8 誕生日を祝おう②
夜になると、レオナルドが帰ってきた。彼は昨日から今日にかけて、近くの村に用事があったブルーノの護衛として一緒に出かけていたのだ。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい。ブルーノさんの用事は無事に終わった?」
「はい。店の品物についての打ち合わせらしく、道中も小型の魔物を見かけるくらいでした」
玄関に出て、レオナルドの上着を受け取る。レオナルドは最初の頃、「あまりきれいじゃないので、アマリアさんに持ってもらうのは……」と遠慮していたが、少しでも彼の手伝いがしたいアマリアの粘り勝ちとなった。今では、少し照れながらもアマリアに上着や荷物を渡してくれるようになっている。
廊下を歩きながら、レオナルドは厨房から漂う料理の匂いに気づいたようだ。すんすんと匂いを嗅ぎ、目を丸くしている。
「これは……ソースの匂いでしょうか」
「ええ。私の好物を作っていいって言われたから、いつもよりちょっと手間を掛けてみたの」
「それは楽しみですね。すぐに着替えてきます」
脱衣所に向かうレオナルドを見送り、彼の荷物をリビングの隅に置いたアマリアは厨房に駆け戻った。
「ユーゴ、お鍋の様子はどう?」
「ぐつぐつ煮えているよ。あと、紅茶の準備もした」
「いい子ね、ありがとう」
えっへんと胸を張って報告するユーゴの頬にキスし、アマリアは鍋の中のシチューがいい感じに煮えているのを確認してから、テーブルに広げた紅茶の材料を見る。
今日はせっかくなので、アマリアが大好きな味付けにしてみる。用意したのは、甘いプリネの実と瑞々しいフィフィ、甘酸っぱさと鮮やかな色を提供してくれるグワムといった果実をベースに、清涼感のある香りが特徴のフランリーヌというハーブを少量入れることにした。
フランリーヌは元々外国産だが、非常に繁殖力が強いので今ではレアンドラでもよく栽培されるハーブだ。外国では、女性の名前としても愛されているという。
フランリーヌの葉はハーブにしては珍しく白っぽい色をしていて、健康な状態でも萎れてしまっているように見えなくもない。茹でても蒸らしても白いままなので、紅茶などに入れても素材の色を変えないということから、相手とうまく同調する、協調性のあるという花言葉を持たされている。
フランリーヌの原産国では、臣下が主君に忠誠を誓う際に献上するという伝統もあるそうだ。
フランリーヌはユーゴが手で千切って、木の椀に入れてくれていた。果物類は既にアマリアが下ごしらえしているので、レオナルドが帰宅したらすぐに紅茶にできるようにしている。
シチューの様子を見るのはユーゴに任せ、アマリアは紅茶淹れ作業に移った。刻んだ果物を全てポットに入れ、湯を注いで蒸らす。砂時計の砂が半分落ちるまで待ったら蓋を開け、フランリーヌも追加する。フランリーヌは蒸らしすぎると匂いがきつくなるので、果実ベースの紅茶なら蒸らしている途中に入れるのがよいとされている。
蒸らしながら、櫛形に切ったピネリをサラダに乗せ、甘いミルクの香り漂うシチューもそれぞれの皿に注ぐ。ユーゴは食器をリビングに運び、大きなサラダボウルも慎重に持っていってくれた。
「戻りました。……わあ、おいしそうですね!」
「頑張ったのよ。……ちょうど紅茶もできたし、ご飯にしましょう」
砂時計の粒が全て落ちたので、ポットに入っていた果実とハーブは全て揚げ、中身をカップに注いだ。甘くてとろみのある果実の中に、フランリーヌの爽やかな香りが混じっている。
ユーゴ曰くフランリーヌは地属性で、属性魔法強化効果に加えて他の植物の効果を向上させる力もあるそうだ。サラダなどと一緒に食べれば、野菜の栄養素をいつもよりもしっかり取れるのではないかとのことだ。
それぞれ席に着いたところで、アマリアはレオナルドに微笑みかけた。
「それじゃあ、数日早いけれど……レオナルド、二十四歳の誕生日、おめでとう」
「おめでとう、レオナルド。もう三百年くらい生きろ」
「ありがとうございます、アマリアさん。ユーゴも……三百年はちょっときついけど、なるべく長生きするよ。ありがとう」
レオナルドは照れたように笑い、テーブルに並ぶ料理を見て目を細めた。
「シチューに、サラダに、照り焼きチキン……アマリアさんの好きなものばかりですね」
「ええ。私の好きなものの中から、レオナルドやユーゴも喜んで食べてくれそうなものを選んだの」
「それは嬉しいことです。では、ありがたくいただきましょう」
食前の祈りを捧げ、それぞれカトラリーを手にした。
ソースを掛けて窯でしっかり焼いたチキンは、皮はぱりぱり、ナイフを入れると中から肉汁が溢れ、火もしっかり通っている。修道院では一年に一度食べられるか食べられないかだった照り焼きチキンは、アマリアの好物の一つだ。
(……レオナルドは、私が嬉しそうにご飯を食べるところを見たいって言っていたね)
おいしく焼けたチキンをほおばって、ふと顔を上げる。すると向かいの席でシチューを口に運んでいたレオナルドと視線がぶつかり、彼はふわりと嬉しそうに微笑んだ。
「おいしいですよ。このシチュー、白ビーリが入っていますね。皮までとろとろになっています」
「そうでしょう? ビーリは苦くて硬いし色がきついけど、白ビーリなら皮ごと茹でられるから栄養豊富だし、白色だからホワイトシチューにもぴったりなのよ」
ビーリは赤紫色の野菜で、それとよく似た種類だが甘くて柔らかくて白いのが、文字通り白ビーリだ。白ビーリもそのままだと苦みがあるが、じっくりコトコト煮れば甘くなるし、皮も食べられるので皮の栄養もしっかり摂取できる。
栄養的にはどちらも同じようなものだが、甘さと汎用性から普通のビーリよりも白ビーリの方が人気で、ポルクの周辺でもよく栽培されていた。
照り焼きチキンのステーキに、春野菜のサラダ、ミルクたっぷりのシチュー。可愛らしい赤色の紅茶を飲んだレオナルドは、「フランリーヌの香りがいい感じですね」と褒めてくれた。
(やっぱり、こうして三人で食卓を囲むのが幸せだな)
レオナルドと仕事の話やエヴァの話をし、ユーゴの口元が汚れていたらナプキンで拭いてあげる。そうすると、元々好物ばかり揃えた料理が一段とおいしく感じられた。
植物辞典⑬
フランリーヌ……ミントのようなハーブ。外国産で、葉は白い。
植物辞典⑭
ビーリ……でかいラディッシュのような植物。赤紫色で、どう調理しても苦い。
植物辞典⑮
白ビーリ……カブのような植物。白いビーリで、調理方法を工夫すれば甘くなる。




