15 出発
数日後、アマリアたちは家のことをブルーノやエヴァに頼み、ポルクを出発した。
馬車の運転に関しては、レオナルドが手綱を取ってくれることになった。どこで御者の技術を学んだのかと聞いたら、「色々下働きをしていると、自然と身に付きました」と苦笑して教えてくれた。
ポルクはレアンドラ王国の東端、孤児院は南西に存在する。幸いレアンドラ王国内はよほどの田舎でない限りは行商のための交易路が張り巡らされており、道も最低限の整備がされている。
また、主要な交易路付近には宿場が並んでいるし、盗賊や魔物対策で警備隊の詰め所が点在していた。警備隊は王都にある本部を中心に、国内のあちこちに治安維持のために兵士を派遣している。ときにはギルドの傭兵と協力し、国内で人々が快適に過ごせるようにしてくれているので、アマリアのような非力な女性でも比較的安心して旅をすることができるのだ。
(昔は王都周辺にばかり兵力を集めていて地方は捨て置かれていたそうだから、警備隊の設立とギルドとの連携を提案してくださった当時の王様に感謝しないと)
レオナルドが借りてくれた馬車は二頭立てで、長旅用の頑丈な鉄の車輪が四つと、風雨から身を守ってくれる幌が付いている。この幌馬車も真夏だと内部が蒸れてなかなか大変なのだが、今は過ごしやすい春なので、幌に付いている小窓を開けたりすればほどよく風が通って中にいても心地いいだろう。
馬車に荷物を積み、アマリアとユーゴはクッションを敷いた上に座った。小型馬車だが内部はほどほどに広く、荷物を乗せても三人が寄り添って横になって眠れるくらいの隙間はあった。毛布やクッションも持ち込んでいるので、揺れで尻が痛くなることもなさそうだ。
レオナルドの操る馬車はポルクの門を抜け、広々とした草原に出た。出てすぐの地面は少し砂利が多くて車体がガタガタ揺れたが、間もなく交易路に入ったようで、僅かに左右に揺れるのみになった。
「旅、楽しみだね! ママも楽しみ?」
「もちろんよ。こうして長旅をするのも久しぶりだからね……」
ユーゴを膝に乗せながら、アマリアは過ぎ去った日々に思いを馳せる。
生まれてから二十年間、修道院で暮らしてきた。そして初めての冒険は、アルフォンスたちとの旅だった。
パーティーメンバーはアマリアを含めて六人で、若者ばかりということもあり前半はそれなりに楽しく過ごせたと思う。
エスメラルダが加わってからは色々崩れてしまったが、それももう過去の話。今アマリアは、信頼できる二人と一緒に旅に出ている。にぎやかさという面では昔に劣るが、安心感は過去の比ではない。
レオナルドは地図を読むのはもちろん、空の色を見て天候の変化を把握する才能もあったようだ。もしこれから先天気が崩れそうなら路程変更をするそうだが、今のところは当初の予定通り行けるということだ。
一日目の午前中はのんびりと馬車を走らせ、昼頃に一旦停車して昼食を摂る。食料は、念のために約五日分を蓄えていた。
といってもアマリアたちが積んだのは野菜やパンなどで、肉類はほとんど持ち込んでいない。わざわざ積まなくても、ユーゴが狩ってくるからいいのだ。
「じゃ、行ってきます!」
「ええ、気を付けて」
「無理はしなくていいからな」
アマリアとレオナルドに見送られ、ユーゴは意気揚々と森の方へ駆けていった。近くを通ったときから既に獲物の匂いを嗅ぎつけていたようでそわそわしていたので、「馬車が停まるまで待ってね」とずっとなだめていたのだ。
御者台に座ってユーゴの背中を見送っていたアマリアは、ほっと息をついた。
「……ユーゴも、狭い馬車の中でよく我慢したと思うわ」
「そうですね。さすがに竜の姿になるのは勘弁願いたいですが、一日に一度はああやって走り回らせた方がいいでしょうね」
馬から馬具を外しながらレオナルドも言う。出かける前にユーゴが魔法で水を出してくれたので、桶になみなみと注がれた水を馬に飲ませてやった。ほぼ全属性の魔法が使えて狩りもできるユーゴがいてくれて、実に助かる。
(そしてレオナルドは御者をして、有事には剣を取って戦ってくれる。それなら私は、私にできることをしないと!)
馬の世話はレオナルドに任せ、御者台から降りたアマリアは早速昼食の支度を始めた。
支度といっても、凝ったものを作るつもりはない。だが、ユーゴが狩ってくるだろう獲物を生で食べるわけにはいかないので調理する必要があるし、紅茶も淹れたい。
アマリアの希望というより、レオナルドとユーゴの申し出によって、馬車に茶器を積んでいた。普段家で使うものではなく、新しくブルーノの店で買った、少々質感は劣るものの頑丈で軽いポットを持ってきているのだ。
(レオナルドは、新しいポットを買う費用や運ぶ際の懸念以上に、私の紅茶でみんなが元気になれる方が価値があるって言ってくれた)
レオナルドは午前中神経を尖らせて馬を御し、ユーゴは狩りに行ってくれるのだから、アマリアは二人の健康管理も兼ねて紅茶を淹れるという役目があるのだ。
火はユーゴが帰ってから熾せばいいので、それまでに食材の下ごしらえをしておく。馬車から折りたたみ可能なミニテーブルを出し、木箱から出したハーブや果実を並べた。
(さて、今回は何にしようか……)
使用できる食材は限られる。限られるからこそ、どの食材でどのような効果を出すのか、アマリアの腕の見せどころだった。
結果、アマリアが選んだのはラヴィとマグラム、グワムだった。ラヴィは神聖属性持ちで回復効果、マグラムは塩分や糖分を含むので栄養補給になる。
この二つだけだとあまりにも味気ないので、家なら蜂蜜を入れるのだが、今回は甘酸っぱいグワムを加えて彩りと香りを与えることにした。
それらの下ごしらえに加え、ユーゴが肉を獲ってからのことも考えておく。何肉だろうとおいしく調理しなければならないので、どの肉がやって来てもいいように、岩塩や臭み消し用のムルムを揃え、ソースにするためのピネリを潰しておいた。
「ママ、ママ! 見て見て! 大収穫!」
「おか――」
「あー、ちょっと待ってください。はい、そこで止まるんだ、ユーゴ」
元気いっぱいなユーゴの声がしたので振り返ろうとしたら、アマリアの視界をレオナルドの背中が遮った。
「大物だけど、それ、全然血抜きができていないよ。君だけが食べるのならいいだろうけど、僕たちももらうのだから血抜きをしよう」
「はーい……あ、ママ。鳥を二羽捕まえたんだ!」
「ありがとう、ユーゴ。血抜きお願いね」
「うん!」
レオナルドの背中で見えないが、ユーゴは元気よく返事をしてくれた。アマリアは肉の調理には慣れているが血抜きや解体、内臓処理はしたことがないし現場を見る勇気もないので、二人に任せることにした。
アマリアが果物の皮を剥いたりすり潰したりしている間に、二人は戻ってきた。様々な処理をしたにしてはやけに早いと思ったら、「風魔法と炎魔法でやったんだよ!」とユーゴが誇らしげに教えてくれた。
レオナルドが手にぶら下げる鳥の肉を見ると、表面をうっすら焼いて産毛の処理もしてくれていた。魔法とは非常に便利である。




