17 旅の商人
朝に宿を出て、馬車に揺られる。途中休憩できそうなところを見つけたら昼食にし、また交易路を進む。
夕方になる前にレオナルドと、当初の予定通りに進めているか、夜になる前に宿にたどり着けそうか、ということを打ち合わせておく。
馬車の旅は、あっけないほど平和だった。というのも、以前ユーゴが言っていたように最強種の光竜がいると分かっているからか、魔物がちっとも姿を現さないのだ。一度、盗賊らしき集団と鉢合わせしそうになったが、レオナルドが進路変更せずともユーゴが魔法で蹴散らしてくれた。
他にも、行商の途中らしい商人のキャラバンとすれ違うこともあった。巧みな話術で人の心を掴む能力に長けている彼らは、旅人であるアマリアたちを見ると必ず馬車を停めて、挨拶をしてくれる。そして、自分の商品を買ってほしいと売り込んでくる。
今日は、レアンドラと南の国境を共にするシュラ=ニリアン皇国出身の商人に出会ったので、せっかくだから売り物を見せてもらうことにした。
シュラ=ニリアンは東西に長い国で、キロス、レアンドラ、エディスといった多くの国と国境を共有している。国の南側は海で、そこを越えた先にロア王国があるという。レアンドラは海なし国なので、海に関する産物などは専らシュラ=ニリアンから輸入していた。
「あっ、これ真珠だ」
「僕が前に買ったものより大粒ですね……さすが本場です」
商人が広げた商品の中に、木箱に収められた大粒の真珠があり、アマリアとレオナルドはしげしげとそれを見つめる。
どうやらそれは売り物ではないらしいのだが、興味を惹かれて値段を聞いてみたところ、二人ともひっくり返るかと思った。ユーゴが手を伸ばそうとしたので、慌ててレオナルドがその手をがっしと掴んで阻止してくれる。
「あら、これはきれいね」
「宝石のようですが……ちょっと違いますね」
「ああ、それは一種のガラス石だ」
真珠の隣には、きらきら輝く石の付いたペンダントが並べられていた。
アマリアとレオナルドが話をしていると、商人はそれを台座から外して差し出してくれた。
「持ってみりゃ分かるが、これは宝石よりもずっと軽い」
「あ、本当だ」
「ガラスにしても軽いですし、純度が高いですね」
「見る角度によって色が変わるガラスなんだ。見た目の割に安価だから、平民でも手を出しやすい。他にも、周りの環境によって色が変わるものもあるんだ」
「そういえば宝石にも、室内で見たときと屋外で見たときとで色が変わるものがありますね。そんな感じでしょうか?」
アマリアよりずっと幅広い知識を持つレオナルドの言葉に、商人は頷いた。
「ああ、ガラス石にもそういうのがある。明るい場所なら寒色、暗い場所なら暖色に見えるやつもあるんだ」
「そうなんですね……」
商人と色々話をした結果、アマリアは紅茶の材料に使えそうな果実と香草を買った。
またユーゴは異国の珍しい品々が気になるようで、あれこれ手を伸ばそうとしてはレオナルドに注意されている。
「おい、レオナルド! あれは何なんだ!?」
「岩塩だね。このあたりではあんまり見られないけれど」
「おい、これは何だ!? おれの直感が、これは甘いと告げている!」
「ご名答。これは砂糖と同じような甘味料の元になる植物だよ」
「ほしい!」
「だめ。というか、このままだと舐めても甘くないよ」
「じゃあいらない!」
商人に品物を包んでもらいながら、アマリアはレオナルドとユーゴのやり取りを眺めていた。わいわい言いいながら商品を眺める二人を見ているアマリアの頬も、自然と緩んでいく。
「……ご婦人。あのお兄ちゃんは旦那じゃないのか?」
こそっと商人に問われたので、アマリアは振り返って微笑んだ。
「ええ、恋人です。息子の面倒もよく見てくれて、とても助かっています」
「ああ、そういうことか。ぱっと見たところ親子のようだが、やり取りを見ていたら、なんというか……仲間っぽいな」
「ええ、私もそう思います」
多くの人と交渉を重ねる商人だからか、なかなか鋭い指摘だ。
レオナルドはユーゴに対して、父と子ではなく年の離れた友人同士のような距離感で接している。たまに頭を撫でてやったりもするが、その塩梅がうまいからかユーゴが本気で反抗することはまずない。人間に対する好き嫌いがかなり激しいユーゴだが、レオナルドのことは非常に信頼しているようだ。
商人は頷き、アマリアに品物を渡した。
「ご婦人は男を見る目がいいな。子連れなら、ああいう誠実で物分かりのいい男と一緒にいるのがいい。子どもに対して的確な態度を取れる男は外れが少ないと、俺は思うな」
「あ、ありがとうございます?」
果たして自分の男を見る目がいいのか、運がいいのか、レオナルドがとてもいい人だからなのか、それはよく分からない。
(まあ、少なくともユーゴだから、たとえ私が変な人に捕まったとしても一撃で消し炭にしそうだけど……)
どうやらユーゴが余計なことをしたようで、レオナルドに頬をつねられている。ユーゴが「なにするんだ! ぼーりょくだ!」と抗議するが、レオナルドに「暴力じゃない。教育だ。商品に手を触れてはいけないと言っただろう」と優しくもはっきり返されると、納得したように黙ってしまった。
(……レオナルドがいてくれて、よかった)
すぐに仲直りし、並んで一緒に商品物色をする二人を見守りながら、アマリアは思った。




