11 相談①
ポルクは竜の山に守られるようにして広がる集落で、青々とした草原に囲まれている。かつては魔物が跋扈しうだるような熱さに包まれていたこの地方も、十年前に黄金の竜ことユーゴが姿を消してからは温暖な気候になり、魔物の数もぐっと減った。
アマリアも、野原で花やハーブを摘んでいるとたまに魔物の姿を見かける。だがそれらはどれも小型で、戦闘を好まないものばかり。たまにふわふわした尻尾をピンと立てて襲いかかってくるものもいるが、アマリアが「めっ!」と頭に手刀を落とすとそれだけでころんと転がり、慌てて逃げていった。
さらに、ユーゴがいれば魔物も迂闊には寄ってこなかった。アマリアにはよく分からないが、ユーゴ曰く「魔物は、強者の匂いを嗅ぎつける」そうだ。人間の子どもの姿をしていてもユーゴが最強種の光竜であるのは、匂いや気配で分かるらしい。だから、たいていの魔物はユーゴがいるだけで逃げていくという。
「……あら? でも十年前までは、ユーゴが寝ている山の周辺に魔物が集まっていたのよね?」
厨房で豆の皮剥きをしながらアマリアが問うと、手先の運動も兼ねてお手伝いをしていたユーゴが頷いた。
「あのときのおれは竜の姿だったし、寝ていた。竜の姿で寝ると、おれの気配を感じた魔物はおれの魔力を吸い取ろうと寄ってくる。だからママが来るまで、このあたりは魔物がたくさんいたんだよ」
「魔力を吸い取る……」
「人間にはそういう能力はないみたいだね。でもおれたちは魔物を食べたり体から溢れる魔力を吸い取ったりすることで、強者の力を取り込んで自分のものにできるんだ」
ユーゴの説明に、アマリアは――ユーゴが巨大な魔物をバリバリ食べている姿を想像して、ぞっとした。
(そ、そういえばユーゴはよく狩りに行っているし、仕留めた魔物を食べているんだよね……?)
彼の食料になるのは猪や鳥など、アマリアでも食べられるものだけではないのだ。いつぞやには毒持ちの生き物を食べて体調を崩したこともあるので、ユーゴにとっては別におかしな話でもないのだろう。
「そうなの……それじゃあユーゴも、魔物を食べて魔力を取り込んだりするの?」
「おれはそんなことをしなくても強いから、魔力のあるなしじゃなくて、おいしいかどうかで狩る対象を決めている。魔物は体が大きい分食べ応えはあるけれど、普通の牛や鳥よりまずい。だから、ママの作ってくれるご飯が一番なんだよ!」
「あら、ありがとう」
にっこり笑顔を向けられたので、アマリアも笑顔を返す。
テーブルの上の豆は、かなり皮を剥くことができた。ユーゴが担当した方は、いくらか豆ごと粉砕したり潰したりしてしまったが、コツを掴むとうまく剥けるようになっていたのでしっかり褒めておいた。
「今日はレオナルド、すぐ帰ってくるんだよね?」
「そう言っていたわね。今日は研修らしいから」
豆を盛ったざるを水に漬けながら、アマリアは答える。
ギルドに登録する者たちは、「冒険者」と「傭兵」の二種類に分かれる。どちらも依頼を受けて魔物討伐をするというのは共通しているが、比較的自由にパーティーを組めて、依頼達成に対する責任が軽い冒険者と違い、傭兵は実力と信頼でもっているようなものだ。
傭兵の場合、行商人の護衛や地方の反乱鎮圧の補助、町の警備などの仕事も任される。「人と魔物」のやり取りが主となる冒険者と違い、傭兵は「人と人」の関係が求められる。依頼に失敗したり手を抜いたりすれば、ギルドの信頼にも関わる。
よってギルドは定期的に傭兵対象の研修を行い、戦術だけでなく交渉術や最低限の教養、サバイバル能力などを身につけさせているらしい。冒険者も任意で講習を受けられたので、アマリアも白魔法使い対象の研修には参加したことがあった。そのとき、ギルドの会議室で講習を受ける傭兵たちの姿をちらっと見た覚えがあるが、冒険者対象のそれとは比べものにならないほど真剣な場だったのを思い出す。
今回レオナルドが受けに行ったのは半日程度の研修だ。昨日の夜に出て行ったので、今日の夕方くらいには戻ってこられるはずだ。
(今日は、豆料理にしよう。鶏肉も買えたから、ピネリを使ったスープがいいかも)
今ユーゴと一緒に皮を剥いた豆は、マーユという。一年を通して寒冷でなかなか作物の育たない北国で、マーユという女性が最初に育成に成功した豆らしく、寒冷地でもよく育つ栄養たっぷりの食物だ。
野菜を角切りにして、刻んだ鶏肉と一緒にフライパンで炒める。水を入れ、マーユと潰したピネリ、香り付けのムルムやラヴィを加えて煮込むと、鮮やかな夕焼け空色のスープができあがる。冬はそのまま、夏は冷まして食べられることが多い。
夕食の献立を考えながらマーユを洗っていると、箒とちりとりでテーブルの周りに落ちていた豆の皮を掃除していたユーゴがぴくっと身を震わせ、顔を上げた。
「あ、もう帰ってきたみたい」
「音がする?」
「玄関で馬を停めた音がしたんだ」
そう言うとユーゴはさささっと床を掃き、ゴミを捨てた。ユーゴはとても耳がいいので、アマリアでは聞き取れない微かな音もしっかり拾い、アマリアにもそれを教えてくれるのだ。
まもなく、玄関のドアが開く音がした。すぐにユーゴが飛んでいったので、アマリアも豆のざるを一旦水から揚げ、手を拭きながら玄関に向かう。
「おかえり、レオナルド。今日は早いな! 研修どうだった?」
「ただいま、ユーゴ。今日は救助方法についての研修で……あっ、アマリアさん。ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
アマリアが玄関に行ったときには既に、ユーゴがレオナルドの背中によじ登っていた。レオナルドは荷物を抱えているが難なくユーゴを背負い、肩車をしてやっている。目線が高くなるのが嬉しいようで、ユーゴはレオナルドに肩車してもらうのが気に入っているのだ。
アマリアが両手を差し伸べると、レオナルドは礼を言って荷物を渡した。ずしっと重いが、今レオナルドはユーゴの相手をしてくれているのだから、これくらいはアマリアが運ぶべきだろう。
「疲れたでしょう。すぐにお茶を淹れるからね」
「はい、お願いします。……お茶を飲みながらでもいいのですが、ちょっとお話ししたいことがあります」
荷物をリビングに置いてすぐに厨房に向かおうとしたアマリアは、はっとして振り返る。今のレオナルドの言葉にどこか緊張したような色が混じっているような気がして、胸の奥から不安な気持ちが沸き上がってきたのだ。
だがレオナルドはアマリアの強張った顔を見ると、慌てて首を横に振った。
「あ、いえ、悪い知らせではないので、安心してください。お話ししたいというか、相談というか、提案がありまして」
「……分かったわ。それじゃあ、そこで待っていてね」
レオナルドに言われたのでひとまず胸をなで下ろし、アマリアは急いで厨房に戻り、茶と軽食の準備をした。先ほどおやつの時間にユーゴと一緒に食べた木の実ケーキの残りがあったので、茶と一緒にケーキをトレイに乗せた。
植物辞典⑯
マーユ……そらまめのような植物。栄養たっぷりで色々な料理に使える。




