14 甘えてほしい
孤児院訪問が決まり、早速準備を始めた。
まずは、院長先生宛てに手紙を書く。孤児院からレオナルド宛てと違い、こちらから送るのならばアマリアたちが到着するよりも前に届くはずだ。
そして、レオナルドはギルドに休暇申請し、旅の支度も調えた。
「馬車を借りて、食料と、途中で寄る宿も確認しないとね」
「旅をするのにも色々考えないといけないんだね」
リビングのテーブルに地図を広げたアマリアの隣で、ユーゴがしみじみと言った。
この地図は、エヴァの父親である宿屋の主人から購入したものだ。道中、できるなら野宿は避けて宿を経由していきたいと考えている。それを相談したところ、宿屋協会とやらで発行されている地図を売ってくれたのだ。
主人曰く、この地図に記されているもの以外にも多くの宿があるはずだが、それらは宿屋協会に加入していないことが多い。そういう宿はとんでもない宿泊費をふっかけてきたり、荷物がなくなっても責任を取ってくれなかったりと、かなりずさんな経営をしている。
特にアマリアやユーゴのような女子どものみだと、相当舐めてかかられるそうだ。レオナルドも、「僕一人ならそういう宿でも平気ですが、アマリアさんが無事に過ごすためには協会に加入している宿に泊まるべきですね」と言っていた。
そのため、ポルクから孤児院までのおおざっぱなルートを確認したら、立ち寄れる宿にも目星を付けておく。その日の天候や馬車の進み具合で路程は左右されるので、様々な可能性を考えて安全な旅路を確保する必要があった。
ちなみに、家を留守にしている間のことはエヴァに頼んでおいた。一ヶ月以上も家を空けると衛生面や防犯面でも不安なので信頼できる彼女に鍵を渡し、定期的に換気をしたり掃除をしたりしてもらうことにした。もちろん謝礼も考えているし、孤児院周辺の特産物をおみやげとして買って帰る予定だ。
「ママと一緒のお出かけ、楽しみだなー! 今まで一緒にポルクを出たのは、去年のお祭りのとき以外なかったよね」
「そうね。……ユーゴは竜だった頃も、あまりあちこちに行ったりしなかったの?」
アマリアが問うと、アマリアが地図にインクで印を付けた箇所を指で辿りながらユーゴは頷いた。
「おれ、人間界に来てすぐに寝ちゃったんだ。だから実は、長距離を飛んだのもママを助けに行ったときが初めてだったんだ」
「そうなの!? 体、辛くなかった……?」
「冬だったからちょっとだるかったけれど、大丈夫だったよ。おれもたまには思いっきり飛びたいとは思うけど、それじゃ目立っちゃうよね」
「……そうね」
もしユーゴが小型の竜だったら、人里離れた場所であれば羽を伸ばしていてもほとんど目立たなかっただろう。
だが、ユーゴは幼体ではあるらしいが竜の姿になると小山ほどの大きさになるし、最強種と言われる光竜だ。黄金の鱗を持つ巨体はとにかく目立つし、去年キロスを襲撃したという経験もあるため、人の注目を集めかねない行動はできない。
(……ユーゴの本性は竜なのだから、本当は思いっきり空を飛ばせてあげたいけれど……)
よほどの僻地であれば人間に遭遇することはないかもしれないが、少なくともレアンドラ王国内では難しいだろう。ユーゴは寒いのが好きではないそうだし、いつかロア王国のような温かい南の国に連れて行ってやりたいものだ。
夕方になると、レオナルドが帰ってきた。彼は「申請、通りましたよ」と笑顔で言い、小型の馬車も借りられたと教えてくれる。
「本当にありがとう。私一人だったら、何もできなかったわ」
「どういたしまして。でも、これくらい遠慮なく頼ってください。普段は僕の方が、アマリアさんに甘えっぱなしなんですから」
「甘えている? そうかな……?」
夕食用の野菜の下ごしらえをしつつ、アマリアは首を捻る。
かつて二十歳と十二歳だったアマリアたちは、二十二歳と二十四歳になっている。アマリアが魔界にいる間にレオナルドは成長し、魅力的な大人の男になった。
子どもの頃はともかく、体付きもたくましいしとても頼りになる大人の彼が「甘えている」とは思えないのだが。
アマリアが首を傾げると、レオナルドはくすっと笑ってアマリアの肩に掛かる髪をそっと払いのけた。
「そうですよ。僕は手先が器用ではないので、料理も裁縫もできません。あなたはとても料理が上手ですし、淹れる紅茶は最高です。僕やユーゴの穴の空いた服も繕ってくれているのですから、これを甘えていると言わずになんと言うのですか」
