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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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9  生きるための方法①

 修道院にも孤児院にも戻らず、ギルドにも再登録しないことで「かつてのアマリア」は死に、新たなアマリアとして生きていくことを決めた。

 アマリアというのはレアンドラ王国ではありふれた名前であるし、中級程度の白魔法使いというのも全国的にはさほど珍しくない。ギルドの支部があるような大きな町に寄らなければ、アマリアの正体を知る者に会うことはないだろう。


(……といっても、どうにかして生きていかないといけないよね)


 ユーゴを膝の上に乗せ、窓の外を見ながらアマリアはぼんやり考えていた。

 今は宿に連泊できているが、いずれ金も尽きる。そうなる前に何らかの仕事を得て、自分たちが食べていけるようにしなければならない。


 ユーゴは彼なりに責任を感じているようで、「自分の食料くらいは自分で獲ってくる」と言っていた。今は人間界に馴染むために幼児の姿をしているが、そんな可愛い格好でも魔物を一撃で仕留められるくらいには強いようだし、その気になれば真の姿である竜になれる。彼は生肉でも平気で食べられるので、その辺の動物を狩ってくるつもりのようだ。


 だが、ユーゴの食費問題は解消できても、アマリアの食料やその他の生活必需品を手にするためにはやはり、金が必要だ。ユーゴは金という感覚にいまいち疎いようなので、アマリアがしっかり稼がなければならない。


「とりあえずこのポルクで、白魔法の力を使って何かできるかな……」

「この辺にはママほど白魔法が得意な人はいなさそうだから、お願いすれば何かできるかもしれないよ」


 木製のおもちゃを弄んでいたユーゴが、顔を上げて言った。

 実年齢はかなりのものになるらしいユーゴだが、アマリアと一緒に生活すると決めてからは、彼なりに子どもらしく振る舞うように心がけているようだ。また目に映るもの全てが新鮮なようで、先日雑貨屋の店主に譲ってもらったおもちゃを熱心に研究している。そういう仕草は人間の子どもと大差ないので、見ているとふわっと胸が温かくなり癒された。


 ユーゴの柔らかい髪を撫でつつ、アマリアは微笑む。


「そうだね。これからお願いしに行ってみようか」

「おれも行っていい?」

「いいけれど、ちゃんと子どもらしく振る舞うこと。いきなり『我に何をするのだ、この無礼者』なんて言わないのよ」

「わ、分かってる!」


 ユーゴはぷうっと頬を膨らませて反論するが、なんてことない。彼にはれっきとした前科があった。

 一昨日、宿の食堂で食事をしていると、アマリアが集落の若い男に絡まれた。宿は夜になると酒場のような役割も果たしているので、仕事を終えた若い衆が集うのだ。


 アマリアと同年代――二十歳前後だろう彼はすっかり酒が入っていたようで、ユーゴと二人で夕食を食べていたアマリアに絡み、いきなり肩を抱いてきた。そのときユーゴが思わずといった様子で、「アマリアに何をするのだ、このクソガキが」と低い声で唸ったのだ。

 幸い、近くにいた者は全員酔っぱらっていた。怪訝そうな顔はされたものの、アマリアが「息子がいますので」と急ぎ取り繕ってユーゴを抱きしめると、最後には諦めて席に戻ってくれた。


 翌日その青年とばったり会ったのだが、「昨夜はすまなかった」と殊勝な態度で謝られた。そのときにそれとなくユーゴの失言を覚えているか確かめたのだが、「酔っていたのであまり覚えていない」そうなので、ひとまず胸をなで下ろしたのだった。


 そのことがあるからかユーゴは少々気まずそうにしているが、一度危険な思いをしたのだから同じ轍は踏まないはず。


 支度をし、アマリアはユーゴと連れだって部屋を出た。既に宿の主人ともうち解けられていたので、出発する際には「気を付けていきなよ」と声を掛けてもらった。


 宿を出ると、秋の風がふわっと吹いてアマリアの髪を撫でた。

 あと半月ほどで、アマリアがアルフォンスたちに置いていかれたあの日から十年経ったことになる。

 十年、という歳月は残酷だが、魔界にいる間に過ぎ去ってしまったからか、その重さにそれほどの感慨はなかった。


(でも、修道院やギルドの様子を見ると全然違うんだろうな)


 時間の重みを感じないのはきっと、今アマリアがいるポルクが五年前にできたばかりだから。アマリアがいない間に成立し、成長してきた集落を見るだけだと何も感じなくても、慣れ親しんだ場所だときっと違うだろう。


(ギルドはともかく、修道院や孤児院の皆には安否を伝えたいところだけれど……それも難しいよね)


 ふうっと息をつき、ユーゴの手を握る。彼は足元に散っている紅葉した落ち葉に夢中のようで、子ども用の靴で落ち葉を蹴り上げ、かさかさと音を立てるそれらを興味深そうに見ていた。


 アマリアが向かったのは、ポルクの集会所だった。ここは「村」という括りではないそうなので村長はおらず、代表者が取りまとめを行っているという。


 代表者は基本的に当番制で、半年から一年間隔で交代している。現在の代表者はちょうど、アマリアたちが日々世話になっている雑貨屋の店主であるブルーノだった。


「診療所……なるほど。確かにここに、そういった施設はないな」

「これまで怪我人や病人が出たらどうしていたのですか?」


 話を聞いたブルーノが顎に手をあてがって考え込んだので、アマリアは尋ねてみた。

 この集落が成立して五年ということだから、これまでにただの一人も傷病者が出なかったということはないだろう。それなのに診療所にあたる施設は存在しないし、彼の話だと住民の中に白魔法の適性がある者もいないそうだ。


「なるべく多めに薬を買いだめし、どうしてもというときには隣町の医者や白魔法使いを呼んでいた。だが金も時間も掛かるから効率は悪い。さらには、こちらを下手に見てぼったくろうとする者もいてな」

「……そうでしたか」

「アマリアは、ユーゴ君と一緒にここで暮らすつもりなのか?」

「えっと……確定ではありませんが。ユーゴがいるので冒険者業からは退くことにしたのですが、何らかの方法で生きていかなければならないので」


 まさか「魔界で過ごしている間に十年経過し、ギルドの登録が解消されてしまいました」とは言えないので、それらしい説明をしておく。

 白魔法使いとしてチマチマ稼ぐより魔物を倒した方が儲けはいいのだが、ギルドに登録できない以上魔物討伐をしても効率が悪いし、アルフォンス一行という失敗経験があるのでパーティーを組むのも遠慮したい。そもそも、黒魔法を扱えないアマリアに魔物退治ができるわけがないのだ。

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