に積んでいたアマリアは、ぎょっとしてあたりを見回した。


(ユーゴがいれば、普通の魔物は寄ってこないんじゃないの? だったら、ユーゴよりももっと強い……)


 ぞっとして身を震わせたが、慌ててユーゴが首を横に振る。


「大丈夫だよ、ママ。すごく弱い気配だから、魔法の耐性のあるママなら大丈夫なやつだ」

「そ、そう。……あら? でも、どうしてそんなのが近づいているの?」

「聞いてみないと分からないな……」


 呟いた後、ふとユーゴは近くの茂みを見て、シュッと短い息を吐き出した。

 アマリアはおそるおそるレオナルドたちの方に向かった。膝からユーゴを下ろしたレオナルドはアマリアに手招きし、ぎゅっと手を繋いでくれる。


 膝ほどの丈の草が、もぞもぞと揺れている。

 その茂みの中から姿を現したのは――


 ニー、という可愛い声。三角の耳に、小さな角。

 尻尾の先は二股に分かれていて、もう一度ニーと鳴くと、小さくも立派な牙が見えた。


 馬車の近くまでやって来た小さな生き物を、レオナルドがしげしげと見下ろす。


「猫……に似ているけれど、違うな。これも魔物か?」

「うん、最下級の弱っちいやつだ。ちょっと風魔法が使えるくらいだから、ママでも倒せるよ。ママ、念のため後ろに……」

「かっ、可愛い……」

「えっ」


 いつになく低いユーゴの声がしたが、アマリアは口元を手で覆い、目の前でお座りする小さな魔物に釘付けになっていた。


 猫なら、修道院の近くにも野良がいた。犬や猫は魔物が怖いので、絶対にその辺の草原にはいない。野良でも、町で人間と一緒に安全に暮らしているものなのだ。


 そして、アマリアは犬も猫も大好きだった。目の前にいるのは猫によく似た魔物らしいが、体のパーツや仕草は猫そのもの。


(知らなかった……魔物って、こんなに小さくて可愛いものもいたんだ……!)


 冒険者の頃に倒していた魔物はどれも大型で、可愛いからはかけ離れていた。おかげでアマリアは、醜悪な見た目の魔物が倒れてもそれほど辛い思いをせずに済んでいた。だがこんなに可愛い魔物が現れたら、倒すことなんてできそうにない。


(さ、触りたいけど……さすがにダメだよね)


 アマリアがそわそわしている傍らでは、ずーんと落ち込んだ様子のユーゴが。


「……レオナルド、どうしよう。おれ、あんな下等種族に負けた」

「い、いや、きっとアマリアさんの言う可愛いはまた違う種類だから、気にしなくていいよ!」

「そうかなぁ……そうかなぁ……おれ、こんなチビに可愛さで負けたんだ……」

「……まあ、そういうこともあるさ」


 フォローを諦めたらしいレオナルドが、慰めなのかとどめなのかよく分からない言葉を掛けている。ユーゴはしょぼんとした目をしつつ、猫型魔物に向かってなにやら呼びかけた。


 呼びかけた、といっても、アマリアたちにはその言葉は聞き取れない。ユーゴは蒸気が立ち上るときのようなシュウシュウという音を立てていて、それを受けた猫型魔物も同じような声を出した。


(会話……しているのかな?)

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