7 誕生日を祝おう①
結局アマリアは、買い物から帰ってきたレオナルドに直接尋ねることにした。
「レオナルド、聞きたいことがあります」
「は、はい。なんなりとどうぞ!」
リビングで向かい合って座るレオナルドは、なぜか青い顔で背筋を伸ばした。別に説教するわけでもないのに、やけに警戒されてしまった。
「もうすぐあなたの誕生日でしょう? せっかくだからレオナルドの好物を作ってお祝いしたいのだけれど、あなたが何が好きかよく分からなくて。私に作れるものならなんでも作るから、食べたいものを教えてくれる?」
「……え? 僕の、誕生日?」
レオナルドは最初、きょとんとしていた。だがすぐに納得がいったようで、「な、なんだ。そういうことですか」とほっとした様子を見せる。
「そういえばそうでしたね。すっかり忘れていました」
「……去年の私の誕生日は逆に、私の方は忘れていてレオナルドはしっかり覚えていたわね」
「それはもちろん……好きな人の誕生日ですから。覚えていますよ」
そう言ってレオナルドははにかんだように笑い、なにやら考え込み始めた。アマリアに作ってもらいたいメニューを想像しているようで、「やっぱり肉かな……いやでも……」とぶつぶつ呟いている。
アマリアは黙ってレオナルドの返事を待っていたが、かなり時間をおいてから、レオナルドは顔を上げて肩をすくめた。
「……正直、あまり食べ物の好き嫌いはないんです。それに、アマリアさんが作ってくれるならなんでも嬉しいですし」
「……ありがとう。でも、それじゃあ答えにはならないような」
「ですよね。……だから、僕からのお願いです。アマリアさんが一番好きな料理を作ってくれませんか?」
「私が?」
自分の顔を指差して問う。
(レオナルドの誕生日なのに、私の好物を作っていいの?)
「それだったら、あなたの誕生日を祝うことにならないんじゃ……」
「なりますよ。その料理を作ってくれたら、僕が一番ほしいものが手に入るんですから」
「ほしいもの? 何かあるの?」
「あなたの笑顔です」
大まじめな顔で言われ、アマリアは一瞬呼吸が止まるかと思った。
誕生日にほしいものが、恋人の笑顔。
それはなんという殺し文句なのだろうか。
レオナルドのことだから、格好つけようと思ったとか、アマリアをからかおうとしたとか、そんなことではないだろう。現に今もレオナルドは顔をほんのり赤らめつつも、灰色の目を真っ直ぐこちらに向けている。
「……あ、ありがとう。それじゃ、私の好物を作るわね」
「はい、楽しみにしています。僕も予定を調節して、誕生日には戻ってこられるようにしますね」
「無理はしなくていいのよ。お仕事の都合が付かないのなら、別の日にずらすこともできるし」
「……分かりました。では、都合のよさそうな日を確認しておきます」
「ええ、そうして」
アマリアはほんのり微笑み、大きく伸びをした。
(さて……それじゃあ、何を作ろうかな?)
レオナルドはギルドで仕事の都合を確認したようだが、やはりというか、次に受ける予定の仕事の期間を考えると誕生日当日には戻ってこられそうになかった。期間が延長することも考えられるので、昨年のアマリアの誕生日同様、数日早く誕生会をすることにした。
「人間って本当に不思議だね。毎年毎年生まれた日にお祝いをするの?」
夕食の下ごしらえをするアマリアを見、ユーゴが不思議そうに言った。
誕生会は今夜行うので、ユーゴもレオナルドのためにということで野菜の種取りをしている。包丁を持たせると危ないので、細かい作業の練習にもなるお手伝いをさせていた。
「そうね。孤児院では、その月に誕生日を迎える子をまとめて月の頭にお祝いしていたけれど、多くの家庭では毎年家族の誕生日にお祝いをするわね」
「ふーん……いいなぁ」
「……ユーゴには誕生日はないの?」
そっと問うと、ユーゴはぎこちないながらスプーンを使って野菜の種をほじくり出しつつ、肩を落とした。
「あるんだろうけれど、覚えていない。魔界にそういう概念はないし、いつ生まれたかとか、今何歳なのかとか、そんなの誰も気にしなかった」
「……そう」
「おれも誕生日がほしいなぁ……あ、そうだ。おれとママが出会った日をおれの誕生日にするのはどう?」
スプーンを持ったまま振り返ったユーゴが、きらきら輝く金色の目で見上げてきた。
アマリアがユーゴと出会った日――それはつまり、アルフォンスに置いて行かれた記念日でもある。
ユーゴも遅れて気づいたのか、はっとして気まずそうに視線を落とした。
「……あー、やっぱり別の日にしようかな。ママにとっては、あんまり嬉しい日じゃないよね」
「そんなことないわ」
確かに、あの秋の日はアマリアにとっても忘れられない、屈辱の記憶のある日である。
(でも、腹立たしい記憶のある日が、ユーゴと出会ったという幸せの日に塗り替えられるのなら……それってすごくいいかも)
「アルフォンスに置いて行かれたことは腹の立つ出来事だけれど、よくも考えずに行動していた自分を戒める意味もあるし――何より、その日に大切な息子と出会えたのだもの。言ってしまえば、アルフォンスに置いて行かれたからユーゴと出会うことができたのよ」
「うーん……そんなんでいいの? そもそもあのクソガキに付いていかなかったらママは孤児院で穏やかに過ごせたんじゃないの?」
「そうかもしれないけれど、『かもしれない』ばかり考えるよりは、『こういう考えもあった』って前向きに捉える方がいいと思うの。……色々あったけれど、あの日があったから今私はこうして、大好きな人たちと一緒に暮らせている。その始まりを祝えるのなら、とてもいいことだと思わない?」
別に、ユーゴを慰めるための急な思いつきでも、上辺だけの言葉でもない。
これから、レオナルドやユーゴと一緒に祝える日が増える。誕生日という概念のない魔界生まれであるユーゴも、他の人間と同じように「誕生日」を持つことができる。それは、誰にとっても幸せなことだろう。
ユーゴはしばらくの間考え込んでいたが、やがてにぱっと笑った。
「……分かった。それじゃあ、秋はおれの誕生日、冬はママの誕生日、春はレオナルドの誕生日にしよう!」
「そうね、今年の秋は精一杯お祝いするからね」
「うん! ……となると、せっかくだから夏にも何か祝えた方がいいな。春がレオナルド、秋がおれ、冬がママなら、夏は……。となると、おれは夜に……」
ユーゴはなにやらぶつぶつ呟いていたが、硬い木の実をすり潰していたアマリアにはよく聞き取れなかった。
竜の子よ、何を企む




