9 あなたに贈る、おめでとう①
食後、アマリアとユーゴで後片づけをする。レオナルドも手伝いを申し出たが、本日の主役に水仕事をさせるのは申し訳ないので、ソファで休んでもらった。
「レオナルド、嬉しそうだったね」
アマリアが洗った皿を拭きながらユーゴが言ったので、アマリアは微笑んだ。
「そうね。腕を振るってご飯を作ってよかったわ」
「んー? でもさぁ、今日のご飯ってレオナルドの好物というよりママの好きなものじゃなかったかなぁ」
ユーゴがのほほんと言うので、内心アマリアはぎくっとした。
レオナルドが誕生日にほしかったものは、アマリアの笑顔――そのやり取りをしたのはユーゴがいない間のことだったので、彼はなぜレオナルドの誕生日なのにアマリアの好物を揃えたのかを知らないのだ。
別に、後ろめたいことをしているわけではない。だが、まがりなりにも息子である少年の前で恋愛がらみのことを話すのは気が引けた。
「そうね……ああ、そうだ。ユーゴ、新しい寝間着はベッドの上に置いているから」
「うん、ありがとう。……そうそう。おれ、今夜はエヴァのところに泊まるから」
「…………はい?」
濡れた手をぶらぶらさせたまま、アマリアは裏返った声を上げる。だが、お立ち台からぴょんっと降りたユーゴはしれっとしており、手を拭きながら明後日の方向を見やっていた。
「エヴァと宿屋のおじちゃんの許可はもらってるよ。ママとレオナルドには内緒に、って言ったんだけど、大成功だね」
「あ、許可は取ってるのね……いや、そうじゃないでしょう! お泊まりに行くのなら事前に言ってくれないと――」
「お説教なら明日聞くね。それじゃ、準備準備ー!」
「あ、こら!」
襟を掴もうとしたら、ひょいっとかわされた。そのままユーゴは猛烈な速度で厨房を出ると階段を駆け上がり、そして間もなく降りてきた。まさに目にも留まらぬ速さなので、おそらく風魔法か何かを使っているのだろう。
「ユーゴ!」
「行ってきます! ……ママ、レオナルドと仲よくね」
お出かけ用のリュックを担いだユーゴは最後の一言を、限りない優しさと愛情の籠もった口調で言った。そして玄関の戸棚に何かを置くと、アマリアが唖然としている間に家を飛び出してしまったのだった。
「こら、ちょっと待ちなさい――!」
「アマリアさん、今のは……ユーゴ?」
「あの子、エヴァのところに泊まりに行ってしまったの! 許可は取ってるって言うけれど、私には何も言ってくれなくて……」
リビングからひょっこり顔を覗かせたレオナルドは、玄関に座り込んだアマリアを見て最初こそぎょっとしていたが、話を聞くとなにやら黙り込んでしまった。そして彼は先ほどユーゴが置いていったものに気づいたようで、それを手にとって――小さく息を呑んだ。
「えっ、それ何?」
「これは……ユーゴからの手紙ですね」
「手紙!? あの子、字は書けないのに……」
慌てて立ち上がり、レオナルドから手紙を受け取る。
それは雑紙の裏に書いたらしいもので、ぐにゃぐにゃの線で描かれた二人の人間の絵、そしてなにやら見覚えのある字で、「お誕生日おめでとう、レオナルド。ユーゴからのプレゼント」と書かれている。
「……これ、エヴァの字?」
「どうやら二人とも示し合わせていたようですね。今夜は、二人で過ごせということでしょう」
(二人で……)
さっと顔を上げるが、レオナルドはアマリアではなく、アマリアの手元の手紙を見ていた。
この文字は、エヴァの代筆だ。
だが、削った黒炭で書いたらしいこの絵は――
「……これ、ユーゴが書いた私とレオナルド?」
「でしょうね。ほら、こっちの背が低くて髪が長い方がアマリアさんで、こっちが僕でしょう」
レオナルドの長い指が、ユーゴの描いた絵を辿る。
ユーゴの描いたアマリアとレオナルドは、笑っていた。笑顔で、手を握り合っている。
初めてユーゴが書いた手紙。
「……嫉妬しちゃうわ」
「えっ、なんでですか?」
「だって、あの子の初めてのプレゼントも初めての手紙も、全部レオナルドがもらっているのよ」
「プレゼント? ……ああ、そういえば獲物を狩ってくれたことがありましたね」
レオナルドがくつくつと笑うので、アマリアはむっとしてレオナルドの胸を軽く小突いた。
「羨ましいわ、本当に! この手紙、大切にしてよ!」
「もちろんです。……でも、これは一応僕の誕生日プレゼントとしてもらったものですが、実質僕とアマリアさん、二人のものにしてもいいんじゃないですか」
「……そうかしら」
「ユーゴも怒ったりしませんよ」
レオナルドはアマリアから手紙を受け取ると、微笑んだ。
ユーゴとレオナルドは親子というより、仲のいい友人のような関係だ。アマリアはユーゴのことを息子として接しているが、男同士だからこそ繋がるもの、分かるものがあるのだろう。
(やっぱりちょっと羨ましいけど……)
なおも、レオナルドが懐に入れた手紙をちらちらと見やっていると、ふいに頬に触れられた。
玄関の小さなランプの明かりの下、レオナルドは灰色の目を細め、じっとアマリアを見つめていた。
彼に見つめられるのは、とても心地いい。アマリアも頬を緩めると、「レオナルド」と囁いた。
「二十四年前――生まれてきてくれて、ありがとう」
「……」
「……レオナルド?」
「……今改めて、気づかされました。僕は、生まれてきてよかったのですね」
灰色の目に翳りが見えたと思ったら、レオナルドは掠れた声で言った。
そのまま彼はアマリアの手を引き、リビングへ向かった。いつものように向かい合って座る――かと思ったら、レオナルドはぐいっとアマリアの腕を引き、ソファに座った自分の足の間にアマリアを座らせ、背後からぎゅっと抱きしめてきた。