「えっ、えー……そういうものなのかしら?」
「もちろんです。……それに」
レオナルドは微笑むと、髪を弄んでいた手をアマリアの腰に滑らせ、ぎゅっと抱きついてきた。身長差があるので、彼に抱き寄せられてアマリアが胸に倒れ込むと、レオナルドの腕にすっぽりと収められてしまう。
「わ、っと……」
「……あなたはこうして、何の躊躇いもなく僕の腕に収まってくれる。僕は、そんなあなたを抱きしめて、今だけは僕だけの人にできる。これも、あなたに甘えているということになるんですよ」
「そ、そうですか」
不意打ちで照れることを言われたので思わず敬語になってしまったが、アマリアもなるほど、と納得した。
(「甘える」っていうとどうしても、孤児院の子どもが大人に縋る印象があるけれど……そうじゃないんだね)
大人になっても甘えるし、二人の関係が恋人同士となれば、その意味合いも変わってくる。いつもはしっかりしていて頼りになるレオナルドが、アマリアを抱きしめているときは少しだけ幼い雰囲気になり、アマリアも彼の望むままに身を委ねたくなってくる。これも、アマリアが彼を「甘やかしている」ことになるのだろう。
「それじゃあ、私もあなたに甘えたりしてもいいのかしら?」
「ええ、もちろんです! といっても僕がアマリアさんより得意なのは体を動かすことだけなので、あんまりお役には立てないと思いますが」
「そんなことないわ。……今回の件だって、あなたが色々手配してくれるから私たちは安全に孤児院に行けそうだもの。……本当にありがとう。頼りにしているわ」
心を込めてそう言うと、アマリアを抱きしめるレオナルドの腕に少しだけ力が籠もる。そして彼は腕の中のアマリアを見下ろして嬉しそうに微笑み、つむじに軽くキスを落とした。
「……あなたに頼られると、すごく嬉しいです。道中も、あなたが快適に過ごせるよう尽力します。僕に甘えてくださいね」
「そうさせてもらうわ。代わりに私は、ご飯の準備をしたり荷物の整理をしたりするから、その点では私を頼ってね」
「もちろんです」
しばし見つめ合い、ちゅ、と軽く唇を重ね合う。それだけでお互い真っ赤になり、照れながら体を離した。
ちょうどそのとき、リビングの方からとことことユーゴがやってきた。彼は愛用の木製パズルを持っており、レオナルドを見ると「おー、おかえり」と挨拶をする。
「ああ、ただいま。今日は異変はなかったかな?」
「おれがちゃんとママを守っていたから大丈夫。それより見てくれよ、レオナルド。このパズルでさっき、新しい形が作れたんだ」
「へえ、それは見てみたいな。……アマリアさん、僕はユーゴの相手をしますので、夕食お願いしますね」
「ええ、今日はピリ辛お肉よ」
「楽しみにしてますね」
そう言うとレオナルドはユーゴをひょいと肩に担ぎ、リビングに向かった。
なにやら軽口をたたき合いながらリビングでパズル遊びをする二人の声を聞きながら、アマリアは笑みを堪えることができなかった。
レオナルドは本当によくユーゴの面倒を見てくれる。実年齢だと数百歳レベルになるだろうユーゴだが、おもちゃで遊んだり虫に興味を持ったりといったところは、普通の子どもと変わらない。
(……そうだ。院長先生に会ったときは、ユーゴのことを実子じゃなくて養子だと説明するんだっけ)
今すぐに決めなければならないことではないが、スプーンで野菜の種を取りながらアマリアは思う。
アマリアは、若く見える三十二歳ということで院長先生たちに会いに行くつもりだ。そして混乱を避けるため、ユーゴが竜の子であることは明かさない予定である。
アマリアの年齢とユーゴの見た目年齢的には実子と養子、どちらでも通りそうだが、実子にした場合は「父親は誰か」問題が出てきてしまう。
(髪の色はレオナルドがほとんど同じだけど、さすがにそれはね……)
院長先生にはレオナルドと恋人同士になったということも報告するつもりだが、ユーゴがレオナルドとの間にできた子だと言うのは、誰にとってもいい話になりそうにない。となればやはり、ユーゴは養子で、レオナルドと一緒に彼を育てているということにした方がよさそうだった。
(院長先生は小さな子どもが大好きだったしユーゴもうまく立ち回ってくれるはずだから、きっとうまくやっていけるはず)
一人頷きながら、アマリアは鶏肉をフライパンに投入した。
今日は辛めの肉料理と甘めのスープなので、きっとレオナルドとユーゴ、両方の笑顔が見られるはずだ。




