16 宿にて
ユーゴが熾した火を使い、アマリアはぶつ切りにした鶏肉をピネリと一緒に煮始めた。あまり凝った味付けはできないが、削った岩塩と潰したピネリ、臭み消しのムルムのおかげで間もなく、骨付き鳥もも肉のピネリ煮込みができあがった。
紅茶も淹れ、三人分の食器も出す。匂いがしてくると、休憩している馬のたてがみに触れて遊んでいたユーゴがたたっと駆け戻ってきて、船底型の皿に注がれた鳥煮込みを見て目を輝かせた。
「おいしそう!」
「お家で作るのよりはシンプルだけど、肉も野菜もハーブも入っているから、栄養もばっちりよ」
食事の準備ができたら、三人で昼食の時間にする。
草原にマットを敷いた上での食事で、食器を置けるテーブルがない。だがユーゴは鳥煮込みを満面の笑みで食べていたし、レオナルドもぺろりと一皿目を完食しておかわりもしてくれた。
食事を終えたら、手早く後片づけをする。ユーゴの水魔法で食器や調理器具を洗い、レオナルドが馬車に積む。アマリアは残った紅茶を容器に移し、道中の水分を確保した。
片づけを終えて手洗いなども済ませると、再出発。
春の陽気は穏やかで、ゆらゆら揺られながら座っていると眠くなってくる。
(だめだめ! レオナルドが手綱を握ってくれているし、私はユーゴの面倒を見ないと!)
昼食後に眠くなるアマリアと違い、ユーゴはいつでも元気いっぱいだ。とんでもないいたずらなどはしないだろうが、馬にちょっかいをかけたり荷物を漁ったりするので、目を離すわけにはいかない。
ユーゴと一緒に歌を歌ったり、道中摘んだ野草をより分けたりしながら午後を過ごし、太陽が傾き駆けた頃、馬車は最初の宿に到着した。一日目は最初に予定したとおりの行程になったようだ。
「これが宿?」
「そうよ。ユーゴはポルクとアステラしか見たことがないから、こういうのは新鮮かもしれないわね」
馬車から降りたユーゴがきょとんとしたので、アマリアは微笑んで教えてやった。
これまでにユーゴが見たことのある「宿」はポルクにしてもアステラにしても、集落や町の中にあるものばかりだ。だがこれは交易路の途中にある宿場で、周りに民家はない。
小さめの邸宅のような外観の宿は、馬車の幌を越えるくらいの高さの石塀で囲まれていて、入り口にも堅牢な鉄の門扉がある。門扉にはベッドを横から見たイラストが描かれたプレートが下がっている。これは例の宿屋協会に与するという証だった。
まだ夕方だからか、鉄の門は開いている。その前に武装した男性がおり、身分証明ができるものがないかと問うてきた。
身分証明がなくても宿泊できるが、貴族にしろギルド員にしろ何らかの身分を証明できると宿での待遇がよくなる。アマリアたちの場合、レオナルドがギルドの傭兵である証明書を持っていて、アマリアとユーゴは「傭兵レオナルドの知人とその息子」ということで通してもらえた。
「僕は馬車を預けてくるので、先に受付を済ませてください。やり方は……大丈夫ですよね?」
「十年前と変わっていなければ」
「今も昔も手続きは似たようなものです」
そう言うレオナルドに馬車を任せ、アマリアはユーゴの手を引いて宿の玄関に向かった。だがユーゴは宿の外観や庭の様子、レオナルドが馬車と一緒に消えていった裏庭などが気になるようで、ぐいぐい手を引っ張らないと変な方向にフラフラ行ってしまいそうだった。
宿は、それなりに繁盛していた。まだ日が落ち切らない時間だからこの程度で済むが、もっと遅い時間だったり悪天候の日だったりすると、あっという間に満室になってしまう。満室でも、多くの宿は頼めば空き部屋や物置などを貸してくれるが、できるならベッドで寝たいものだ。
「男一人と女一人、子ども一人なのですが、お部屋は空いていますか?」
アマリアがカウンターで問うと、受付をしていた中年女性は帳簿を捲った。
「家族なら、ダブルベッドの部屋がちょうど空いているよ。子どもも添い寝すればいいだろうし、安く付くけどどうかな?」
「……あー、いえ、その、この子は私の息子ですが、男性は夫ではないので」
ダブルベッドを提案されることは予想していたので、アマリアは説明する。
男女と子どもときたら、普通は家族だと思われるだろう。だが、男性と母子という組み合わせもそこまで意外に思われることはない。盗賊も魔物も出没するこのご時世、身分のある親子とその護衛のような組み合わせもあり得るのだ。
思った通り、女性は「ああ、そういうことなら」と納得顔になり、シングルベッドの部屋の鍵二つを渡してくれた。部屋は隣り合っているので、何かあればすぐにレオナルドに相談できるだろう。
アマリアが三人分の名前を宿帳に書いたところで、レオナルドが戻ってきた。
「お待たせしました。部屋は取れましたか?」
「ええ。私とユーゴ、レオナルドでそれぞれ一室よ」
「レオナルド、おれ、宿の探検したい!」
「ユーゴは好奇心旺盛だね。荷物を上げた後なら、付き合うよ」
「うん!」
「ありがとう、レオナルド」
「どういたしまして」
言葉を交わし、レオナルドは右腕でユーゴを抱え、左手で荷物の入った袋を持った。アマリアも何か持つと申し出たが、「アマリアさんは鍵係で」と笑顔で断られてしまった。
――視線を感じたのでちらっと背後を見ると、カウンターにいる女性がなんとも言えない目でこちらを見ていた。
その目は、「どう見ても家族じゃない」と語っている……ような気がした。




